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第三十二話 レジオの聖女

 中州にある教会に着いた頃には、地球時間で言えば夜の九時を回っていて、世間は真っ暗。

 ところどころ家の明かりが漏れる中、石畳の道を歩く。

 いつもの六尺棒の先に、ライトの魔法をくっつけて、蛍みたいにして歩いている。

 俺のお気に入りの川沿いのカフェも、イスをテーブルに乗っけて、明かりも落としてある。

 一本路地に入ると、呑み屋の明かりは落ちてないようだ。

 どっちかってえと、俺もそっちのほうが好きだが。

 やっぱり、平和なマゼランでもこういうところは、避けた方がいい。

 本当は、チコみたいな子供が歩いていていい時間じゃなかったな。

「しまったな、子供の歩いていい時間じゃないな。」

 俺が言うと、ティリスがうなずく。

「そうですね、まあ来てしまったものは仕方がありませんので、早く返してあげましょう。」



「そう願いたいね。」

 向こうからがちゃがちゃ音がすると思ったら、警備の兵隊さんがヤリもって歩いてきた。

 こちらは、魔道ランタンを下げている。

「ごくろうさまです。」

 こう言うときは、シスターが挨拶したほうが、受けがいいよね。

「ああ、シスターのお帰りか、気を付けて行かれよ。」

「はい、ありがとうございます。」

「そちらさまこそ、お気をつけてどうぞ。」

 二人のシスターに挨拶されて、衛士たちも機嫌がよさそうだ。

「うむ、では。」

 兵隊さんは、ちょっと上の人らしく、言葉遣いも丁寧だ。


 やがて、石造りの橋を渡ると、荘厳な作りの教会が立っている。

 ここの前庭には、街灯が何本も立っていて、ライトの明かりが照らしている。

 リア充なカップルが、そっちにこっちに…

 ちくしょう、爆発しろ。

 レジオの町の教会で、トロールと戦った時を思えば、なんとも平和な空間だ。

 教会って、本来こうして静かなものなんだよ。

 血なまぐさい戦闘とは無縁でありたいものだ。

 入り口の横の小窓に、明かりがともっている。

 門衛のようだ。

「シスター=アリスティア!よくぞご無事で!」

 寺男の爺さんが入口の所でびっくりしている。


 そりゃまあ、こんな時間まで、城壁の外でうろうろしていたなんて、ほめられたもんでもないわな。

「すみません、ご心配をおかけしました。」

「ええもう、院長様がご心配なされておりますよ、さあすぐにも中へ。」



「わかりました、さ、シスター=ティリスもどうぞ。」

「失礼します。」

 二人は、白いベールごしに、目で合図をして鎧戸をくぐった。

「では、シスター、これにて失礼します。」

 俺も、寺男を意識して、丁寧に声をかけた。

「お見送りかたじけなく…」

 シスター=アリスティアが、俺を見て言う。

 俺は、深く頭を下げてくるりと向きをかえた。



 教会の司祭に、詳しいことを説明するよう、二人によく言いつけた。

 俺は、中に入らないほうがいいと思う。



 教会では、さっそく司祭のお小言が来たようだ。

「シスター=アリスティア、あまり勝手なことをしてはいけません。危険なところには行かないようにあれほど。」

 人の良さそうな司祭は、本当に心配したような顔をしている。

 アリスティアのことを、自分の娘のように思っているようだ。

「すみません司祭様。避難民が供養もされずに放置されているのが、かわいそうで。」

 アリスティアは、うなだれて司祭の前に立っていた。

「あなたのやさしい気持ちはわかりますが、ひとりでなどと無茶をしてはいけませんよ。」

 こういう諭しには、人は弱い。

 どなられるより、ずっと心に刺さるものだ。

「すみませ…ごめ…なさ…」

 アリスティアはすぐにそれとわかって、涙ぐんだ。

 涙を拭きながら、なんども侘びの言葉をつむぐ。

「わかればいいのです。」

 なんとなく、司祭も涙目だ。

 優しい人なんだな。



「さて、シスター=ティリス。」

 司祭は涙をぬぐって、ティリスに向き直った。

「はい。」

 ティリスは、背筋をぴんと伸ばした。

「よくぞあの魔物の暴走の中、生き残ってくれました。神に感謝を。」

 司祭は、聖印を切って感謝を祈る。

「はい、祭壇裏のお掃除をしていて、閉じ込められたのが幸いしました。」

「それは、オシリスさまの加護ですね。」

 まったくだ。

「それは、身に染みております。使徒ジェシカからも、そう諭されました。」

 司祭様は、ピクリと顔をあげた。

「いま…なんと?」

「使徒ジェシカから…あ!」


 やっちまった感満載で、口を押えるティリス。

「わちゃ~、やっちまった~。」

「ティ、ティリス~!」

 アリスティアは、わちゃわちゃと意味不明な踊りを踊っている。

 ティリスも、わちゃわちゃと、手を振っている。

「使徒ジェシカとは、どういうことですか?」

 司祭は、ティリスの両肩をつかんで揺する。

「ティリス、こうなっては正直に申し上げましょう。」

 アリスティアにも言われて、ティリスは覚悟を決めた。

「実は、レジオの魔物が一掃された後、オシリス遺跡のブルードラゴンと邂逅しまして、そこである人と一緒に使徒ジェシカから神託を得ました。」

「なんと!」

 司祭様は、目を大きく見開いて、ティリスを見つめた。

「受肉した使徒と共に、レジオ復興を推進するようにと。」


「その受肉した使徒と言う方は、どうされたのですか?」

 司祭は、冷や汗を浮かべて、ティリスの肩をつかんだ。

「さきほど家に帰りました。」

 司祭は真っ青になって叫んだ。

「なんとまあ、そんな無礼な!」

 司祭の声に、ティリスはすまなそうに答えた。

「しかたありません、本当はまだ報告の域まで情報が整理されていないので。」

「そうですか。」

 司祭は残念そうな顔をして、下を向いた。

「その後、このマゼランに来る途中、街道沿いでシスター=アリスティアと出会い、そのときにまた神託が降りました。」

「なんと二度も!」

「そこで、私とアリスティアは使徒ジェシカから、グローキュアとグローヒーリングを授けられました。」



「グローヒーリングと言えば、王都の司祭長しか使えないような大技ではないですか。」

「そうですね、そして使徒の補佐に付くよう言われました。」

「それでは、あなたがた二人は、使徒付き聖女に任じられたのですね。」

「平たく言えばそうです。」

「すばらしいことではないですか!五二〇年ぶりの聖女の降臨ですよ!」

 司祭さまは、二人の前に跪いて印をきった。

「そんなことをされては困ります。」

「いえ、これは聖女様に対して、当然のことです。それで、どうなさったのですか?」

「はい、それで私たちは、使徒さまに従って、このマゼランまで帰還し、今後のことを相談するために、この教会に来ました。」

「そうですか、これは非常に重要な問題です。王都の教会庁が対応すべき案件ですので、ぜひそちらに出向いてください。」



「そうしますと、こちらの業務に支障が…」

 アリスティアが問うと、司祭はうなずいて言った。

「そんなことは気になさらなくてもよろしいです。すべて、こちらでなんとかします。」

 もともと、たいしてすることもない。

 まあ、孤児たちの世話とかくらいのものだ。

 二日も、教会ほっぽらかしても、たいして実害ないじゃん。

 怖いのは、この件をうやむやのうちに、なかったことにされることだな。

 中央の教会が、なんの政争もないなんて、おとぎ話じゃあるまいし。

 そんなお花畑な坊主なんか、中央にいるわけない。


 リシュリューしかり、マザランしかり。

 坊主なんてのは、偉くなればなるほどナマグサくなるもんだよ。

 ここの司祭様みたいな、真面目な坊主はやっぱ地方に飛ばされて、ヒヤメシ食わされるんだ。

 どこの機関もいっしょさ。

「あなたがた、おなかは空いていませんか?」

「はい、カズマと食べてきましたから、大丈夫です。」

「では、今日はもう遅いので、就寝なさい。シスター=ティリスは、アリスティアの部屋で。」


 アリスティアの部屋には、ベッドが三つあって、そのうち二つは空いていた。

 もともと司祭もシスターも人数は少ない教会である。

 教会自体は広いが、中の人間は多寡が知れている。

 だから、アリスティアの部屋にも、同室の人間はいなかったのである。

 八畳ほどの部屋に、シングルベッドが三つ。

 夏場なので、薄いカーテンのかかった窓は出窓になっている。

 ここは、四階の屋根裏部屋なのである。

 さすばに、この大きな教会を維持するには、百人からの人員を要するので、三階四階はずっと宿舎が並んでいる。

 男性は三階、女性は四階である。

 この辺は、イシュタル王国の女性の地位の低さが伺える。

 同時に、男性の生存率も微妙に影響しているのだ。



「しまったなあ、まだバラすつもりじゃなかったのに。」

 ベッドに座って、ティリスが愚痴る。

「司祭様は、全面的に信用してくれたわ。」

 アリスティアは、楽観的に笑った。

「中央じゃそうはいかないわよ。どっかの陣営に入れだの、こっちにこいだの、利用されるのがオチだわ。」

「そうでしょうか?」

 シスター=アリスティアは、けっこう頭の中がお花畑なので、人を疑うってことがない。

 没落したとはいえ、貴族のお嬢様だったことも原因かもしれない。

 その点、孤児でもまれて育ったシスター=ティリスはかなり人を疑ってかかる。

 二人を足して二で割ると、ちょうどいいかもしれん。

「少なくとも、教会勢力としては、カズマの取り込みにかかるわ。」

「取り込み?」


「ええ、王家より早く自分の勢力に組み込めば、政治的な発言力が上がるってことよ。」

「そんな…」

「そのくらいはやるわよ、王都の教会はなまぐさいわよ。」

「はあ…」

 ティリスは、アリスの危機感のなさにいらいらしていた。

「まあ、あとは使徒であるカズマに任せる方がいいわ。」

「そうしましょう、カズマさまならうまくやってくれますよ。」

「そう願いたいわ、あ~疲れた~。」

 そう言ったきり、ティリスはベッドに転がって寝息を立てはじめた。

「あらまあ、おやすみなさい。」

 アリスティアは、ゆっくりとベッドの中に入った。


 朝になると、二人は年かさのシスターたちの襲撃を受けた。

「あなたたち、なにがあったの!」

「シスター=アリスティア、この子は心配させて!」

「魔物はどうなったの?」

 なんたらかんたら

 情報は、口から口へと伝わる。

 ほかに情報伝達の手段のない世界なので、とにかく話を聞かないと訳が分からない。

 二人は朝食の席で、シスターたちに事細かに説明をさせられた。

 カズマがブルードラゴンと戦うシーンでは、お姉さまたちの目がハートになるほどだった。

「ええ!竜の涙!」

「はい、バケツに二杯。」


「なんとまあ!」

「それは、超ハイポーションを作るために使いました。」

「まさか!シスター=ティリスは、超ハイポーションを作れますの!」

「はい、レシピを女神さまにいただきました。」

「なんとまあ!」

 シスターたちは、跪いてティリスの前で聖印を切った。

「何をなさいます。」

「聖女さま、私どもに祝福を。」

「聖女様!」

「あ、いやあの…」

「どうしましょう…」


 その騒動はしばらく続いた。

 なにしろシスターだけで二〇人とちょっといるので、部屋はいっぱいだし逃げられないしで、朝からへとへとである。

 ティリスの聖凱は、みなあこがれをもって受け入れた。

 嫉妬など、抱きようのないものなので。

 グローキュア、グローヒーリングを授けられたアリスティアもまた、聖女として崇め奉られた。

 マゼランの教会としては、他の教会に対してセンセーションを巻き起こすものだったからである。

 いわく、ここマゼランのシスターが聖女となった、これはマゼランの教会が王国の信仰をリードするためだ。

 などという、蒙昧な思考である。

 ひとより飛び抜けると言うことは、それほど価値のあるものなのか?

 アリスティアは、慌てた。

「わ、わたくしは、国教会からも教国からも、聖女認定されたわけではありません!」

 ティリスも悲鳴を上げる。

「そうですよ!わたしはカズマの補佐をしなくてはいけないのです!」


「では、そのカズマさまとおっしゃる方は、どこにいらっしゃいますの?」

「今は、マゼランにいらっしゃいますが、こういう騒動はお好きではありません。」

 ティリスは、断固とした口調で、シスターたちを見回した。

「ですから、すべてが落ち着くまでは、どうかご静観くださいますようお願いいたします!」

「わたくしからもお願いいたします。どうか、お静かにお待ちくださいませ。」

 アリスティアにも言われてしまうと、なるほどなあと、シスターたちも納得したのである。

 女子高生ノリで、きゃーきゃー言ってはいけない内容だったと、反省もした。

 どちらにせよ、教国の使徒認定や聖女認定が出なければ、それは表立って使える尊称ではないのである。

 やっと落ち着いた室内を見回して、ティリスはため息をついた。


(この騒動が、いつまで続くのだろう?)

 アリスティアもため息をついた。

(こまったわ…)

 呑気なお嬢さんである。


 翌朝、司祭様はいそいそと、伯爵の館に向かったのだが、あいにく伯爵は王都の有象無象に呼び出されていて留守だった。

「ではまたお邪魔します。」

 丁寧にあいさつをして、司祭さまは館を辞去した。



 シスター=アリスティアは、シスター=ティリスといっしょに孤児院の世話をしていた。

 ひと段落ついたところで、司祭が声をかける。

「シスター=ティリス、それで使徒さまは、どこにいらっしゃるのかな?」

「ええ、彼は職人街の、チグリスの家にいます。」

「そうですか、お会いして挨拶をしたいのですが、ご案内いただけますかな?」

「わかりました、これ干したらご案内しますね。」 

 ティリスは、孤児院の洗濯ものを干す作業を終えて、手をエプロンで拭きながらやってきた。

「では司祭様、まいりましょう。シスター=アリスティアもご一緒に。」

「はい」



 ちょっと時間は戻る。


 ティリスとアリスティアの二人を送って、帰路についたカズマ。


 教会への説明は、ティリスに任せた。

 自分で説明するのは、自分の手柄を自慢するようで恥ずかしい。

 この国では、いや、冒険者はそんなメンタルじゃやって行けないらしいが。

 そこまで、この世界に迎合するつもりは、さらさらない。

 義理もない。

 宵闇に浮かぶマゼランの教会は、荘厳で夜空を背景に明かりで浮かび上がっている。

 石畳を踏むひたひたと言う足音が、やけに寂しく響く。



「ユフラテが、無事で帰ってよかったよ、今神様にお礼を言ってたんだ。」

 チコは、こういうところがかわいいんだよ。

「そうか、ありがとうな。」


 そう言って、チコを抱き上げる。

 十二歳とはいえ、ドワーフの娘は小さいから、高く持ち上がる。

「やだもう、子供みたいじゃない。」

「俺から見れば、十分子供さ。」

「ばかー。」

 チコは不満げだ。

 チコを背中に回して、おんぶしながら職人街を目指す。

「あったかいねえ。」

「俺が生きているからさ。」

「うん。」




 翌朝、早くに冒険者ギルドに行ってみた。



 まだ、街中には人影もまばらで、店の前に水をまいてる人もいる。

「おはよう。」

「あ、ユフラテさん、おはようございます。」

 マリエは結婚しても相変わらずかわいいな。

 俺は、いつもの中年のおっさんのところに向かった。

「よう、ユフラテ、すごい評判だぞ。」

「まあなあ、たいしたことはやってないんだけどな。地味に、こつこつやってきたぞ。」

「はあ?コツコツ?」

「ああ、千里の道も一歩からってやつさ。」

「へえ~。」

 俺は、ギルドカードを、懐から出して渡した。

「はいよ~…」


 おっさんの顔は、だんだん蒼くなり、脂汗が浮かんでくる。

「おい…」

「ん?」

「おい、ユフラテ…」

「だからなんだよ?」

「なんだこの数字は。」

 水晶玉にかざすと、カードに記載された討伐記録が表示されるんだそうだ。

「なんだよと言われてもこまりますが。」

「オークキング、オークジェネラル、オークナイト、マジシャン、トロール、ワイバーン…」

「こら、読み上げるな。」

「いくらなんでも、この数字はうそでしょ。」


「ギルドカードうそつかない。」

「だれがネイティヴアメリカンのまねしろって言ったよ。」

「現実とは思えないな、これは。」

「だけど、レジオにはこんだけいたんだぜ。」

「うむ、ちょっとそこで待っていてくれ。」

 受付のおっさんは、奥に引っ込んだ。

 ほどなくしてマルコが、ドアを薄めに開けてこいこいと手招きする。

 しょうがなくドアをくぐると、マルコがイスを勧めてきた。

 しょうがなくそのイスに座る。

「ユフラテ、本当にこんなにいたのか?」

「なんだよ、ギルマスまで疑ってるのかよ、ギルドカードをごまかせるわけないだろう。」

「そのとおりなんだが…」


「ま、信じる信じないはそっちの都合だ、こっちはこっちの都合でゴブリンとか住民に食わせたからな。」

「く、食わせたのか?」

 喰うとこ少ないし、肉は固いがまあまずくはない。

 廃棄するニワトリくらいの硬さはある。

「ほかに手はあんめえ、レジオの東地区はむちゃくちゃにされてたんだぞ。」

「まあ、そうだろうなあ。」

「ま、常時討伐の依頼分だけで勘弁してやる。精算できるよな?」

「わかった…あとは、こっちでやっておく。」

「ヨロ。」

「ああ、マゼランの殿さまが呼んでたぞ。」

「うまく言っておいてくれよ、ひげの殿さまには会いたくねえ。」


 レジオの避難民を追い払ったからな。



 ヤツの事情はわかるが、虫唾が走る。



「おいおい…」

「じゃあな。」


「師匠~!」

「お師匠さま!」

 ミシェルとマレーネが飛びついてくる。

 二人もギルドに来ていたのだ。

「おう、ただいま。」

 マレーネは、胸の前で手を組んで、はらはらと涙を流した。

「よくぞ御無事で!」

「おおげさだな、マレーネは。」

「魔物だらけのレジオに向かうなんて、心配で心配で!」

「ああ、マレーネは目を離すとレジオに行こうとして大変だったんだ。」

 ミシェルは、その時をおもいだしたのか、肩をすくめる。

「そうか、心配掛けたな、このとおり元気だ。」

 俺は両手を広げて見せる。


 マレーネは涙目だ。

「さあ、稼ぎに行ってこいよ。」

 二人は、うなずいてギルドを出て行った。


 マルソーが目ざとく俺を見つけた。

「このやろうユフラテ!よく生きてたな!」

「まったく心配させるなYO!」

 一緒にいたヨールも来た。

「心配で仕事にもいけやしない。」

 レミーが、駆け寄ってきた。

「はいはい、おかげさんで生きて帰ってきたよ。」

 ジャックは、無言で拳を出す。

 俺は、それに軽く拳を当てた。



 まあな、外見上十七の小僧に過ぎた成果だ、ギルマスにしても処置に困るだろうことは理解できる。

 しかし、こちとら命がけだったんだぞ。

 それを疑っちゃあいけねえよ。

 もう二度とあんな真似はしたくないがな。

 受付には、代打で女の子が座っていた。

「なんか依頼はないか?」

「さっぱりです。」

「まあ、あれだけ暴走しちゃあ、魔物も出ないよな。」

「お肉も過剰供給ですし…」

「わかった、薬草でも探してくるよ。」

「はい、そう言うものなら…」




 ギルドに二人の女が入ってきた。

「なんだよ、あいかわらずシケたギルドだねえ。」

 スイングドアを開けて入ってくるなり罵詈雑言だな。

「おねえちゃん、声がおっきいよ。」

「正直なんだから別にいいだろ。」

「そう言うことは、小声で言うもんだよ。」

 デコボココンビだな。

 お姉ちゃんってことは、姉妹かな?

 お姉ちゃんは、一七〇センチくらいの長身で、ボインボインだ。

 かなりでかい。

 妹は、一五〇センチくらいで、ぺったんこだ。


 俺が、面白そうに見ていると、姉のほうが顔を向けた。

「なんだよ貧相なにいちゃん。」

 姉のほうは、俺に向かって毒を吐きだした。


 下は冒険者らしく、カーゴパンツみたいなのにブーツなんだけど、上はビキニアーマーの上に革の上着。

 まるでテンプレの冒険者スタイルだな。

 悪いほうで。

「あたいになんか用かよ?」

「いや、面白いおばちゃんだなと思って。」

「ああ?おばちゃんだとう?」

 顔が赤くなる。

 美人顔なんだけど、作りが荒い。

「まあ、どう見ても二十歳以下には見えんのだが。」

「ああ、あたしゃ二十五だけど、おばちゃんよばわりされる謂れはないね。」

「え~!二十五だったらバリバリのおばちゃんじゃん!」

 俺も、おもしろがって言い返す。


「おい!ユフラテ!そのへんでやめろ!そいつはライラだ!」

 マルソーが、横から止めに入ったが、おばちゃんは引く気はないようだ。


「おばちゃんかどうか、その目で良くみな!」

 彼女は、上着を抜いでビキニアーマーを剥きだしにした。

 あ、胸の谷間に吹き出物が…

「うん、肌が荒れてるね。」

 ぴき…

 ライラのこめかみに、盛大な青筋が立った。

「おい…」

「おねーちゃん!やめて!」

 妹の黄色い声に、ライラは振り向いた。

「パセリ、こいつはあたいをバカにした。」

「そんなことないよ!」



 姉の名前はライラ、妹の名前はパセリ・覚えた。



「じゃあどうするんだ?」

「決まってる、ボコる!」

 あ~、真鍋譲治先生の描く女の人みたいな目でにらんでるよ。

「おやおや、こわいなあ。」

「って、おニーさんも余裕があるねえ。」

 妹があきれて口を出した。

「うんまあ、いま、暇してるし。」

「はあ~、しょうがないなあ、少しつきあって。」

 パセリは、くいくいと指を動かした。

「はいはい、じゃあ訓練場に行きますか?」

「いい覚悟だ、ボッコボコにしてやる!」

 ライラは、めっきり睨みつけている。

 やだなあ、そこまで怒ることないのに。


 テンプレな展開だなあ、どうしようかなあ?

 俺は、ライラの後をついてあるきながら、妹に聞いた。

「君たちは、二人でパーティ組んでるの?」

「そうよ、姉が前衛ね。」


 まあ、見りゃわかるよ、妹は魔術師のローブだし。

 とんがった黒いお帽子もかむってるし。

 ちなみに、ルイラはローブのフードをかぶってた。

「本当は、もう一人の姉もいたんだけど、お嫁に行っちゃったし。」

「へ~、冒険者で嫁に?結婚もするんだなあ。」

 俺は、その事実にびっくりしたわ。

 この国って、そのへん自由って言うか、奔放って言うか。

 東北の昔のように、性にはかなりゆるいところもあるし。

「うん、向こうのパーティに入ったのよ。」

「へえ、そりゃまた。」

「まあ、ダンナの猛烈なアタックでさ~」

「そうか、お姉さんの名前は?」


「ルイラよ。」


 ぶふ!

 吹いちゃった!


「はあ?」

 なんだよ!

 こいつら、ルイラの妹か!

 そいつは困ったな、どうしようか…


「ライラお姉ちゃんは、強いから気をつけてね。」

「まあ、善処しよう…」


 ライラは、木刀を持って素振りしている。

 なるほど、言うだけはあるな。

 俺は、いつもの六尺棒をかついだ。

「なあ、本当にやるのか?」

「やるんだよ!」

「おばちゃんは、気が短いなあ。」

「まだ言うか!」

 口から火を拭くんじゃないかと思うくらい、顔を真っ赤にして怒っている。


「おにーさんも、気をつけて・ね!」

 ぼぐ!

 パセリは、後ろから俺のケツを蹴りだした。

「やべ!なにすんだよ!」

「ほらほら、前見て~!きゃははははは!」



 こ!こいつ根性悪い!


 根性ババ色!



 パセリは面白そうに笑っている。

 ちくしょう!

 ライラの木刀は、真っ正面から振り下ろされてきた。

 そのスピードは尋常じゃねえ。

 なるほど、二つ名が付くほどには強いらしい。

「はやいなあ。」

 かきん!

 俺は、ライラの木刀を横に流した。

「お、やるじゃん。」

 ライラは、生き生きとしてきた。

 ライラの剣速は、ますます上がってくる。

「ふうん、高速型かあ。」

「なにぶつぶつ言ってんのよ!」


 がきん!

 一転、パワー型に変わった。

 鍔迫り合いでも体重が乗っている。

「なかなか重いな。」

「はあ?あたしは、標準体重だ!」

「うそだ!ルイラよりチチがでかい!」

「う!なんでルイラを知ってる!」

 ライラは、一瞬嫌そうな顔をした。



「だって、俺の魔法の師匠だもん。」

「はあ?あいつが人にモノを教えるもんか!」

 ライラは、心底あきれたような声音で叫んだ。

「え~?ちゃんと、丁寧に教えてくれたぞ。」

 話している間にも、攻撃は止まない。

 かきんかきんと、左右にさばく。

「あいつはなあ!あたいには、着火の魔法すら教えてくれなかったんだ!」

「そりゃあ、これだけ魔力がなきゃあ、着火の魔法程度でも使えば気絶するんじゃないか?」

 魔力はゼロに近い。

「あんだとう!」

「おねーちゃん、それは正解。」

「あんたまで、そんなこと言うか!パセリ!」


「エアハンマー。」

 どおん!

 空気の塊を胸にまともに受けて、ライラは吹っ飛んだ。

「ぎゃ!」

 女らしくいない悲鳴を上げて、ごろごろ転がるライラ。

 五回転くらいで止まったが、土ぼこりだらけだな。

「うわ!無詠唱の癖に、むっちゃくちゃ威力がある!」

 パセリは、自分の杖を握り締めてぼそぼそと言った。

「エアハンマー。」

 どおん!

「うぎゃ~!」

 パセリも、後ろに吹っ飛んだ。

 ドロワース丸出しで転がっていった。

「ケリくれたお返しだ。軽いヤツだぜ。」

 俺は、にやりと笑って見せた。



 二人は、見事に目を回している。


 目がナルトみたいになっているぞ。


「なんだよ、アランのときみたいに木刀ブッ飛ばすかと思ったのに。」

 ヨールは、干し肉をかじりながら、エールを飲んでいる。

「アホ、こんな腕じゃ、その必要もないわ。」

「はあ?」

「よえ~んだよ、このねーちゃんは。」

「はあ?相手は紅塵のライラだぞ、弱いわけが…」

「へっ、こちとらオークキングやトロールとやってきたんだ、こんなヤワなねーちゃんじゃ、足元にもおよばねえ。」

「おまえ、ちょっと見ないうちに、バケモノみたいになったなあ。」

「なんだよそりゃ、ヨール、俺にもエール買ってきてくれ。」

 俺は、銅版を出して、ヨールに放った。

「おう、俺も買っていいのか?」

「つりはとっときな。」


「うひょ~。」

 ヨールは、嬉々として走って行った。


「さて、おばちゃんはすみによけとくかな。」

 抱き上げると、やはり軽い。

 見た目より、重量はないなあ。

 二人を木の陰に運んで、様子を見る。

 ま、死なない程度に手加減しているからな、五分もすれば目も覚めるさ。

 ぷにぷにと、ライラのおっぱいつついてみたが、やっぱやわかい。

 たまには、こんなでかいのを揉むのもいいよな。



 俺は、テーブルといすを作って、その横で座ってみた。

「おい、小娘、お前起きてんだろ?」

「にゃはは、わかった?」

「手加減したからな、音ほど強力じゃなかっただろう。」

「一瞬、意識が飛んだわよ。兄さん、ものすごい技使うね。」

「ああ、ごく普通のエアハンマーだぜ。」

「あれで?」

「ちゃんと、ワザの名前言ったじゃん。」

「そらそうだけどさ。」


「ほれ、飲め。」

 俺は、懐からりんごジュースを出してやった。

「なんだ、酒じゃねえのかよ。」

「小娘にゃお似合いだ。」

「ちぇ!」

「口の悪いガキだな。」

「まあね、この業界じゃナメられたら終わりだからさ。」

「なるほどね、理屈は合ってるな。」

 パセリは、起き上がってテーブルに着いた。


「氷は自前で出せよ。」

「げえ、だせねえよ、めんどくさい。このままでいいや。」

 パセリは、席についてこちらに目を向けた。

「ねえ、無詠唱ってどうやるの?」

 パセリは、悪びれずに聞いてくる。

「おまいさんも、遠慮がねえな。」

 俺はあきれてのけぞった。

「まあね、知識には貪欲なほうさ。」

「そりゃけっこう。」

「お兄さん、教えてよ。」

「自分のスタイルを崩すのか?」

「あんたの魔法の発動が早すぎるんだよ。」

「ふん、魔法はイメージ力だ、結果をイメージできるやつは、早くなる。」

「イメージかあ。」


「だいたいそんなもん、ルイラに聞けよ。」

「だって、姉ちゃんは無口なんだもん。」

「まあ、饒舌なほうではないわなあ。でも、指導は的確だぞ。」

「そう?いまいち理解しづらいよ。」

「それは、お前の理解力が足りてないんだろうさ。」

「うわ、あんたも口悪いねえ。」

 パセリは、りんごジュースを飲んだ。

「うわ、うんま!なにこれ!」

「え?その辺のりんごを絞ったやつだぞ。」

「へ~、このへんのりんごって、こんなにおいしいんだ。」

「皮むいて芯抜いてから絞ると、渋みが出ないんだよ。」

「へ~、手間かけてるんだねえ。」


「あたいにも、それくれよ。」

「ライラ!」

 ようやくライラも起きてきた。

 テーブルの下であぐらかいてる。

「気がついてたんなら、さっさと起きろよ。」

「あんたが、パセリにルイラの話をしてるからさ。」

「気になって起きられなかったってか?」

「そうだよ、姉さんは元気かい?」

「ん~、一週間ほど前に王都に向かったぞ。」

「なんだ、すれちがいか。あたいたちは南から来たからな。」

 おれは、木のカップを出して、ライラの前に置いた。

「甘いな。」

「完熟りんごだからな。」


「アランはどうだった?」

 ライラは、テーブルにひじをついてこっちを見ている。

「つええな。ここに来てから、王都に行くまで一週間ほど、死ぬほどしごかれた。」

「あんたが?細っこいのに、タフだな。」

「タフじゃなきゃ、生きていけねえよ。」

 ライラは、にやりと笑った。


「ふん、オークキングとトロールってのは?」

 コップを差し出すから、もういっぱいついでやった。

「おとついやりあったのさ、かなりヤバかった。足だってちぎれかけたしな。」

「ちぎれかけたあ?ついてるじゃん。」

 俺の脚に目を向ける。

「そりゃあ治してもらったからな。」

「いい治癒術士だな、仲間にほしいよ。」

 ライラが、しみじみ言った。


「お前はランディウスになる気かよ?」

 カズマは、あきれた顔をしてライラを見た。

「はあ?だれが伝説の勇者になるんだよ。」

「この足を治したのはジェシカだからだよ。」

「わ、訳わかんねこと言うなよ、オシリス様の使徒がなんで出てくるんだよ。」

「レジオの教会前で、死にそうになってるときに助けてくれたんだよ。」


「ウソでも言って好いことと悪いことがあるぜ。」

 ライラの目が、また真鍋先生の目になってる。

「うそじゃねぇよ。まあ、信じる信じないはそっちの勝手だ。」

「どっちにせよ、あんたの強さはわかったからいいよ。」

「そりゃけっこう。」

「なあ、あんたはパーティ組んでるのか?」

「ん?いや、ソロだ。」

「じゃあ、あたいたちと組まないか?」

「今はやめとけ、しばらく俺はごたごたする。」

「ゴタゴタ?」

「ああ、ちょっと下手打ったから、どっか行くかもしれんしな。」

「冒険者にゴタゴタはつきもんさ。」

 俺が言うと、ライラは苦笑しながら膝をたたいた。

「ちげえねえ。」


 俺は、明るく笑って見せた。

「あんた、変わってるねえ。」

「何度も死かけたからなあ、考え方も変わるさ。」

「ふうん。」

「あんたいくつよ。」

「十七」

「はあ?もっといってると思ってたよ。」

「あたしとひとつしか違わないジャン。」

「パセリはいくつだよ。」

「十六」

「えらい年の離れた姉妹だな。」


「まあね、父親がふらふらしてるやつだったからね。」

「は~、そうか。深く追求はしねえよ。」

 しかし、ルイラは二十七だぞ、一回り下の妹なんてな~。

「なんか不穏なこと考えてるね。」

 パセリは、俺の目を覗き込んだ。

「別に、ルイラはいろいろ教えてくれたのか?」

「まあ、基礎だけ。あたしは、魔力が普通だからね。」

「普通って、どんなだよ。」

「まあ、ファイヤーボール二〇個分くらいだよ。」

「少くねえ!」

「でかい声で言うな!」

「わりい、それは大変だな、魔力あわせしてみるか?」


「なんだよそれ。」

「手を出してみろ、両方だ。」

「こう?」

「それでいい、つかむぞ。」

 そう言って、パセリの手を軽く握る。

 引っ込めそうになるが、我慢したらしい。

 どんだけ男に免疫がないんだか。

「いくぞ。」

 俺は、右手から魔力を送った。


「うわ、なんだこれ?」

「右手から魔力を送って、左手に戻すんだ。」

「うわ、ぞわぞわする、なんか熱いものが走ってる。」

「それが魔力の流れだ、おまえこんな簡単なことしてなかったのか。」

「物心ついたころには、ルイラもライラも家から出てたからね。」

「なるほど。」

 そう話しながら、どんどん魔力を流す。

「熱い。」

 パセリは、額に汗を浮かべている。

「本当に魔力が少ないなあ、どうだ、ちょっとは魔力の循環が広くなったかな?」

「なるほど、魔力の流れが速くなった気がする。」


「そう言うことだ、これで発動も早くなる。」

「ちょっと、魔力も上がってるじゃん!」

「そりゃそれを目当てに、魔力あわせしてるんだからな。」

「うわ~、こんな方法があったなんて知らなかった。」

「ルイラは、恥ずかしがりだからな、妹でもやりにくかったんじゃないか?」

「このくらいしてくれてもよかろうにねえ。」

「いましただろ。」

「あんたがしてもさー。」

「俺は、ルイラの弟子だ、だからルイラがしたのといっしょだ。」

「変な理屈だ!」

 パセリは、大声で笑った。


「どうだ、ファイヤーボール五〇個分くらい魔力が増えただろう。」

「すごいね、こんな裏技があるんだ。」

「あんまり一気に増やすと、体がはちける。」

「それはいやだなあ。」

「だから、このくらいにしておけ。」

「は~い。」

 根性ババいろのくせに、いいお返事だ。

「ユフラテ、エールだYO」

「おう、ありがとう。」


 ヨールからエールを受け取って、ゆっくり呑む。

 ライラが、ごくりと喉を鳴らした。

「いるのか?」

 こくこく

 うなずくから呑みかけを出してやったら、さっさと呑みやがる。

「気にしないやつだな。」

「ホットケ。」


「ユフラテ、また腕が上がってないか?」

 マルソーが、そばに来て言う。

「まあな、いやって言うほど魔物とやりあったからな。」

「なんだよそれは。」

「まあ、座れよ。」

 俺は、土ボコでイスを持ち上げた。

「ああ。」

「こいつが、オークキングだ。」

 練習場の土の上にオークキングの小さいのを出してやる。


 どぎゃん


「うお!なんちゅう凶悪な顔だ。」

「こんなのが三〇匹も歩いていたら、いやでも強くなるさ。」

「はあ?なんだよ、レジオにはそんなにいたのか?」

「いたよ。ゴブやコボなんか数えきれないくらい居たさ。」

「うげー。よく生きていたな。」

「まあな、ワナはって穴掘って、けっこう大変だったわ。」

「たいへんってお前。」

 俺は、ライラからグラスを取りあげて、くいっと呑んだ。

「でもまあ、生きてる。」

 ニカっと笑うと、マルソーも破顔した。

「ちげえねえ。」


「なあユフラテ、あんたの話を聞いてると、よく訳がわからんのだけど。」

「ああ、お前らが来る五日ほど前に、レジオの街が魔物の暴走に巻き込まれたんだ。」

「はあ?」

 それから、事の顛末を細かく説明してやった。

「うへえ!そんなやつにケンカ売っちまったのかよ!」

「はっきり言って、おねえちゃんの無謀さに脱帽ですわ。」

「そんなわけで、ルイラがいなかったらヤバかった。」

「…」

 二人は、めっきり黙り込んだ。

「あたしもまだまだだな。」

「Dクラスに上がっていい気になってたけど、上には上がいるもんだね。」

「まったくだ、師匠、これからもよろしく。」

「だれが師匠だ!」


 調子のいいライラであった。




 冒険者ギルドに迎えに来たチコと、職人街にもどる。

 なんでも司祭様が尋ねてきたそうだ。

 面倒ごとの予感しかしねえ。



「ユフラテ?」

 俺と手をつないだチコは、何か言いたげだが、俺はかるく握った手に力を込めた。

 それで、チコも口を開くのをやめて、一緒に家路についた。


「レーヌ川って、けっこう深いの知ってた?」

「この川、レーヌ川っていうのか、知らなかったな。」

「船が通れるように、けっこう掘り下げてあるんだって。しかも、両脇に石積んであるので、落ちるとなかなか上がれないのよ。」

「へえ、物騒な川だな。」

「うん、毎年溺れる人が何人も出てる。」

「僕ドザエモンかよ。」

 悪い冗談だ。

「海までは遠いのか?」

「見たことないから、遠いんじゃない?」


「そりゃ遠いな。」

 しかし、これだけ立派な川があれば、水運が盛んでもよかろうに、なんでおじゃるはやらねんだ?

「レーヌ川の下流には、サイレーンがいるからね。」

「サイレーン?」

「縦に泳ぐでっかい魚。アタマが水面から出てるのよ。」

「ああ、縦って、本当に立ち泳ぎみたいなんだな。」

「サイレーンは、とがったくちばしで船に穴をあけてしまうのよ。そのうえ、人間を食べちゃう。」

「ぶっそうなサカナだな。」

「卵はおいしいらしいわよ、高くてあたしたちには買えないけど。」

「ふうん、船の下を鉄板で囲えばいいんじゃね?」


「ああそうか、でも、そんなに鉄を使うと高いじゃない。それに重いし。」

「まあそうだな、工夫が必要か。どの辺にいるんだ?」

「そうね、この町の城壁を越えて、かなり下流に行ったところよ。おおきな岩がいっぱいあって、隠れるところがあるの。」

「へえ、じゃあ、全部獲っちまえば…ああ、卵が貴重なのか。」

「でも、人を襲う魔物よ。」

「むずかしいな、いっそ横に池でも作って、そっちに引越せばいいのに。」

「あはは、そんなことする物好きがいるの?」

 ふと気が付いて、チコは冷や汗を流した。

 そんな物好きが、ここに一人いることに気が付いたのだ。

「それは、もう少しレジオが落ち着いてからだな。」




 チコは、ほっと息を吐いた。




 ティリスが司祭を案内してチグリスの家に着くと、カズマは冒険者ギルドだと言う。

 チコが呼びに走ってくれた。


「おはようカズマ、司祭様がお話ししたいって。」

「おう、おはよう。ここでよかったら座ってもらえ。」

「よろしいですか?司祭さま。」

「はい、けっこうです。使徒カズマさま。」

「あん?」

 カズマは、ティリスに顔を向けて、目を細めた。

「ご、ごめんなさい!白状しちゃいました!」

「…まあいい、それで司祭さまは、どうしたいんだ?」


「ぜひ、王都の教会庁へ行ってほしいのです。」

「それは?聖者認定でも受けろってことかい?」

「ありていに言えば。」

「やなこった、ジェシカだけでも面倒なのに、このうえオシリスまで呼べとか言い出すんじゃねぇのか?」

「いえ、そこまで言うかはわかりませんが、神託を受けた使徒として正式に認定されたほうが…」

「俺は、どこにも味方しないよ。それでいいかい?」

「…そういうことですか。わかりました、それでもよろしいんじゃないですか?」

「司祭さま、よくわかっているようだね。ならオッケーだ、よろしく頼む。」

 カズマは、にやりと笑って見せた。


「おじゃるの伯爵さまは、どう言ってるんだい?」

「伯爵は、王都に行っていて、留守でした。」

「そうか、じゃあしばらく黙っていてくれないか、王都から俺に呼び出しがあるんだろう。」

「そうですね、いらないトラブルはさけたほうがよろしかろうと。」

「そうそう、王都でなに言われるか、わかったもんじゃないし、俺を利用しようと手ぐすね引いてまってるんじゃねえの?」

「それは…」

「アリだろ?」

 カズマは、人が悪そうに笑っている。

 やがて、カズマのもとに、マゼラン伯爵からの連絡が来た。正確には、執事からの使者が来たんだが。

 まだ、扱いが雑いな。

 執事のやつ、俺のこと軽く見てるだろ。


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