第三十一話 英雄とか勇者とかめんどくさい
消えたと思ったら、また壁から顔が出てきた。
『あ!言い忘れました!カズマ、あなたの魔法の使い方が変です、系列をそろえて使わないと魔力の無駄が多すぎます。』
「そうは言っても、師匠がそばにいるわけじゃないしな。なにが正しいかはわからないよ。」
『それでは、スティグマを出してください。』
俺は左手の甲を出す。
ジェシカは、右手で聖痕に触れながら目を閉じた。
すると、聖痕を伝わってなにやら文字の羅列が腕に送り込まれるのがわかる。
ふうん、なるほどねえ、こういうことか…
くすぐったいような、うぞうぞした感触は、若干気持ち悪い。
『はい、これで魔法の整理ができたと思います、練習すればもっとうまく仕えるようになりますよ。』
「ありがとう、ジェシカ。」
俺は、素直に笑って、ジェシカを見た。
ジェシカも、こころなしうれしそうだ。
「はいはい!ジェシカさま?」
ティリスが右手を上げながら、大きな声で入り込んできた。
あいかわらずノーテンキなやつだな。
悪くはないが。
『なんですか?シスター=ティリス。』
「あの、私グローキュアがほしいんですけど、使えますか?」
キュアの発展系で、エリア全体の回復ができる。
『どれどれ?そうですね、今のあなたの魔力なら大丈夫ですね、授けましょうか?』
「ぜひお願いします!」
すると、横からアリスティアも手を上げた。
「はなはだ僭越でございますが、わたくしにもお授けくださいますか?」
『シスター=アリスティア、そうですね、あなたにも授けましょう。』
そう言って、二人の額に手を添えると、指先がちかりと光った。
「ああ!わかる!わかるわ!ジェシカさま、ありがとうございます!」
ティリスは、その場でひざまずいたままジェシカに頭を下げた。
「わたくしもわかりました、ジェシカさまありがとう存じます。」
そこでまた頭を下げると…あーあ、またプリンが出ちゃった。
『では、またなにかあったら声をかけなさいカズマ。』
ジェシカは、唐突に宙に浮くと、ふっと消えた。
「カズマさま、すごいんですね、本当にジェシカさまが降臨するなんて。」
「ああ?へんなオバはんだろ?」
「そんなことおっしゃるものじゃありませんわ。それに、左手のスティグマ。私も始めてみました。」
「ああ、これもおまけみたいなもんだよ。神様とのチャンネル開くために付けられたもんだし。」
「そんなことおっしゃってはいけません、教会のものが、願っても得られないものなのですから。」
「そうかね?こんなの付けてたら、勇者に祭り上げられるんじゃないかと心配だよ。」
「そこは、私とシスター=ティリスが、使徒で押し通します。」
ティリスは、自分を指さして首をかしげた。
「そうでもしないと、王国にいいように振り回されます。教会も利用しようとするでしょう、そうなりたいですか?」
「まさか!」
俺は、ぶるぶると首をヨコに振った。
「カズマさまは、まだご自分の力もうまく仕えないようですし、その習熟にも時間が必要です。」
それはその通りだろう。
「ですから、今後は私も使徒付きの修道女として、おそばを離れないことにします。」
アリスティアはすまして言った。
それに喰いついたのはティリス。
「ちょっと、アリスティア!それはどういう意味なの?」
「そのままですよ、そうしないと魔法もうまく使えませんし、社会的にもうまくいきません。どんなときも付き従って、離れてはいけません。」
アリスティアは、ティリスに目をやって、しっかりと告げた。
「だって、あたしは還俗するのよ。」
ティリスは、悲鳴のように口をあける。
「ここに至っては、そう言う訳にもいきませんよ。使徒には、修道女が付き物ですから。巡礼の旅も、まずは従者がいませんと。」
「それはナニか?様式美ってやつか?」
俺は、まじめにたずねてみた。
「まあそうですね、それに回復役が一人では、心もとないではありませんか。」
「おっしゃるとおり。」
俺は、シスター=アリスティアの意見をじっくり吟味した。
確かに、このまま聖痕さらけ出して、生活するのは難儀だ。
しかし、どうしようもなかったら逃げればいいんじゃないか?
「なあラル、別に面倒になったら、よその国にバックレてもいんじゃね?」
俺は、ラルに話を振ってみた。
「ああ、いいよ、付き合うよ。」
ラルは、気持ちよく二つ返事だ。
こいつの信頼感って、ハンパねえなあ。
「よし、じゃあその方向で行こう。」
あわてたのは、アリスティアだ。
「ちょ!カズマさま!」
「めんどくさくなったらだ、俺たちはどこに行ったって食っていけるからな。」
俺は、アリスティアに念を押した。
「わかりました。」
仕方なさそうにうなずくアリスティア。
空いっぱい覆い尽くしていた積乱雲は、来た時と同じように唐突に行き去り、青空と太陽が顔を出した。
「ほえ~、通り雨ってレベルじゃないよな、パリカール行こうぜ。」
ロバのパリカールに声をかけると、鼻を鳴らした。
「ぶるる!」
俺たちは、パリカールを外に出すと、ゆっくりと街道に出たのだった。
「で、アリスティア、何人くらい供養できたんだ?」
馬車のそばを歩きながら、アリスティアに聞いてみる。
「そうですね、だいたい二百人くらいでしょうか。」
「そりゃあごくろうさんだ。」
「ほとんど切れ端みたいなものばかりですが、少しでも供養になればと、いろいろ拾ってきました。」
「それは、教会にまつるのか?」
「そうです、せめて天の国に行かれますように。」
教会の裏手には、無縁墓地もあるそうだ。
つか、無縁仏が多すぎるだろう、この世界は思ったよりずっとハードモードだ。
シスターは、十字を切って聖句を唱えた。
「ふうん、こっちでも十字を切るんだ。」
「そうでしょう?オシリス教会ではどこもそうですよ。」
ティリスが、不思議そうに聞いた。
「おれは忘れ病だったんだから、知らないもの。」
「あらそう、おや?ねえ、あれウサギじゃない?」
ティリスの指差すほうを見る。
ウサギ?おいおい、街道沿いに歩いている旅人を狙ってるぞ。
ウサギは、俺たちは人数があるので、一人歩いている男を目指して走り出した。
俺は、大声で旅人に声をかけた。
「そこの人!ウサギだ!あぶないぞ!」
「へ?ひえ~~~~!」
男は情けない声を上げて、荷物を捨てて走り出した。
「って、向こうに逃げてどうすんだ!こっちへこい!」
「ひょえ~~~~!」
奇声を上げながら右往左往している。
俺は、弾道起動で無詠唱の光の矢を放つ。
食えりゃあいいのさ、この際毛皮はあきらめよう。
か・か・か・か・ざく!
走っているウサギを追いかけるように、上空から飛来したマジックアローは、順番に着弾していく。
うまく街道に上がったところで、ウサギの脳天に矢が突き刺さった。
走っている勢いのまま、つんのめるように街道に飛び出してきて息絶えた。
「うまく、一本だけ刺さったな。」
俺は、ウサギを持ち上げて、血抜きをする。
目の端に、男の荷物が落ちている。
俺は、ゆっくり歩いて、その荷物を持ち上げた。
「はあはあ、すみません助かりました。」
男は肩で息をしながら、やっと礼を口にできた。
「なんだよ、ウサギにすら逃げる奴が、どうしてこんなところを歩いているんだ?」
「いや、お恥ずかしい。剣も弓も半人前で、どうにかこうにか生きてきました。マゼランの親戚に呼ばれて、尋ねるところです。」
「へえ~、商隊とかにくっついてこれば良かったのに。」
「それが、このまえからの騒ぎで、商隊が一つも動かないんです。」
「あらまあ、そりゃごくろうさん。」
俺は、街道脇の木にウサギを吊るして血を抜くと、旅人に向き直った。
若い男である、ひょろひょろした感じの体に、ぼさぼさの栗色の髪。
縞模様だか紺無地だか、地の模様がわからないくらいツギの当たった筒袖を着ている。
なんだかなー、ウチの世界で言えば苦学生みたいなもんか?
それにしても、貧乏が板についてる、カマボコ貧乏だな。
「しっかし、すげえ格好だな。金がないのか?」
「ええまあ、もらったお金はほとんど本に代わってしまうので。」
「それでその本は、どこにあるんだ?」
「この皮袋の中です、これだけは死んだ父親の遺産で。」
「なるほどねー、ほらパンだ、はらへってるんだろう?」
固焼きパンを袋から出す。
「い、いいんですか?」
「いいから出してる、さっさと食え。」
「ありがとうございます。」
男は、よほどおなかが空いていたのか、むさぼるようにパンを食べている。
水のコップを渡しながら聞いた。
「あんた名前は?」
「ウォルフです。」
「へ~、りっぱな名前だなあ。」
ラルは、体つきと名前のギャップについ声が大きくなった。
「オオカミとはね、勇ましい名前だ。」
俺の声に、ティリスが素っ頓狂な声を上げた。
「へ?」
「なんだ、ティリス、知らないのか?」
「ええまあ。」
「そうか、じゃあ俺の国の言葉なんだな、ヴォルフガングなんてぇのはオオカミって意味なのさ。」
「そうなんですかー?」
アリスティアも首をかしげている。
なんだよ、言葉の意味もないのかよ?考えすぎか。
「いやー、僕の名前をちゃんと言える人に初めて会いましたよ。」
「そうかい?水のおかわりは?」
そう言って、水筒を出してやる。
「あ、ありがとうございます。」
「よし、じゃあ行くぞ、俺たちもマゼランに向かっているんだ、一緒に行こう。」
「いいんですか!」
ウォルフは、顔をぱあっと輝かせた、よっぽど怖い目に会ってきたんだろう。
「いいさ、袖振り合うも多生の縁ってやつだ。」
「なんですかそれ?」
「俺の国の、ことわざだ。」
大雨の後、一気に晴れたので世間は蒸し暑く、照りつける太陽もけっこう暑い。
俺は、タオルを頭にかぶせて、日光を遮りながら歩みを進める。
「こういう時、修道女のフードは便利だな。」
俺が聞いたら、アリスティアは首を横に振る。
「生地が厚いですから、けっこう暑いですよ。」
「そうかい?」
馬車には幌がついているので、その中は陰になっていて少しはマシなんだろう。
アリスティアは、飛び降りるように馬車から降りてきた。
「カズマさまは、そんなほっかむりで大丈夫ですか?」
「ああ、日差しさえ直接当たらなきゃ大丈夫。」
それだけ聞いて、アリスティアは黙って俺の横を歩く。
ティリスは、幌の中で寝てしまったようだ。
「ラル、暑くないか?」
「平気。パリカールに日よけがほしいね。」
「なめし皮でもかけてみるか?」
「う~ん」
そうこうしているうちに、小川と街道の合流点に着いた。
「悩む前に、水をかけるが正解だな。」
「俺もそう思うよ。」
俺たちは、小さなバケツで水をすくって、パリカールの背中にかけてやった。
ついでに小川に入って、水のぶっかけあいを始めると、収拾がつかないくらいずぶ濡れになった。
この暑さだ、どうせすぐ乾くさ。
街道筋の木立の陰が、色濃くなっているので道の端を歩けば、ずいぶんマシだ。
どちらにせよ、陽がかなり傾いてきて、このまま進むのも危ない。
パリカールだって疲れる。
「今日はここで休むか。」
「そうですね、パリカールも疲れたでしょう。」
「ぶるる」
ティリスは、パリカールのバケツを出して、その中に水を出している。
本当に魔法ってやつは、便利だな。
一家に一人魔法使いがいると、なにかとはかどる。
まあ、だいたい九五パーセントの家にはいないんだけどな。
「この辺に小屋を作るぞ。」
俺は、街道脇に一二畳くらいの小屋を持ち上げた。
ティリスは、小屋を確かめながら言う。
家の中は、いつものように土だから、あんまり代わり映えはしないんだけど。
「土魔法のウデが、上がってるんじゃないの?」
「ああ、さっき整理してもらったから、魔力の無駄がなくなった。」
「へえ、これは便利ですね。」
ウォルフも中に入って感心したように口を開いた。
ちゃんとパリカールの入るところも付いているぞ。
小屋の真ん中で火を焚いて、フライパンを温める。
ウォルフを追いかけたウサギの肉を、塩と胡椒で焼けば、いい香りがしてくる。
「兄ちゃん、ウサギのサバきがうまくなったなあ。」
「まあな、毎回やってりゃ要領も覚えるさ。」
「血抜きがじょうずだと、あとが楽ですものね。」
ティリスは、フライパンをのぞきながら言った。
「カズマさま、おいしいです。」
アリスティアは、マイペースだなあ。
赤道付近とはいえ、夜はやはり冷える。
小屋が有ると無いとでは、体の回復も雲泥の差と言うものだ。
「しかし、すごい土魔法ですね、こんなの見たことないです。」
ウォルフはお茶を受け取って、つぶやくように言う。
「あ?こんなもん、土ボコの発典型だよ、魔力なんてぜんぜん使ってないよ。」
「そうなんですか?土ボコって、初歩の土魔法ですよね。」
「そうだよ。生活魔法に毛の生えたようなもんだ。」
「へえ。」
「兄ちゃんの魔法は、桁がちがうからなあ。」
ラルは、笑いながらウォルフに返した。
「今度から、ヘタレて動けない演技でもするよ。」
「あはは、そりゃちげえねえ。」
「まあいい、そら焼けたぞ。ウォルフ皿出せ。」
「ぼ、僕ですか?」
「おまえが囮になって捕まえたウサギだ、お前に権利がある。」
「は、はあ…」
ウォルフは、おずおずと皿を出した。
どさっと音がするくらい、山盛り乗せたら皿を落としそうになった。
「ちゃんと持ってろよ、落とすともったいないぞ。」
「カズマ、あたしもどっさりー。」
ティリスは遠慮がねえなあ。
「はいはい、わかったよ。」
「カズマさま、私が焼きますのでお座りください。」
アリスティアが気を遣って、手伝おうとする。
「ああ、今日はいいよ。やりはじめたことだし、アリステリアも座って皿出して。」
「よろしいのですか?」
「ああ、ほら。」
俺は、アリスティアの皿に、肉を盛ってやった。
「まったく、ティリスはアリステリアを見習えっての、俺に対する気持ちが足りねーんじゃねえの?」
「え~、ふぉんなこふぉないれすよ~。」
「喰ってから言え!」
「しかし、喰いモン削ってまで本買うとは、勉強家もいたもんだな。」
「いや~、僕はばかだから、知らないことが多すぎるんです。」
「それで、知識を集めようとする行為が尊いじゃないか。知識を集め、知性を磨くのが美しいんだぜ。」
「そのとおりですよ!すごい、僕の思考をこんなふうに、明快にしてくれた人にはじめて会いました。」
「そうなん?」
「そうですよ!百姓の子が、本なんか読んでも意味がないとか、よく言われました。」
「野菜だって、勉強しなくちゃ作れないだろうに。」
「そうですよね!なんでみんな、そこがわかんないかなあ?」
「現状で満足しちまうからだろ、少し食えるようになると、努力をしなくなる。」
「ああ~、そう言う考え、アリですか~。カズマさんは、すごいですね。」
「よせやい、たいしたこと言ってねぇよ。」
昭和初期の、農村の考え方だヨ。
ちくしょう、気にいらねえ。
選民意識と、劣等感のまざったいやな思考だ。
そんな話をしながら、夜は更けていった。
気がつくと、俺の毛布の中にちっこい存在がくっついている。
「またティリスか…」
めんどくさいので、そのまま寝てしまった。
「おい、起きろティリス。」
毛布の中のちっこい塊に声をかけてゆすると、後ろの方から声がした。
「なんですか~カズマ、あたしはここですよ~。」
「へ?」
自分の毛布をめくってみると、その中にはアリスティアが丸まっていた。
「なんでシスターがこんなとこにいるですか!つか、この国のシスターは、人の毛布に入れと言われているですか!」
「そんなことないですよぅ?」
寝ぼけてティリスが答える。
「こら、シスター、起きないとそのでっかいチチ揉むぞ!」
「ひあ!」
アリスティアは、頓狂な声を上げて目を覚ました。
「ああ、カズマさまおはようございます。」
「いいから、おれの毛布から出てくれ。いったいどうしたんだ?」
「いえあの、シスター=ティリスに聞いたので、真似してみたんですが…」
「そんなこと真似しなくてもけっこうです!あなたも還俗する気ですか!」
「そうではありませんが…」
「興味本位で変なことすると、あとが大変ですよ。」
「兄ちゃん、モテモテだな。」
「それみろ!」
どちらにせよ、重荷を背負うのはまっぴらだ、今度こそお気楽人生を進むのだ。
ただでさえ、しょ~もない聖痕なんか背負わされて、使徒だのなんだの、その上司祭としてオシリスを祀れだの。
それだけでもめんどくさいのに、レジオを復興しろだの、手に余るっちゅうのさ。
できるところはやるけど、できないことはしない。
どうしょうもなくなったら本気でにげちゃうからな!
そんなことを考えながら、朝飯を腹に入れた。
レジオからマゼランまでは、都合二日の行程なので、もいっかい野宿しなきゃならん。
俺たちは、昼過ぎに先日作った土壁のあたりに着いた。
「ラルはここで拾ったんだ。」
「そうなのですね、とりあえずお昼にしましょう。」
ティリスは、急にしおらしくなってる、今朝のアリスティアの行動にびっくりしているからか?
俺たちは、土壁の前で昼飯にした。
「この前獲った、バッファローのステーキだ、たくさんあるから遠慮するなよ。」
「うわ~、バッファローなんて、よく獲れましたね!」
ウォルフは、いちいち驚くのでおもしろい。
「ああ、三十頭と少しいたので、全部獲ってレジオの難民に食わせたんだ。」
「す、すごい…領主様でもそこまでしてくれませんよ。」
「まったくだ、あのおじゃる伯爵なんざ、難民を追い払ってたからな。」
「そうだよ、出したの麦がゆ一杯だぜ。」
ラルも憤慨している。
「ま、出しただけめっけもんさ、言ってみるもんだぜ。」
「オシリスの加護に感謝を…」
アリスティアは、手を合わせてお祈りしている。
「ちぇ!オシリスなんざ、やっかいごとしか持ってこない。今度きやがったら、ぜったいケツ揉んでやるのに!」
『ひいい!』
オシリスは、突然お尻を押さえて飛び上った。
『どうなさったんですか?オシリスさま。』
ジェシカは、デスクの書類越しにオシリスに声をかけた。
『いえ、なぜだか突然、悪寒が…』
『最近多いですねー、エアコンの調子が悪いんじゃないですか?」
今日のジェシカは、海老茶のスーツにメガネで、髪をアップにしている。
ちょっとキャリアウーマン風。
あいかわらずティリスは、よく食べる。ステーキもおかわりして、健啖なところを見せている。
「まあ、食い物だけは死ぬほど持ってるから、太らなきゃ喰えばいいさ。」
ティリスは、ふくらんだおなかを押さえた。
「そ、それはちょっと遠慮したいですね。」
アリスティアは、口に入れた肉を呑みこんで聞いた。
「あ?太るの?」
ティリスは、あわてて言い返す。
「ふふふ太りませんよ!」
俺は呆れて言った。
「かむなよ。」
「アリスティアさんみたいに、胸だけ太ればいいですけどね。」
「こ!これは太ったんじゃありません!」
和やかな中にも、ちょっと針を含んで、昼食は進む。
「しかし、カズマさんの袋はいろいろ入ってますね、どのくらい大きさがあるんですか?」
ウォルフは、ウサギさんステーキを口に入れながら聞いた。
「これ?教会くらい入るよ。」
「す!すごい!」
「そうかなあ?こいつは魔法使い専用で、カギがかかるから安心なんだよね。」
「うわ~、じゃあ盗まれても、中身は出せないんですね。」
「そう、汎用品ならもっと簡単に作れるよ。」
「つくれるんですか!」
「かんたんだよ、作り方教えてもらったから。」
「うわ~、金貨がざくざくですね。」
「いや、あんま袋をたくさん作るのは、師匠から禁じられてる。」
「そうなんですか。」
「なんだ、ほしいのか?」
「ええまあ、今の袋ではそろそろ限界が…」
「なんだ、そんなことか、今の袋はどのくらいだ?」
「納屋一軒くらいです。」
「それでも大きいな、じゃあこれやるよ。納屋なら三つ分くらいは入る。」
俺は、小さな袋を出した。
「い、いいんですか?」
「こんなもんで金取ろうとは思わんよ。ほら、もってけ。」
俺は、ウォルフの掌に、袋を乗せた。
「うわ~!うれしい!」
ウォルフは、小躍りして喜んでいる。
「そうだな、少し喰いもん入れてけ、ウサギ三匹くらいは持ってないと、飢え死にする。」
おれは、ストレージからウサギを移動させてやった。
「ありがとうございます、助かります。」
「ウサギを捌くナイフと、フライパンと…」
いろいろと移してやった。
「勉強するのはいいが、それをどう生かすかも重要なことだと思うぞ。知識は生かしてこその知識だ。」
ウォルフは、頭をかきながら苦笑した。
「あ~、カズマさんの言うとおりですねえ。いまのところ、勉強が生かされてないです。」
ウォルフは、少し悔しそうな表情で、手元の皮袋を見つめた。
「まあいい、休んだし出発するか。」
「「「おう」」」
手早く焚火に水をかけてから、丁寧に土をかけて消火をして、パリカールを進ませる。
パリカールも、どうかすると根性がすわってきたのか、シャドウ=ウルフ程度ではあわててへまをするようなことがなくなった。
動物も学習するし、進化するんだよ。
まあ、ティリスの指示がわかりやすいって言うのもあるんだろうな。
便利な魔法だよな。
なんで、俺には使えないんだろう?
まあない物ねだりをしていてもしかたがない、今度ジェシカが来たら聞いてみよう。
ぽくぽくとのんびり進むロバの馬車は、ちんからりんとパンを売ることもなく、黙々と街道を進む。
岐阜県では、ロバの引く屋台が蒸しパンを売って歩いていたんだ。
ロバのパンで思い出したが、なんでここのパンが固いかって言うと、酵母を使ってないからだ。
重曹みたいな、膨らし粉で膨らませた、固いビスケットみたいな感じ。
ここはいっちょう、天然酵母を捕まえる作業が必要だな。
この街道沿いの、鉱石の落ちている原っぱに、いっぱい果物があるのであれでいこう。
帰ったらさっそくやるぞ。
馬車の幌の中で、固く手を握りしめたのであった。
距離的に、それほどでもない残りの旅程に、俺はパリカールの前にライトの魔法を浮かべて、薄暗い中も進むことにした。
少なくとも三時間くらいでマゼランに着くはずだ。
俺のライトは、持続時間が八時間くらいあるので、ぜんぜん消える様子はない。
それに、位置固定が容易なので、数個出して前方が照らせる。
「でもさあ、門が閉まっていて入れないんじゃないか?」
ラルは、自信無げに俺に言う。
「そんときはそんときだ、ワイロで開けてくれるならそれでよし、ダメなら門前で野宿すればいい。」
「そうか、それならまあいいか…」
ラルは、ひとり納得顔だ。
考えればわかるんだが、城門は対魔物用にかなり頑丈にできている。
開け閉めには結構な時間がかかるし、労力も必要になる。
おいそれと開け閉めできるようなもんじゃないんだよな。
馬車のまわりは、だんだん暗くなってくる。
夕闇がだんだん、真の闇になるころマゼランの城門が見えてきた。
「マゼランだ!帰って来たよ。」
ラルが城門を指差して叫ぶ。
「なんだかずいぶん長いこと離れていたような気がするな。」
俺は、高いマゼランの城門を見上げた。
「さて、中に入れてくれるかな?」
幸いに、まだ城門は開いている。
「こんばんわー、まだ通れるかい?」
「ああ?だれだよこんな時間に、ユフラテじゃねえか!おい、こっちはすげえ騒ぎになってたぞ。」
「あんだよ、騒ぎって。」
「おまえが、ひとりでレジオを解放したってぇウワサだ!」
「ああ、それなら間違ってない。」
「ほんとかよ!」
門番の兵士は、目をみはった。
「ああ、話すと長くなるから、また今度な。通っていいかい?」
「ああ、当分城門は閉まらないよ。領主さまん所に王都から早馬が来てな、まだ来るかもしれないから閉められないんだ。」
「へえ~え、おじゃるの伯爵んとこにねえ、何を言ったのやら。」
ゴルテス準男爵の報告と重なっているのかな?
「わからんが、隊長様が青くなってたから、いい知らせじゃねえな。」
「おやまあ、クワバラクワバラ。」
「ちっげえねえ。」
門番は、笑っているが、その話が本当ならお前たちの職にも影響のある話だぞ。
馬車はメインストリートに入り、少し行ってから左に曲がる。
職人街はいまだ、明かりがともって、ワーカーホリックのドワーフはとんてんかんと忙しい。
「チグリス!チコ!帰ったぞ!」
玄関で大声で呼ぶと、二人は駆け出してきて、俺をつかまえた。
「このやろう、無事だったか!」
「ユフラテ!けがはない?」
「ああ、このとおりぴんぴんしてるよ。」
「なんでもいい!さあ中に入れ!」
一行はぞろぞろと、チグリスの家に入った。
「びっくりしたぞ~、いきなりレジオの町の魔物を一掃して、解放したって聞かされた時は。」
チグリスの乱暴な歓迎に、俺たちは明るく笑った。
「俺自身もどっちかって言うと、びっくりしてるんだけどな。」
「そうなの?」
これはチコ。
「ああ、とにかく少しでも数を減らそうと、ワナ作ったり落とし穴掘ったり、大変だった。」
「へえ、それで、何匹ぐらいいたの?一〇〇匹?二〇〇匹?」
「ああうん、一万匹くらい。」
「「はえ?」」
「オークが二百匹くらいいて、ゴブリンが八千匹くらいいた。その他ハーピーやらホブゴブリンやらリザードマンなんかもいて、ワイバーンも二匹いた。」
「なんちゅうこったい!」
「仕方がないので、陰に隠れて少しずつ間引いて、がんがん袋に詰めたら、袋が四枚満杯になった。」
二人は、ムンクの叫びみたいに、口を丸くして絶句してしまった。
「ユフラテさんが帰ったって?」
チグリスの家の玄関に、ゼノが顔を出した。サリーとニコも一緒だ。
「おう、ゼノ心配かけたな。」
「なあに、心配なんかしてないさ。あんたなら、かならず無事に帰ると思ってたよ。」
「ちぇっ、おちおち怪我もできねぇな。」
いきなり大声で笑いだした一行。
「なんにせよ、ご無事の帰還、おめでとうさんでござんす。」
ゼノは手刀を切るように、腰に手を当てて仁義を切った。
「へい、ありがとうさんでござんす。」
「ぶっちゃけ苦しかったわ~。なかなか魔物は減らないし、後から後から出てくるし。」
「そりゃあ大変だったな。」
チグリスは、早速エールを飲みながら話を聞いた。
「も~!ザコのゴブリンなんかは、城門前にでっかい落とし穴掘って、川の水引き込んで水攻めよ。」
「なんとまあ、それ、土魔法か?」
「ああ、最後にオークキングとトロール鬼が出てきてさ、キングは三メートル、トロールなんか四メートルだぞおい。」
「うへえ、それは…」
「トロールは、丸太みたいな手足を何べんも切りつけて、ぶった切ってやった。」
チグリスの刀は役に立ったぜえ。
「最後は、クビに切りつけて止め刺した。」
「オークキングは、落とし穴に落として、ぶっとい槍で地面に串刺しにしてやった。」
チコだけじゃない、ニコまでが目をきらきらさせて、俺の話を聞いている。
「ほんで、ナイショだけど、武器が亡くなったのでランドル抜いちゃって、騒ぎになる前に隠しちゃった。」
「ちょ!ランドル抜けたのか!本当に?」
「だってほら。」
ストレージから出して、ゼノに持たせてやった。
「本物だ…」
レジオの住民なら、朝な夕なに目に入るものだからな、よく知ってるだろう。
「こんなもんいらんのだけど、ジェシカが抜けって言うからさ。」
「ジェシカ?」
「ほら、教会の壁画なんかにいるじゃん、赤い衣着た黒髪の乙女。」
「「「「「えええ~~~!!!」」」」」
期せずして、全員の声がハモる。」
「そんなこんなで、魔物しめて一万匹、皮袋四ッつにご案内さ。」
「い・いちまんびき?」
「うん、やっぱ一個では入りきらんかった。」
全員の目が点になったのは、言うまでもない。
「二日三日あとに、レジオのヘルム爺さんが来たので、一袋くれてやって当座の飯にしたんだよ。」
「ほえ~、そりゃまあ、二〇〇〇人が食うには困らんな。」
「ああ、だけど、ヘルム爺さんの西地区は、かなりの住民が助かってるんだけど、ほかの地区・特に東門のあたりは即座に全滅したらしい。」
「…」
「北も、南の住民も、半数が戻ってこないし、女子供は少ない。」
ゼノたちにしてみたら、聞くだけで気分のめいる話だ。
「マゼランからも、なにか救援物資が出せないか検討中だ。」
チグリスが、片方の眉を上げながら言う。
「あのおじゃるが、そんなことするのか?」
「いや、伯爵じゃない、冒険者ギルドが音頭とってる。」
「かってにそんなことしたら、おじゃるが怒るでおじゃる。」
「そうも言っていられないらしいぞ、王都から伯爵に出頭命令が来たらしい。」
俺は、エールを吹いた。
「はあ?出頭?おだやかじゃないな。」
「だって、避難民を追い払ったろう、あれが王都に伝えられたらしいぞ、そりゃあ王様もいい気持ちはしないだろう?」
「そりゃそうだ、俺は牛三〇頭食わしたけど、おじゃる伯爵は麦粥だけだもんな。」
「なんだよ、俺にも手伝わせればいいのに。」
チグリスは、不満顔だ。
「まあ、急いでたからさ。」
「兄ちゃんすごかったぜえ!城門の上から男爵の館の塔を魔法でぶっとばして、魔物を殲滅してた。」
ラルの説明に、チコとニコも目を丸くしている。
「まずは、城門の所にいたゴブリンをこっそりやっつけて、階段を確保してな、それから城壁の上のゴブリンを少しずつやっつけたんだ。」
それにしても、よくあの丘の上から見えたもんだな。
「そのあとどっかんどっかん魔法ぶっぱなして、ゴブリン吹っ飛ばしてた。」
ちくしょう、あれはやり方がまずかったな。
「広場にでっかい穴掘って、ゴブリン埋めてた。」
「だって、数が多いんだもん。まとめてやっつけるのに、アタマが回らんよ。」
「そうだな、しかしまあよくやったよ。特に、トロールなんか、よく一人でやっつけたな。」
チグリスは、グラスを開けてため息をついた。
「実際、死ぬかと思った。俺も、足やられて、必死で逃げたもん。」
「へえ、そりゃまた…」
「あこで、ジェシカが来てくれなかったら、俺、確実にあの世行きだったな。」
あれは、思い出すと、背筋が冷える。
「そのジェシカさまって、本当にジェシカさまなのか?」
「わからんよ、自分で言ってたんだし。まあ、オシリスさまも出てくるくらいだから、本物じゃないか?」
「すっげえなあ、ユフラテは神の使徒だったのか。」
「そんなもん、俺自身はたいしたことないよ。」
俺は、肩をすくめた。
「たいしたもんだよ、魔物一万匹だぞ!それも単独で、A級冒険者でも、そんな無茶はやらんぞ。」
チグリスが言うと、ティリスが同調した。
「そうだよ、無茶しすぎ。」
それを聞いて、チグリスがティリスにたずねた。
「そう言えば、シスターたちは教会に行かないんで?」
「ああ、私はカズマと一緒にいます。」
ティリスは、あっさりと口にする。
ついでにお茶を飲む。
「私も、カズマさまのおそばにいます、いつジェシカが降臨するかわかりませんから。」
アリスティアも、俺の横で静かに言った。
「か、カズマってなんだ?」
アリスティアの言葉を拾って、チグリスが聞く。
「ああ、それ、俺の本当の名前。カズマ=タニ。オシリスに教えてもらった。」
「なんとまあ、びっくりすることばっかりだな。」
「で、最後にブルードラゴンをボコって、追い払っちまったんだ!」
ラルが、悲鳴のように叫んだ。
「最初はボコったけど、最後は虫歯治してやったんだよ。お礼にこんなもんくれた。」
俺は、青い鎧を出して見せた。
「なんだこれ!聖凱じゃないのか?」
「わからん、俺とティリスにくれたんだ。」
「シスターももらったんですか?」
「ええ、カズマとおそろいで。」
ティリスは、アリスティアを牽制しているようだ。
アリスティアに流し目をくれた。
「しばらく会わない間に、とんでもない奴になってるな。」
「とにかく、俺はしばらくレジオの町の復興を手伝わないといけないんだ、だからあの家はゼノにまかそうと思う。」
「俺に?」
「ああ、好きなように使ってくれ、俺はこっちの用事を済ませたら、すぐにレジオに戻らなきゃならん。」
「じゃあ、家の金は払うよ、すぐとは言えないが。」
「バカ言え、まあ家の管理もいっしょにやってくれ、それでチャラだ。俺とラルは、当面レジオで暮らすことになる。」
「それじゃ、悪いよ。」
「かと言って、せっかくなおしたのに、だれも住んでないとまた悪くなるじゃないか。」
「そうだな。」
「それとも、ゼノもレジオに帰るか?」
「いずれは帰るよ。」
「そうだな、家は壊れていても、金はないもんな。」
俺も、あの惨状を思い出すと、なんとも言えん。
「そう言うことだな。」
ゼノは、あれを見てないからな。
「じゃあ、やっぱ家の管理は頼むわ。サリー、いいかな?」
「ええ、いいわよ。旦那のケツ叩いておくわ。」
「よろしく。」
「ケツたたかれるのは決定なのかよ!」
その晩は、ゼノと家に戻って泊まることにした。
なんだかんだで、ティリスとアリスティアも着いてくる。
「あんたたちゃあ、教会に泊まるんでないかね?」
チグリスが聞くが、ティリスは笑って言う。
「私は、こちらにはツテがありませんので、カズマの所に寄せてもらいます。」
ティリスが言うと、アリスティアも食いつく。
「わ、私も一緒に…」
「あなたは、こちらの教会に宿舎があるじゃありませんか。」
「で・でも!」
「まあ、今夜くらいは我慢なさいませ、まだ教会に報告もしていないんでしょう?」
「そうでした…」
「じゃあ、教会まで送っていくよ。」
アリスティアは、ぱあっと顔を明るくした。
「じゃあ、あたしも一緒に送っていく。」
途端に、黒酢五リットル一気飲みしたみたいな顔になった。
「お前が着いていくと、教会に泊まることになるがいいか?」
「その可能性は高いわね。やめた、ここにいる。」
「いえいえ、ぜひご一緒に教会にまいりましょう、司祭様にも報告しないと。」
「やだやだ~!ここにいる~。」
「ああ、本当にな。ティリス、こっちの司祭様にも報告しておいた方がいい。レジオがどんな様子だったかを。」
ティリスは、急に真顔になった。
「そうですね…わかりました、一緒に行きましょう。カズマは、来なくてもいいです。」
「そうはいかんだろう、女の子二人で夜に出歩くなんて。」
「あら、女の子って認めてくれるんだ、最近の扱いの雑さにあたしはいらない子かと…」
「イヤミ言うな!」
チョップちょっぷ
「いたた、わかりましたよぅ。一緒に行ってください。」
「じゃあゼノ、ラルを頼む。俺は教会まで行ってくるよ。」
「わかった、こいつを洗濯しておけばいいんだな。」
「そゆこと。耳の後ろまで、徹底して洗ってくれ。」
「うぎゃ~!」
俺たちは、チグリスの家を出て教会に向かった。
なぜか、チコも着いてくる、まあいいんだが。




