第二十一話 ロバくんはいくら?
ここ三日、アランたちと毎日模擬戦である。
おかげで、ミシェルやマルケス通りの兄弟の訓練が滞っている。
朝の走り込みだけだ。
ま、マレーネは自分から訓練しているみたいだが。
朝から晩まで、こっちがヘロヘロになっても待ったなし。
はっきし言って、ありがた迷惑なくらい熱心に通ってくる。
しかもアランだけじゃない、盾職のごついのとか、細剣のイケメン(ジーゲ)とか、おもしろがって遊びにくる。
だーかーらー、俺がゲロはくまで追い詰めるなってば、真剣殺すぞコラ!
練習場は土ぼこりがひどいから、けたぐり食らってひっくり返ると、口の中じゃりじゃりになるんだよ!
汗で、シャツにも土がくっつくし。
もう、お昼ごろには腕も上がらなくなるくらい疲れている。
それでもしつこく攻撃してくるのを、手も上げられずに、体だけで右に左によける。
おかげで、テキさんは地面叩いたり、自分をたたいたり。
木剣でなかったら、足が切れてるぞ。
おかげで、体力だけはウナギ登りだわ。
俺は俺で、昔ならった剣が、ようやく体になじんできて、技も繰り出すようになってきた。
「そこでそんなことするか?」
アランが、毎回目を白黒させる。
この国の剣法では、セオリーにないものが多いらしい。
「ちくしょう!ウナギみたいに!」
やせっぽちのイケメン・ジーゲが、くにゃりとよけた俺を追撃してくる。
基本、弓職らしいが、剣もうまい。
あたりまえか、Cランクは伊達じゃない。
この国の剣は、両刃の直刀だからな、たたくのが基本だし。
真っ向唐竹割りみたいに、縦の上下がセオリーだ。
それたらすると、突く薙ぐ、上段下段八双と、変幻自在の俺の剣は目新しいらしい。
ま、なんか覚えているようなんだけど、その先は知らねえ。
「ちくしょう!もう手があがらねえ!」
「口が動くうちは、まだ全力じゃねえよ。」
アランは、せせら笑っている。
このやろう、体力の化け物だぜ。
分厚い胸板が、笑いながら上下する。
四チコ分だ。
チコ四人並べると、同じ厚さになる。
自分だって、かなり息は荒いぜ。
「まあ、そろそろ昼飯だ、このくらいにしようか。」
「ああ。」
そう言ったとたんに、膝が崩れる。
パーティの連中は、ぞろぞろと練習場を出て行きやがる、余裕あんな~。
まあ、四対一だからな、そのくらい余裕はあるさ。
俺は、くたりと寝っ転がった。
ミシェルやマルソーがのぞきに来て、なんか言われる前に逃げた。
ま、巻き込まれちゃかなわんわな。
俺も、自分がいかにまだまだだったか、思い知った。
上には上がいる。
現状で満足してちゃ、上には行けねえよ。
さすがに、CクラスとDクラスの間には、深くて暗い川がある。
こんなに差があるんだ。
「もう動けねえ。」
チコが昼飯に呼びに来たようだ。
「ぼ~っと生きてんじゃね~よ!」
「うお!きびしいなチコ。」
「チコちゃんと呼びなさい、お水あげないわよ。」
「それは、よっちゃんだ!」
古いネタですみません。
チコから水を貰って、ようやく人心地ついた。
「どう?きびしい?」
俺はやっと座り込んだ。
「厳しいというか、無駄がどんどん削られていく感じだな、前はこんなに無駄に動いていたのかと気づく。」
「へえ。」
「チグリスが言う、鉄の無駄なところをそぎ落とすって言う感覚がわかるわ。」
「なるほどね~、どう?ごはん食べられそう?」
「ああ、朝食ったもんは全部吐いちまったから、腹がからっぽだ。」
俺は立ち上がって、チコの前に立った。
「やあねえ、れでーのまえで。」
「それは、すんまそんでした。」
俺たちは、手をつないで家に帰って行った。
午後からはルイラ先生の魔法の講義も入ってくる。
ぼん!ぼがん!ぼぼぼぼぼ!
練習場のそこかしこに穴が開く。
俺を中心に四方八方に勝手に飛んでいく火の玉。
着地と同時に爆発する。
大きい爆発するものと、ちいさく焦げるもの、いろいろだ。
安定していないのがよくわかる。
「なにやってるのよ!一個よいっこ!なんで、いっぺんに八個もでてくるのよ!」
ルイラの前には、ドッジボールくらいの火球が浮いている。
それをまねて、俺も火球を浮かべようとするんだが、一気に八個もでてきて、しかも制御をはずれてその辺に飛んでいく。
周りで練習なんて、危なくてできたもんじゃない。
事実、俺の魔法の練習が始まったら、みんな隅っこに移動して、木陰で休んでやがる。
おっかしいんだよ、着火の魔法はうまくいってるのに。
「ほら、いっこでいいんだから、集中する!」
「ははい!」
「着火の魔法は、生活魔法!火魔法とは別もんだと思いなさい!」
集中集中!
いっこ…いっこ…
ぼがん!がぼん!ぼぼぼぼ!
「うひゃ~!」
それでも一個減ったぞ。
ごきい!
ルイラの太い杖が、俺の頭を直撃する。
「なんで、いっこって言ってるのに、七個も出すかなこのアタマは。中身はいってんの?」
「いてえいてえ!やめて~!」
頭を抱えるルイラ、額に縦筋も入ってる。
背中にはオドロ線のかたまりが浮いている…
「わかった、こうしよう。」
ルイラは両手を胸の前に出して、小さくまえにならえ。
「これでどう?」
両手の間には、いつものドッジボール。
「これをこうよ。」
ドッジボールが、小さくなってソフトボールの大きさになった。
しかも、色が青白い。
「どう?凝縮して小さくするの。」
ぽいっと投げると、練習場に穴が開く。
ばごん!
「こ、こうかな?」
七つ出た火球は、手の間に集まって、ぎゅうっと固められる。
…わけねえ!
がっぼぼん!
火球はまとまった途端に、でっかくなって破裂した。
「てい!」
かきんかきん!
「ていっ!ていっ!」
飛び散る火急の破片を、杖の先で器用に弾き飛ばすルイラ。
ちゅいん!ばごん!ががが!
ルイラの周りには、小さなクレーターが多数出来上がる。
「あっちい~!」
運の悪いヨールが、ケツに直撃を受けて、跳び上がった。
避難していたはずなのに、ルイラのケツに見とれて近づくからだ。
「ほら、もう一回!このくらいで魔力は尽きてないでしょ。」
そらまあ、そうなんだよ。
なんだか、ぜんぜん減った気がしない。
どうなってんだこれ?
疲れもしない。
なにはともあれ、火球の凝縮だ。
縮めて縮めて縮めて…
あれ?
なんか青色通り越して、白くなってきたぞ。
「ちょ!やめてやめて!それ!鉄が溶ける!」
ルイラがなんか叫んでいる。
「自分の魔力だから、熱くないんだよな。」
「そうじゃなくて、あたしが熱いの!」
「そうか?」
「だから、あっちに投げて!」
「ああ…うん。」
ぼがあああああああんんんんん!!!
ぽいっと投げた火球は、猛烈な爆発を起こした。
「げほげほ!な、なにすんのよ!」
「投げろって言ったじゃん!うげえ、なんだこれ?」
まわりでは、避難していた野次馬が、こっちを盗み見ている。
ルイラは、顔も頭も煤で真っ黒になっている。
「あんたねえ!凝縮しろって言っても、限度ってものがあるでしょうが!」
「へえ…」
「へえじゃない!あんな鉄も溶けるような温度に凝縮したら、地面に落ちたら爆発するの当たり前でしょ!」
おっしゃる通り、地面が溶けてガラス状になっている。
ありゃ、そうとう熱いぞ。
あ、ヨールのケツが燃えて、走り回ってる。
運の悪い奴。
「ああ、そう言うことか。」
「ばかー!この、おばかー!」
ルイラは、いつもに似せない、大声で叫ぶもんだから、肩でぜえぜえ息をしている。
本気で怒っているな。
「ごめん、ルイラ。」
「まったくもう、方向性は間違ってないけど、七つも火球を凝縮したら、温度が上がりすぎるのよ。」
「ああ、そうか。」
「とにかく、今日は、一個!一個になるように練習なさい!」
「わかった。」
「じゃあ、行くわね。」
「どこに?」
「宿屋!こんなに真っ黒じゃいられないでしょ!」
ルイラも自分を落ちつけようと、必死になっているのがわかる。
俺は、心から反省した。
「そうか、ごめん。」
「いいわよ、じゃあ、ちゃんと練習するのよ!」
「うん、やっとく。」
ルイラは、急ぎ足で練習場を出て行った。
まあ、しょうがないよな、俺が魔力を安定できないのが悪いんだし。
その後、夕飯までかかって、やっとこさ三個まで減らすことに成功した。
長い道のりだった…
まだ二個多い…
翌日、アランはかなり憔悴していた。
「ど・どうしたんだ?」
「おめえのせいだよ。」
目が落ちくぼんで、目の下に盛大なクマができている。
「へ?」
「おめえが、才能見せるもんだから、ルイラが興奮して寝かせてくれなかったんだよ。」
「あ・ああ・あ~あ~、…ゴメン。」
なんか、スマン。
「わかりゃいいんだよ、だから今日は昼前休んで寝る。」
「わかった、自主練してるよ。」
「たのむ、もう限界だ。」
言うなり、アランは木陰で眠ってしまった。
なんかいろいろスマン。
俺は、アランの枕元に、四リットル樽に入った酒をお供えした。
ち~ん
おかげで時間ができたので、それからの時間は火球の数を減らすことに没頭した。
人間追いつめられればなんでもできるものだ、昼飯少し前までになんとか一個にすることができた。
喜んだのはルイラである。
「あんたはやればできる子なんだから、せいぜい修行しなさい。」
「ほえい。」
「気の抜けた返事ねえ、ほら、凝縮。」
「はい。」
バスケットボール大の火球をぎゅっと凝縮して、ハンドボールくらいにする。
これくらいなら、温度も上がりすぎず、色も明るいオレンジだ。
「そう、それでいいのよ。はい、的に向けて打ちだす!」
「いけ!」
ぎゅうう~んんん
ばごおおおおおおんん!
的は、木っ端みじんに吹き飛び、地面にちらばった。
「すごい進歩だわ!これなら、次の段階にいけるわね。」
やっと火魔法卒業である。
次は?
「次は、水魔法ね。」
「水…」
「これも、玉にするところから始めるのよ。」
「はい。」
ルイラは、手のひらにピンポン玉くらいの水玉を出して見せた。
「はい、水。」
「う~ん、魔力の流れは読めた。」
「やってみ。」
「水…」
直径1メートルほどの水玉が出てきて、ルイラの頭上に浮いている。
結果は火を見るより明らかだな。
ずばしゃあ!
「…アホ。」
ルイラは、地獄の底から聞こえるような、低い声で罵倒した。
ローブも何も、水浸しで、体に張り付いて色っぽい。
「見るな!」
がきん!
ルイラの太い杖が、俺の頭上に急降下してきた。
火魔法と風魔法を複合して、温風を作りだすと、ルイラの濡れた衣装はあっという間に乾いてしまった。
「おしい。」
「なんか言った?」
「いえ、なにも。」
「そう、じゃあもう一回ね。出現場所は、あそこにしましょう。」
指さした先には、ヨールがいた。
「そりゃ悪いよ。」
「ユフラテが落とさなきゃいいでしょお?」
ええまあ、そのとおりなんですがね。
落ちる前提で、ヨールの上を指定しているような…
「魔法なんて、回数よ!何度も失敗して覚えるんだから、すぐにやりなさい。」
ヨール、失敗したらごめんな。
俺は、できるだけ小さくなるよう魔力を削って、水の玉を出現させた。
成功だ!
ヨールの上には、野球の球くらいの、小さな水玉ができている。
「上々ね。」
「あっ!」
ぱしゃり。
「うっひょ~!」
はんば居眠りしていたヨールは、これで目が覚めたらしい。
一気に跳び起きた。
「ゴメン、ヨール。」
「んだよ、ユフラテかYO。」
ヨールは、ベルトから手ぬぐいを抜いて、顔を拭いた。
「用意がいいな。」
「夏場は、汗っかきなんだYO。」
「そりゃよかった。」
ヨールは、早々に避難した。
「なあなあ、ルイラ、こういうのはどう?」
俺は、火魔法をマイナスに転換して、水玉を氷にして見せた。
「なにこれ?どうやったの?」
「え?火魔法は熱いほうにシフトした魔法だから、反対向きにしてやったら温度が下がって、凍った?」
「自分でもわけわかってないんじゃない!」
「ああうん、温度の動きが火魔法だと思ったから、熱いのはプラス、冷たいのはマイナスって定義付けたんだ。」
「めんどくさいこと考えたわね。」
「で、水魔法に、マイナス火魔法を加味したところ、めでたく氷になったってこと。」
「その論理は、いかがなものかしらね?」
「いいじゃん、この世界、意外とアバウトにできてるし、氷魔法なんて特別に覚える必要はないんだな。」
「氷屋にあやまれよ!」
実に魔法はバリエーションが付けやすい。
この世界の住民は、雷の論理がわかっていないから、雷魔法なんてものは使えない。
しかし、俺は水魔法と風魔法でおもしろい実験をした。
つまり、水蒸気を風でかき混ぜて、積乱雲を作ったんだ。
当然、そこに摩擦が生じて、静電気が発生。
めでたく雷が落ちた。
「ついでにルイラのカミナリも落ちた。」
「あんたなにやってんのよ、あたしまでしびれたじゃない!」
「すんません。」
その後、ルイラはまじめな顔になって言った。
「しかし、これは新しい魔法ね、革新技術だわよ。」
「そうなん?」
「雷魔法なんて、あたしの師匠だって使えないわよ。あんた、革命をおこしたわね。」
そんな大げさな。
「ばかいってんじゃないわよ、これ本当にすごい魔法なんだから。」
ルイラはかなり興奮している。
「いい?この世界の人間は、どうして雷が落ちるかなんて、知りもしないのよ。でも、あなたは知っている。」
「うん。」
「その差が、いまの魔法よ!」
正直、こんなこと知っていても当たり前だと思っていた。
「歴史に名を残すわよ。」
「いや、そんなのは遠慮したいわ。」
「え・でも…新魔法開発した人は、登録されるのよ。」
「じゃあ、ルイラの名前でいいじゃん。」
「それはだめよ、あたしもプライドがあるからね。」
「うわ~。」
「ああ、いいわ。悪いようにはしないから。」
「はあ…」
「それより、次は治癒魔法をやりましょう。」
「治癒魔法?」
「そう、怪我や病気を治す魔法。いちばん需要が高いわよ。」
「そっすか。」
夜になって、治癒魔法の講義が入った。
…で、始まったのは地獄のような時間…
「すべてはイメージよ。あなたはできる。こんな傷はすぐに元に戻る。」
いや、痛いから!ナイフで指を切るのやめて!
うげー、痛いって!
治れ治れ治れ治れ…
「魔力を集中して、魔力で傷口を巻く感じ。ほら、治るわよ。」
治れ治れ治れ治れ!
「もっと集中して。」
ふさがるふさがるふさがる…
「そうそう、魔力が循環するわよ。」
循環、まわる、まわる、治る
「ほらふさがった。できたわ。」
できた…三日目にして、やっと傷がふさがった。
「いい感じよ。こんなに習得が早いなんて、やはり、あなたの魔力は強力ね。」
「先生がよかったからだよ。」
「あら…」
さすがに、毎日指を切られては、真剣にやらざるを得ない。
たとえそれが、自分の治癒力が上昇した結果であっても。
なんとなく、治癒魔法なのか自分の治癒能力なのか、イマイチ自信はないよ。
「ファイアーボールもだいたい出るようになったし、ウオーターボールも出る。練習しだいで、どんどんうまくなれるわ。」
それならありがたい。物理的な攻撃だけでは、なかなかはかどらないもんな。
「土魔法も、基本が入っているから、練習次第でいろいろ出来るようになるわ。まずは練習よ。」
「はい~。」
土ボコで、穴掘りまくったからな。
土魔法は得意なんだよ。
剣も魔法も、かなり上達した。
もともと剣は習っていたようなので、しみ込むのが速くて助かったし、魔法も素地があったのか、上達が早い。
遠距離から隙を突くことができたら、こっちは安全だ。
マレーネが、うらやましそうにこっちを見るけど、代わる?杖で殴られるけど。
マレーネは、涙目でふるふると顔を横に振った。
ちくせう。
「明日は少し違うことを覚えましょう。」
ルイラ先生は、満足そうに笑ってうなずいた。
まあ、口では嫌がっているが、実際にはめきめきと上達しているのがわかって、ランク上げが容易にできそうなのがありがたい。
目指せCランク。
「今日は魔法の袋を作るわ。」
ゲロはいて、昼飯食らったら、ルイラ先生の講義が始まった。
脈絡がない話しぶりは相変わらずだ。
「魔法の袋って…そんなかんたんにできるもんなの?」
「かんたんじゃないわよもちろん。」
「じゃあそんなもん、初心者にさせるなよ。」
「ばかね、できないヒトにやれなんて言わないわよ。もうユフラテにはその力があると、私が認めたから言うのよ。」
なんでも師匠の許しがないと、魔法は勝手に使えないそうなんだ。
魔法使いの世界もむずかしい。
「あるの?」
「あるかどうか、作ってみましょう。」
ルイラは、テーブルの上にこぶし大の皮の袋を取り出した。
「これは、なんの変哲もない皮の袋です。」
はあはあ。
俺は首をかくかくと振る。
「さて、ここも魔力の流れを感じながら、この袋の中に世界を感じるのよ。」
「世界?」
「とりあえずは、この中に馬小屋いっぱいくらいの世界を感じて。」
ああそういうこと、空間を感じるようにすればいいのか。
世界っていうから、そんな広大なものどうするんだとおもったんだけど、ルイラはうまく言葉を使えないんだな。
「ほら、できてきたでしょう?袋の中の世界が広がってきたわよ。」
俺は、中に馬小屋が入っているイメージで、魔力を循環させる。
右手から左手へ、魔力を流し、エネルギーが袋の中で滞留を始める。
「いい感じよ…ちょちょっと!入れすぎ!止めて止めて!魔力を止めて!」
ルイラが慌てて、俺の手を押さえた。
「もういいのか?」
「もういい!これ以上やると、袋がはじけるわ!」
おれは、魔力をこめるのをやめた。
「あ~あ、信じられない。この中、教会くらい広くなっているわよ!あなた、なにやったの?」
「いや、言われたとおり、魔力を込めて…」
俺は、言われた通りやってるんだが。
「やりすぎよ…まあ、使えなくもないわね。これからは、もっと魔力の制御を考えなきゃ。でも、これで多少の荷物は気にならなくなったわ。」
まあ、マゼランの教会は二万人には過ぎたる建物と言われているからな。
その大きさだったら、ちょっとやそっとじゃいっぱいにはならんわな。
「そりゃありがたい。」
「しかも、これ汎用になってる…とんでもない魔力ね、ユフラテは最初にこれだけの魔力って、区切って考えたほうがよさそうね。」
あ~、無意識に魔力が強く込められているのか。
「ああ、エネルギーを定量化するのか、そのほうが使いやすいものな。」
「これからは、そういう使い方を練習して…」
「わかった、そうする。」
講義と皮袋つくりで、二時間ぐらいはかかったかしれんが、今日の講義がいちばんよかった。
結局、皮袋は二つ作った。
実は、最初に作った袋は、汎用品になってしまって、鍵がかからない。
中がむっちゃ広くなったので、かなりお値打ち品になった。
「これは、ほかのヒトに、魔力のないヒトに使わせなさい。売ってもいいわ、いいお金になるわよ。」
いいお金って、売ってもいいのか?
「ええ、そして魔術師専用のこの袋は、ほかのヒトが使えないように、鍵がかかっている。これが重要。あなた以外には開けられない。」
「なるほど、なにか入っていても盗めないのか。」
「そう。」
これはありがたい、ルイラの説明は言葉の意味をよく吟味すると、理解しやすくて魔法を自分のものにできる。
「じゃあ、講義は今日でおしまい、私たちは明日護衛をして、王都に行くことになったわ。」
ルイラは、俺のいれたお茶のカップを持って、こちらを見た。
「王都?クレオパでなくて?」
「ええ、クレオパはその後になった。」
「そうか。」
「また、ここに来る。そのときは、一緒にクレオパに行きましょう。」
「うん、そのころにはもう少しマシになってるよ。」
ルイラは、にっこりと笑った。
こういう顔をすると、人妻って気がしないくらいかわいいんだけど、この世界では十五で成人だし結婚もかんたんに進む。
アランは粗暴だけどいいやつだしな。
しばらくお茶をしながら、ぽつぽつと会話をして、苦しかった一週間が終わった。
おつかれさまでした。
「チグリス、これやるよ。」
俺は、チグリスの家に帰ると、テーブルの上に革袋を置いた。
「なんだこれ?」
俺は、皮袋をチグリスに渡す。
「魔法の皮袋…」
「な!なに~!」
「ここをこう開けて、入れたいものに向けると、この中に入る。」
「そりゃ知ってる!こんなもんどうしたんだ?」
「作った。」
「つくったあ?」
「ああ、ルイラが教えてくれたから、作ってみたら汎用になっちまったから、チグリスにやる。」
チグリスは、袋を両手で持って固まっている。
「どうした?」
「これ、中はどんだけあるんだ?」
「ああ、教会一杯くらいだから、小さいよ。」
「教会?」
「どしたん?」
「教会一杯の皮袋は、金貨三〇枚するんだよ。」
「へ~、そうなんだ、よかったじゃん。」
「こんなもんタダでもらえるかよ。ウルフ十匹はいるやつでも銀貨五枚するんだぞ。」
「そう言うなよ、おれが作ったもんだ、チグリスの役に立てばうれしいよ。」
チグリスは革袋をじっと見つめてから、俺に目を向けた。
「いいか、こんなことができるって、世間には言わないほうがいい、面倒が近寄ってくる。」
「そうかな?」
「大手の商人なら買ってくれるだろうが、悪いやつなら盗みに来る。」
「そうなのか?」
「そんなもんさ、だれでも余裕はないさ。わかった、これはありがたく使わせてもらう。」
「こっちは俺専用。鍵がかかる。」
「お、それはいいな、大きさは?」
「ん~教会くらい?」
「でかすぎだろ!どうやったんだよ。」
「やれるだけ魔力を送ってみた。」
ウソ、途中で止めた。
嘘も方便と言うものさ、俺の魔力は予想より大きくて、一度に放出する量も多いらしい。
つまり、放水ホースの径が太い感じ。
つまり、普通の十三ミリホースより、二十ミリホースの方が一度に出る水の量が多いみたいに。
「は~信じられない。」
「理屈は半分くらいしかわかってないけどな。」
「それでも、その大きさだったら金貨三十枚以上するんだけどな。」
「ほえ~、金貨三十枚つったら家が建つじゃん。」
「そうだな、おまえくいっぱぐれがなくなったなあ。」
そう言うもんでもなさそうだよ。
なにせ、これで商売をしようとすると、王家から待ったが出そうだもの。
つか、おかかえか、囲い込みか、奴隷紋で縛るか…
こわやこわや
当分はだんまりで行こう。
相手がチグリスだからよかった。
たとえば、チグリスの弟弟子だからってマソプに話そうとは思わないよ。
この間、気が付いたんだが、この町には風呂がない。
みんな川で水浴びしたり、絞った布で体を拭いたりしている。
気候が乾燥しているので、それほど気にはならないが、やっぱさっぱりしない。
クリーンの魔法だけでは味気ないんだ。
ただこの季節だ、井戸から水をかぶってごしごしってのが一般的だが、ほこりと汗で気持ち悪いったらない。
「う~ん。」
「ユフラテ、どうしたの?」
「なんだかな~、風呂に入りたいのさ。」
「フロ?ってなに?」
「うん、こうお湯がいっぱいはいったでっかいオケがあってさ、そこにざばーっと入るんだよ。」
「めんどくさいねえ。」
「そうか?汗とか流せていいんだけどなあ。」
「ふけばいいじゃん。ユフラテはクリーンの魔法も使えるし。」
「そういうのとは違うのさ。こればっかりは口で言ってもわからんなあ。」
「そう?」
俺はちょっと悩んでしまった。
「チグリス、ちょっといいか?」
俺は、鉄をがんがん叩いているチグリスに声をかけた。
「なんだ?」
「あのなあ、これくらいの鍋が欲しいんだけど、鉱石どんなもんいるだろう?」
「ああ?そうだないいやつでも馬車半分はいるぞ。」
「川ですくってもダメか?」
「お前を拾った森あたりの鉱石なら質がいいから、川ですくうより楽だ。」
「そうか、じゃあ拾いに行ってみるか。」
「って、お前ひとりじゃなにがいいかわからんだろうが。俺も行くさ。」
チグリスは、金づちを放り出して立ち上がった。
「いいのか?あれ。」
「いいよ、ノリが悪かったんだ。ちょっと質が悪いのかな?イマイチうまくいかない。マソプ、あと頼む。」
マソプは手を挙げて答えた。
俺は、マソプに酒びんを持たせた。
あいつもいつまでいるんだろう?
正月もこっちで過ごしたんだぜ。
「へえ、チグリスでもそう言うのあるんだ。」
「ドワーフにだって、言うことを聞かない鉄もあるさ。」
「そんなもんかね?」
チグリスは、外用の帽子をかぶって出てきた。
俺は、ロバを小屋から出して、馬車につないだ。
「おし、行くぞ。チコ、行ってくる。」
「あたしも行くよー、ちょっと待って。」
麦わら帽子を頭に乗せて、チコも走ってくる。
ちっこいパナマ帽みたいなやつだ。
「まあ、街道沿いだからいいけど、得物は持ってろよ。」
「うん、弓もナイフも持ってる。それに、ユフラテのそばにいるから大丈夫。」
「へ、そうかい?」
チグリスは、愛用のハルバートを馬車に乗せて、御者台に乗った。
こいつがカッコいいんだよ!
槍の両脇から斧の刃が出ているんだけど、そいつが前はすぼみ気味で後ろに向かって開くようになっている。
引っかけてぐいっと引くと、簡単に首だけ取れそうだ。
よく切れそうだし、すっげえカッコいい。
「帰りは歩きだからな、行きだけでも楽させてもらうさ。」
チグリスは、荷台に座った。
かぽかぽと、のんきな音を立てて、ロバは街道を進む。
俺の立っていたカンバの森は、のんきな陽の光をお浴びてはっぱをキラキラさせている。
見方によっちゃ、高原のリゾートに見えないこともないくらい、平和なもんだ。
別荘とか立てたら、まんまリゾートだぜ。
「これでモンスターとか出なきゃ、いい所なのにな。」
俺は、回りを見回しながら言った。
「しょうがないさ、それがこの世界の習いだからな。」
「あー、とうちゃんセンブリがあるよ、取ってこようか?」
「センブリか、そうだな家の畑に埋めておくといいな。」
チグリスの家の裏には、小さな畑がある。
葉っぱものとかが生えているんだ。
あの、板とか薪とか積んである一角。
チコは、道端の薬草を取りに道に下りた。
だいたい、道端にごろごろと鉄鉱石が顔を出している、このへんの地層ってどうなっているんだろうか?
なにやら上の土をごっそり持ってかれたような感じだけど。
「いっぱいあったよー。」
チコは、センブリを根こそぎ取ってきた。土がたっぷり付いている。
ナイフで掘り起こしたらしい。
「こうしておけば、畑に植えてもすぐつくからね。」
「なるほど、これは何の薬草なんだ?」
「おなかが痛いとき、干した根っこを煎じて飲むのさ。すぐ効くよ。」
「へえ、腹痛の薬なのか。」
なんてぇことを言いながら、ぽこぽこ進んでいると『俺とチグリスが出会った』ところに着いた。
「なんか変わってないなあ。」
「当たり前だのクラッカーってんだ。こんなとこほいほい変わってたまるか。」
「まあそりゃそうだ。」
向かいには、大きな果物がごろごろある。
俺たちは、てんでに馬車から降りて、鉱石を探しに草原を歩いている。
チコは、ロバを連れて草を食べさせている。
今日は、ノントラブルで過ぎそうだ…なんてこと考えると、フラグが立つんだよな。
「とうちゃん!ユフラテ!あそこ!」
チコの声で、指さすほうを見るとなにやら黒い影が見える。
「なんだ?」
「シャドウ=ウルフだな、こんなとこまで出張ってきやがって。」
「まずいな。」
前に獲ったシルバーウルフよりは小型で、ブラックとも言われる。
俊敏さでは、こっちのほうが上かもしれない。
「数が多いんだよな、一匹いたら三〇匹くらい集まってくる。」
こいつの遠吠えは、良く通るので仲間を呼びやすいそうだ。
「ゴキブリかよ。」
「ロバが狙われるといかんな。」
チグリスは、油断なく荷台からハルバートを持ち上げた。
陽光を跳ね返して、きらりとその刃が光る。
「そうだな、チコ!馬車から離れるな!近づくやつはどんどん撃ってやれ。」
「わかったよ。」
チコは弓に矢をセットしながら、前方を睨みつけている。
俺はメイスを、チグリスはハルバートを手に取って、馬車の前を固めた。
「どうせ後ろから来るやつはいない。前だけ見てればなんとかなる。」
「そうか、あそこの草の深いところが怪しいな。」
「あん?なるほど、隠れやすいな。」
俺は、こぶし大の石を拾って、草むらの中に投げつけた。
「ぎゃう!」
運よく(やつらにしたら運が悪い。)当たったようだ。
盛大なこぶを作って、シャドウ=ウルフがかけてくる。
全長は尻尾も含めて一メートル半、体重は三五キロから四〇キロ。
しなやかな筋肉に包まれた黒い毛皮はつやつやしている。
大きめのシベリアンハスキーと言ったところか。
顔に愛嬌は皆無!
口の端をめくりあげて、威嚇してくる。
わりとふつうに怖いぞ、この顔。
背中は黒くて、腹が白い。
太い手足は、いかにも俊敏そうだ。
「ありゃあ?怒ってるぞ。」
「そりゃそうだよ、石ぶつけられたんだもん。」
かなり足が速い、が、アランほど手が早いわけではない。
「らくしょう!」
があん!と音がするほどウルフの頭に金づちを食らわせる。
ものの見事に眉間に当たり、ウルフの頭蓋骨がぐしゃりと形を変えた。
「爆散してるじゃねえか!」
ああ、まあしゃあねえ、初手は手加減できねえから。
おもきしぶつけて、骨の強度を見なきゃいかんのだ。
「さあこいや!」
俺の準備は完了だぜ。
ぎゃん!という声に振り替えると、チグリスのハルバートにひっかけられて、前足のなくなったウルフが転がっている。
「このまえ研いでおいたからな、よく切れる。」
「つか、骨ごと足がないんですけど!なにその切れ味。」
斧のくせに、切れすぎだわ!
待ちの体制で、来るやつを切り捨てるチグリスの肩からは、いい具合に力が抜けている。
さすが、長く生きているだけはある。
「ばかやろう、おれはそんな年寄じゃねえ!」
おお~という遠吠えに乗って、シャドウ=ウルフが続々と集まってくる。
「なるだけ一発で殺せ!手間かけると危ないぞ。」
「了解!」
俺は、腰の白木の剣を抜いた。とにかく、まだ拵えもできていない白木の柄だが、切れ味は保証つきだ。
正眼に構えて、ウルフの気配を探る。右手からがさりという音とともに、ウルフが飛びかかってきた。
「せい!」
どこまで切れ込むかわからないので、巻き藁を切る要領で袈裟懸けに振り下ろすと、なんとウルフの胴体は真っ二つになってしまった。
「胴体ぶった切ってどうする!毛皮が取れないじゃないか!」
「ああ、そういうこと。わかった。」
チグリスは、いっぺんに二~三匹相手にハルバートを振り回し、手首足首を切り落として、動けなくしている。
倒れたところを、ハルバートの切っ先でぶすりと止めを刺す。
すげえな、チコには一歩も近寄らせない。
チコはチコで、後ろに油断なく目を配っている。
ウルフは正面から来るとはいえ、後ろからなにかが来ないとも限らんからな。
俺は、左右に展開するウルフを正面から絶ち割る。
顔が縦割りに切れても毛皮になったらわからんだろう。
さすがにチグリスが鍛えた剣だ、すぱりすぱりとよく切れる。
こちとら、ぜんぜん力を必要としない。
妙に力を入れると、余計な軌道を描くので、かえって危険だ。
さすがに十匹をこえると、刀身に脂が巻いてキレが悪くなってきた。
俺は刀を白木のさやにしまう。
持ち替えた六尺棒で、ウルフを翻弄する。
前足をすくって転がした上から、頭蓋骨を砕く。
「そい!」
両手を振って、十数本の氷の矢を放つ。
放射状に飛んで、ウルフに襲いかかった。
「ぎゃん!」
「ぎゃう!」
真正面から刺さるので、ほぼ眉間から脳天に刺さっている。
こりゃ、たまらんだろうな。
ルイラの指導の賜物と言いますか、実はその倍は出せるようになったんだよ。
外れても、足に刺さったりしているから、無駄にならんし。
あとは、丁寧に止めを刺して回った。
あ~、俺、本当は犬好きなんだよ~、もう出てくるなよ~。
願いがかなったのか、やっと草むらから襲ってくるウルフがいなくなった。
いや~、チグリスすげーわ。
チグリスの周りには、二十匹以上のウルフが山積みになっている。
俺の周りには十数匹。
チグリス無双するな~、ただの鍛冶屋じゃねーなー。
「こう見えても、冒険者やってたんだぞ。」
「お見それしました~。」
「しかし、これじゃあ鉱石どころの話じゃないなあ。」
それこそ、まわりは死屍累々。
ウルフの山が出来上がっている。
「しょうがないよ、今日はこいつら積んで帰ろう。けっこう儲かった。」
「まあそりゃ儲かったけどさ、目的が…」
「鉱石は明日にしよう。」
「そうさな、うわ~シャドウウルフが四〇匹か~、今夜は一本付くな。」
「三本でも大丈夫だよ。」
チコは、鼻息荒く言い放った。
これでウルフの肉も売れるのだ。あっさりしてうまいらしい。
「四〇匹だとロバが大変だな。」
「俺も押してやるさ。」
「それもそうか、それほど遠いわけでもない。」
数えながら乗せたら、シャドウウルフが四三匹。
これは重い!馬車を押すのにひいこら言いながら家路を目指した。
ちなみに、ウルフは肉は安いが毛皮が高い。
おかげで一匹銀貨一枚半で売れたよ。
銀貨六四枚半は大儲けだな。
ただ、俺はひどく「大事なこと」を失念していた。
「魔法の革袋に入れてくれば、押して帰らなくて済んだじゃねえか!」
…である。
ナントカの知恵はあとで出る…
ちゃんちゃん
「よし、これでロバをもう一頭買おう。」
俺が言うと、チグリスが目をむいた。
「なんだと?それでどうするんだ?」
「ロバ二頭立てなら、今日みたいな荷物でも楽に引けるじゃん。」
「それもそうだな、鉱石がたくさんあっても安心だ。」
「馬ほど高くないしさ。」
「わかった、チコ、ユフラテ連れて馬市に行ってこい。」
「うん、わかった。」
「馬市なんて、どこにあるんだ?」
「食品市場の向こう側。毎日ってわけじゃないけど、けっこうやってるよ。今日はやってるかな?見に行ってみないとわからない。」
「そうか、じゃあ見に行こう。」
「ま、のりかかった船だ、行ってみっか。」
チグリスも、かなり乗り気だ。まあ、考えてみれば鉱石は重いからな、ロバ一頭で引くか二頭で引くかでは、力がまるで違う。
軽トラと一トントラックの差と言えばいいのか。
「なんだよ、チグリスも行くのか?」
「気が変わった。やっぱロバは重要だ。」
「そうだな、荷車が使い勝手がよくなれば、仕事もはかどる。」
三人で馬市に出かけた。
今日はルイラ先生も休みなんだよ。
なんか薬草が入荷したって言うことで、薬草屋に行ってる。
魔法使いって多才だなあ。
こんどポーションも教えてくれるらしい。
馬市はけっこうにぎわっていて、昼過ぎても人でいっぱいだった。
「あれ?ヨール、こんなところでなにやってるんだ?」
「おう、ユフラテ。いや~いい馬でもいないかと思ってさ。」
「いい馬って、ヨールが買うのか?」
「どこにそんな金があるんだよ。」
「だべ?変だなあと思ったさ。」
「まあ、いい馬の顔でも拝んで、気持ちよく酒を飲もうって魂胆さ。」
「なんだか安易だなあ。」
「酒のつまみが少なくてすむ。」
三人はがっくりと首を落として、ヨールに背を向けた。
「お~い、見捨てるなYO~。」
必死になって、後をついてくるヨール。
「お前はそこで酒でも呑んでろヨー。」
「冷たいこと言うなよ。」
「まったく!ヨールは稼いできたの?とうちゃんとユフラテは、シャドウ=ウルフをいっぱい捕ってきたんだよ。」
「シャドウ=ウルフ?そんなもん一人でどうしろと?」
ヨールは、肩をすくめる。
「狩るんでしょ?当然。」
チコは容赦ないな。
「チコ~俺の手に余るヨ~。」
「しょうがないなあ、もう。」
「で?馬市になにしにきたんだYO」
「今日は儲かったから、ロバを見に来たんだ。」
「へえ、すごいな。」
「ユフラテが来てから、獲物の量が増えてさ、一頭じゃ引ききれないんだよ。」
「そりゃ納得だな、大イノシシなんて獲るなよな、馬車に乗らないだろう。」
「乗せるのはいいんだが、ロバが引けなくて後ろから押してる。」
「なるほど。」
「だから馬市だよ。」
俺は、屋台のエールを人数分買ってそれぞれに持たせた。
「え?俺の分もあるのか?」
ヨールが自分を指差して聞いた。
「あたりまえだろ?」
「あたりまえって、お前は変なやつだなあ。」
「いやなら呑むな。」
「ややや、呑むヨ~。」
馬市では、隅のほうでロバを扱っていた。
どうも、馬に比べてロバの顔は間抜けに見えるんだけど、おれは馬よりロバのほうが好きなようだ。
「え?銀貨二十五枚?」
「へえ、そうですよ。こいつはメスですが、少し年が上なのでそれで。」
「ふうん、どうだいチグリス。」
「金を出すのはお前だ、お前が決めりゃいい。」
「そうか、じゃあもう一頭見せてよ。」
「今日はこの二頭だけですがね。」
「どっちもメスなのか?」
「へい、そうです。」
「こっちは若いのかい?」
「まあ多少は。」
「なあ、二頭で銀貨五〇枚にならないか?」
「え~、こっちは若いから銀貨三〇枚はしますよ~!」
「だから聞いてるの。こっちはさっさと処分したいんだろ?だったら、こっちをおまけにつけてもいいじゃないか。」
「そういう問題とちゃいますがな。」
「そうは言うけど、実際に金に変えなきゃヨメさんに怒られるんじゃないのか?」
「そりゃそうですが。」
「じゃあ、即金で買うんだからさ、まけてよ。」
「う~ん、五十四枚。」
「五十一枚。」
「五十三枚!」
「五十二枚。」
「五十二枚半!」
「買った!」
「かなんな~、ダンナ商売人やなー。」
「まあ、持ってる金が少なかったのさ。」
「ほな、二頭で銀貨五十二枚半です。」
「じゃあ、これで。」
俺は、ロバ売りの手のひらに、銀貨を一枚ずつ並べてやった。
「重!」
「儲かった重さだからいいじゃん。」
俺たちは、ロバ二頭を連れて馬市を後にした。
「いや~、いい買い物だった~。」
「いや、ロバ売り泣いてたぞ。」
ヨールは後ろを振り返って気にしている。
「そりゃあ、いい商売ができて喜んでいるのさ。」
「ぜったいに違うと思う!」
ヨールは力説している。
「銀貨五十二枚半か~、今日の稼ぎの大半はいったね。」
「チコ、まだ十枚くらい残ってるぞ。」
「そうなん?」
「六十四枚半あったからなー。」
「すげえ、ユフラテ一人で獲ったのか?」
ヨールのハナが赤い。
「いや、半分以上チグリスだな。」
「すげえ、チグリスってまだ現役でいけるじゃん。」
「今日はたまたまだ、相棒がユフラテでなければそこまでやれなかった。背中が任せられると、安心だからな。」
「へえ、そうなんだ。」
俺たちは、市場のすみの屋台に場所を変えた。
「なんつっても、シャドウ=ウルフを一刀で真っ二つにできるやつはそういないぞ。」
「げえ!シャドウ=ウルフをまっぷたつ!」
「チグリスの剣がいいできだからだよ、そうそう、あれ研がなきゃな。」
「ああ、出しとけ、研いでおく。」
「つか、おまえらスゲーなあ、もう何年も一緒にいるみたいじゃないか。」
「ああ、まあそうだな、こいつといると気持ちいいんだよ。」
「ああ、それ。気楽にいられる。そのうえ、チグリスは無双だ。頼もしいしな。」
「スゲーなあ、それでウルフを真っ二つにできる剣ってのはそれか?」
ヨールは、俺の腰の剣を見て聞いた。
「ああ、でもやっぱ五匹目からは脂が巻くから切れなくなるな。」
「それはしょうがない。生き物だしな。」
チグリスは、目を細めて言った。
「それよりも、切れ味だよ。ほとんど力入れなくてもすっぱり切れた。」
「それは、お前の使い方が剣に合っているんだ。いい遣い手は、無駄な力が入らないもんだ。」
「そんなもんかね?」
「なあ、見せてくれよ。」
「これか?ほら。」
俺は、剣を抜いてヨールに見せた。
蒼い刃紋が美しく流れる刀。
ところどころ脂が残っている、ちゃんと拭いたのにな。
「片刃?これでいいのかYO?」
「これでないと、うまく振れないんだ。」
「ふうん、変わったやつだな。」
ヨールは刀に対する興味が失せたようだ。」
「しかし、チグリスの剣ってそんなによく切れるのか?」
「か?とかだろう?ってのは、人を疑っている言葉だぜ。」
「切れる。さっき言ったろう、力入れなくてもすっぱり切れる。信じられないくらい切れる。」
「切れる切れる言うなよ、なんか俺の気が短いみたいだ。」
酒を片手に、チグリスがこぼした。
「あはは!そうか!」
俺は、手近にあったエールをぐいっと持ち上げた。
「だが、今、いい石がないから探さなくちゃいけないんだ。いい石は重いから、ロバがたくさん欲しかったのさ。」
「なるほどね。」
「チコ、あそこで串焼き売ってるだろ、あれ買ってきてくれ。」
俺は、チコに銅版(三〇〇〇円)を持たせた。
「全部?」
「ああ、全部だ。」
「わかった。」
チコはいい子だ、言われたことに逆らったりしない。
親のしつけがいいんだな。
「ヨール、今日は石拾いに行ったら、シャドウ=ウルフがヒト群れ出たんだ。こいつら、いつもこんなに出るもんか?」
「シャドウ=ウルフは、群れで行動するが平原に出てくることはないYO。だからびっくりした、森の中で襲われたら一番危ないのがやつらだYO。」
「やっぱりそうか、チグリスに聞いてもおかしいって言うしな。」
「シャドウ=ウルフは明るいところを嫌うからな。」
「じゃあ、森の中にやつらがいやなやつがいるんだ。」
「いやなやつ?」
「嫌いなやつ、怖いやつ。」
「おいおい、ちょっと待てよ。シャドウ=ウルフが怖いやつなんて、サーベルタイガーかドラゴンか…」
マルソーが横から口をはさんだ。
「ワイバーンかだな。」
チグリスが前を向いてこぼした。
「わ、ワイバーン!」
ヨールは、エールのグラスをゆすった。
「強いのか?」
「そうだな、力もあって空から襲ってくる。サーベルタイガーは全長三メートル体重百貫!(四〇〇キロ)ドラゴンは…言うまでもないか。」
「だヨ~、全長十メートル!体重一〇〇〇貫!(四〇〇〇キロ)火を噴く怪物だヨ~。」
「ふうん、そいつは馬車に乗らんなあ。」
「やっつける気かヨ!」
「サーベルタイガーも、ワイバーンも馬車に乗るじゃん。」
「わっははははは!馬車に乗ればやれるか。」
「ドラゴンなんざ見たこともないヨ。」
「そりゃあ、ヨールは森の中まで入らないからな。」
「だってヨー、森は危ないじゃん。」
「そりゃそうだが、背中を任せられる相棒がいると、楽にクリアできるぞ。」
「そんなもんかヨ。」
「そんなもんだ。」
ロバが三頭になって、機嫌のよくなったチグリスが、しこたま呑んでロバの背に運ばれたのは、それから一刻経ってからだった。




