混迷―⑤―
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「動くなよ?」
ブルースの前に、ブレザーを着た眼鏡の男子生徒がいた。
眼鏡の男子生徒は、昇降口でブルースに向けて鋭い視線を送る。
「原田 龍之助」
「ブルース先生?」
龍之助の目と眼鏡越しに茶色のジャケットと白いストレートパンツを身にまとった自らの姿を、ブルースは認める。
"政市会"と"政声隊"――"S.P.E.A.R."も含める――という朝の雑音ともいえる活動家団体に、ロックと斎藤 一平という二人が大立ち回りを繰り広げていた。
全校生徒の注目を集めるなと言うのは、無理な話だろう。
「ブルースで良いよ……リュウ?」
龍之助が左足を引くが、
「"命導巧":"セオリー・オブ・ア・デッドマン"……周囲の空気を電気分解して水を生成。加圧水流で攻撃する。"命熱波"は"記述者"」
龍之助がブルースの言葉に、足を止める。
「ロックから話は聞いている……三条と動いていることもな……」
ブルースは一歩踏み出し、
「三条、見ているんだろ!?」
龍之助が、身悶え始める。
崩れながらも、右膝で立つ龍之助。
彼の右目を中心に顔の半分ほどが、蒼い光に包まれた。
赤い光と共に少女も出る。
彼女も胴と喉をかきむしり、苦しんでいた。
「欧州で"ゲッシュ"を使ったテロを"サロメ"達と引き起こして、決別したら今度は日本……何が目的だ?」
『あなたの様な人に言うと思いますか?』
声が少女の方から聞こえてきた。
妙齢の女性の声が少女から聞こえる若干の違和感を、ブルースは覚えながら、
「ということは、龍之助を手放すつもりはなく、俺らに投降する気もないということ?」
『改めて聞くようなことかしら?』
少女の口からではない。
しかし、"赤い少女"の身体から三条の声が発せられるたびに、龍之助と彼女から苦しみが伝わる。
「"命導巧":"パラノイド"……確か、石碑型で召喚しか使えないはずだが……これはどういうことだ?」
ブルースは、苦しむ龍之助と少女を見る。
「ブルース?」
龍之助が、訝し気に問いかける。
彼の人間として残る左眼の中で、ブルースが眉をひそめている。
「三条の"命熱波"は、"破宴の王母"。どちらかというと、リュウや、その赤い女の子に干渉するものじゃない。それに"命導巧"との組み合わせも縛られる」
ブルースは外の喧騒の声に耳を向ける。
炎が爆発し、氷が大地を震わせていた。
呼応する様に、雷鳴も轟き合う。
その中でもロックと一平が"政市会"と"政声隊"を迎え撃つ様子が、狂騒曲として流れていた。
「確かに"パラノイド"は、召喚型の攻守両用で、炎、氷に雷を使う。しかし、外の"政治に声を張り上げ隊"に"命熱波"の能力を一部与えるというのは聞いたことがない」
本来、"命熱波"と"命導巧"の持ち主は一致している。
しかし、武器は誰にでも使える様にしなければならない。
その対策を"ブライトン・ロック社"は施していた。
ブルースは、龍之助に向けて肩をすくめる。
彼は三条の声に注意を払いつつ、校門前の騒ぎを考えた。
特に、"政声隊"の用意した赤、白、青緑という三色の人型について。
「こちらで調べた限りだと、"政声隊"が首にしている"トルク"は"コーリング・フロム・ヘヴン"という代物らしいな……端的に言うと、人造"命熱波"を召喚できる。赤い炎を出すのが"ブレイザー"、白で氷が"フロスト"、青緑が雷の"アンペア"……と言ったところか?」
ブルースは膝をつく龍之助を見下ろしながら、
「"ゲッシュ"という"命導巧"の起動を登録した人格を無効化して使える様にする素子の発展形の兵器で、"トルク"を媒介にしている様だが……?」
ブルースの言葉に、龍之助のそばに立つ赤い少女から返答はない。
"ゲッシュ"。
期限付きの"命導巧"に搭載された"命熱波"の保護人格を無効化させるカギの様なものだ。
所有者のいない"命導巧"が使われた事件の背景には、これが絡んでいた。
「だが、そういった"命熱波"を弄れるのはサロメの十八番……つまり、"ホステル"から門外不出……何をしやがった?」
ブルースは龍之助を見下ろす。
蒼く輝く龍之助の顔の左半分に映るブルースの目線は回答次第で、攻撃に移れる剣気を含んでいた。
『察しが悪いようですね……まあ、"ホステル"にいなくてもアレを手に入れられましたからね』
ブルースは、三条の言葉を酩酊する。
その言葉の意味を反芻し、龍之助に映るブルースの表情が強張った。
「まさか、"ロスト・テキスト"か!?」
龍之助が、ブルースの単語に苦悶の表情で戸惑いながら、
『手に入れられましたから……彼女の力で』
そう言って、現れたのは白い少女である。
『"レン"!!』
飛び出そうとするが、苦しむ龍之助の姿に、"赤い少女"が我に返る。
ブルースは、"赤い少女"と"白い少女"を交互に見ながら、
「"ロスト・テキスト"……それもあり得ない。そもそも、"ワンダーウォール"にアクセスしないといけない……それに、"守護者"に喰われる……」
『"第二世代"なのに……そういうことも分からない。優越感もここまでくると笑えてきますね?』
「そもそも、"第三世代"がアクセス出来ることがあり得ない……」
ブルースは肩をすくめると、
『"第四世代"の筈のロック=ハイロウズに出来て、私に出来ない……そんな理屈が通じると思いますか?』
"赤い少女"からの抑揚のない三条の声が、ブルースをあざ笑うかのように、
『無駄なことは止めることです……どちらにせよ、私は取り戻す……そのために、あきらめるつもりはありませんから』
僅かに感情が含まれた三条の声が途切れると、龍之助から苦悶の色が消える。
ブルースは戸惑いながら、校外で行われている乱闘の喧騒に耳を傾けた。
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