混迷―④―
青白い弾丸がロックの頬を撫でる。
眼鏡を掛けたジャージの若い男の両腕から突き出た羊の頭蓋。
両腕に装着した“スウィート・サクリファイス”の二対の眼が、ロックを捉える。
ロックは両腕の鉢金を作りながら、”政市会”の男との距離を縮めた。
男は恐怖で震えているからか、両腕が大きくぶれる。
揺れる左腕から放たれた弾丸がロックの右腕に命中。
眼鏡の男は会心の笑みを浮かべる。
だが、すぐに眼を見開いた。
命中した弾丸は青白く爆発するが、ロックの右腕は傷一つついていない。
ついでに言うと、焦げ目すらもなかった。
ジャージ男の眼鏡のレンズに肉薄していくロック。
彼の捕食者の笑みが、眼鏡の表面とその奥の眼球に映る。
男は一歩退こうとした。
しかし、ロックの左足が速い。
ロックの放つ左の直蹴りが、ジャージ男の腹にめり込む。
空気を盛大に吐き出した男の顔が歪んだ。
ロックの蹴りに崩れる男の眼鏡に映る二人の影。
若い男女の二対の“スウィート・サクリファイス”がロックの背後を狙う。
ロックは男の眼鏡に映る顔に、口を吊り上げた。
目の前の男は、ロックの笑顔を眼にして血の気が引いていく。
男はロックの思考が読めたようだが、成すすべもなかった。
ロックは男の首を右手、左手で右の上腕二頭筋をそれぞれ掴む。
彼は男の体を両腕で固定して、逆時計回りに振り向いた。
背後の”政市会”のカップルの放った“スウィート・サクリファイス”の二対の銃撃が、眼鏡の男の背中に命中。
背後からの衝撃に男の口から蛙を潰したような声が漏れる。
何より、命中――しかも、それが味方にと露も考えなかった男女の顔に罪悪感が宿った。
罪悪感で青く染まるカップルの前で、ロックは逆時計回りを一回転終えて、口の端を吊り上げて更にもう一周。
今度は勢いを増して、両手を放す。
眼鏡のジャージ男の身体がロックの拘束から離れ、宙を舞った。
放物線を描いた男の身体は、互いの得物を放ち合う”政市会”と”政声隊”のど真ん中に着地。
人だかりを構成する何人かを押しつぶした。
”政市会”と”政声隊”の悲鳴が響く。
大の男を集団まで100mの距離はあるのを、170㎝の若者が放り投げたという事実にカップルの男の方は呆然とした。
その呆けた顔に向けて、ロックは両肘の突進を見舞う。
男はロックの体重の衝撃を諸に受け、背後に崩れた。
ロックはすかさず、腰を入れた三連撃で男の顔に加える。
三撃目が決まり、女の方が余りの暴虐に泣き出した。
「連れて帰れ!」
ロックの拳の乱打に意識を失った男の背を蹴り、女に押し付けた。
衝撃に悲鳴を上げながら、ロックから逃げるように男を連れてその場を離れる女。
――来るんじゃねぇよ、こんなところ!
ロックは考えていると、熱波が肌を撫でた。
あばた面でエラの張った男と、炎に彩られた人型がロックの前に立っていた。
首のトルクは赤々と輝き、男の目に映るロックの像に赤みがかる。
ロックは前傾姿勢で、男に迫った。
しかし、ロックの右腕ほどの間合いに入ると、右足の前の土瀝青が炸裂。
オゾン臭がロックの鼻をくすぐり、ロックは炎の男から、すかさず距離を取る。
左足が大地に付いた瞬間、ロックは右へ移動。
背中がざわつく感覚を覚えると、氷塊がロックの立っていた場所を大きく抉った。
後ろから来る感覚の正体を探ると、それは植え込みに使われた松だった。
ロックの通う高校の校門までの通学路。
校舎に向けて左側は、住宅街に面した道路だ。
右側は、植え込みで松系統の植物が植えられていた。
ロックは植え込みを背後に、炎の人型を従えている男を正面。
炎の男の両隣りに立つ、青緑の人型、白の人型をそれぞれ率いた男たちに囲まれていた。
男たちは黒いシャツを着ている。
いずれも、白い文字で大きく“力”と書かれていた。
――“力人衆”か……?
“政声隊”は反差別を掲げ、”政市会”のデモを妨害する。
しかし、その行動ではどうしても腕っぷしの強いものがいたら、押し切られる。
そのための荒事専門の武闘派集団が”政声隊”の側にいることは知っていた。
「あんたら、随分老けているけど……留年生か?」
ロックは吐き捨てる。
黒いシャツを着た男たちは、訝し気な顔をして、
「いや、やり方がえらい姑息だからな……図体のでかいガキかと思ってな?」
「日本語話せるなら、口の利き方は気を付けた方が良いぜ……年上だからな」
白い人型を連れた男が胸を張って言う。
首筋から首の付け根まで髪を伸ばし、切りそろえていた。
所謂、日本語で言うロン毛という髪型だろうか。
「一応、郷に入らば郷に従えで聞くけど、歳重ねてもガキな大人に会ったらどうすれば良い?」
「そうだな……ビシっと言った方が良いんじゃね?」
ロックの疑問に、青緑の人型を連れた男が答えた。
立派な言葉だが、どこかロックを下に見るような言動。
目が細く、耳にピアスをしていた。
ロックは鼻に突きながらも、目線をあばた面に向ける。
「まあ……頭下げたら、許してやらなくもねぇけどな」
三人の下卑た笑みに、
「じゃあ、そうさせてもらう!!」
三人は目を見開く。
ロックは身をかがめると、右手で掴んだものを放り投げた。
ピアスの力人衆が人型に稲妻を放つように言うが、
「バカ、止めろ!!」
あばた面の男が蒼白にして叫んだ。
しかし、力人衆は皆、警告もむなしく目を覆うことになる。
青緑の人型の放った稲妻が、ロックの放った何かに当たった。
それは、大きな閃光を空中で放ち、大きな火の玉を作った。
弾けた音と熱波を放ち、三人の力人衆に降り注いだ。
ロックが放ったものは、植え込みに使われていた松の木である。
日本語で“松明”という言葉があるように、松の木は燃えやすい。
葉は愚か、種子である松ぼっくりでも燃える。
松脂の原料となる油成分があり、水に濡れても燃えやすいので、着火剤としても使われる。
現に、その燃えやすい特性から、戦時中の日本は、松の木の油の燃料を作ろうとしたほどだ。
ロックの放った自然の閃光弾により、行動の自由を奪われる三人の力人衆。
青緑色の人型を伴う、ピアス男に肉薄。
雷の発生源であるため、男は目を覆いながら猫背になる。
右の拳を放ち、ピアス男の意識を奪った。
ピアス男の土手っ腹に蹴りを入れて、飛ばす。
ロン毛の男は視界を奪われながらも、氷を放った。
ロックは走りながら、氷塊を避ける。
「こっちだ!!」
ロックが大声を出した場所は、
「止めろ!!」
ロックはあばた面の男の声を聴いて、離れた。
氷塊はロックの立っていた位置に降り注いだ。
ロックではなく、仲間のあばた面の力人衆を氷塊が飲み込む。
視界を取り戻したロン毛の力人衆が、あばた面の悲鳴を聞いた時には、ロックはすでにロン毛の懐に潜り込んでいた。
白い人型に指示を出すのと同時に、ロックの頭突きがロン毛の顔面に命中。
声にならない響きと歯が数本、口から洩れる。
ロン毛は、潰れた鼻と口から流れ出す血を抑えながら蹲る。
奇しくもロックにアドバイスをした様に、人が見れば土下座をしているかのような恰好となった。
「クソガキが!!」
背後に積まれた氷塊が吹き飛ぶ。
ロックが振り向くと氷を跳ねのけた、あばた面の男は炎の人型に指示を出していた。
赤い人型の両腕に、一際輝く炎が二輪咲く。
そして、二輪の花火がロックに向けられようとしていた。
だが、二輪の炎は消える。
あばた面の背後で、爆発が起きたからだ。
あばた面の男は戸惑いの表情を浮かべながら、前のめりに地べたを舐める。
「危なかったな……」
倒れた力人衆の背後にいたのは、ロックの知る男だった。
「斎藤……一平……?」
ロックはサキのクラスに転校した時に、目を合わせた。
視聴覚室での指令の後で、自己紹介を軽く済ませた程度である。
それに、サキの知り合いの原田 龍之助と繋がりがあることは、ここに来る前から知っていた。
しかし、彼の存在がここにいること以前に、両腕に付いているものに目を奪われる。
「命導巧……“ライオンハート”だと!?」
斎藤 一平の両腕に付いていた鉄製の手甲。
拳から肘関節までを覆うほどで、軽機関銃の弾倉の曲線が手首から天を衝いている。
全体的な色は、明るい赤橙色。
そんな斎藤 一平の前髪の爛々と燃える炎の色と合わせていた。
「一平って呼んでくれよ……その方が呼びやすいだろ?」
――そうじゃないだろ……そもそも――!?
ロックが一平への異議を唱える前に、背後で爆轟が広がる。
ロックが振り向くと、“スウィート・サクリファイス”を構えた”政市会”員の男が倒れていた。
どうやら、力人衆との戦いに疲れたロックの隙を突こうとしていたらしい。
一平は、ロックの右隣に立つと、
「アンタ、素手で色々凄いことしてるけど、火力が少ないだろ? 俺が加勢するよ」
”政市会”だけでなく、”政声隊”もロックの隣に付いた一平に気づき始める。
「正しさを頭数で押し付けてくるような奴ら……嫌いだからね」
「頼んだ覚えはないが……まあ、気は合うな」
ロックは一平に言うと、口の端を吊り上げる。
八重歯を剥いた、捕食者ではない戦士の笑みが一平の爛々とした双眸に映った。
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