東桜高校 壱
今日は入学式だ。
学校は都会の方にあり坂道の先にある。
桜が舞う、何とも風情のある風景なのだろう。潮風は何時ものように心地良く吹く。
クラスが張り出されており、指定された教室へと向かう。
そうして席を確認し、席に着く。窓辺の席は少し埃が日光に反射し、机から微かに木の香りがする。
鞄から文庫本を出し読もうとした時だった。
「少し良いかな?」
声を聞き振り向くと髪の少し短い女子生徒が居た。だが、何故か白衣を着ている。
彼女の白衣から少し金属の匂いがする。ポケットを見ると小さな工具が見えた。
「どうかいたしましたか?」
「自己紹介を聞きたくて」
「私の名は柊裕朔です。貴方は」
「私は数藤香織、宜しく」
数藤香織、彼女はそう気さくに言う。
普通の人間なら大半が距離を取る。だが彼女は距離を取らない。恐らく彼女は俺のことを知らないのだろう。
「珍しいですね。私に喋りかけるなんて」
「ん?柊君は何かしてるの」
「えぇ、しがない剣術家です」
「ところで、柊君は友達とかいるの?」
「今は居ませんね」
友か、たしかに昔は居たが名前を思い出すのが難しい。……忘れたのか、恐らく山での修行にのめり込み過ぎたのだろう。
「じゃあ、私とお友達になってよ」
軽率だ。初対面で友になろうと持ちかけるのだろうか?
……だが、この気持ちを無碍にすることは出来ない。
「何故私が友人に」
「単純に噂で知って気になったから」
「それが理由ですか?」
「友達になるのに理由とかいる?」
こう言う人種は中々に面倒だ。
断ったら付き纏うだろうし、友人になっても中々に厄介になる。
だが彼女の瞳を見ると無邪気な目をしている。
「……分かりました」
「やった!!また喋ろうね」
礼儀を尽くすのが武士道だから仕方なく受け入れた。
道を誤ることはしないと決めていた。そうして嵐がどっか去っていった。
数十分後、人が続々と入室し皆が席に着くと担任が現れホームルームをする。
担任は当たり障りのなく無作為な髪でありごく一般的、まさに普通であった。
そうして入学式、学年の教員が自分の教科と名前を言う時間となり俺のクラスの副担任に差し掛かる。
「歴史を務める。岸だ」
……空気が一気に張り詰めた。
今までの教師とは雰囲気が異ようだ。
声は乾いていて目は座りきっており、自己紹介を終わり振り向き観察すると耳、手首、縫合された跡がいくつかあった。
本当に戦場を生き延びた男のようだ。
去り際に目が合った。一瞬だけ笑って見せたが目は死んでいる。まるで此方を知っているような目だ。
そうして入学式は無こと終わった。だがこの学校は侮れない。この先に異ような人間がいる可能性があるから。
下校しようと思ったその刹那、視線を感じ後ろを振り向くと長身の男が立っていた。
「……裕朔?」
「そうですが、何か」
無造作な髪。何処か脱力した立ち姿、それに鞄には三つ巴のキーホルダーが揺れていた。
遠い記憶が微かに波紋を浮かべた。
「……望海か」
「正解、久しぶりだね」
鉄草望海、代々和太鼓演奏者の家系で幼少期の頃、砂浜で鍛錬していた時の隣には何時もコイツが和太鼓を叩いていた。
「相変わらず無口だね」
「効率化だ」
「昔はもっと笑ってたのに」
「昔の話をするな」
奴はあの頃と変わらずあっけらかんと少し乾いた笑う。俺は溜め息をつき奴に問う。
「お前は最近、太鼓はどうなんだ」
「……太鼓?太鼓は今はやってない」
「お前が太鼓を手放すとはどういう風の吹き回しだ」
「君だって、知らぬ間に努力の剣聖になったじゃん」
そう言われると何も言えなくなが理由が知りたくなった。
「……だが気になる。お前が太鼓を手放した理由を」
「何も手放したわけじゃないよ。この通り五体満足さ」
「誑かすな」
俺がこう言うとアイツは少し遠い目をし溜め息をついた。
「はぁ……ホント頑固なんだから言ってあげるよ」
「単純に疲れたからさ」
奴はそう間を置きそう言う。『単純に疲れた』か、土俵が違うから何とも言えない。
「叩いても、叩いても空っぽに感じるんだよ」
「……お前らしくない」
「同感だよ」
場が少し白けてしまい微妙な空気感になってしまった。こう言う時は――
「望海、家に来るか」
「……それは良いけど、平胴太鼓を持ってこいとか言うんだろう?」
「いや、持ってくるかはお前の勝手だ」
「分かったよ」
そう言い別れて俺は帰路に着き、家へと帰った。俺は感情は出せない。だかこそ俺が出来ることをしよう。そう思い冷蔵庫を見る。
確かアイツの好物は……丁度いい具材もある。そうして俺は台所で料理を始めた。
卵焼き用のフライパンに菜種油を垂らそうとした瞬間、インターホンが鳴る。
玄関を開けると望海が居た。
「いらっしゃい」
「お邪魔します」
客室に案内し取り敢えず座らせる。
俺は「少し待ってろ」と言い台所に戻り調理へと戻った。今作ろうとした料理は家庭料理、だし巻き卵と焼き鮭だ。
まずだし巻き玉子を作る。母は菜種油で作っていた。子供の頃、母のこだわりは『出汁をしっかり作る』と何時も言っていた。その影響で出汁は自分で作る派である。
作り置きした出汁を卵と溶き、火をつけ油を引いたフライパンに卵を半分流しきり半熟になった所に手前に巻き、そこからまた卵を流し焼き完成だ。
丁度完成していた所に視線を感じ横を見るとアイツが居た。
「覗き見か」
「いや、ただ遅いなと思って」
「……さっきの所で待ってろ」
不機嫌な演技をして見たが少し微笑みながら戻って行った。
……何かおかしいことでもあったか?
待たすのも客人を迎える礼儀として良くないので塩鮭を焼く。鮭の表面につく水っ気を拭き取り、皮目を下側に向け中火で焼く。
焼けたことを確認し裏返し、そこから水を少し入れ蓋で蒸す。そうすることでふっくらとなる。
出来上がって皿を用意しあらかじめ、おろしておいた大根を大葉の上に程よいサイズに置く。そうして完成だ。
客室に向かうと奴は仰向けにして寝転んでいた。
「お構いなしだな」
「だって親友兼幼馴染だもん。別に良いでしょう」
「仕方ない奴だ」
俺は卓袱台に塩鮭とだし巻き玉子を置きどうせ白米も欲しいだろうと思ってよそっておいた。
置くやいなや明らかに雰囲気が変わり嬉しく笑っていた。
「良く覚えてたね。僕の好物」
「記憶には自信がある」
「流石、僕のお嫁さんになる気かな?」
「なるわけないだろ。さっさと食べろ」
「はい、はい食べますよ」
不貞腐れたようなふわふわしたような言い方で箸を口に運ぶ。手が止まり少しの沈黙が流れた。
「美味しい」
「それは良かった」
「出汁加減も鮭のふっくら加減も絶妙に良い。いつの間にこんな料理が出来るようになったの?」
「色々あったんでな」
他愛のない話をしながら奴は完食し皿を流し場に運ぶ。
俺は客室に戻りお茶を注いで持って来た。座布団に座り本題に入る。
「それで、どうなんだ」
「太鼓のことかな?」
「それ以外何がある」
さっきまで和やかな雰囲気だったが一気に部屋が冷え切った。
「もう一回、太鼓を叩いてみて欲しい」
「簡単に言わないでよ」
トントントン
望海が指で卓袱台を叩き始めた。
「……才能があって」
「何がだ」
「君はいいよね」
変わらず笑みを作っていたが、目は一寸の狂いもなく笑っていない。
「努力の剣聖」
トントンと、どんどん速く指を卓袱台で叩き始めた。
「皆そう言うけれど」
トン。
「世間は才能にしか向けない」
トン。
「僕は何年叩いても無駄だった」
どう返答しようかと思考を巡らせると、アイツは俺に急に近づき、胸ぐらを掴みかかってきた。掴んだ腕は微かに小刻みに震えていた。
「ふざけるのも大概にしろよ。剣聖さんよ」
「僕は君とは違う。努力の剣聖なんて大層な異名をつけられた君には、分からないのだろうけど」
俺はその手を跳ね除け、望海の体幹を崩し手首を掴んだ。
呆気に取られ、瞳孔が開かれた。
「……俺は殴りたい訳ではない」
あまりこう言う荒れていることをしないからか、手が少し震えている。
「思い悩むな」
「……はぁ?」
「空っぽだろうと響かせてみろ、俺の親友であるのなら」
そう言い手首を離し俺はそのまま喋りだす。
「俺は斬ることしか出来ないがお前は響かせることが出来る」
「それで何さ」
「だから俺の隣でまた和太鼓を叩き響かせろ。それで俺を響で動かせてみせろ」
俺がそう言うとアイツは溜め息をまたついた。
「分かったよ。じゃあ付いてきてよ」
そう言い俺達は家を出て望海の家に着く。
玄関扉を開け招かれる。その頃には夕焼けが玄関を照らしていた。
「じゃあ震わせてあげるよ。裕朔を」
そう言い大太鼓がある部屋へと連れて行ってくれる。望海は扉の使用中のタグを掛け中へ招く。
「そこに座ってて」
言う通りに座る。そうすると撥を構え深く息を吸う。
地にしっかりと力を入れたその刹那――
ドン!!
そんな低く豊かな音が響く。最初は緩やかだったが徐々に激しさを増してゆき、室内の空気を揺らす。
低音が腹の底に落ち全身を叩き波動で床が揺れる。
音は一定で打ち込む力も申し分ない。
楽器は魂を動かす喝采と言った所であろう。圧巻の言葉に尽きる。
望海は叩き終わり深く息を吸う。
まだ耳に残響が残っている。
「……悪くない」
「それだけ?」
「いや、あれはまるで竹をまとめて五本、日本刀で斬った時と似ている」
「一般人には分からないよ」
望海はそう笑って見せた。
「ありがとう」
「何がだ」
「俺を呼び起こしてくれて」
俺は少し驚いた。まさかそこまで言ってくれるなんて思ってなかったからだ。
「また聞かせろ」
「命令?」
「いや、願望だ」
「ならまた聞かせるよ」
撥を肩に担ぎ、望海は笑う。
「昔みたいに」
その言葉で俺は少しだけ目を見開いた。
砂浜、潮風、自然の中で素振りをする俺、その隣に太鼓を叩く望海。
遠い記憶だったはずだが、昨日のことのように鮮明に思い出す。
「あぁ」
短いが、これだけで充分である。
日が暮れ俺は家へと戻った。
そうして皿洗いをし夕飯の支度をする。
夜になり夕飯を作り終えた同時に姉が帰って来た。
「おかえりなさい。姉さん」
「ただいま裕朔。疲れたよ〜」
そう言い姉さんは部屋着に着替え、抱き締める。
「……どうしたんです」
「ん〜単純に甘えたいの」
「そうですか」
俺の胸に顔を埋めていたが顔を上げ少し不思議そうな顔をしていた。
「何か?」
「……なんにか顔付き変わった?」
「いいえ、自分の顔面に変化はありませんが」
「んん、そう言うことじゃなくてなんかスッキリしたなって」
俺はよく分からないが相槌を打って置いた。今日の夕飯は姉が好んで食べているボロネーゼだ。
「ほら、夕飯が冷めますよ」
「やった!ボロネーゼだ」
子供のように無邪気に喜ぶ姉の姿を見て少し嬉しく思う。こんな日常が送れるのは大変贅沢だ。だが今はこのひと時を過ごすのも悪くないだろう。暮らせなかった七年間の穴埋めをしなければならない。




