大雨の向こう側 弐
その合図が皮切りに目つきも変わる。相手は上段から突きへが放たれ。その速さは流石と言わんばかりのものだった。
俺は竹刀の側面で払い躱し、俺はその瞬間を見逃すまいと胴を狙う。成功したと思いきば竹刀が跳ね返されており試合前に戻った。
「…」
「あと一分」
さっきの躱しや突きを見るに、利き足は左であることそして、彼の癖を見つけた。彼が竹刀を振る時は手首が少し右に寄っていることにそれに気づけば速い。
俺は彼の右小手、目掛け竹刀を出す。彼は反応が少し遅れ払おうとする。
「……!?」
「突き!!」
俺は右小手を狙っていたと見せかけ突きを放った。躱すことなく無ことに成功した。
「此処まで!!」
「ありがとうございました」
これで安息とは行かない次の試合で今回の昇段が決まるのだ。油断は許されない。そう考えているとある老人が現れた。俺は彼を見たことがある。
「最後に貴殿にはこの方と試合をしてもらう」
「やあ始めまして若き剣士よ、儂は“養老秀隆”。昭和の大剣聖と言えば分かるかのぉ」
養老秀隆、彼は剣道八段の有段者で何回も世界大会で優勝している猛者だ。
彼は年季があり多くの苦難を乗り越えた歴戦の老剣士だ。雰囲気が他の誰よりも違う。
「さぁ始めようじゃないか、君と試合をできるのを楽しみにしていた」
「恐縮です」
「申し訳ないが儂は手加減ができない若い芽は摘みたくない、だから儂に勝つことを願っているぞ」
そう言うとガラッと空気が歪むような感覚に包まれた。直感でこれは歴戦の猛者だと感じ取れる。新しい術を学べるいい機会だろう。
「ルールは一本試合です。では挨拶を」
「お願いします」
「では始め!!」
始めを言った瞬間もう既に養老の剣が面を目掛け飛ぶ俺はソレを返すように跳ね返しその隙に胴を一閃入れる。
だが直ぐに俺の竹刀を払った。
彼の癖はほぼほぼ掴めない。まるで蜘蛛の糸のようだ。だが唯一癖があるとすれば足が歳には負けるようで僅かに傾いている。
だがそんなことは感じさせない強さだそう。鍔迫り合いに差し掛かり彼は喋りだす。
「久しぶりに骨が折れる奴が来よったのぉ…」
そう言った瞬間、空気が凍るように張り詰めた。彼は本気を出したようで形勢は一変し、猛虎の如く、竹刀の雨が振り注ぎ防戦一方を強いられる。
「ふっ……」
攻めの激しさに息が絶え絶えになりそうだ。反撃をしようとすると全て見透かされたように躱される。その時気づいたことは弱点は足だけではなく微かに胴体が左に傾いている。
そこから導かされる答えを考える。相手からの距離は約二メートル三十センチ、足が歳で弱くなっているのと、胴体が微かに左に傾いているそして、崩しは当然通じない打開策は起こりを打つもしくは出鼻をくじくことしか無い。
思考を構築していたその瞬間、養老秀隆は全盛期の頃のような目つきで此処で決着を着けると言わんばかりな目をしていた。
「すうぅ………」
彼が息を吸い込むのと同時に彼の雷鳴のような面打ちが俺を襲い掛かる。
ビュン!!
その瞬間、雷は地に落ちる。
たが俺は紙一重に躱してみせた。俺はこの好機を見逃すまいとすぐさま、俺は燕返しのように養老の胴へと竹刀が飛ぶ。養老は一瞬にして守りに行ったがギリギリ躱せず――
「……!」
「胴!!」
「勝者柊裕朔!!」
「ありがとうございました」
終わった。
審査員は試合の終わりを告げる。この大雨は屋根を激しく打ち、背に冷たい風が撫でる中、ふと天を見上げる。ここまで来るのに、何年かかったのだろうか。
式辞が読まれると言うので、耳を傾ける。
「これにて特別審査を終わりとし此処で貴殿は養老秀隆に勝利したことにより、柊裕朔を剣道七段の有段者として認定致します」
ーーこれで正式に剣道史上最年少の七段になってしまった。知らない領域に入ってしまった。ただそう実感する。
だが称号など、俺にはどうでも良い。自己満足に過ぎず、判断を鈍らせる愚かな飾りに過ぎない。
俺には行かなければいけない所がある。退室しようとしたその刹那、背後から気配を感じ後ろを向く。
「待て」
「何か御用でしょうか、養老先生」
「ついて来て欲し所があるんじゃ。構わんかの」
「はい構いません」
養老さんに連れられ車の前に立ち車のなかに招かれ乗車した。
「師範、何処へ行かれますか」
「何時もの所じゃ」
「了解です」
「今から何処へ」
「勝利の祝いじゃ、料亭にな」
「いえご馳走になるなんて申し訳ないです」
「若者よ。奢ってもらえるもんは黙って奢ってもらうのが暗黙の了解じゃぞ」
何を喋っているのか全く分からないがどうやら断れないようだ。もう成すがままにした方が良いと思った。
そうしていると、和風建築に橙色の光を放っている提灯に「牛込」と記してある。
「此処じゃ」
屈託のない笑みでそう言い中へ入るよう促された。此処まで来たら接待するしか無い。店内に入ると大将らしき人が喋りかけてきた。
「なんじゃ養老また人巻き込んだんか」
「人聞きの悪かこと言うなや。牛込よ祝いばするなら、此処が一番じゃ」
「……コイツお前の孫か?」
「孫じゃなか若き剣聖じゃ」
「そう言えば見たことがあるわ、コイツあれやろ、努力の剣聖って奴やろ」
話が長過ぎるので、俺が割ってはいる。
「あの、私も暇じゃないんですけど」
「おぉ済まかった。こんバカ何時もこうやけん、さぁ入った」
そう言い個室に通された。室内は上品で綺麗だった一元ようお断りって感じだ。俺は席に着き養老さんが喋りだす。
「済まなかったな、アイツは儂の唯一の同郷の友人でな。君ば巻き込んでしまった」
「いえ問題ありません」
「では本題だが祝いことて言うとは確かだが別の話がある」
そう真剣で鋭いな眼差しでこう口に出す。
「儂の弟子であり君の父である、柊颯迅の話でもしようて思うてな」
それは予想外だった。まさか父の話が出てくるとは思わなかった。そんなことを知らない養老さんは喋りだす。
「アイツは儂の弟子の中で一二を争う剣の実力者やった君とおんなじように努力の剣士じゃった」
「アンタの親父はとても誠実じゃった。試合の時の冷徹で鋭い眼差し、まさに親子て言うべきじゃろうな」
父はやはり偉大だと思った。父は警察官で努力で警部になった。剣道やり始めたきっかけも父である。
だがそんな父は俺の小学一年生頃の誕生日、現世を去った。これは今も忘れない。
話は七年前に遡る。
あれは父さんと一緒に自分の初大会の優勝祝いにプレゼントを買いに行っていた時にこと件が起きた。
冬の凍てつく風が吹く雪の日だった。
『……寒い』
『もう少ししたら駅だ。頑張れ』
他愛もない話をしながら俺はトボトボと歩いていた。たがその刹那、悲鳴が路地から聞こえた。それはあまりにも聞いたことある声だった。
『……!!裕朔よお前は此処で待っていなさい』
そう言い父は路地まで走り何だか芳しくないのは子供の俺でも分かった。そして数十分が経ち路地を見に行くと血の匂いがした。
『…ハイ、こちら柊です。東桜町…毘沙門通りで通り魔殺人が発生。犯人を捕縛した。至急ゲホ…来てくれ……以上で失礼する』
『父さん!!』
俺が駆け寄ると父は血だらけの手で俺の頭を頭を撫でこう言う。
『裕朔よ……私は君の母を救うことを出来なかった…ゴフ…申し訳なかった』
『両方死んだら嫌です!!』
『これが最後の言葉になるだろう…聞いてくれ…』
『最後なって言わないでください…!!』
『君は悪を裁く剣士となりなさい…そして姉の望琴を助けてやってくれ…俺は…君の父となって誇りに思う……また逢おう……』
そう言い父は倒れた身体を見ると全身切傷まみれで腹に深い傷が入っていた。誰が見ても手遅れだった。
「あぁ……あぁ!!」
父の死体を抱きかかえ思わず泣き叫んでしまった。俺はどうしようもない現実に打ちのめされるだけだった。
アスファルトは氷の上にいるように冷たく身体が震える。無情にも雪は止むことは無く父さんの死体と俺が雪に濡れる。
……俺は母の死体を探しに行く覚悟を決め、探すとそこには、薄ら笑いを浮かべ手錠で捕縛された犯人がいた。
その視線は俺ではなく、目線の先には横たわっている母の死体だ。
『嗚呼…母さん』
母の死体を見ると胸に深い刺し傷があり目は虚ろだった。血の匂いは一層と濃く感じ純白な雪が真紅に染まった。
俺は父の死体の方へ戻り、冷たい身体を抱え途方に暮れると、けたたましいパトカーや救急車の音が聞こえ程なくして、警察官と医療機関の人間が現れた。警察官達は父を見て泣いた者もいた。
そして警察官の一人が喋りかけてきた。
『君は柊警部の息子の裕朔君ですか?』
『はい…そうですが何か』
『裕朔君は父親の死を見てしまったのか?』
『……はい』
『そうか…辛かったな君のお父さんは立派だった』
『そうですか』
『俺は君のお父さんの部下の南雲です。何かあればこれに連絡かけてください』
彼はそう言い連絡先の書かれたメモ用紙に名刺を渡された。
『では失礼しました。またよう子を伺いますね』
俺は警察にこと情聴取をされ精神鑑定を受けた。翌日犯人は捕まり裁判の判決は無期懲役だった。
無期懲役の理由とは犯人の精神錯乱に拠るものだと言う判決だった。
父さんも母さんも命を奪われた。それでも犯人は生き続けるのだ。
それが司法だ。
この世には裁ききることができないと言うことに、そして葬式の日になった。
『お母さん…お父さん…ヒック…なんで、なんで!!私達を置いていかないで!!…うぁあぁ!!』
姉は悲痛に泣き叫び参列者の表情も曇っていた。だが俺は泣かなかった決して両親が嫌いではなかった、だが俺は泣くことが出来なくなった。
泣きたくても涙が出なくなってしまったそうすると、参列者らが俺を憂いだ目で見てくる。
この日、俺は強くなると決心した。姉を守る為に必要の無い感情を斬り捨て、幾度も大会に出て戦果を挙げた。
こうして今に至る。




