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静寂な太刀は椿の如し  作者: 東風
第五章 情とは
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情とは 弐

 俺は雨が打ちつける音が響く廊下は俺の足音だけが大きく響いていた。

空は白い雲が広がり雨が降っている。

 廊下はひんやりした冷たさで静かさに拍車がかかる。そうして歩き階段を下るとそこには望海がいた。


「裕朔じゃん、珍しいね道着だなんて」

「あぁ、さっきまで剣道場に居た」

「ふ〜ん、そっか」


 俺は覚悟を決め望海にこう告げる。


「もう今までの関係ではいられない」


 剣道部を変えてしまうと敵が生まれる。だからこそ巻き込みたくないのだ。


 俺はここでアイツとの縁を斬った方がアイツの為だと思った。

 今の感情は何から来るものかは分からない。だが望海は眉を動かし、笑う。


「何言ってんの、僕はそんなの気にしないよ」

「……どうなっても知らんぞ」


 肩をすくめ、笑い顔で軽く答える。


「別にいいよそんな事。なんだって僕達は”相棒”じゃないか」


 この一瞬、雨音が消えた感覚がした。

その時は鉄草望海と言う斜陽が俺をじんわりと焼く。

 ――俺はきっとアイツとの縁は斬れないのだろう。関係を絶つ時があるのだとしたら、その時は死ぬ時だろう。


「そうか」

「今の顔付き悪くないんじゃない?」

「知らん」


 アイツは俺の肩を引き寄せた。


「どっか飯行かない。中華屋の餃子ぐらいなら奢るよ」

「別にどちらでも」

「じゃあ行こうよ」

「今回だけだ」


 俺は誘いにのり、一緒に餃子を食べに中華屋に着く。活気のあるカウンターは人の熱気に溢れ、家族連れがご飯を食べる。


 餃子を注文し数分後にして店員が「あいよ!」と気前よくカウンターに置く。

 箸で焼き餃子を割るとニラと豚のいい香りが鼻をくすぐりとても食欲をそそる匂いだ。


 さっそく口へ運ぶ。


「…美味い」

「それは良かった」


 隣の望海はいつ頼んだか分からん、湯気だったラーメンを啜りながらそう言った。


「ご飯食べてる時の裕朔は、いつもより顔色がよく見えるよ」

「……今は健康だが?」

「そういう事じゃないよ」


 吹き出すように笑い、なんの事かは見当もつかない。


「学校に居たとき顔色悪かったもの」

「そう見えたか」

「うん。凄くね」


 アイツは真剣な眼差しで見つめてくる。


「少なくても僕が裕朔の味方であり続けるよ」


 まさか望海にそんな事を言われるものとは、回答策を考えても出ない。


「……冷めるぞ」

「え?」

「ラーメン、冷めるぞ」


 望海はきょとんとしていたが、やがて吹き出した。


「それ、答えになってないよ」

「そうか」

「そうだよ」


 そう言いながら望海は箸を取り、ラーメンを啜る。店内は雨音が消え、食器が触れる音と和気あいあいと喋る声が響く。

 騒々しいく少々居心地は悪いが、こんなのも悪くない。



 翌日は昨日までの雨が嘘かのように晴れていた。今日からは師範のような心構えで挑まなければならない。


 放課後、剣道場に行くと空気感は雨が降ったこともあって湿気ているが、昨日の影響か静寂に包まれていた。


「今日から、稽古を務めます」


 瞑想を始めさせると、静かさのあまり生唾を飲み込む音さえ聞こえる。


「では素振り三百本始め」


 こう告げた瞬間、一部の部員が唖然とした表情に変わりざわつく。


「どうかしましたか?」

「い、いえ……素振りって千本じゃないんですか?」

「規定時間内に終わらせるのが当たり前です。だいたい、素振りとは量より質です」


 そうして素振りが始まると皆、中々悪くない太刀筋をしている。見回ると剣の振っているが風斬り音が聞こえない。


「そこ、刃筋を真直ぐに」

「はい!」


 折り返しの百五十本に入った頃、さっきとは別の部員の所へ行く。


「そこ、止まれ」

「はい!」

「今、素振りは何本目ですか」

「百五十八本目です」

「では問います。そのうち何本正しく素振りでしたか」


 部員固まり、周囲の部員達も手が止まった。


「数えていません」

「でしょうね」


 自分の竹刀を手に取る。


「では何故、千本振る必要がありますか」

「それは……鍛錬だから」

「違います」


 静かなに告げると、自分の声がやけに響いた。


「一本から千本、同じ動作ならば価値があります。ですができなければ意味がありません」


「私の師がこう言っていました。『一刀で人を断つには執念が必要だ』と」


 竹刀を握り直し、静かに振る。


ヒュッ


 風を裂き、乾いた音が鳴った。


「この様に太刀筋が正確だと風を斬る音が聞こえます。理解しましたか?」

「はい」


 こうして素振りを終え、部員達に水分補給をさせ着装に移る。そうして切り返しを始める。


「切り返しを始める。一刀一足、全て正確に行うように」


 そこは腐っても剣道部だ。正確にできている。やがて部員達の息が上がった。


「終了。次は技稽古を行う」


 部員達は面をつけ直しながら列をなす。


「まずは面打ちから、私が元立ちを務めます」


 部員達はざわめく。無理もない。ほとんど突如入部した人間が指導者になったのだから。


「さぁ、早く時間の無駄です」


 部員達に面の感覚を覚えさせて、掛かり稽古が始まった。

 指示を出すと先頭の部員が前に現れる。


「お願いします!!」


 先頭の部員は裂帛(れっぱく)の気合と共に踏み込む。


「面!!」


 速い。だが――


「力み過ぎです」


 振り下ろされる竹刀を、こちらを僅かに斜めへ傾ける。

 


ガッ


 その瞬間に、相手の太刀筋を右に流した。


「えっ」


 面越しの部員の瞳孔が見開ける。

面を打ったつもりの竹刀は空を裂き、体勢が微かに崩れた。


そこへ、返した竹刀を円を描く様に返転させる。


「胴」


ガツンッ!!


 鋭く乾いた音が道場に響いた。

部員は何が起きたのか理解できないまま通り過ぎる。


「今のが面返し胴です」


 静まり返った道場で告げる。


「正面から単純に面を打とうとすると、相手はその力を利用する。覚えてください」


「君、何故今の面が打てなかったか分かりますか?」

「……いいえ、分かりません」

「肩が上がり過ぎていたからです。剣道は腕の力で一本が取れる競技ではありません」


 次から次へと稽古を行い。何事なく進み部員の怪我の報告もなし。健全かつ効率的に指南を終えた。


 歩いて中庭にある池へと向かう。理事長の趣味なのか荻が綺麗に生え揃い小さい花々が咲き誇っていた。竹の椅子へ腰掛ける。

 

「は……」


 ここの中庭は校舎で影ができてしまいそれのせいか生徒はあまりここを訪れない。最近はこの場所を気に入ってよくふらりと行くのだ。


 この静けさが俺の癒してくれる。修行していた頃を思い出すような場所だから。


 ――だが静けさは気配を感じやすい。


「やぁ、後輩くん」

「また来たのですか綴喜先輩」

「えぇ。面白いネタは新鮮なうちにです」


 笑顔のまま隣の椅子へ腰掛ける。癒やしの時間は直ぐ崩れ落ちた。


「取材には応じませんって一週間ほど前にお伝えしましたが」

「入部したと思ったら直ぐ倒しちゃたんですもん。新聞部はこれをもっと広げたいんですよ」

「私はそれを望みませんし、ネタを探そうと思えば適したものを見つけてください」

「ですが――」


 綴喜先輩は特ダネがどうこうと言って聞く耳を持たない。まさに馬耳東風だ。


「終わりましたか」

「……えぇ、で理解しましたか、どれくらい自分が大物であり特ダネあることを」

「自分の事は興味がございません」

「では貴方が興味があるものとはなんですか?」

「剣術、剣道です。では失礼します」


 潮風が頬撫で、夕焼けに照らされながら池を後にした。

 帰路は静けさに包まれて、子供達が公園ではしゃぐ声がよく聞こえる。


 この日常は長くは続かない。だからこそ踏みしめて歩みたい。ただそう思った。

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