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静寂な太刀は椿の如し  作者: 東風
第五章 情とは
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情とは 壱

 夜明け、俺は青紺海岸に稽古していた。細波の音が緩やかに砂浜に追ってくる。


「……ふ」


 ノルマの素振り五百本を終え一息つき、水分補給をしていると、後ろから視線と気配を感じた。


「出てこい。そこの人間」


 俺は木刀をそこの方向に向けた。そうすると眼鏡を掛けたロングコートを着た女性がそこにいた。


「柊裕朔、超がつくビッグネームについて取材をしたいなと思いまして」

「まず名乗れ」

「私は綴喜土筆(つづりきつくし)、君が通う東桜高校の新聞部部長」

「これは先輩でしたか」


 彼女を良く観察すると何処か面影のある人間を思い出す。だいぶ前に駅で会った駅野竹沙に似ている。


「取材はお断りしています」

「……それは困りましたねぇ。ここまで調べ上げて来たのに」

「俗に言うストーカーと言うやつですか、でしたら法的処置を――」

「それも困りますね。……そうだ!!剣道部について話します。それでチャラにしてください」


 俺も剣道の推薦で入学した身だ。恐らくいつかは入部しなければならない。


 この情報を参考に利用させてもらおう。


「では詳しくお願いします」

「ありがとうございます。では、コホン……」


 そう言い綴喜はメモ帳を出した。俺は少しメモ帳を覗いてみると文章量が馬鹿にならないぐらいに書き込まれており、そこには俺の素振り数が正確に書かれていたものもあった。やはり法的処置をするべきだろうか。


「剣道部顧問、岸晴道、彼は部活に滅多に訪れず部長に部の大半を任せる放任主義者、そして部長は鎌瀬蘭太、根性論を強いている。以上が剣道部の主要人物です」


 ……岸晴道、あの異様な男が顧問。話を聞くにもう面倒で非効率そうだ。


「剣道部最大の特徴は“挑戦権”です」

「挑戦権?」

「挑戦権とは岸先生が設立した部則で部長、副部長を倒すと立場が入れ替わる。云わば下剋上です」


 剣道部、中々に不穏な雰囲気を感じる。


「ありがとうございます。綴喜先輩、とても有益な情報でした」

「これはこれは、剣聖ように褒められるなんて……おっとすみません。では私はこれで」


 彼女は逃げ足だけは速いようで。潮風に運ばれたように一瞬で消えて行った。そろそろ家に帰らなけばならない。



 俺も家に戻り風呂に入り、朝食の準備をし、学校に登校した。


 いつも通りの潮風が頬を撫でる。木漏れ日が道を照らしとても優しいく感じた。


 学校の校門を潜ったその刹那――


「柊さん、演劇部に入りませんか!!ルックスも良いですしきっと向いて――」

「いいえ、家庭も知るのも楽しいかもしれませんよ!!是非うちに――」

「柊さんなら絶対陸上でもやってけますよ――」


 部活動の勧誘の嵐が俺を襲う。朝から勧誘に揉みくちゃにさせられて無作為に勧誘するなんて、礼節がなってない。


 囲まれていてどう対処しようか考えたとその瞬間。


「静寂に!!」


 メドゥーサの石化のようにさっきの騒ぎは消え去る。各部活の部員達はどこか畏怖するように後退った。


「部活動の勧誘は放課後と規定が決まっています。それに人の迷惑を考えて勧誘しなさい」


 そうして部員達に教員が説教をしていた。その間を駆け抜け教室まで限りなく速さで駆ける。


「はぁ……」


 朝から面倒だ。少し溜め息をついて席に座ると望海が隣から現れた。


「おはよう裕朔。災難だったね」

「見てたのか」

「窓から見て大変そうだな〜と思いながら見てたさ」


 半笑いで茶化しを含んだ声でそう言った。


「有名人って大変だね」

「……有名人ではないがな」


 望海は暇なのかずっと予鈴が鳴るまでいつも喋り続ける。過去を取り戻すかのように。


 自然と時は過ぎて昼休みになった。この時間になると毎回のようにアイツがやってくる。


「裕朔、来たよ」

「お前は俺がいないと駄目なのか」

「全然ダメで〜す」


 昼も望海は現れる。俺が呆れたように言うとアイツは甘えた大型犬のように隣にいつもいる。


 望海の手には購買で買ったであろうメロンパンを持っていた。俺は鞄から自分の分の弁当と――


「……これ」

「弁当…これ僕にくれるの?」

「あぁ、お前、まったく栄養とってないだろ。菓子パンを食べるくらいだからな」


 そう言うとアイツはクスッと笑った。


「可愛いな裕朔は」

「茶化すな。茶化すなら弁当はやらん」

「あぁ!分かった。分かったからちょうだいよ!!」


 そう言い俺は望海に弁当を渡した。アイツはにこやかに弁当を開いた。


「嬉しいね。だし巻き入ってる」

「栄養の為だ」

「僕が好きだからでしょ。素直じゃないんだから」


 最近は穏やかに時が過ぎている。今は仕事も落ち着き忙しなくない。


 放課後、ロッカーを開けるとある紙が入ってあった。


『明日の放課後、教室に残っていろ』


 ただそう書き記されていた。筆跡も恐らく生徒のものではないであろう。もう一度紙を見直すとこの筆跡に見覚えがあった。


 しかし嫌な予感もする。俺の予測が正しいのであれば……




 翌日その紙のとおりに待つ事にした。俺は窓から夕日が差す席で文庫本を読んでいた。そんな時に不意に放送が鳴る。


『一年三組柊裕朔、至急歴史室に来なさい』


 予想が当たった。俺は教室を出て速歩きで歴史室へと向かい、教室に着き軽くノックする。


「入れ」

「失礼します」


 教室に入るとそこには何故か異様な雰囲気を感じた。蠱毒(こどく)のような悍(おぞ)ましささえ感じる。岸先生を見ると何時もと様子が違うようだ。


「ご要件を」

「俺が君を呼んだのは剣道部の件についてだ」


 いつかこの件は出ると思っていた。


「私が剣道の推薦でこの学校に来たけれど入部していないからでしょうか?」

「それではない。だが半分あっている」

「私が剣道部に入部したら必ず格差が生まれます」


 そう告げると岸先生は少し口元が緩めた。まるで何かを試すように間が流れた。


「あぁきっとそうなるだろう。だが俺はそれでも構わない」

「……理由をお伺いしても」

「俺は確かに剣道はできる。だが君の方が俺より“使い方”を理解している。だから部員の実力が向上すると思ってな」


 建前ではそう言うがどこか含みを隠し、なにか狙いがある言い方だ。


「本当にそれだけですか?」

「と言うと」

「まず貴方はあまり部活に現れないと聞いています」

「ですが、今なぜ私を入部させ、私が“教える側”に立たせたい理由はなんですか?」


 そう告げた後、空気が張り詰めた。冷気を含んだ風が吹き込んだような錯覚を覚えた。


「君は俺より遥かに刀の場数を踏んでいる」


 少し間をおいて口が開く。


「――だからこそ常識を壊せ」

「私は壊すことは出来ません。出来ることは斬ることだけです」

「それでいい、気に入った。やはり俺の見込みには間違いなかったようだ」


 岸先生は少し口を緩めて見せた。これで乗り切ったかと思われたその刹那、すぐさま真顔に戻って冷ややかに恐怖を感じるような視線が差してきた。それはまるで首に釘が打たれそうな恐怖感だろう。


「改めて聞こう、剣道部の主将を倒し作り直してみろ。――努力の剣聖……いや柊裕朔よ」

「承知しました。ですが私は手加減しません。構いませんね」

「あぁ、この学校の剣道部を変えるのはお前でなければいけない。派手にやってくれ」

「では一週間後、主将を討ち取らさせて頂きます」


 あまり面倒事は避けたいのだが、受けないと言う選択肢は無いようだ。


だがやるしかないのだろう。


 そうして翌日の朝、空は澄んだ青空が広がっていた。斜陽が剣道場の床を照らし、春風が少し髪を靡(なび)かせる。


 俺は早めに学校に訪れ剣道場を除くと一人の人物が素振りをしていた。左腕には剣道部の紋が刺繍された腕章を着けていた。


 少し覗いていると後ろにいた一人の部員が喋りかけて来た。


「鎌瀬さん凄いだろ。毎朝ああやって素振り三百回ぐらいしてるらしいぞ」

「そうなんですね」

「君って確か努力の剣聖だよな」

「えぇ。世間ではそう言われています」


 部員は少し神妙な顔に変わった。


「柊は剣道部に入部するのか?」

「ある人の依頼でですが」

「君が入部してくれたらこの部活を変えてくれよ。誰も笑えない正直になれない部活を」


 その時、俺は剣道部に入部する事を決意し入部届けを出したその放課後、剣道場へと足を運ぶ。入るや否や怒号が響き部員がそれで身体が微かにピクッとし恐怖している者もいた。


「……すみません部長、怪我し――」

「止めとけ。鎌瀬に言ったらどうせ『根性でどうにかしろ』とか言って怒号が飛ぶだけだぞ」

「……でも言わなきゃ悪化しちゃう」


 怪我をしている部員が根性でやり続けようとしている。非生産的だ。怪我をしていても続けようとしている。俺は見ても経っても居られなくなり怪我をしている部員の元へ歩き出す。


「貴方、怪我をしていますね」

「は、はい足首をくじいてしまって」

「では保健室に行ってください。ここの部長には私が言っておきます」

「大丈夫かお前?あの鎌瀬に楯突いて」

「えぇ。大丈夫です。それより怪我をしている時に稽古をしたら稽古のコンディションが下がる。覚えてください」


 俺は一人の部員に保健室に行くよう伝え付添い人としてもう一人の部員を行かせた。


 予想はしていたがかなり酷い。


 ここにいる者全てが太刀筋や踏み込みどれを取っても非効率だ。根性に身を任せる生産性の無いもので動いている。上手く行ったとしても再現性の無い。


 だが今回の目的は宣戦布告だ。例の部長の所へと歩き出す。


「貴方が鎌瀬蘭太ですね」

「なんだ!稽古の邪魔をするなぁ!!」

「貴方に”挑戦権”を申し込みます」


 挑戦権を口に出した瞬間、部員達の声や動きが静かに止まった。部員達の目線が俺に向いた。


「はぁ?」

「聞こえなかったんでしょうか、挑戦権を行使すると言いました」

「若造言っておくがここの剣道部はそんな甘く進まねぇんだよ」

「覚悟の上です」


 鎌瀬は人を小馬鹿にするような半笑いを見せた。


「俺の頃は部活で優勝もしたし、県内ベスト八位に入った実績もある。お前とは格がちげぇ」

「では期待しますね。試合は一週間後で宜しいですか」

「あぁやってやら!!どれだけ身の程知らずなのか分からせてやる!!」


 俺はその言葉を聞いて今日は立ち去った。分析するに過去の栄光に縋って、他人を甘く見ている人間だ。主将の器では無い。


 俺は挑戦権を行使することを岸先生に知らせに歴史室へ向かった。


 歴史室の廊下には岸先生が既に居た。


「岸先生、少し宜しいですか?」

「なんだ」

「今日、鎌瀬蘭太に挑戦権を申し込みました」


 俺がこう言うと彼の顔は変わらなかったが少し嬉しそうにしていた。


「あぁ、感謝する。その時は俺が審判をやる」

「承知しましたでは失礼します」


 家に帰り俺は鎌瀬蘭太の攻略を考える為に映像を探してきた。映像を探し見ると彼は長身を活かした上段で試合に挑むことや、県内ベスト八位に入るのは伊達ではなく試合の映像を見るとそこそこの腕をしていた。


 だがこの映像が出た月日は約二年前、今の彼の腕は落ちているかそれとも上がっているかは分からない。


 そうして決闘の日となった。太陽は雲に隠れ、空は色彩を失った白色が広がっていた。春風が戸から吹き込む剣道場は緊張感に包まれていた。


 俺は道着に着替え竹刀を片手に戦場に足を踏みいれた。審判を務める岸先生が俺と鎌瀬に向け告げる。


「試合は一本勝負。鎌瀬が負ければ部長の座を柊に譲る。厳格な審査によりこの試合を開始する心構えはできたか」

「はい」

「はい!!」


 部員の視線が二人を差す。場は静寂で曇った空は雨が降りそうだ。


「では構え!!」


 予習していた通り鎌瀬は上段で構えた。俺は中段に構えた。


「始め!!」


 鎌瀬は先手必勝と言わんばかりに面を狙った。床が軋み悲鳴のような音がなる。だが、少し踏み込みが甘い。俺はさっと竹刀を跳ね除けた。


 だが跳ね除けたその刹那――


「……!」


 跳ね除けた瞬間、畳み掛けるように、小手を狙ってきた。静けさのあまり部員達が固唾を呑む音が聴こえた。


 結構、危うい所だったが、躱して見せた。


 鎌瀬の目を見ると焦燥が滲んでいた。

鎌瀬は竹刀を胴に向け竹刀で斬ろうとしたが敢て紙一重の所で躱し少しの間に交わされぬような速さで―――――


「面!!」


 静寂の中に乾いた音が鎌瀬の面に打ち抜いた。雷が落ちたような音であった。


「対あり!!勝者柊裕朔!!」


 試合は思ったより速く終了した。体感はたったの四十秒で終わった。


 奴の敗因はたった一つ『慢心したこと』だ。俺は礼をし立ち去ろうとした時、鎌瀬が面を脱ぎ立ち倒れた。


「やっぱり勝てるわけがなかっただぁ……プロになって勝てるわけが無い……」


「なぁ……なんでだよ……あんなに努力してこの地位まで上り詰めたのに…ぅ……」


「おい……!!なんか言えよ!!……俺の努力を返せよ!!……ふざけるな!!!」


 涙声でそう叫ぶが俺は答えず背を向けた。勝者が敗者に手を差し伸ばすことは敗者に対する礼儀を欠く行為だ。


 気づけば、鎌瀬の涙と同じように雨が降っていた。

 雨のせいか風は冷たく春風は冬に戻ったように冷たく感じた。


――あの日のように。

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