特任指南役 参
色々と思い出しているうちに近所に着きそうだった。
「もうすぐで着く。お前の家にガレージあったろそこに車置いていいか?」
「はい。構いません」
家へ着き武蔵野さんがガレージに車を停めたのを確認し、家へと招いた。
「客室に案内します。お茶を汲んできますので少々お待ちください」
「いや別に茶は良いや。その書類を持ってきてくんねぇか?」
自室から書類を持ってきて渡し、書類の内容を見るやいなや笑っていた。
「へぇ……特殊警察と自衛隊の指導か面白い仕事もらったじゃねぇか」
「面白いから仕事を行うのではなく、国の安全に少しでも協力したいだけです」
「いい心構えだ」
内ポケットから万年筆を取り出した。
「ここに署名するだけだろう。俺の仕事は簡単だ」
スラスラと名前を書き終えてそれを封筒に入れる笑い手渡す。
「まぁ頑張れよ努力の剣聖」
「努力の剣聖は余計です」
『また来るぞ』と言い武蔵野さんは去った。その時の彼は少し誇らしげに見えた。切手を貼って郵便ポストに入れる。
その翌日、西日が差す学校帰りのことだった。携帯から着信が鳴り見ると剣道協会からだ。
『もしもし担当の真柄です』
「柊です。どうかなさいました」
『すいませんが今ご予定は空いていらっしゃいますか?』
電話口の人間はやけに困ったような声で喋る。
「空いていますがどうかいたしましたか」
『ええ実はですね。会長が源頼市の火詰鍛刀場に今すぐ来てほしいとの事でして』
火詰鍛刀所、平安時代後期から初代火詰釘治郎が始めとした襲名制の刀鍛冶だ。火詰流の珍しいところは刀身以外も鞘、鍔、鎺、研ぎ、全て一人で作る事である。そのため価値、技術どれをとっても高い。
このことから火詰釘治郎の名は重く継承するのも極めて困難である。そのため当主に襲名した人数はたったの七人である。
そして約六十年ぶりに襲名した七代目火詰釘治郎は人間国宝にも選ばれ剣術界でその名が犇めいている。
「えぇ構いませんが何故火詰鍛刀場に?」
『それなんですが私も存じてなくて……』
「そうですか。では」
『あっ!少々お待ちください』
保留音がゆっくりと流れ途切れ咳払いが聞こえた。
『もしもし真柄です。今、神奈川支部から送迎の手配されることになりました』
「いえ、申し訳ないです私自ら現地へ向かわわせていただきます」
『お言葉ですが柊様は有名人なのです。なのでいつ危険があるか分かりませんから剱斎駅にお待ちください。その時には警察の護衛もいるものと考えてください』
これは随分と大事になってしまったな。何故周りはそうすぐに俺を神輿のように担ぎ上げるのか分からない。
とりあえず言いつけどおりに剱斎駅に向かうとそこには見知った顔がいた。
「よっ裕朔」
「なんで貴方がいるんですか。武蔵野警部」
「ん?そりゃあ上からの頼みさ。『柊裕朔の護衛を空いてる警官に頼みたい』てっな」
「貴方は事件を追っているんじゃないんですか」
「なぁ〜に少々時間が空いてたんでな。ほら早く乗れって」
ただ俺に会いたかっただけなのだろう。ニンマリと車へ乗せてくる。だが今日は武蔵野さん一人だけではなく後ろに誰か座っている。
「おっと、コイツは上層部の人間の命令だ。気を悪くするなよ」
後部座席に座り、車を走らせる。高速に乗り一時間も足らずして源頼市に着き火詰鍛刀場まで送迎してくれた。
「ありがとうございました」
「おう、頑張れよ」
鍛刀場に着くや否や何故か物々しい雰囲気を放っておりそこには会長がいた。
「すまないね急に呼んで」
「いえ、それで要件をお聞きしても」
「あぁ実はな。君にある物を渡したい」
「ある物とは」
「まぁ君渡したいって頑固なお爺さんがいたのだよ。とりあえず鍛刀場に入りなさい。私は外で待っている」
鍛刀場に来たんだ恐らく……。
門の近くにいたお弟子さんに鍛刀場へと案内され和室の応接間に招かれる。奥には噂の刀匠七代目火詰釘治郎が正座していた。
微動だにしない。
ただそこで座っているだけで山と虎を対峙したような威圧感を放っている。
「お前が柊裕朔か。名は知ってる」
「光栄です。火詰師匠」
「そこに座れ」
座布団を指差し座る。真正面に座るとその気迫は更にまし鷲が獲物を捕らえるようにそこから抜け出す事ができない。
顔を見据え観察すると眼球は充血し目元の隈が青黒く。目蓋が痙攣している。
「お前に渡したい刀がある」
腰の近くに置いてあった鞘袋を手に俺に差し出す。
「お前がどうやら国に奉仕すると剣道協会の小童に聞いてな。だが――」
「試練でしょうか」
「そうだ。この刀を主となるに相応しいか確かめさせろ」
渡され中身が入った鞘袋だけでもこの刀は並の日本刀とは一線を画す。
鞘袋から刀を取り出すと柄を逆目貫で縁に対し頭はやや小さめ。鞘は印籠鞘。修行で使っていた刀と同じ柳生拵だ。
「刃を見ろ」
指示のまま鞘からその刀身が露わとなった。身幅が広く、中反り。地鉄には地沸が細かくつき、光にかざせば鍛え目の奥から地景が浮かび上がる。
――この特徴から相州伝だろう。
だが鍔は見慣れぬ柄をしている。鍔の左上は椿と波、右下鯰の上に乗る人物…いや一柱か。
「気づいたか。小童」
「武甕槌神ですよね。ですが何故椿と武甕槌神を彫られたんです」
「武甕槌神を彫ったのは稲妻のように悪を椿の如く断ち切る願いで施した」
神妙な面持ちで俺にそう語る。その表情や声は様々な感情が入り混じっていた。
「さぁ、試練の間を用意している来い」
案内された場所は趣のある広い枯山水の庭に連れられ、塀の角に木のある位置へと足が止まる。
袂に手を入れ取り出す。指の間に挟まっていたのはなにかの球根だった。
「第一の試練は全ての落ち葉を斬りつつアネモネの球根を三つ裂け」
「承知しました」
「木の二歩前に立て、球根は自然に降るよう細工はしてある」
言われたどおりの場所に立ち抜刀する。
その刹那、思っていた以上の感覚が掌から脳まで連動する。
「……」
神経に巡る。この打刀は俺の手に吸い取るするような感じに手に馴染んだ。
「始める」
木漏れ日に小さく風が息を吹くその時に火詰は木を軽く蹴り葉を降らせた。
遅い。
シュ………ヒュン、シュ
瞬時に落ちた数枚の葉を斬り裂きやがて一つの球根が落ちた。
ザッ……シュ
この刀を握るとコンマ数秒も遅く感じる。だがそれ以上に切れ味が異常だ。球根は精密に三つに斬り裂いた。
「確認してください」
無線で弟子を呼び鍛刀場から確認させた。確認を終えた弟子は出てきた鍛刀場とは逆の庭の方へと向かった。
「第一の試練は合格だ」
「ありがとう」
「第二の試練は人斬りだ」
「………はぁ?」
どういうことだ?……意味が理解できない。いや脳が情報を拒んでいるのが正しいだろう。
案内されるがままに歩くと、遠い距離に人間が見える。徐々に近づく本当に人間か……いや、よくよく見ると全身に血が通っていない。
「これは随分と手の込んだ機械ですね。山田浅右衛門の真似事ですか」
「刀は人を斬るのが全てではない。だが、人を斬れる覚悟のない者に持たせる代物ではないのでな」
鋭い眼光で俺の目を凝視する。その瞳には勇ましく盤石な意思を感じた。
「この機械を人間だと思え、まぁそう思うように絡繰りを作ってもらっだが」
声が雫のように滴り落ちたその一瞬。
「ころ……さな…いで。殺さないでぇ……」
泣きながら機械が後ずさった。そこにはたしかに現代技術の産物がいる。
なのに何故か斬れない。過去の俺と合わせてしまう。
「どうした斬れんのか?柊裕朔」
「いえ、五秒ください」
時は一刻と機械が『やめて…殺さないで』とつぶやく。
そのとき師匠との思い出した。『人を斬ることは容易い。だが人思いに斬ってやるのが剣士としての唯一の情だ』とな。
「いやぁ!!やめてぇ!!!!」
電光石火。一瞬の間に斬り捨てるのが粋だろう。刹那に足を左に逆袈裟を走らせ右腕を斬り捨てその首を刎ねた。
作られた肉を断った。血糊が嘲るように吹きあげた。そこにはどこにも温度はなく、海で物言わぬ鯨のようにただ孤独感がゆっくりと俺を襲う。
「ほれこれを使え」
拭紙を手渡され、紅く染まった刀身を拭き取る。反射した自分の目はどこか濁り凍てついくような目つきをしていた。
「さぁ…これで最後の試練は刀を抜かずに機械を制圧しろ」
「制圧できたらいいんですね」
「あぁ、武術や環境を利用したって構わん」
刀を手渡し数分後に刃物を持った機械が二機、素手の機械が三機の計五機の敵がいた。範囲は約七メートル三十センチ先からじわじわと近づいてくる。
刀がなくても幸いこの環境では脅威となる武器は多い。周りの木々を見渡すとほとんど藤の木が並んでいた。それに加えてこの環境は石が多い。
「……」
機械には敢えて先人の戦い方を真似たほうが得策であろう。本で見た武器を試してみるとしよう。
まず藤の木まで急ぎ、同じ長さの若い蔓を三本選定し、三つの蔓を片側の一つに合わせた。
地面に落ちている同じ重さかつ丸みを帯びた石を瞬時に拾い、三箇所の先端に石をしっかり縛り付ける。これにより投擲武器のボーラーが完成する
ッガン!
鈍い音がなり逃げつつ機械の足を見ると足が折れて動けないようだ。
さぁ次はもう一機を倒せば後は素手の機械のみだ。だがさっきのボーラーをもう一度使うことは恐らく使用できない。
あくまでも緊急時に作ったにすぎない。蔓縄ではなくそのままの蔓を使っているためもう一度使用したら蔓はちぎれる。
「……はぁ」
あまり無粋な戦闘は好まない、何故なら戦いたくて鍛えているわけでもないからだ。だがやむを得ず行動を起こす他ない。
石を拾い刃物を持った機械の視界をふさぐために投げる。視界を奪うことに成功したら機械に近づき鳩尾に一発の拳を叩き込む。そうするとやはり機械だ。衝撃が強く倒れ込む。
次に素手の機械が俺の前へと現れ拳を交える。
ドン、ドン
拳は何箇所も流星のように振り注ぎ躱しきるには困難だった。痛みは存在する。だが俺は殴った手を掴み相手を投げ飛ばした。
「…………」
そこからの行動は早かった。素手の機械の関節を外しながらも弱点を突き、次々に行動不能にした。
そうして日が暮れる頃には屍とかした機械が横たわっていた。
「終えました」
「よくやった柊裕朔よ。試練は合格だ。約束どおりこの刀を贈呈する」
「えぇ、ありがたく頂戴いたします」
怪我の処置を終えて、鞘袋に入った刀を手渡され鍛刀場を後にした。帰宅し鞘袋を開き刀をもう一度確認しようと出すと折りたたまれた手紙がひらりと落ちた。内容はただ一言だけ綴られている。
『凍愁』
恐らくこれは刀の号。きっと『情を凍らせ愁いを絶ち切る』そういった念が込められているのだろう。この刀で機械を斬った時に刀身に反射した生気のない眼を思い出す。
翌日、教育委員会の審査により正式な所有者となった。だが所有者になったのはまだスタートラインに立っただけだ。
この刀を統べる主になるまで精進せねばならない。その思いを胸に今日も鍛錬を積む。
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・施設等とは一切関係ありません。




