第173話:道長とエレーナ①
◇◆◇◆
――フォルブラウン王国の王都から南に進んだ街道。
そこには道長とエレーナの姿があった。
二人は馬に跨り進んでいるのだが、道長の表情だけはどこか不安そうだ。
「……本当に、よかったんでしょうか?」
道長はそのままの表情でエレーナへ問い掛けた。
「フォルブラウン王国を出てラカーシャ王国へ向かうことですか?」
「……はい。アッシュ様たちは俺に良くしてくれました。せめて一言だけでも言っておけばと」
「そうすればきっと、皇太子殿下はあなたを引き留めるはず。……それだけは、嫌だったのです」
するとエレーナは、瞳に涙を湛えながらそう口にした。
「エレーナ様……」
「あ……す、すみません。私の我がままに付き合わせてしまって。そうですよね。ミチナガ様が一言声を掛けたいということであれば、今からでも戻って――」
「いいえ。大丈夫です、エレーナ様」
エレーナが戻ってもいいと伝えようとしたところで、道長は言葉を遮り答えた。
「……いいのですか?」
「はい。よく考えたら、エレーナ様はアッシュ様の妃候補だ。このまま戻れば、エレーナ様の立場も危うくなるでしょうし、俺も罰せられるでしょうからね。こうなれば俺も、逃げるべきでしょうから」
道長はエレーナを悲しませないようにと、微笑みながらそう口にした。
「……ありがとうございます、ミチナガ様」
そんな道長に対して、エレーナは満面の笑みで応えてみせた。
エレーナの美貌をもっての満面の笑みだ。そして道長は彼女に惚れている。
当然、彼は頬を赤らめ、視線をエレーナから逸らして口を開く。
「あ、あちらに村が見えます! 泊まる場所が確認いたしましょう!」
「うふふ。そうですね」
道長が恥ずかしがっていることが分かったからか、エレーナもこれ以上は何も言わずに頷いた。
とはいえ、彼女の反応がそのまま本音であるとは限らない。
(本当に、御しやすい男だわ)
道長はエレーナに惚れているが、その逆はない。
つまり、エレーナが別の目的をもって道長に近づいている。
(曲がりなりにも彼は勇者と思われている人物。その男を連れて帰ることができれば、ラカーシャ王国の戦力は間違いなく増強される)
ラカーシャ王国は小国だ。
だが、小国なりに周辺諸国と友好的な関係を築き、平和に、そして平凡に暮らしてきた。
だが、エレーナの想いは違った。
(私はただ平凡な暮らしをして死んでいくのなんて、まっぴらごめんだわ。フォルブラウン王国の妃の座も勿体ないけれど、私の自由にできるわけではない)
先を進んでいた道長の背中を見つめながら、エレーナは不敵に笑う。
(私の自由にできる、私だけの国。それを私は、手に入れてみせる!)
「どうかしましたか、エレーナ様?」
道長が振り返ると、エレーナは表情を一瞬のうちに切り替え、ニコリと微笑む。
「なんでもありませんわ、ミチナガ様。さあ、行きましょう」
「はい!」
エレーナは馬を走らせて道長の隣に移動すると、二人並んで進んで行く。
それが道長には嬉しく、騙されているなどとは思いもしない。
(私のために身を粉にして働いてくださいね、ミチナガ様? そして、皇太子殿下には、時間稼ぎをしていただかないとね。うふふ)
内心でほくそ笑みながら、エレーナは道長と共にラカーシャ王国へと進んで行った。




