33.夏休み 街(カミラ・パティ編)(Ⅲ)
(う、わあ…これはあたしみたいなのは入りづらいタイプの店だ。)
おそらくクラリスであっても多少気後れしたのではなかろうか、門構えからして何となく威圧感があるのだ。豪華で、それでいて上品な入口は、何となくこちらが値踏みされているような、客として相応しいか選別されているような、そんな気持ちになってしまう。ドアの前にはきっちり正装をしたドアマンが控えており、店内に入ってすぐのところにもまた別の店員が立っていた。きっと店に入ったら即刻荷物や上着をお預かりしていただけるのだろう。ウィンドウ越しに見える商品は、一見控えめに見えて、非常に凝った装飾を施されている。素人が見ても分からないかもしれないが、宝石商の父を持つパティは遠目からでもすぐに気づいた。うん、到底くつろげそうにない。
「…前にクラリスと似たような店を訪れた時に、あの子ったら顔を引きつらせて外で待ってるなんて言うから、今日は正直来るか迷っていたのよ。だから貴女と来れて良かった…てあれ?」
「か、カミラ様ぁ~…あ、あたしもちょっと、外で待ってようかな、なーんて……えへへ…」
「あ、貴女もですの!?いったい何がいけなくて!?」
「うん、階級の壁かな……」
結局カミラが高級ブランド店に入ることなく、そのまま帰路に着くことになった。何となく打ち解けてきた二人はその間も少しずつ会話を交えていた。パティがカーティスのことを嬉々として話していた、丁度レンガ橋の真ん中に差し掛かった時だ。
「貴女は本当に、カーティス様が好きなのね。」
「へ?うん、まあね。あ、アンジェのことももちろん好き!!」
「…でも、カーティス様には少し特別な感情を抱いているように見えるわ。」
その言葉に、パティが急に顔を曇らせる。
「……でも、そうだとしても、全然意味ないよね。」
「?」
「カミラ様も見てて分かるでしょ?あたしも大概だけど、カーティスだって見てて分かりやすいよ?あいつ、絶対アンジェのことが好きだもん。」
「……」
「アンジェはさ、おうちのじじょーとかで色々あって、自分に自信がないけど、それでもあたしは結構すごいヤツなんじゃないかって思うんだよね。喋ってるとなんだかんだ品があるし、割と頭も回るからもともと馬鹿ってわけじゃなさそう。勉強とか、今はサボってるから成績悪いけど、ちょっと頑張れば多分すぐいい点とるよ?運動神経も悪くはないし、何気に美人だし、ね。……本当の馬鹿って、実はデキるヤツの見分けがつくんだよね。」
「……」
「そうなるとさ、敵わないじゃん。……だから、意味ないんだよ、あたしがカーティスのことを好きでも。」
「……」
「カミラ様には分かんないかな、そーゆーの。……あー、てかあたし、何語っちゃってんだろー?ウケる~。」
「そうね、さっぱり理解できないわ。」
「…っ!!」
カミラの言葉にパティが傷ついたように顔をしかめる。
「ええ、全然分からない。……目の前にたくさんチャンスが転がっているのに行動を起こさないなんて、まったく理解に苦しむわ。」
「…はあ?あんた、あたしの話聞いてた?チャンスなんて、一つもないんだよ!!」
「ここに向かう時、カーティス様は貴女のこと、すごく心配そうに見てらっしゃったわ。わたくしにいじめられたりしないか不安だったんじゃないかしら?…わたくし、学校での評判悪いですから。」
「え、そうなの?……いや、そうじゃなくて!!カーティスが心配してたのは、あたしが友達だからでしょう?それ以上でも以下でもないよ。」
「好きな人に心配してもらえることが、どれほど嬉しいことなのか、貴女には分からない?」
「へ?」
急にカミラが立ち止まる。思わず振り返ると、深いアメジスト色の瞳がわずかに揺れてこちらを見つめている。
「好きな人と一緒にお出かけして、美味しいご飯を食べて、たわいない話で盛り上がって……それができることが、どんなに恵まれたことか、貴女には分からないのね。」
悠然と、しかしどこか悲しげに語るカミラを、急に吹いた北風が包む。舞い上がる葡萄酒の髪と深紫の瞳が太陽のもとでとても美しく映えた。
「パトリシア様、貴女には分からないかもしれないけど、今の貴女って、わたくしからみたらとてもすごいのよ?わたくしが喉から手が出るほど欲しくて、でも手に入らないものを貴女は持っているのだから。…………貴女はなぜか、自分にものすごく自信が無いようだけど、貴女が持っているものを持たざる者、貴女が出来ることを出来ない者だってたくさんいるのを分かっていてちょうだい。」
そういうと、カミラはふっと笑ってまた歩み始めた。パティは言葉の意味をいまいち理解できず、頭を抱えて考えあぐねる。
「そうそう、あともう一つ。わたくしは良いと思いましてよ?裁縫趣味。」
気づけば先を進んでいたカミラが、振り返らずに言葉を告げる。途端、パティは先程の話などそっちのけで顔を青くして弁解を始めた。
「ちょ、ちょちょちょ違うからあああ!!あれは、ばーばの、趣味!!あたしは全然興味ないってば!!」
「あんなに目を輝かせて店を回っていた癖に、何をおっしゃるの。……はあ、貴女がなぜそんなに隠したがっているのか……まあ、同じ貴族として何となく予想はつきますけど。安心してちょうだい、わたくしは人様の素敵な趣味にケチをつける野暮で悪趣味な輩とは違うわ。それに、貴女の趣味を口外するつもりなんてなくってよ。……それにしても貴女、ちょっと卑屈すぎないかしら?もうちょっと自分に自信を持った方がいいわよ?可愛いんだから堂々としてなさいな。あ、勉強をサボるのは良くないわね。」
「は、はあ!?別に可愛くないし!!てかカミラ様に言われても説得力がない!!」
すっかり打ち解けた二人は、広場に向かって歩みを進める。行き道にあんなに大きく聞こえた足音も、今や全然気にならない。
結局、カミラが言っていたことはどういう意味だったのだろう。パティは内心分からずじまいだったが、何となく自分にエールを送ってくれたのは感じ取れたので、自分なりに努力してみようと決意するのだった。
(カミラ様の話は、また家に帰ってから考えようっと!)
そんなことを思っていると、橋を渡り終え、広場に到着した。ふと横を見れば、橋の隣の川沿いにひまわりが一輪咲いている。その太陽のようにまぶしい黄色は、今のパティの気分を現しているようだった。




