25.夏休み 街(Ⅰ)
窓から見える景色は快晴。雲ひとつない青空からは、日差しがこれでもかというほど照りつけていた。眩しい外に反比例するように、この部屋の中は薄暗い。生徒の少ない閑散とした図書室で、クラリスは頬杖をつきながらぼんやり外を眺めていた。
「なんだい、もう読み終わったのかね?」
向かいの席にやってきたハワードが、苦笑しながら問いかける。
「ハワード、今日は生徒会はありませんの?」
「ああ、昨日までで仕事は一通り教わったから、今日からはお休みさ。やっと羽根が伸ばせそうだよ。」
「ここのところずっと生徒会に通い詰めでしたものね、お疲れさま。」
「ありがとう。まあ、君も図書室に通い詰めだがね。」
「私は好きで来てますのよ。」
「はは、それもそうか。……今日はカミラ嬢も来てるのかい?」
ハワードがクラリスの隣の席を見て尋ねる。そこにはカミラのペンケースと夏季休暇の宿題が置いてあった。
「そうね。今朝、寮の前で会ったんだけど、暇みたいだったから私から誘ったわ。…あ、ちょうど戻ってきたわね。」
「あら、ハワード、お疲れさま。そして久しぶりね。」
「やあカミラ嬢。終業式以来だから一週間ぶりかな?…相変わらず君は勤勉だな。宿題がもう半分くらい終わっているみたいじゃないか。」
ハワードが机に開かれた問題集を指差す。それは確かにちょうど真ん中あたりのページになっていた。
「まあカミラ、貴女もうこんなにやったの!?私の方が図書館に来てるのになんだか恥ずかしいわ…」
「貴女はここで、勉強より読書してる時間の方が長いでしょう?あ、先週貴女が探してた『湖畔荘の殺人』、さっき本棚に戻ってましたわよ。」
「なんですって!?」
クラリスが前のめりになる。そのまま勢いよく立ち上がると本棚に向かって馳けていった。
「……まあ、彼女の宿題の進捗も決して悪くはないし、これでいいのかしら。」
カミラは少し呆れ顔でクラリスの背中を見送った。
折角三人揃ったことだし、ということで午後からは昼食もかねて皆で出かけることになった。本や勉強道具は荷物になる為、一度寮に置いてから正門に集まる。行き先は学校前の坂を下った先にある学生街だ。
「やはり夏休みに入るとここも随分閑散とするものだな。」
街中央の広場に着くと、ハワードが辺りを見まわしてから小さく呟いた。いつもはアストリア学園の生徒で賑わうこの街も、長期休暇は旅行や帰省で寮を留守にする生徒が増える為、今日はやけに静かである。おかげで昼時だというのに、どこの店も待つことなく入れそうだ。ちなみに、ここに来る少し手前でアストリアの女子生徒達に話題の新しいケーキ屋の前を通ったが、あいにくの定休日であった。
(空いてれ三時のおやつに、と思ったのだけど…残念だわ。)
多少がっかりしたものの、気を取り直して皆に足を合わせる。それからまた少し街を東に進んみ、そこで見つけた小さなカフェレストランで昼食をとることになった。先日の失敗を踏まえて念の為店内を見まわすが、幸いフローラもエリオットも見当たらなかった。
(まあ、あんな事態そうそうあってはたまったもんじゃあないのだけも。)
少しホッとしつつ席に着くと、テーブルの横に立てかけられたランチメニューを皆で眺める。カフェレストランと名乗るだけあり、軽食だけでなく、丼ものなどのしっかりした食事メニューも豊富だった。
「うーん、僕はオムライスにしようかな。」
「わたくしはサンドウィッチとスープのセットで。」
「じゃあ私はメープルパンケーキにするわ。」
店員が皆の注文を取る。彼女が厨房の方に消えてから少し経つと、頼んだ料理が運ばれてきた。クラリスが頼んだパンケーキは、まだほくほくと温かい。冷たいメープルシロップと添えられた生クリームの相性がまた抜群で、ほっぺたが落ちそうになるほどとても美味しかった。
「ふう、美味しい……それにしても、まだ夏休みはひと月も残っていますのね。」
「今やっと七月最後の週ですしね。」
「長期の休みは嬉しいが、やることがないと少しだれてしまうもんなあ……そういえば、クラリスはいつ実家に帰るんだい?」
「八月の中旬かしら。せっかくあとひと月もあるのに、予定が実家に帰省するだけってのもなんだか寂しいわね。今夏はあまり気になる新作もないし、実家の本は読みつくしたし……はあ、暇つぶしにどこか遠くにお出かけとかできないものかしら?できればまだ見ぬ本がたくさんある素敵なところへ……」
「貴女、夏休みまで本をむさぼるつもりですの…」
「クラリスは本当に本の虫だなあ。…でも確かに、少し遠出というのは僕も憧れるよ。できれば涼しい、森林や高原辺りに別荘なんかを持っていればいいのだけれどもなあ。」
「…お二人は家族旅行とかはしないんですの?」
「私は一人っ子だし、この年でわざわざ両親にねだるのも少し気恥しいですわ。」
「僕は逆に兄弟が多くてね、皆可愛いけれども、家族で旅行に行っても、てんで気が休まらないよ。」
「そう…まあ、わたくしも家族旅行なんて数えるほどしか行ったことありませんけれども。」
そういうとカミラは少し考えるそぶりを見せたが、すぐにまた食事に戻った。
昼食を終えると、再び街を散策する。こうして来てみると、以前より店がだいぶ増えていることに気が付いた。そういえば、前訪れたのはいつだったかと思い起こせば、どうやら半年以上来てなかったらしい。目と鼻の先にある街なだけに自分の腰の重さに驚いてしまった。
(まあ、本は学校の前の書店で一通り揃いますし、出かける友達も今までいませんでしたものね……)
内心苦笑しながら、クラリスは街に立ち並ぶ商店を順々に見て回る。途中、ハワードが魔法具店に長居したいと言って別れたので、今一緒なのはカミラだけである。女二人となると自然と買い物は増えるもので(とはいっても、主にクラリスが連れまわしたのだが)サントミモザ同様、様々な店に入ってはあれがいいこれがいいとはしゃぎ回った。
「アクセサリーショップは見たでしょ?本屋と魔法具店は最初に寄ったし、お洋服もさっき三件見てまわったし……あ、文房具屋を見てないわねえ。そろそろノートを補充しておきたいし、せっかくだからかわいいのを買っちゃおうかしら。」
「ちょ、ちょっと待ってクラリス!……わたくし、少し疲れたわ。」
「ああカミラ、付き合わせてごめんなさい。そうね、ちょうど広場に戻ってきたし、ここら辺で休憩をはさみましょうか。あら、あそこのタピオカドリンクなんてどう?」
そう言うと、クラリスはすぐ先にある店を指さす。カミラもこくりとうなずいたので、そのままその店に赴いた。
どうやらこのゲームは最近開発されたものらしい、タピオカドリンクなんて、本来この世界観にそぐわないものが堂々と売っている。クラリスは、一花だった頃の日本で流行っていた代物をまじまじと見つめると、そのまま店員に注文を告げた。
「タピオカミルクティーと…カミラは何にしますの?」
「…貴女と同じものを。」
「じゃあ、タピオカミルクティー二つ、お願いします。」
店はテイクアウト式だった為、広場の片隅で日陰になっているベンチを見つけ腰を下ろす。真夏とはいえ、この国は日本のような蒸し暑さがない。カラッとした天気なので、一度日陰に入ってしまえば、幸いそこまで暑さを感じなかった。クラリスはぼんやりと空を眺めながら、頼んだタピオカミルクティーを啜る。冷えたミルクティーに、時折混ざるタピオカのもちもち感がたまらない。
「んー、やっぱりタピオカって美味しいですわね!インスタ女子が騒ぐのも納得ですわ。」
「いんす・・・た?」
「な、なんでもないですわ!こちらの話!」
「はあ……まあ、確かに美味しいわね。わたくし、タピオカドリンクって初めて飲みましたわ。変わった飲み物ね。」
そういうとカミラもゆっくりとドリンクを飲む。どうやらお気に召したようだ。普段つんと澄ました彼女がちびちびとタピオカを啜る様子は、見ていてなんだかとても微笑ましい。
ベンチからは広場一帯が見渡せた。この場所は中央の噴水を軸に円形に作られており、どこを見ても角がない。日本人的感覚を取り戻した今のクラリスには少し不思議な場所だった。街の東には河が流れており、この広場にも向こう岸に繋がる小洒落たレンガ橋が架かっている。この橋はアストリア学園の生徒の間で、密かに有名な告白スポットだ。もしかして今日も誰かいたりして…など子供っぽいことを考えていると、橋の手前で見覚えのある人物達がたむろしているのに気づいた。
今回から夏休み編、開始です~




