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模範解答は網羅済みです  作者: 米と麦
第一章(二年次・夏)

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24.終業式(Ⅱ) ★

***

 

 

 ゆっくりと階段を上る。足下から美しいソプラノが微かに聞こえる。どうやら今日は歌劇部がダンスホールを使っているらしい。その華美な建物と冷暖房などの設備が整っていることから、ここは文化部の間で予約が絶えない。とはいえ、それは建物の中での話。この時間の二階テラスは直射日光が酷く、ほとんど人は寄り付かない。そこで、僅かな日陰に隠れるようにして、目的の相手は佇んでいた。

 予想はしていたが、待たせてしまったことに多少の罪悪感を覚える。それにしても、自分が人を呼び出すのはいつぶりだろう。カミラに接近を試みた時も、なんだかんだ自分はいつも呼び出される方だった気がする。ハワードとはお互いの行動パターンをほとんど熟知している為、今さらわざわざ呼び出し合うようなことはない。


「お待たせしました。こんな暑い中、急に呼び出してすみません。」


 その言葉でクラリスの到着に気づいたらしい、男は壁にもたれていた背を離し姿勢を正した。


「いや、俺もそれほど待ってないから気にしないでくれ。それより貴女からお声がかかるとは意外だったよ、クラリス様。」

「確かに、同じクラスとはいえほとんど接点がありませんものね。でも、逆にそのせいで、今日私が呼び出した理由に察しがついているのではなくて?……エリオット様。」


 急に風が強く吹いた。エリオットは美しい金髪を撫でると、真っ青な瞳でこちらを見た。


挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)


「……遠足の日、貴方でしょう?カミラを助けたの。なぜあの日、私に口止めしたのかしら?」

「……別に、わざわざ説明してもらうのも、恩着せがましいかと思っただけさ。仮に、俺の魔法が間に合わなかったとしても、君が助けていただろうし。」

「でも、カミラはきっと嬉しかったと思うわ。」

「さあ、どうかな……」

「……貴方がカミラを避ける理由は、フローラ様にあるのかしら?」


 エリオットの目が見開く。夏空の下で見るサファイアの瞳はとても美しい。


「なぜ、彼女の名前が出る?」

「今更言い逃れは厳しいですわよ。貴方だって、ご自分が噂されているのをご存知でしょう?それに、私は食堂での一件を目の当たりにしてますもの。」

「……ああ、やっぱりあれは芝居だったか。」

「流石にあそこまでネジの抜けた女ではありませんわ。……人様の恋愛に口を挟むなんて無粋(ぶすい)だけど、これは今後の私の身の振り方を考える上でも大事なことだから、あえて聞くわね。…………エリオット様、貴方はいったい誰が好きなの?……正直、今の貴方の行動はいまいち理解できないわ。……失礼を承知で言えば、二人の女性に思わせぶりな態度を取るのはどうかと思いますの。」


 少しだけ非難めいた目で彼を見つめる。我ながら、皇子相手にずいぶん不敬な発言だと思う。しかしエリオットにそれを咎める様子はなく、むしろ気まずそうにこちらから目を逸らした。


「……身の振り方って、どういう意味だい?俺たちのことなんて、君には関係ないだろう?」

「…まあ、そう思いますわよね。私も余計なことを思い出さなければ、きっとこんなこと言わなかった。今だってこんな下世話な真似、本当はしたくないのよ。本当にごめんなさいね。でも、あなたたちの行動は、ご自身で思っている以上に、多くの人に影響するわ……特にフローラ様は。……ああ、あと、最後の言葉はあくまで私の個人的な意見なので、気を悪くなさらないでね。皇族に睨まれでもしたら、アインカイザー家も終わりですわ。」

「さっぱり意味が分からないな。なぜフローラの名前が出る?……やっぱり君も、庶民に対して偏見があるのか…?」


 エリオットが忌々しげにこちらを睨む。なるほど、そう捉えたか。


「けしてそういう意味じゃないんだけど……まあ、そう思われても仕方ないわね、残念だわ。………でもね、カミラのことを思えば、心配にもなるでしょう?我ながら恩着せがましい考えだとは思うけど、これでも一応、あの子とは仲良いつもりなのよ。……ああ、この件について、もちろん彼女に告げ口なんてしないわ。そこまで悪趣味じゃないし。だから、教えてちょうだい。貴方は………」


「けっえっき~~!!ケーキケーキ、今日はけっえっき~~~!!」

「もう、マーゴったら浮かれすぎ!!前見て走らないと人にぶつかるよ!!」

「でもフローラも楽しみでしょー?新しくできたケーキ屋さん、終業式までとっとこうって言い出したのフローラじゃん!!」

「そりゃあ、今朝起きた時からずっとその事だけ考えてましたよ!…ねえ、何食べよっか?やっぱ最初はショートケーキかな?でもフォンダンショコラとかチョコレート系もいいよね!んー、でも夏だし柑橘系も捨てがたい…チーズケーキもいいし、ああ、マーゴどうしよう!今日三つくらい食べてもいいかな!?」

「フローラの方が浮かれてるじゃん!!いーねいーね!明日から夏休みなんだし、今日はぱーっとやっちゃおうよ!!あたしはフルーツタルトは外せないね!」

「あ、それもいいかも!!」


 きゃいきゃいと黄色い声が地上から響く。声音からフローラとマーゴットだと分かった。どうやらエリオットも同じらしい。声が聞こえて真っ先にテラスの下を覗きこんだのは彼の方だった。


(…あーあ。)


 地上を覗く横顔を見て、クラリスは一気に冷めた気持ちになる。ひどいな、これ。

 先ほどまでこちらを見ていた碧眼は今、恋い焦がれるような視線を眼下に向けている。その熱を帯びた瞳が、ほんのり赫らむ頬が、切なさで歪む顔が、果たしてカミラに向けられるような日は来るのだろうか。


(ひどい負け戦だわ、これ。)


 静かに興ざめする心をクラリスはどうすることもできない。降り注ぐ蝉時雨(せみしぐれ)が、一段と酷く鼓膜に響いた。


 隣に自分がいたことを思い出したらしい、エリオットは、はっとこちらを向き直ると、ばつが悪そうに眼をそらす。


「……どうやら聞くまでもないみたいですわね。今日はお時間をとってくださり、どうもありがとうございました。こんな不躾なお話の為に、貴重な時間を頂いてしまったこと、心の底から謝罪致しますわ。どうか気を悪くなさらず、今後も良いお友達でいてくださいな。」


 そう言うとクラリスは一礼し、そのままくるりと向きを変える。エリオットは少し何か言いたげにしていたが、すぐ諦めたように口を閉じた。


「良い夏休みを、エリオット様。」

「ああ、貴女も。」


 互いにそっけない挨拶を交わすと、それぞれの方向に歩き出す。

 陽はまだ高く、いっそ嫌味なほど清々しい青空が一面に広がっていた。

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