16.遠足 サントミモザ(Ⅳ)
店を出て、次はどこへ行こうかと辺りを見回すと、少し先に見覚えのある看板を見つけた。
「まあ、こんなところにマーマレード・マムがありますわ!!」
「? 馴染みのお店でして?」
「ええ、我が家はいつもこの店のジャムを使っておりますの!こんなところにも出店してるなんて、意外と有名な店なのね!……ね、カミラ様、あそこに入ってもよくて?」
「ええ、構わないわ。」
カミラの言葉を聞くやいなや、急いで店に向かう。戸を開けると、チリンという可愛らしいドアベルの音が響いた。
店内には様々な味のジャムが並んでいる。オーソドックスな苺から聞いたことのない外国の果物のまで、全て試食していたらお腹が膨れてしまいそうだ。
「あら、すももなんて珍しい。実家に買ってみようかしら。」
「……それ、ご家族に贈りますの?」
「ええ、うちの母はここのジャムが大好きですの!いつもは春と秋に買い揃えるから、この季節のジャムはあまり食べたことがないはず。きっと喜ぶわ。」
クラリスは学生寮に住んでいるので、実家には長期休暇にしか帰らない。ちなみにカミラも寮生なのだが、彼女達は階級差からそれぞれ住む寮が違った。
「もしよろしければ、カミラ様もお家の方にプレゼントしてみてはいかが?きっと喜びますわ。」
「でも、うちはほとんど父しかいないし、あの人は甘いものがあまり好きではないので……」
「なら、使用人のみんなにも食べてもらえばいいのよ。それにこういうのは気持ちが大切なの、あまり考えすぎるのはよくないですわ。」
クラリスはふふっと悪戯な笑みを浮かべると、また商品棚に目を戻した。どうやら本格的にジャムを吟味する気らしい。
クラリスの言葉にカミラは少し考える。いつもだったら自分は結構だと遠慮していただろう。しかし、遠足で気分が高揚しているせいか、今日はクラリスの言葉に従ってみたくなった。
「お嬢ちゃん、アストリア学園の生徒さんかい?」
ちょうどそこに手が空いた店員が声をかけてきた。少しふくよかな中年の女性である。優しげな目元と気さくな口調が、気前のいいママさんといった感じでつい口が緩んでしまう。
「ええ。実は家のお土産を考えているのだけど……」
「ああ、それならマーマレードは外せないね。店の名前通り、看板商品だからね。あとはこの季節だとあんず、すもも、うめ辺りがいいかね。ああでも、無花果のジャムが今週入荷したばかりだからそっちもおすすめだよ。」
そういうと店員は次々と試食用のクラッカーに塗って渡す。カミラはおずおずとそれを受け取ると、ゆっくりと口に含んだ。途端、甘いジャムの味が口の中に広がる。
どれもとても美味しいが、マーマレードは格別だった。さすが看板商品と謳っているだけある。マーマレードの甘酸っぱい味に合わせると、酸味のない無花果の味もまた映えた。新入荷という言葉も魅力的だ。
「美味しい……そうね、マーマレードと無花果のジャムをいただくわ。」
そう言うと、カミラはその二つのジャムを一瓶ずつ手に取りレジに向かう。ママさん店員は満足そうにその後ろ姿を見送った。
クラリスは既に会計を終え、店の出口付近で待っていた。カミラの手に購入した紙袋があるのを見ると、嬉しそうに微笑んだ。
時計を見れば自由時間はもうあと十分そこらしか残っていない。目当ての店は全て回れたし、そろそろ馬車に戻ろうという時だった。不意にカミラが足を止めた。
「ごめんなさい、クラリス様。わたくし買い忘れに気がつきましたわ。……申し訳ないのだけれど、先に馬車へ戻ってくれないかしら?」
「え?…ええ、分かりましたわ。少し遅れそうでしたら先生達にも伝えておきますけど……」
「悪いけどお願いするわ。」
そういうとカミラは小走りで商店街に戻っていった。一体何を買い忘れたのだろう、そう思いながらクラリスは集合場所に向かう。
少し歩くと小さな広場についた。生徒達はここで集まる約束になっている。既に多くの生徒が戻っており、クラスごと塊になっていた。教諭陣も点呼を取り始めている。クラリスは自分のクラスの中に混ざると、近くにいた教諭にカミラが遅れるかもしれない旨を報告した。やがて定刻になったので、皆が順々に馬車に乗り始める。自分の番になる少し前になって、ようやくカミラが姿を現した。
「お待たせしましたわ……っ!!」
「おかえりなさいまし。」
息が上がっている。おそらく走ってきたのだろう。少し疲れているようだが、顔には満足げな笑みをたたえている。どうやら良い買い物ができたみたいだ。
帰路の席もクラリスはカミラの隣に座った。もう朝のような居心地の悪さは感じない。今日は珍しく活発に動き回ったせいか、気づかぬうちに疲れていたらしい。馬車の心地よい揺れもあいまって、急に眠気が襲ってきた。生徒達も皆同じらしく、朝とはうって変わり車内は静かである。カミラも先程から何度か小さなあくびを漏らしている。
「今日は、色々ありましたわね……」
「ええ……まさか土砂降りの中でお手合わせするとは思ってもみませんでしたわ。」
「ふふっ、遠足だからついはしゃいでしまいましたわ。」
その言葉にカミラがくすりと笑いをこぼす。
「……思ったより楽しかったわ、貴女といるの。結構疲れましたけど…」
「あら、お褒めの言葉として受け取っておきますわね。」
「はあ、本当に貴女って人は……まあ、それで結構よ。」
だいぶクラリスのペースに慣れたらしい、カミラは一つため息をつくと、そのまま話を切り上げる。どうやら相当遊び疲れたのか、やがてこっくりこっくりと舟を漕ぎ始めた。
(あら、おねむになっちゃうほどはしゃいじゃったのね)
クラリスは内心笑ってしまったが、自分も人のことを言えない。先程から強烈な眠気に襲われ、今にも意識を手放しそうである。眉間にしわを寄せ睡魔と闘ってみるものの努力虚しく、やがて瞼が緩やかに瞳の上を滑り落ち、小さく寝息を立て始めた。
広大な野原の真ん中に続く、舗装された一本道。その上を走る三台の馬車は夕暮れに照らされて橙色に染まっている。今朝立ち込めていた雲は、いつの間にかどこかに流れてしまったらしい。空には地平線間際をただずむ夕日と、昇り始めたばかりの半月がきらきらと輝いていた。
これにて遠足編、終了です。いや〜書きたかったところ書けて大満足!
次回はちょっとした後日談になります。




