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食を拒む少女 18

 普通、人手があればそれだけ調理に(限らず何でも)かかる時間は短くなるものだろう。

 例えば、家を建てるのだって1人でやれば何年、何十年とかかるか分からないけれど、それでは職人としての仕事は成り立たないし、学院の先生だって、1人で何百人といる学院の生徒全員に教えられるはずはない。

 あるいは、農業、鍛冶、仕立て屋、大臣、騎士。その他、大抵のことは人数をかけた方が効率がよく、それは普通、料理に関しても言えることだ。

 現に、アンデルセラムの王城には、たくさんのメイドさんがお仕えされている。

 しかし、現在、アルムダン家のそれほど広いわけではない(もちろん、お城と比べたらの話であり、普通のご家庭程度の広さはある)調理場は、人ではあふれかえっているにもかかわらず、作業の進行速度は、それに見合ったものとは言えなかった。


「ア゛ルフリード。助けでぐれ゛」


 普段、あまり関わり合いになることがないからかもしれないけれど、こうしてカルヴィン様が他人に助けを求められることは少ない気がする。

 シャルリア様と、アイリーン様にも共通していらっしゃる事だけれど、基本的にフリンデル王家のお子様方は、御自身で何でもなさり、多くのことはそれで成り立ってしまうため、本来するべきであろう、使用人としての僕たちの仕事はかなり負担が減らされている……はずだ。

 そのカルヴィン様が泣いていらっしゃるようなお声をかけられれば、一体どうしたことだと慌てもする。


「どうなさいましたか、カルヴィン様! って、ああ、もしかして、玉ねぎの皮まで素手で剥かれましたね!」


 カルヴィン様は瞳を涙でいっぱいに濡らされ、それを止めようと、玉ねぎを切るために抑えていらした指で涙をぬぐおうとされるものだから、さらに涙を溢れさせられるという状況に陥っていらした。


「涙を拭われる前に手をお洗いください。それでは結局、目に刺激物が入ることに代わりませんから」


 多分、焦っていらしたのだろうけれど、せめて目の前にあるタオルで手を拭かれてから、いや、それを当然と思っていた僕の監督の不行き届きではあるのだけれど。


「アルフリード。筋は全部取り終えたわよ」


「では、茹でてしまいましょう。まず、鍋にお湯を張ります。それを、ふつふつと気泡が上がってくるまでに加熱してください」


 先程の失敗があるので、今度はしっかり事前にどの程度まで沸かせばよいのかをお教えする。加えて、先程出来なかったことをしていただいて、自信をつけていただくためでもある。


「こちらのジャガイモの皮は全て剥き終えました」


 隣からはシャルリア様のそんな声と、シャラさんの「えっ、もう! 失礼いたしました」と驚かれていらっしゃる声も聞こえてくる。

 アイリーン様が、その声に反応されて、つい鍋から顔を逸らされそうになる。


「アイリーン様。お隣の様子が気になるのは分かりますが、火の前に立っていらっしゃる状況でのよそ見は危険ですのでお控えください」


「ごめんなさい。でも、アルフリードが私のことは見ていてくれているのよね?」


「もちろん、見ておりますが、そのような――」


「分かっているわよ」


 皆まで言わずとも、言いたいことは分かってくださったようだ。

 普段、調理などされないシャルリア様がシャラさんの監督の下とはいえ、おそらくは問題なく、そつなくこなされているのだろうことは、そちらの様子を見ていなくとも、聞こえてくる声だけで想像がつく。

 それに対して、無意識のうちに、アイリーン様も意識されているのだろう。

 しかし、料理は別に誰かと競争しているわけではないし、自分のしている作業を完璧にこなすことが重要なのだ。もちろん、自分の店を出していたりすれば、商業的な、生き残りなどの理由も絡んできて、他のお店より美味しいと思っていただけることが重要になる場合もあるのだけれど。


「アルフリード。私は次は何をしたら良いだろうか?」


「カルヴィン様。玉ねぎを切るのは私がいたしますから、リンゴを摺り下ろすのをお願いできますでしょうか? オリーヌさん。こちらの調理場ではおろし金はどちらにございますか?」


 クラベルさんの様子を真剣に見守っていらしたオリーヌさんが、顔を上げて僕の方へと振り向かれる。


「おろし金はこちらにあります、アルフリードさん」


 棚から取ってくださったおろし金、というより、おろすためのギザギザのついたお皿を渡してくださる。裏側にはゴムがついていて、滑らないようになっている。

 お礼を告げつつ、それを受け取ると、しっかりと、台の上から落ちないことを確認する。


「カルヴィン様。少々お待ちください。えっと、リンゴ――」


 あれ? さっきまで調理台の上にあったと思っていたのだけれど。


「はい、アルフリード」


 シャラさんが、すでに剥き終えられたリンゴを手渡してくださった。

 シャラさんが摘まんでいらした、切れることなく、1本に繋がった皮を見て、カルヴィン様とアイリーン様が小さく声を上げられる。


「ありがとうございます、シャラさん。では、カルヴィン様。こちらのリンゴを摺り下ろしていただけますか。中には芯と種が入っておりますので、芯はともかく、種は絶対に入ることのないよう、お願いします」


 リンゴの種は小さいけれど毒が入っており、食べると危険である。

 もちろん、そんなに小さくなるまで摺ることはされないと思うけれど。それとも、最初から切っておいた方が良いだろうか。


「分かった」


「それから、くれぐれも、御自身の指まで摺り下ろしたりはなさらないでくださいね」


 大根おろしのはずが紅葉おろしになってしまった、なんて、笑える話ではない。

 今回はリンゴだけれど。


「シャラさん。ミルクを出しておいてくださいますか?」


「ミルクなんて、私が出せるわけないじゃない!」


 シャラさんが、エプロンドレスの上から、大げさな仕草で御自身の大きな胸を庇われる。

 いや、そういう冗談ではなく。


「アルフリード……」


 シャルリア様が、ジトっとした、ルビーの瞳を向けられる。


「ち、違いますよ、シャルリア様! カレーのルーに使うためのミルクです! 瓶に入っているもののことで、あまり辛過ぎる――刺激が強過ぎるものは、最初は避けるべきかと思いまして」


 シャラさんも、分かっていてやっていらっしゃいますよね? そんなに可愛らしく舌を出されても誤魔化されませんから。

 シャルリア様は、シャラさんの、大きくふくらんだ魅力的な胸をじっと見つめられた後、御自身の足元を見つめられて、ため息などつかれていた。

 小雪さんとクラベルさんは、仲良くお米を研がれて、釜に水を張られて、火にかけられるところだった。多分そちらはオリーヌさんにお任せしていて大丈夫だろう。


「良い匂いなのです」


 やがて、お釜からの湯気が立ちのぼり、小雪さんがうっとりと目を瞑られる。

 テーブルの方に、収納して持って来ていたお皿を、アイリーン様、カルヴィン様に、スプーンやフォーク、ナイフなどを小雪さんにお任せして、テーブルの方へと並べていただく。

 食材は全て切って鍋に入れ終え、後は出来上がるのを待つだけ、焦げないように見ていれば良いだけなので、先に姫様方にはお席に着いていていただいた。

 

「こちらも出来ました」


 シャルリア様が、茹で卵を切ってサラダのお皿に盛りつけられ、クラベルさんとオリーヌさんが作られたたれを振りかける。

 クラベルさんの喉がごくりとなる。


「あ、いえ、これは、その――」


 そうおっしゃりながら赤くなられるクラベルさんのことを、僕たちが微笑んで見つめ、そのサラダの盛りつけられたお皿をクラベルさんが自らテーブルへと運ばれる。

 ついに実食である。


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