食を拒む少女 19
自分で作った料理が他人の口に入る瞬間、そして、美味しいとおっしゃってくださる所を見るのは、料理を作って、最も嬉しいと感じる瞬間のひとつだろう。
テーブルの上には、すでにお皿に盛りつけられた、カレーとサラダが並べられている。
僕たちが盛り付けてしまっても良かったのだけれど、最後までクラベルさんにやっていただいた。
そして、ついにというか、後は食べるだけ。僕と、クラベルさん以外は、皆さん、すでに席に着かれていらっしゃる。
味見なんてしなくても、過程を見ていれば、美味しいことは分かりきっていたけれど、小皿にスプーン1掬い分、取り分けてみる。
「クラベルさん。どうでしょうか。味見、されてみますか?」
いきなりたくさんの量の食事を目の前にすると、気後れというか、身構えてしまうかもしれないけれど、これくらいの量であれば気負いも少ないかもしれない。
「はい……いえ、やはり、止めておきます」
最初こそ手を伸ばされたクラベルさんだったけれど、手を戻されてしまったのは、ここまでしてもやはり精神的な傷からは逃れられないのだろうかと、不安にもなったけれど。
「私のためにここまでしてくださった皆さんの想いに私も応えたいと思いますから、この盛り付けられたカレーを最初に――本当は『最初』というのが正しいのかどうかわかりませんが――したいと思います」
そのおっしゃられように、僕は少しだけ不安になる。
食事とは、本来、楽しんでするものだと考えている。
衣食住と、生きてゆくうえで必要なものではあるけれど、そのうえで、楽しんだ方が良いに決まっている。だからこそ、例えば服屋なんかにゆけば、たくさんの商品が並べられているわけだし。
だから「美味しいと感じなくてはいけない」と思い込んでいらっしゃるような、今のクラベルさんの心持は少し危ういような気もするのだけれど。
後ろから、ぽんと肩に手を置かれる。
「シャラさん」
「そんなに心配しなくても大丈夫よ。調理中のクラベルさんの顔を見ていなかった?」
そこまで余裕がなかったというか。
シャラさんは御覧になっていたということだろうか? あの、戦場のような調理場で。
「まあ、私は、アルフリードやオリーヌさんに任せている部分が多くて、楽させて貰っていたから」
そんなこともないだろうに。
僕もまだまだだと実感させられる。
「それでね、彼女、とても楽しそうにやっていたわよ。真剣なのはもちろんだけれど、最初にアルフリードが連れてきたころとは、短い期間だけれど、別人みたいだと思わない?」
それは、多少なりとも食事事情が改善されたことによって、血行が良くなっているとか、健康面におけるそういった理由からなのではないだろうか?
そう答えると、シャラさんには
「夢がないわねえ」
と苦笑されてしまった。
「まあ、とにかく彼女を、それから私たちを、そして自分自身を信じなさい、アルフリード。きっと大丈夫だから」
シャラさんが僕の、そしてご自身の胸に軽く手を添えられる。
そう言われると、不思議と本当に胸が軽くなる感じがする。
「そうですね。きっと大丈夫ですね」
シャルリア様やアイリーン様、カルヴィン様と小雪さんも、もちろんクラベルさん御自身も。あんなに一生懸命頑張ってくださったのだ。精神的な話にはなるけれど、これで美味しくないはずはない。実際、味見段階では十分過ぎるほどに合格点だった。
「シャラ、アルフリード。何しているのよ。冷めちゃうじゃない」
アイリーン様が僕たちをお呼びになる。
そうだった。
シンクシの滞在中は警戒する意味も込めて、時間を一緒にする必要があったため意識してやっていたけれど、今は姫様方と同時に食卓につくのだった。
僕とシャラさんは顔を見合わせて小さく笑い合い、
「はい。ただ今、参ります」
僕たちの分まで姫様方が盛り付けてくださっていたので、そのまま、何も持たずに席へと座る。
女神ユティナ様への感謝を済ませ、
「あの、そんなに見られていると、その、恥ずかしいのですけれど」
どうやら、全員、当然(あるいは必然)だけれど、気になることは同じなようで、クラベルさんが恥ずかしがられるように頬を染められる。
そうは言われても、姫様方もご自身で、初めてではないにしろ、手づから作られたものを食べていただくことに、不安と、期待とがあるのだろう。
「クラベルさん。温かいうちにどうぞ、食べてみてください」
全員の視線を集められながら、クラベルさんが小さく、緊張した面持ちで頷かれる。
まだ不安があるのか、量は少なめだったけれど。
前菜やスープ、メインなど、何も考えず、ただ最も大衆的、と言うと聞こえがあまり良くないかもしれないけれど、万人に好まれる、普通の家庭料理だ。もちろん、サラダも一緒に並べられている。
姫様方は慣れていらっしゃらないかもしれないけれど、どなたも何もおっしゃられることはなかった。
クラベルさんが、サラダに銀のフォークをぐさりと突き刺される。
むしろこちらの方が喉がごくりと鳴ってしまいそうだった。
水の準備も万全で、すでにグラスに注がれている。
「では、参ります」
深呼吸をされた後、クラベルさんの小さな口の中へとキャベツとトマトが入れられる。
この時点で、すでに喝采したくなる気持ちはあったけれど、まだ早いということは、重々承知している。
これはまだサラダ。
調理といっても、洗って、切って、盛り付けて、たしかにたれはかけたけれど、あまり人の手が入った調理とは言い難い。もちろん、料理ではあるのだけれど。
本命は、むしろこの次だ。
「大丈夫よ、クラベル。私が作ったのだから」
アイリーン様が胸を張られる。
シャルリア様も、カルヴィン様も、「私達ですよ」などと無粋な訂正をなさったりはされなかった。
「はい、ありがとうございます、アイリーン様」
クラベルさんが、カレーにスプーンを差し込まれる。
大分甘口にはしてあるつもりだけれど、やはり、緊張する。
しゃきしゃきの白いご飯と、深みのある色合いのルーが、スプーンの先端に一口サイズの半分くらい乗せられている。
わずかにスプーンを持つ手が震えている。
クラベルさんの、スプーンを持っていらっしゃらない方の手を、オリーヌさんとは反対側に座られた小雪さんが優しく握られる。
「大丈夫なのですよ、クラベル。私達がついているのですから」
カラン、とグラスの水の中で、氷が溶ける音がする。
それから、ゆっくりと、慎重に、もう震えてはいない手で、クラベルさんが御自身の口元へとカレーの乗せられたスプーンを運ばれる。
そして――
「少し、辛いですね」
そう微笑まれるクラベルさんに
「これは随分甘口なのよ」
アイリーン様が楽しそうにおっしゃられる。
「そうは言うが、アイリーン。お前がお城で食べる分も、辛口ではないぞ」
カルヴィン様がそう告げられると、アイリーン様が頬をわずかに膨らませられながらお兄様の方を向かれ、小雪さんや、僕たちにも笑顔が浮かぶ。
「私たちもいただきましょう。アルフリードとシャラも一緒に」
シャルリア様がおっしゃられ、僕たちも食事へ手を伸ばした。




