食を拒む少女 17
あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。
これはテストだ。
現状、誰かからの口移しでなければ食事をすることの出来ないクラベルさんに、普通に食事を出来るようになって欲しいという願いを込めた。
確証はないけれど、可能性はあると思っている。
僕たちと出会われる前には、御自身で採集したものしか食べることがお出来にならなかった。つまりそれは、言い換えれば、御自身で採集したものは食べることが出来ていたということ。
ならば、御自身で選び(今回は出来なかったけれど)ご自身で調理されたものであれば、誰かの介助を必要とされることなく、食事することも可能なのではないだろうか。
僕がずっとここにいられれば良いのかもしれないけれど、そういうわけにはゆかない。
例えば、クラベルさんとオリーヌさんをお城へ連れて行くという選択肢も、ないわけではない。
しかし、それは僕が独断で決めて良いことではないし、若様、姫様方がお決めになるとしても、結局は1度お城に戻り、国王様、王妃様の承認を得てからのことにされるだろう。まさか独断で、お城へのご報告もままならないままに、勝手に連れて帰るなどということは……僕自身の前例があるため、強くは言い切れなかった。
まあ、1人で出来るに越したことはないはずだし、先の様子から考えるに、オリーヌさんの手料理でも大丈夫だとは思うのだけれど。
僕は買ってきた食材を台所の調理台の上に並べる。
「クラベルさん。これらは取れたてのままの、新鮮な野菜類です。誰の手も加えられてはいません。まずは、これらを御自身で納得のゆかれるまで洗ってみていただけますか?」
当然だけれど、とれたてままということは、泥や、もしかしたら虫もついているかもしれない。
虫がついているのは決して悪いことばかりではなく、虫が食べても平気だということだ。しっかりと洗いさえすれば、問題はないはずだ。
「……はい、分かりました」
クラベルさんがボウルに水を張られ、さらに流水でもって汚れを洗い落される。
すぐにボウルの中の水は泥に濁り黒くなるけれど、それを捨て、新しい水を張って、同じ作業を繰り返す。
クラベルさんが納得ゆかれるまでには、随分と時間が掛かったけれど、僕たちはずっと見守っていて、その間、残りの野菜を軽く濯いでいた。
「これで、大丈夫だと思います……」
2分ほど水につけられていたクラベルさんが、瑞々しく水を弾くキャベツを見せてくださる。
本当はこのままサラダに使っても良いかもしれないけれど、クラベルさんのためにも、一応、加熱消毒はするべきだろう。
キャベツは水を張った鍋に入れ、火にかけた。
「では、次はこちらを」
ついでにゆで卵なんかも作りながら、今度はクラベルさんに洗ったトマトをお渡しする。
こちらも同じくとれたてであり、目的は他にもあった。
一応、僕たちが綺麗に洗ったものではあるけれど、それをクラベルさんにももう1度、御自身の納得のゆくように洗っていただく。
今度は時間はかからず、数秒で洗い終えられた。
「では、そのトマトは、直接、そのまま齧ってしまいましょう」
とれたてで、加工されていない。つまりは誰の手も入れられていない状態の野菜。
キャベツは塩ゆでにした方がおいしいかもしれないけれど、やはり、トマトやキュウリなんかは、とれたてをその場でそのまま齧り付くのが美味しい。
「こ、これを、ですか……?」
「はい。調べてくださっても構いませんが、僕が洗った感覚では、何か手を加えられた――例えば薬品を注入されているなどといった形跡も認められませんでしたし、それは100パーセント、純粋なトマトです。もちろん、皮ごと食べることが出来ます」
手に持ったトマトをまじまじと見つめられるクラベルさん。
採集からご自身でなさるか、加熱などの調理過程を経ていなければ、やはりまだ難しかっただろうか。
「クラベル。それを少し貸していただけますか?」
いつの間にいらしていたのだろう。
気がつけば、調理場の陰からこちらを見ていらしたシャルリア様が、僕たちの前までいらっしゃっていた。
クラベルさんが、おずおずとした手つきでシャルリア様に手に持っていたトマトを渡される。
シャルリア様は、一瞬、意味ありげな――どこか挑戦的ともいえるような――視線を僕へと向けられた後、そのトマトへと直接齧り付かれた。
しかし、流石はシャルリア様。普通ならば汁が垂れてしまうだろうところを、1滴たりとも垂らされたりはなさらなかった。
「これでいかがですか?」
クラベルさんに向けられてのはずだけれど、何故か僕へと向けられたようなその言葉をもって、シャルリア様は、御自身の齧りかけのトマトをクラベルさんへと差し伸べられる。
「それとも私では、アルフリードでなければ信頼できませんか?」
朝食ではシャラさんが食べさせてくださったはずなので、って、そのことはシャルリア様もご存じのはずでは?
どうと、具体的に言えるわけではないけれど、言葉の端々から、怜悧なナイフのような切れ味を感じる。
「い、いえ、そのようなことは、ございません」
案の定、シャルリア様の視線に晒されて、クラベルさんは怯えられているように手を震わせられながら、そのトマトを受け取られた。
シャルリア様。普段通りになさればよいのに、御自身で、首を絞められている、怖がられる原因を作られていらっしゃるだけなのでは?
その後もシャルリア様は、キュウリや、ジャガイモに関しても同じようになさり(もちろん、ジャガイモを加工前に生で齧られるようなことはなさらなかったけれど)アイリーン様やカルヴィン様、小雪さんも加わって、最終的には、全員が調理場に立つという、かなり混雑した環境の中で、僕たちは、クラベルさんに、そして姫様方にも手ほどきをしながら調理を進めていった。
もちろん、そのままではお召し物が汚れてしまうので、シャラさんの着替えの中から、エプロンドレスのエプロンだけをつけていただいた。
「アルフリード。どうして私にはナイフを持たせてくれないの?」
「それは、ああっ、姫様! 前、前を見ていてください。そのままではお湯が吹きこぼれてしまいます!」
もちろん、アイリーン様が基本的には何でもそつなくこなされることは知っている。
御自身ではお姉様、つまりはシャルリア様にはどれも敵わないのだと、少し悔しそうにおっしゃるけれど、世間一般の、同年代の方と比べると、少なくとも僕がアイリーン様と同じ年の頃よりはずっと器用にこなされている。
しかし、それはそれ、これはこれ。
「姫様。こちらで筋取りをなさっていてください。調理に、どれが重要ということはありません。料理を美味しくいただくためにはどれも重要な手順なのです。ですが、今回は、申し訳ありませんが、これはクラベルさんのための料理ですので。姫様がどうしてもとおっしゃるのであれば、お城へ戻った後、またお教えいたします」
アイリーン様は少し不満そうではいらしたけれど、
「ふーん。分かったわ。今はそういうことにしておいてあげる。でも、約束よ」
と、黙々とインゲンの筋取りをしてくださった。




