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食を拒む少女 16

 料理を作るにあたって、最も大切なことをオリーヌさんに打ち明けなくてはならない。つまり、クラベルさんが、特定の方法を除き、食事をすることが出来ないのだということを。

 しかし、それを僕たちの独断で明かすことは出来ない。クラベルさんの内面に深くかかわることで、クラベルさんの同意を得てからでなければ、例え相手が実の母親であったとしても、勝手にするのは失礼にあたる。


「いえ、アルフリード様。大丈夫です。私から話します」


 料理を始める前にクラベルさんにご相談したところ、そうおっしゃられて、胸の前で震える手を握り締められた。

 そして、問題はクラベルさんの精神面以外にも、オリーヌさんの精神にかかる負担の面でも考えられる。

 すでにコーミクスさんは捕まっていて、彼の所業は(オリーヌさんの中ではおそらく消化されてはいないだろうし、今後もされるかは分からないけれど)オリーヌさんには関係がない。

 オリーヌさんがどう思っていらっしゃろうとも、僕たちの意識的には、裁かれるべきはコーミクスさんだけであり、むしろ被害者、とまでは言わないけれど、似たようなものだと考えている。

 クラベルさんの改まった様子に、オリーヌさんも準備の手を休められる。


「あのね、お母さん。実は私――」


 クラベルさんは告白なさろうとされていた。

 それはたしかに真実だろう。

 しかし、クラベルさんは口を開かれただけで、喉に手を当てられると、声を発せられることはなかった。


「ク、クラベル。大丈夫? どこか悪いの?」


 オリーヌさんは動揺されたような声を上げられ、クラベルさんの肩を支えられる。

 やはり、クラベルさんの中ではまだ飲み込めていないのだろう。それも当然だ。そう簡単に精神的な問題を割り切ることが出来るはずもない。 

 やはり、目の前でコーミクスさんを心の底から悔い改めさせるべきだっただろうか。

 クラベルさんの決意を棒に振らせるようで悪い気がするけれど。


「クラベルさん。そのお志だけで今は十分にご立派です。ですから、どうか、私達にもお手伝いをさせてはいただけませんか」


 すべてを1度に乗り越えようとするのは大変だ。

 クラベルさんはこの数日ですでに、生家を追われ、拒食症を患われ、その原因となった御自身の御父上の真意を御知りになり、さらに、その御父上が捕らえられるところまでを経験なさっている。

 十分過ぎるほどに頑張られたと、僕は思う。

 だから、少しくらいは僕たちが手助けをさせていただいても構わないだろう。


「オリーヌさん。大変ショックを受けられるでしょうが、出来る限り落ち着いてお聞きください」


 オリーヌさんがクラベルさんの手をぎゅっと握りしめられる。


「クラベルさんは、御父上、コーミクスさんに薬を盛られ、売られそうになられたことによる精神的なショックにより、ある種の物を除き、食すことを身体が拒まれておいでです。現状、クラベルさんが自力摂食できるのは自然の水流の水以外にないと言っても過言ではないでしょう」


 その沈黙は、実際には数秒のことだったけれど、僕にはそれが数分にも、数時間にも感じられた。

 

「ク、クラベル」


 黙ったまま目を伏せられたクラベルさんを見つめられ、それが真実であると悟られたらしいオリーヌさんが後方に倒れられ、それを予期してすでに背後に回り込まれていたシャラさんに受け止められる。


「そ、それは、癒術でどうにか治すことは出来ないのでしょうか……」


 薬で、とおっしゃられなかったのは、クラベルさんに対する配慮だろうか。

 震えた声で、縋るような瞳で、オリーヌさんの視線が、僕とシャラさんを、それから姫様方や小雪さんへと移る。

 僕も苦しい顔をしていたと思う。力無く首を横に振った。


「クラベルさんの症状は精神的なものです。私達の知っている魔法では、根本的な治療には至らないでしょう」


 もちろん、対処方法がないという訳ではない。

 例えば、精神に働きかける魔法。

 幻術や迷彩などが一般的ではあるけれど、相手の脳の働きを弄るということで、クラベルさんの精神を操作、つまりは洗脳してしまうことで、強制的に摂食させる方法。

 しかし、そんな倫理に外れた魔法を行使するわけにはゆかない。

 例えば、肉体を操る魔法。

 結局は本人が受け入れてくれるかどうかという次第ではあるけれど、口や喉、消化管の筋肉、神経を動かし、栄養価を取り込ませる方法。

 しかし、それでは食事とは言わない。

 まあ、もう1つ、あると言えばあるのだけれど……


「アルフリード。もう1つあるではないですか。クラベルが接触可能だった方法を、何故外したのですか?」


 小雪さんが楽しそうにおっしゃられ、オリーヌさんが縋るような瞳を向けられる。クラベルさんは、恥ずかしそうにわずかに顔を逸らされた。


「そ、それは、どのような方法なのでしょうか」


 すでに1度やってしまったことだ。 

 隣でシャラさんが楽しそうに笑っているのと、アイリーン様が膨れていらっしゃるのと、シャルリア様がぐっと何かに耐えていらっしゃるような表情をお見せになっていること以外には、問題もない……まあ、乙女の純情とか、そういった問題はあるだろうけれど、命あってのことだ。

 大体、僕がやると決まったわけではないし、現に、シャラさんにもしていただいている。

 

「経口摂食です。つまりは、口移しですね。一部では問題があると避けられる行為ではありますが、それは命あっての事。これしか栄養を取る方法がないのであれば、頼るより他にはありませんでしたので」


 クラベルさんは、すでに耳まで真っ赤になって俯かれている。

 自分でやり始めたこととで、目的は栄養摂取だったとはいえ、そういう態度に出られると、僕の方まで恥ずかしくなってくるので、もう少し抑えていただきたいのだけれど。

 まあ、どのような事情にせよ、年頃の女性に対して、それは無理な注文か。


「えっと、それは、その、つまり――」


「ご心配には及びません。最初は私がいたしましたが、今朝はシャラさんがやってくださいましたので」


 何の心配なのかは分からないけれど、そう言い訳をしたところ、何故か後ろからアイリーン様にはたかれた。


「何でもないわ。ただ、お姉様は何もなさらないだろうから、代わりに私がやったのよ」


 アイリーン様がお顔を逸らされてしまったので、僕はオリーヌさんへと向き直り、


「大丈夫です。そのために、こうして一緒に調理しているのですから。クラベルさんも、御自身が一からすべての工程を経られた料理であれば、おそらくはその精神的な不安も、ある程度以上には軽減されるはずです」


 確証はないけれど、言い切ってしまえば、それが本当になることはある……かもしれない。

 とにかく、今は何でも、出来ることをやってみるしか道はない。


「大丈夫です。私も、ちゃんと食事を出来るようになりたいですし、いつまでも、シャラ様や……その、アルフリード様に頼りきりになるわけには参りませんから」


 クラベルさんがそうはっきりとおっしゃられた。

 まだ不安は感じられたけれど、前に進もうという意思のある瞳をなさっていた。


「ですから、アルフリード様、シャラ様、それからお母さん。ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします」


 調理台の前で、クラベルさんは深く頭を下げられた。

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