食を拒む少女 15
◇ ◇ ◇
それから僕たちはコーミクスさんをギルドへと引き渡した。罪状は、児童虐待。
それでいいと思ったし、多分、その方がクラベルさんとオリーヌさんも安心できるのではないかと思ったのだけれど。
「クラベルさん、よろしいですか?」
一応、クラベルさんには確認を取った。
「はい。多分、父とはどこかで捻じれがあっただけだと思うのです。たしかに、私は父に売られましたけれど、何か理由が、ギルドで言っていたお金以外にも、本当は何か別の理由があったのではないかと、今でも思ってしまうんです」
クラベルさんのことなので、クラベルさんの意思は最大限尊重したいとは思うけれど、僕たちとしても、クラベルさんと関わった責任がある。
先程のコーミクスさんの態度から考えて、このまま何事もなくご家族の下へ戻しても、同じことの繰り返しになるだろう、というのがクラベルさんを除いた僕たち全員の判断で、やむを得ず事情をお話しした受付の女性も同じ意見だった。
「分かりました」
コーミクスさんをギルドへお引き渡しする際、クラベルさんは寂しそうなお顔を浮かべられたけれど、いつでも会いに来ていただいて構いませんよ、と受付の方に言われて「はい……」と名残惜しそうにギルドを後にされた。
「あの、私、クラベルのお家へ向かう前に、寄りたいところがあるのですけれど」
それからおっしゃられた小雪さんのご提案は、とても素敵なもので、僕も、シャラさんも、喜んでそれにご協力させていただくことにした。
諸々の手続きと、必要な買い出しを終え、僕たちが馬車に乗って再びアルムダン家を訪れた際、オリーヌさんは夕日の差す茜色のお庭で水撒きをされていらした。
「たびたびお邪魔してしまい、申し訳ありません、オリーヌ様。ですがどうか、私共の話に付き合ってはいただけないでしょうか」
もちろん、王族、お城の権力を盾にしたのではなく、あくまでも僕達個人としてお願いした。
「は、はい……」
少し緊張して(というのは楽観的過ぎで、おそらくは怯えて)いらしたオリーヌさんに、僕は感謝を告げてから、1度、小さく深呼吸をした。
「先に結論からお話しいたしますが、誠に勝手ながら、こちらのお子さんでいらっしゃるクラベル嬢からもお話を伺い、私共の方で今回の件について調べさせていただきました」
オリーヌさんの瞳が、驚愕か――あるいは恐怖か――見開かれる。手に持っていた如雨露は取り落とされてしまい、足元を濡らされたみたいだったけれど、そんなことはまったく気になってはいらっしゃらないご様子だ。
「今――」
「はい。ご推察の通り、クラベル・アルムダン嬢は、先日、私共が保護させていただきました。先日訪れた際にはご報告できず、お詫びのしようもありません」
オリーヌさんはくしゃりと顔を歪められ、目の端には涙が浮かぶ。
しかし、
「――それが真実だとしても、いえ、真実なのでしょうけれど、私にはあの子に合わせることの出来る顔などありません」
発せられたのは、暗く、悲しそうな言葉だった。
「私は、あの子が辛い目にあうことを分かっていて、止められませんでした。母親として、いえ、本当は、あの子の母親を名乗る資格など私にはないのです」
顔を伏せがちにおっしゃられたそれは、間違いなくオリーヌさんの本心の、一端ではあっただろう。
「オリーヌさん」
家族のいない僕に、いや、だからこそ、言えることもある。
「家族を家族だということに、資格なんて必要ありません。あなたが、それからクラベルさんが、どう思えるのかということが、重要なのではないのですか?」
ヴェルガーさんとマリーさんが、僕を家族のようだとおっしゃってくださったみたいに。
「ですが、私は――」
「あなたがクラベルさんを大切に思っていらっしゃる事は、今の、それから先日のあなたのご様子を見ていれば分かります。誰にだって、怖く、恐れることはあります。間違いを犯すこともあるでしょう。ですが、そこから後悔も、反省も出来るはずです。いえ、していただかなくては困ります」
家族と一緒にいることが、必ずしも良いことだとは言わない。
それぞれの家庭に、それぞれの事情があり、場合によっては、離れている方が良いこともある。しかし、この家族は違うと、僕は思う。
馬車の中から、シャラさんがクラベルさんを連れて出てきてくださる。
シャラさんに手を取られ、非常にゆっくりとした足取りではあったけれど、クラベルさんは歩みを止められたりはされず、塀越しにオリーヌさんに向かって、小さい笑みを浮かべられる。
「お母さん――ただいま」
オリーヌさんの口が開かれたけれど、声になることはなく、ただ手だけが伸ばされる。
「この期に及んでクラベルの事を拒んだら、私がひっぱたいてやるんだから」
「アイリーン。もう少し王家の子女として慎みをだな」
カルヴィン様がアイリーン様を宥められるのを後ろに聞きながら、目の前ではクラベルさんとオリーヌさんの手が触れ合い、オリーヌさんがそのまま強くクラベルさんを引き寄せられて、抱きしめられる。クラベルさんの体格を考えると折れてしまうのではないかと思うほどに強く、そして優しい抱擁だった。
「ごめんなさい、クラベル。許されることとは思っていないわ。拒絶されても仕方のないことをしたと思ってる。それでも、こうして直接また会うことが叶ったのなら、私はあなたに――」
クラベルさんがオリーヌさんの髪に手を流される。
「もういいの、お母さん。それだけで、十分なの」
おふたりが抱き合っていらっしゃるところは、感動的なシーンではあったけれど。
そこに水を差すように、クラベルさんのお腹がくぅと鳴る。
おふたりは顔を見合わせられて微笑み合われた。
「じゃあ、少し早いけれど、夜ご飯にしましょうか」
「そのことなのですが」
クラベルさんの身体がびくりと震え、オリーヌさんが心配そうに声をかけられたところで、小雪さんが1歩進み出られる。
「あなたは……?」
「申し遅れました。私は、鳳仙寺小雪。出身はラヴィリアではないのですが、雅の国から最近、ウェントスまで引っ越してきたのですよ」
着物姿の小雪さんが優雅にお辞儀をされ、長い黒髪が垂れる。
「ここまでのお話もしたいですし、私たちに夕食の準備をさせてはいただけないでしょうか?」
母親であるオリーヌさんの手料理が、目の前で作られたのならば大丈夫だという可能性もあるけれど、そうではなかった場合、普通の家庭にお戻しする、ということが達成されなくなってしまう。
それでは、万事解決とは至らない。
「心配されずとも、食材はこちらですでに用意してありますし、御負担はおかけしないのですよ」
クラベルさんの問題ではあるけれど、それをご本人の口から説明させるのは酷だろう。
「ご不安は分かりますが、こちらのシャラとアルフリードは城でも料理人として働いてくれている優秀な者です。腕は私が保障します」
「いえ、カルヴィン王子様。そうではなく、その――」
オリーヌさんの躊躇いは分かる。
しかし、今この場は、畏れ多くも、僕が(あるいはシャラさんが)いた方が、万が一の場合、上手く収拾出来ることだろうと思っている。
「オリーヌ様。私共としましても、若様、姫様方のご友人に、是非、ご一緒に夕食の席に着いていただきたいのです。陛下も、王妃様も、常々より、姫様、若様にご兄弟姉妹以外の御友人が出来ることを喜んでいらっしゃいます。このご縁をどうか祝福させてはいただけませんか?」
と、半ば強引な形で、僕たちはアルムダン家の厨房にお邪魔させていただいた。




