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食を拒む少女 9

 立ち話もなんだからと、部屋の中へとお招きする。

 すれ違いざまに、ほんのわずかにフローラルな香りがした。

 シャラさんは、シンクシへの滞在中、寝る際には、宿のお心遣いに則って、浴衣を着ていらしたのだけれど、今は普段のメイド服、ではなく、白い寝間着姿でいらっしゃる。

 普段まとめていらっしゃる髪も、今はほどいておろしていらして、ところどころくるんと癖のようになっていらっしゃるのも、可愛――素敵だった。

 その上、寝巻越しでも分かる、ふたつの大きな胸のふくらみは、シャラさんが身体を揺らされるのと連動してふよふよと揺れている。

 僕としても、それを意識しないでいるのは難しかったけれど、シャラさんがしに来てくださったのはシャルリア様に関するお話ということで、真面目な話なのだから、他に気を取られたりせず、きちんとお聞きしなければならない。

 それはそれとして。


「あの」


 僕の言おうとしたことを察されたらしいシャラさんは、隣の部屋との境の壁を見つめられて「大丈夫よ」とおっしゃられた。


「ここの宿は、たしかにシンクシで泊まった所よりは高級というわけではないわ。でも、自分たちのところで犯罪が行われると、それは宿の信用に即繋がって、最悪潰れたりするから、こういうところは防犯への意識は高いのよ」


 一応仕掛けも作ってきたし、とおっしゃられるシャラさん。

 僕よりもずっとお城の先輩で、護衛対象、そして大切な姫様と、そのご友人の安全を蔑ろにされるとは思っていない。

 

「失礼いたしました」


「いいのよ。それだけアルフリードが姫様方とそのご友人でいらっしゃる小雪さんのことを大切に思っているということだもの」


 やはり取り越し苦労だった。

 あらためて紅茶でもお淹れしようかと思ったけれど、そんなに長い話にはならないからと断られた。


「それで、シャルリア様のこととおっしゃるのは、どういった事でしょうか?」


 僕が尋ねると、シャラさんは「あー、うーん、そう、ええっとね」と少し困っていらっしゃるような表情を浮かべられた。

 

「話したいことがないわけじゃないの。でも、大きなお世話というか、余計な、出過ぎた真似というか、つまり――」


 シャラさんは珍しく、要領を得ずに話し始められたけれど、やがて「よし」と呟かれて、


「そう、昼間のことだけれど、アルフリードが途中で離れた時があったでしょう? 結局私たちも後を追いかけてしまったけれど」


 シュエットの捜索をしに離れた時のことだ。

 僕は少し身体を固くしてしまった。

 もしかして、気付かれてしまっただろうか? 表には出していないし、話していないはずだけれど。


「結局はぐらかされてしまったから聞く機会を逸してしまったけれど、あれは、シャルリア様に関係することなのよね?」


 僕はほんの一瞬だけ、話すべきかどうか悩んだ。

 どのみち、ジェリック様にはお伝えしなければならないことだし、それは帰還の報告と同時になるわけで、シャラさんもその場にはいらっしゃるだろうから、早いか遅いかの違いだけなのだけれど。

 やはり、帰り着くまでが任務であり、僕は人として判断を間違ってはいなかったと胸を張って言えるけれど、すでにクラベルさんというイレギュラーな出来事も、自ら引き起こしてしまっている。

 姫様方のご厚意に甘えさせていただくことで、何とかなってはいるけれど、決して口には出されないし、そんなこと思ってもいないとおっしゃられるだろうけれど、これ以上、不信というか、不安の種を残したくはない。

 どう話そうかと悩んでいたところで、その沈黙をどう捉えられたのか、シャラさんが優しく声をかけてくださる。


「別に、アルフリードの事を信じていないとか、そんなことじゃないから、そこは勘違いしないでね。ただ、困っているなら力になりたいと思っているだけなの」


 以前、仕事を教わる中でも、メイドとしての心得は(僕はメイドではなく使用人だけれど)主人の心を読むことだと言われた。

 それは決して、悪い意味ではなく、つまり、気持ちを汲み取るということだけれど、そういった能力に長けていらっしゃるシャラさん、そして、お城に戻ればもっとたくさんのメイドさんたちに隠し通すことの方が難しいかもしれない。

 結局、自白させられてしまうのだったら、今話しておいて、味方を増やす(そんなあくどい意味ではなく)あるいは事情を共有しておいてくださった方が、色々と話も早くなるのかもしれない。

 あの女性のおっしゃりようでは、すでにこの国にいる人すべてが巻き込まれてしまっているといっても過言ではなさそうなのだから。

 知らないでいることの方が良いことなんて、ほとんどない。知らなくてもいいことはあるけれど、これは知っておいた方が良いだろうことだ。なにせ、このアンデルセラム全体を巻き込むことになるかもしれないのだから。


「言いにくいことなのかもしれないけれど、吐き出してしまった方が楽になることもあるのよ。大丈夫、お姉さんに任せておきなさい」


 ぽよんと胸に手を当てられるその姿は、何だか、深刻な話をしているとは思えないほど、微笑ましい。

 つい頬が緩んでしまったのがお分かりになったらしい、シャラさんも、やわらかな、包み込んでくれそうな微笑みを浮かべられた。

 こんなことに巻き込んでしまっても良いのかと、躊躇い、せっかくの決心がわずかに鈍るほどには。

 しかし。


「――分かりました。お話します。実は――」


 実際にあの地下の施設のあった建物を見ていらっしゃるからだろうか。

 シャラさんは、僕がした話に対して、驚いてはいらっしゃるようだけれど、信じてくださらないということはなかった。


「そんな作り話を一瞬で思いつけるほど嘘が上手いわけじゃないでしょ、アルフリードは。だったら本当の事に決まっているじゃない」


 もしかしたら詐欺師のように上手いかもしれませんよ、と言おうとして、止めた。それこそ、そんな嘘に意味はない。


「なるほどね。でも、シュエットさんが無事でよかったわね」


 本当に。

 そもそもの原因を作ったあの女性に感謝するというのも変な話ではあるけれど、それだけは感謝したい。


「ありがとうございます。ところで、シャラさん」


「なーに? まだ何か話したい事でも? それとも、私と一緒にいたいとか?」


 シャラさんが悪戯気に目を細められる。

 それはそれで魅力的な提案かもしれないけれど、今は任務中なので止めておく。任務外だったら受けるのかと言われると、女性に恥をかかせるわけにはゆかないし、と答える他にはない。

 シュエットにはっきり答えていない今のままではそのお誘いに従うのも、多少の抵抗はあるけれど。

 あちらとどうにか交信できる手段を……知っていそうなのは、あの女性だけなんだよなあ、今のところ。


「結局、シャラさんが訪ねていらした本当の理由は何だったのですか?」


 そんな僕自身の気持ちは置いておいて、そう尋ねた途端、シャラさんは「あー」とばつの悪そうなお顔をされた。

 僕へ用意されていた質問は、実際には別のものだったはずだ。

 こんな夜中にわざわざ訪ねていらしたにもかかわらず、何用かとの質問に、言い淀まれる必然性は、それしかない。

 

「いえ、無理にとは思いません。気になることは事実ですが、シャラさんが言わない方が良いと判断されたことなのでしょうし、シャルリア様に関する事ならばなおさらです」


 出過ぎた真似とおっしゃられていたことから、おそらくはシャルリア様の個人的な事情に関する事だろう。

 何故シャラさんが御存知なのかは、経験と勘ということにしておこう。


「ええ。ごめんなさい、それからありがとう、アルフリード。でも、やっぱりひと言だけ。女の子の事をおざなりにしては駄目よ」


 そう言い残されて、シャラさんは、おやすみとお部屋へ戻られた。


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