食を拒む少女 8
◇ ◇ ◇
「はあぁ」
その夜。
距離的、時間的には、クラベルさんのご生家まで今日中に辿り着くことは可能だったのだけれど、少し気持ちを落ち着けるためというか、会うための心構えをする必要があるとか、諸々の理由のため、訪ねるのは明日のことにして、今晩のところは途中の宿に滞在することにしていた。
ギルドで勧めていただいた宿に部屋をお借りして、疲れてしまったらしく、眠ってしまわれたクラベルさんをベッドまでお運びして、椅子に座ったところで、僕はため息を1つ漏らしてしまった。
「アルフリード。その、大丈夫か?」
カルヴィン様が心配されたご様子で、お声をかけてくださる。失敗した。お気を使わせてしまったらしい。
「申し訳ありません、カルヴィン様。この身の未熟のため、御身にご心配をおかけするなど」
「いや、謝罪など必要はない。私だって、誰だって、余程の人物でなければ、あの状況には耐えられないだろう」
人柄が関係あるのかと思ったけれど、世の中には女性をあしらうとか、女性の相手をするのが得意な(例えば女性向けの娼館で働いていらっしゃるような)男性もいらっしゃるという事は確かだ。
それがあんな状況を解決、乗り切るための処世術を身につけられるというのであれば、使うつもりはなくとも、是非とも学んでおきたかったところだ。もちろん、僕の人生において、あんな状況がそう何度も起こるとは思わないけれど。
というのも、先程いただいた夕食の際にも、同じような光景が繰り広げられたためだ。
夕食はギルドや、この宿でも出していただけるのだけれど、クラベルさんのお心の都合上、僕とシャラさんで作るしかなかった。
それ自体は別にどうということはないし、自分の料理を望んでくださるというのは、料理人として幸せだったというか、嬉しかったというか、僕は喜んで夕食を振舞わせていただいた。
例の即席の窯を使用したため、調理場には困らなかったし、フライパンや鍋、包丁などもあるので、昼食同様、調理自体にも困らない。
シャラさんにも手伝っていただいて作ったスープカレーは、仕事帰りの方や、依頼を終えられた冒険者の方までも呼び寄せてしまうことになり、少し大変だった。
皆さん、とてもおいしかったとお礼までくださり、僕は遠慮しようと思ったのだけれど、シャラさんはきっちり受け取っておきなさいとおっしゃられたので、僕は彼らから差し出された代金をお城から預かっている旅の支度金と一緒にしまい込んだ。
それ自体は別に大丈夫だったのだけれど。
流石に、大勢の前では恥ずかしがられたらしい(というか僕も若干恥ずかしかった)クラベルさんの食事は、皆さんが解散された後でということになったわけだけれど、当然、クラベルさんがお食べになるには口移しが有効なわけで。
期待されるような瞳のクラベルさんに対して、まさか怖いからと断るわけにもゆかず、再び口移しでお食事をしていただいた。
一応、シャラさんにも助けを求めることはしたのだけれど、何故だか面白そうなお顔をされるだけで、全く助けてくださろうというおつもりは感じられなかったし。
最初に思いついてしまったのは僕だけれど、やはり、クラベルさんだって男性である僕よりは、同性の方が抵抗も少ないだろうに。
当然、近くでその様子をご覧になっていらしたアイリーン様には何故か怒られるし、小雪さんは頬を赤く染められるし、シャルリア様は黙々と食事を続けられ、ただひたすらに恐怖を感じた。
理由が分からないというのがなおさら怖い。
何故、姫様方が怒っていらっしゃるのか尋ねても、シャラさんは教えてくださらなかったし。
「……こういった事は当人には気付くのがかえって難しいのかもしれないな。私は、あの場においては、第三者の立場だったため、姉上のお気持ちも理解できるが」
僕はカルヴィン様に頭を下げる。
「カルヴィン様」
「従者の願いを無下にすることは、私の本意ではないし、アルフリードには世話になっている日頃の礼もあるため、教えたいのは山々だが、この件に関しては、私の口からは話すことは出来ない。姉上の、他人の気持ちを私が勝手に話して良いわけはないだろう」
それは確かに納得できる話だ。
だから、シャラさんは教えてくださらなかったのか。
そうすると、姫様に直接お尋ねするしかないわけだけれど、あのご様子では、教えてくださるおつもりはないのだろうしな。
「その通りです、カルヴィン様。私が浅慮でした。明日も忙しくなるでしょう。御身はもうお身体をお休めください」
「そうだな。アルフリードももう休め。余計なことばかり考えていても、任務に支障が出るであろう。それとも、アルフリードにはいらない心配だったか」
「いいえ。ありがとうございます、カルヴィン様。では、ありがたくお言葉に従わせていただきます」
とはいえ、隣のベッドからカルヴィン様が眠られた気配が伝わってきても、僕はやはり昼食と、夕食のときのことを考えてしまって、中々寝付けずにいたのだけれど。
「アルフリード。起きてる?」
日付も変わろうかという頃、部屋の扉がノックされて、声が掛けられる。
声の持ち主は良く知っている方だ。
「シャラさん。私は起きていますが」
カルヴィン様は眠っていらっしゃるので、という意図が伝わったのか静かになった扉の外へと、僕は即座に着替えてから顔を出した。
「夜中にごめんなさいね」
「いえ。何か、姫様方の方で問題でもあったのですか?」
クラベルさんのことを別にすると、やはり部屋の人数比的に、シャラさんの負担が大きいのかもしれない。
シャラさんは、シャルリア様も、アイリーン様も、小雪さんも、部屋では少しお遊びになられていらしたけれど、今はもうお休みなっていらっしゃると教えてくださった。
「別に、姫様方の事を負担に感じたことはないし、大変でも無いわ。むしろ、やり甲斐を感じているくらいよ。それはアルフリードにもわかるでしょう?」
もちろん僕だって姫様方の事を負担になど感じるはずもない。
「そうじゃなくて、シャルリア様のことよ。どうせ、アルフリードは気づいていないだろうし、カルヴィン様は何もおっしゃられないだろうけれど、やっぱり、少しは言っておいた方が良いと思って」




