食を拒む少女 10
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また倒れられると困るからという理由で、朝食の際にはクラベルさんへの口移しによる摂食は行われなかった。
より正確に言うのであれば、僕はしなかった、というより、させてはいただけなかった。
昨夜のシャラさんの話は、少し頭に引っ掛かりはしたけれど、別に口移しが躊躇われたとか、クラベルさんと唇を合わせたくないとか、合わせたいとか、そういうことではなく、ただ料理人として心配していただけなのだけれど、クラベルさんへの食事に関しては、人目につかない所でシャラさんが行われた。
「それとも、私では信用には足りませんか?」
クラベルさんは、最初こそ不信な目を向けていらしたけれど、物陰に連れてゆかれ、帰っていらしたときには、シャラさんに感謝の言葉を述べられていた。
僕が巻き込んだ、というと聞こえは悪いかもしれないけれど、僕の持ち込んだ問題なのだから、本当は僕がするつもりだったのだけれど、違う人がやった方が食事そのものに慣れるのも早いし、将来的にご自分での1人での食事に復帰するため、1人に甘えすぎるのは良くないということで、たしかに納得のできることだったため、お頼みした。
何故か、昨夜よりも増えていた観客の方々は、シャルリア様達に見世物ではないと冷ややかに言い渡され、名残惜しそうに視線を向けられつつも、僕たちの料理を受け取られると、そそくさと離れられた。
宿では食事も一応提供してくださるのだけれど、皆さん、こちらに並ばれていたのは、宿で出されるものよりも、温かく、美味しくて、何より美少年、美少女を近くに拝めるというのが理由らしかった。
若様、姫様方も見世物ではないのだけれど、どうも、御自身へ向けられるそういった視線は気にしないことにしていらっしゃるらしく、シャルリア様とアイリーン様は変わらないご様子で食事をされていた。
カルヴィン様と小雪さんは、少し困っていらっしゃるような表情を浮かべていらしたけれど、手助けは必要ないらしく、大丈夫だと断られた。
「今朝のスープは美味しかったらしいわよ」
戻っていらしたシャラさんがそんなことを僕に耳打ちされた。
「昨日のものはお口に合わなかったということでしょうか?」
拒食以外には問題はないと思っていたのだけれど、そもそもの食の好みの問題も、作った僕には言い辛かっただけで、本当はあったのかもしれない。
シャラさんも一緒に作りはしたのだけれど、日を跨げば大丈夫だということもあるし。
「そうじゃなくて、味が分からなかったそうよ」
「そうでしたか。では、次からはもう少し濃い目の味付けにした方が良いのでしょうか?」
それとも、カレーとか、もっと分かりやすい味付けにするとか。でも、あんまり刺激物が過ぎるというのも、問題ではないかとも思うのだけれど。
長い間、失礼になるかもしれないけれど、まともに食事を出来ていなかったということは、急に刺激の強い食事だと大変かもしれないし。
「そうじゃないでしょ」
冷ややかな視線と共にため息をつかれたシャラさんは、処置なしとでもおっしゃるように首を横に振られた。
「まあいいわ。本当は良くないけど、今から大事なのはクラベルさんの御両親とのことだから、そっちはしっかりしてよね」
「分かっています」
アイリーン様はおそらくご自分で、直談判にでも出向かれるお心積もりなのだろうけれど、最初から主を矢面に立たせるわけにはゆかない。
あまり、まだ会ってすらいないご両親のことを悪く言いたくはないのだけれど、曲がりなりにも、たとえどのような理由であろうとも、クラベルさんを生んで、ここまで育てられた方たちなのだから。
しかし、それはそれとして、クラベルさんの食事に睡眠剤を混ぜたということは事実であり、奴隷商へと売り渡される予定だったということもまた事実なのだ。
真実を確かめるのは、関わった人間としての責務だろう。
「あそこです……」
表に出ているのは危険だからという理由で、案内役にもかかわらず、車内に引きこもられたクラベルさんからの道案内に従って(もちろん、地図はあったけれど、より詳しい説明はクラベルさんにしていただいた)彼女のご生家までたどり着いた。
本当は、僕たちは地図だけで辿り着き、食事を拒否されるようになるまでの思い出がある(たとえ悪いものであろうともそれは思い出には違いない)ご生家まで、クラベルさんに案内していただくつもりではなく、実際、シャルリア様は地図をご覧にならずとも、道順は覚えていらしたみたいだけれど「せめてこのくらいは」とおっしゃられたクラベルさんの強い気持ちに、その役をお譲りした。
後は扉に取り付けられているベルの紐を引くだけなのだけれど、クラベルさんはその手前で固まってしまわれて、その手はかすかに震えていらした。
「クラベルさん。まだ準備が十分でないようでしたら、また日を改めてもよろしいかと思いますが」
精神的な病が、そんな1日や2日のことで、改善するはずもない。
しかし、クラベルさんは首を横に振られた。
「いいえ……いいえ、アルフリード様。大丈夫です」
僕は様などつけられるほど立派な人物ではない。
しかし、今、そこは重要ではなかったし、変なことでせっかくのクラベルさんの決心に水を差すようなことはしたくなかった。
シャルリア様がわずかに目を細められ、ぎゅっと御自身の手首に巻かれた、僕が先日のお誕生日にお贈りした腕輪を握り締められたところで、扉の向こうから返答が聞こえた。
「はい、どちら様でしょうか?」
「アルフリードと申します。私たちは、とある地域で冒険者などを営んでいる者ですが、先日、とある場所にて発見した遺跡の碑文によれば、こちらのお宅の真下に大変なものが眠っている可能性があるということで、お庭を調べるご許可がいただきたいのですが?」
事前に準備していた、お会いするため、正確にはクラベルさんとご両親との顔を合わせるために用意した台詞を、間違うことなく暗唱する。
一見すれば、こんな、少なくとも見た目は子供である男女の入り混じったパーティーなんて信じられないだろうけれど、どうせすぐにばれる嘘だったし、理由は何でもよかったのだ。
出てきてくださりそうな内容であれば、例えば、お宅の庭にとある貴族の屋敷から盗まれた宝石が隠されていることが判明し、発見した暁には迷惑料として1割を差し出すと主人がおっしゃっているとか、もうすぐここをモンスターの大群が通ることになりそうなので、早めの避難をお願いしますとか。
お城の者ですが、なんて馬鹿正直に話すと、相手が正直に話してくれない可能性がある。こちらの立場は――若様、姫様方の手前、不本意ではあったけれど――低く見せておいた方が、相手からの情報も引き出しやすいというのは、聞き取りの鉄板だ。
もちろん、まだ、何かの間違いだったという可能性も、全くないという訳ではないので、限りなく低くとも、最初から先入観を持って臨むことを避けようとしているということでもある。どうしても、そっちに思考が引っ張られがちになるから。
「お待たせいたしました」
数分も待つことなく、すぐに扉は開かれた。




