食を拒む少女 11
中から出ていらしたのは、普通の若奥さんという風体の女性だった。
長く伸ばした髪は艶のある金色で、頬もバラ色に温かみがあり、太っていることはないけれど、健康的な体つきをされていて、本当にクラベルさんの御母上様なのかと疑ってしまうほどだ。
家事の最中でいらしたらしく、白いブラウスの上には、水色のエプロンを身に着けておられ、僕のことを確認されると、少しばかり驚かれたように目を軽く見開かれた。
「まあ。家の下に。それは、是非、調査していただきたいのですけれど、申し訳ありません。あいにくと、今、主人が仕事に出ておりまして、私の一存では御返答致しかねます」
「いえ、そのように恐縮なさらないでください。今のは、大変申し訳ないのですが、あなたにお顔を見せていただくための方便ですから」
クラベルさんの御母上様は、状況がよく飲み込めていらっしゃらない様子で、目をぱちくりと瞬かせられた。
「少々尋ねたいことがございまして。ええっと――」
「オリーヌです。オリーヌ・アルムダン。アルフリードさん、でよろしいのですよね?」
オリーヌさんはそうやわらかく微笑まれた。
やはり、クラベルさんの――御自身の娘に毒を盛って売り飛ばそうなどと考えられるような方にはとても見えなかった。
しかし、そういった先入観は捜査において邪魔になる。
「はい。そちらは本名です。本当は、こういった事は注意深くするものだと思うのですが、何分、そのようなことに慣れていないもので、直球にお尋ねすることをお許しください」
「はあ」
オリーヌさんは、お宅へ招いてくださろうとしてくださったけれど、僕だけが入っていっても意味はないことだし、玄関先で悪いとは思ったけれど、核心から触れてゆくことにした。
「オリーヌ・アルムダンさん。あなた方御夫婦――旦那様のお名前は存じ上げておりませんが――には1人、娘さんがいらっしゃいますね? クラベルさんというお名前の」
クラベルさんの名前を出した時から、オリーヌさんの瞳にはこちらを恐れる、あるいは、何かを忌避されているような、怯えの色が混ざった。
僕自身は、それほど人の表情や気持ちに聡いわけではないと思っているけれど、全神経を集中していたおかげで、見逃すことなく確認できた。
「い、いえ、そのような娘は、うちには、おりません。もうよろしいでしょうか?」
しかし、オリーヌさんの口から出てきたのは否定の言葉だった。
さらに、この話題は続けたくないらしく、切り上げてしまいたいという意思が見て取れる。というより、あからさまだ。
「あ――」
背後から上げられそうになった声は、誰かによって妨げられたように静かになった。
「しかし――」
「本当にもういないのです! ですから、どうか、どうか、お引き取りください!」
オリーヌさんから漏れてきたのは、金切るような悲痛な叫びだった。
その場に崩れ落ちてしまわれたオリーヌさんの態度に、演技だとか、嘘があるようには思えない。
しかし、少なくとも、クラベルさんを大事に思ってはいらっしゃらないということではなさそうだというのが、僕の感じた、オリーヌさんから受けた印象だった。
それだけでも、少しでも、希望は残る。
「申し訳ありません。この場は失礼いたします」
とはいえ、この様子では、クラベルさんとお顔を合わせさせることは難しそうだし、アイリーン様はもっと難しいに違いない。おそらく、今、後ろから出ていらっしゃらないのは、シャルリア様かカルヴィン様がお止めしてくださっているからだろう。小雪さんのことならば、振り払ってでも出ていらっしゃるに違いない。
酔って泣いてしまった女性の介抱ならば、実家ではやったこともあったけれど、今、この場で役に立つとは思えなかった。
オリーヌさんを泣かせてしまったのは、クラベルさんの話を運んできた僕自身なのだから。
泣いている女性を放置して戻ることは、良心が痛むことではあったけれど、いつまでもアイリーン様のことをシャルリア様とカルヴィン様にお引止めをお願いするのは申し訳ない。
「やっぱり私、直接言ってくるわ!」
馬車に戻り、とりあえず、話を整理しようかとしたところで、やはり、アイリーン様が真っ先に飛び出してゆかれそうになったので、馬車の中で、扉の前に陣取っていたのは正解だったと思わざるを得なかった。反対側には、防衛のためと、障壁を展開する。
「どいて、アルフリード」
「いいえ。いくら姫様の御命令とあっても、ここをどくわけには参りません」
興奮していらっしゃるアイリーン様では、何をおっしゃるのか、大体想像がつく。
まず、どうして、とオリーヌさんを責められることだろう。
もちろん、御自身の娘を売るという行為に、一切の酌量の余地はない。
人として認めてはいけない行為だし、アイリーン様の行動は、全く、止めるべき理由はない。
しかし、それでは、先程のシャルリア様か、カルヴィン様か、小雪さんか、シャラさんか、あるいは皆様の行動と、御自身は耐えられた精神が、無駄になってしまう。
「アイリーン。あなたの気持ちはよく理解できますが、そのように激情に身を任せているようでは、根本的な解決には至りません」
落ち着いた口調で、シャルリア様がアイリーン様を窘められ、次にカルヴィン様へと視線を向けられる。
姉姫様の視線を受けたカルヴィン様は、浮かしかけていらした腰を馬車の座席に沈められ、程度の差こそあれ――あるいは理性の賜物か――アイリーン様と同じお心持でいらっしゃる事が伺えた。
小雪さんとシャラさんは、震えていらっしゃるクラベルさんを両側から支えていらした。
「私たちが出向けば、相手の方も、表面上、こちらの要求を呑まざるを得ないでしょう。しかし、たとえそれでクラベルをこの家に帰すことが出来たとしても、同じことが再び起こらないと、どうして断言できますか。そして、起こってしまう可能性を排除できないのであれば、それは根本的な解決にはならず、私たちの自己満足に過ぎません」
それから、シャルリア様はクラベルさんへと視線を移されて、
「クラベル。あなたの御父上は健在ですか?」
クラベルさんは暗く、悲しみを湛えたお顔で頷かれた。
やはり、ご家族の前にクラベルさんをお連れするべきではなかったのだろうか。たとえ、会話はなくとも、聞こえた言葉で傷つけられてしまったことだろう。
「はい。父は、商人として、おそらくはこの時間ですと、街の方へ出ているのではないかと。遠くへ出ている場合は、申し訳ありませんが、行き先までは分かりません」
しかし、震えてはいらしたけれど、芯のある声で、はっきりとクラベルさんがおっしゃられたのは、隣で小雪さんとシャラさんが強く抱きしめられたからか。
「そうですか。では、ギルドの方へ向かいましょう。商人ということはギルドを利用しないはずはありませんから」
ギルドの役割の1つは、その街の物流の中心だ。
商人であれば、何らかの特殊な事情か、悪い意味ではなく、よほど偏屈な個人店の経営でもない限り、利用しないということはあり得ない。
シャルリア様のお言葉を、頷かれたシャラさんが御者さんへと伝えられると、僕たちを乗せた馬車は、ギルドへと向かった。




