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食を拒む少女 2

 ◇ ◇ ◇



 僕だって、巻き込まれたくて巻き込まれているわけではない。

 困っている女の子に対して手を差し伸べようと思わなかったかと言えば嘘になるのだけれど、お城に仕える者として――そうでなくとも1人の人間として――あそこで見なかったことにすることは出来ない。

 人助けもしない家臣を仕えさせていると、王家の方の評判を気にしたわけではなく――全くないとは言わないけれど――誰だってあの場に遭遇すれば同じような行動をとっただろう。

 シャラさんがおっしゃっていた、そういう星の下に生まれているらしい僕以外の方がそもそも遭遇したのだろうかという可能性は今は考えないでおく。


「目の前で倒れた女の子を放置しなかったのは正しいことだったと思うけれど、少し間違えると犯罪よ。そこのところ、分かっているんでしょうね、アルフリード」


 おそらくは空腹によって倒れてしまったらしいその女の子を馬車まで連れて来ると、小さくため息を吐き出されたシャラさんに、とりあえずお説教される。

 彼女を毛布にくるんで馬車に寝かせた後、僕はシャラさんの前、地面の上に正座していた。


「それにね、もし、この子が姫様方の事を狙う殺し屋か何かで、ちょっと目を離した隙にカルヴィン様やシャルリア様、アイリーン様、それに小雪さんの命――はとらないまでも、人質にでも取られたらどうするつもりだったの? あなたが助ければいいという問題ではないのよ? 本当に分かってる?」


 そういう時はギルドに連れていけばいいでしょうと言われ、僕がなるほどと感心していると、もう少し行動する前に頭を働かせなさいと揺さぶられた。


「とりあえず、今回はギルドも遠かったから仕方ないけど、たとえ近くにあったとしても、どうせまた同じことをするんだから、覚えておきなさいよ」


 凄い信頼のされ方だった。嫌ではないけれど、色々とひどい。

 ある意味、100パーセント信頼されているともいえるのは、捕らえ方によっては良いことかもしれない、などと逃避している場合ではない。


「それで、この子はどこの誰なの?」


 僕へのお説教を終えられ、即席に組み上げた、石の上に鉄板を置いただけのところにフライパンで調理されながらシャラさんが尋ねられる。


「それが、お尋ねする前に倒れられてしまって」


 それに、お腹が空いてはいらっしゃる様子だったのに、パンは受け取ってはいただけなかったし。

 小麦粉に対するアレルギーとか、もしくはお腹が痛くて食べられなかったということだろうか?

 専門家ではないので、詳しいことは分からないのだけれど、服の上から見た感じだと目立った外傷がないことは確認している。


「身体の方は、特に怪我しているとか、そういうことではないみたいね」


 僕にフライパンを頼まれて、カルヴィン様には後ろを向いているようにとおっしゃられたシャラさんが確認した結果を教えてくださった。

 僕は治癒の魔法くらいであれば使えるけれど、そういった類のことではないらしい。


「まあ、もしかしたら――私は知らないし、聞いたこともないけれど――そういう宗教とか、家訓で他人に物を貰ってはいけないと厳しい取り決めのある所の子だったのかもしれないし、ともかく、この子が起きてから事情を聴くまではどうしようもないわね」


 それから、温まったシチューをお皿に取り分けて、姫様、若様方にお配りする。

 普段は一緒に食事を摂らせていただくことはないけれど、出かけ先では僕たちしか護衛がいないわけで、時間を合わせる必要があるということもあって、一緒にいただかせていただいた。

 

「この子の分はどうしましょうか?」


「収納しておけば劣化しないんでしょう? もし何かあっても、私が今日の夕食にするから問題ないわよ」


 2人前ほど余分に作ったシチューを鍋のまま、蓋をかぶせて収納する。もちろん、切り分けたパンも同様だ。


「いえ、シャラさん。これは今夜の僕の――」


 視界の端で馬車の上の毛布がもそっと動いた。

 起き上がられて、毛布がはらりと肩から滑り落ちる。


「気がつかれましたか?」


 色素の薄い、肩の下あたりまでの手入れの行き届いていない髪を、自発的というより、切るのが面倒だったからというような理由で伸ばしていそうなその女の子は、若草色の瞳を見開いて、周りをきょろきょろと見回した。


「ここは……それに、あなた達は――」


 そう尋ねられかけて、僕たちの顔を順に見つめていたその女の子が急に眼を見開いた。


「シャルリア王女……! それに、カルヴィン王子、アイリーン王女」


「私たちの事を知っているのであれば話は早いですね」


 驚いて、言葉をなくしてしまった様子の彼女の前へ、シャルリア様は僕たちの後ろから進み出られた。


「あなたのことはそこにいるアルフリードが見つけてここまで運んできたのですが、そのことは覚えていますか?」


 女の子は僕へと視線を移してから、夢中な様子でこくこくと頷いた。


「そうですか。では、何はともあれ、まずはあなたの名前を伺ってもよろしいですか? 私たちのことは知っているみたいなので、ひとまずは省略しますが」


「ク、クラベルです、シャルリア様」


 シャルリア様は普段と同じ調子でいらっしゃるのだけれど、慣れていない、あるいは初めての女の子にとっては怖く見えているかもしれないと思ってしまった。


「では、クラベル。強制するつもりはありませんが、あなたが何故、アルフリードに出会った、あそこにそのような恰好で1人でいたのか教えて貰っても構いませんか?」


 シャルリア様は無駄な手段をとられることはない。

 いつだって――今は違うと思うけれど――他人に話されることなく、自分だけで大丈夫だと判断された場合には、1人でお城の外の森の中まで出かけられることを躊躇われたりはせず、それを報告されるようなことはない。


「――そ、それは、私、その、逃げてきたんです……」


 クラベルさんは、おっかなびっくりというか、緊張していらっしゃる、あるいは委縮していらっしゃるように、小さく、途切れ途切れに言葉を絞り出される。


「どこからでしょうか? それとも誰かからですか? 奴隷商ということでもなさそうですが――」


 奴隷商という組織が実在しているのかどうかは知らないけれど――シャルリア様がおっしゃるのだから、実在しているのだろう――これは少し性急すぎるというか。


「シャルリア様。そういった仕事は私共に任せて、御身はしばしお待ちいただけませんでしょうか」


 僕はシャラさんとアイコンタクトを交わし、出来る限り言葉を選んでシャルリア様にお声がけする。

 シャルリア様が自覚していらっしゃるのかは分からないし、多分、気にして、あるいは気付くとかそれ以前の問題だとは思うのだけれど、今回のケースのような聞き取りには向いていらっしゃらない。


「――っ、すみません」


 シャルリア様はわずかに羞恥の色をのぞかせられて、シャラさんに連れられて、アイリーン様達とご一緒に先程の窯の前まで離れられた。

 残った僕は、あらためて、彼女と向き合う。


「主の無礼をお許しください。クラベルさん、ひとまずはこれで落ち着いてはいただけますか」


 僕はお皿に乗せたティーカップに紅茶を注いでお出しする。


「あ、ありがとうございます」


 ぎこちない笑顔で受け取られたクラベルさんは、口元までカップを運ばれたものの、そのまま口を付けられることなく膝の上まで戻してしまわれた。


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