食を拒む少女
こんなことではいけない。
姫様、若様にお仕えさせていただいている者として、いつまでも暗い顔を晒しているようではいけない。
あくまでも、お城に戻るまでが任務なのだから、任務の最中に個人的な感情に振り回されるのはよろしくない。
「シャラさん。お腹でも空きませんか?」
しかし、自分からはどうも切り替えることが難しく、結局、シャラさんに頼ってしまった。
仕事に個人的な事情を持ち込むのは良くないことだと分かっているのだけれど。
シャラさんは懐中時計を確認されてから、深いため息を吐き出された。
「仕方ないわね。時間的に丁度良いのが気に入らないところだけれど、お昼にしましょうか」
村の近く、ギルドの近くで休憩をとり、食事をいただいてから出かけるというのが基本的なものだったのだけれど、僕も料理人の端くれとして、それ以上に、何か起こった時のためにフライパンは収納して持ち歩いている。
「姫様、若様。構わないでしょうか?」
姫様方に確認をさせていただくと、皆様から肯定の意を返していただいた。
馬車を止めていただいたところで、寒いので馬車の中で待っていただこうと思ったのだけれど、そうお声がけするよりも早く、アイリーン様がお手を組まれて、大きく伸びをされた。
「んーっ! 私も丁度この馬車の中に閉じこもるのに飽きて――疲れてきていたところだったからぴったりだわ。それに、たまにはこうして外で食事をするのも、なんだかおしゃれな感じがするし。少し寒いのが難点だけれど」
「では、準備が整うまで、馬車の中でお待ちになっていらしてください。出来ましたら、お声がけさせていただきますので」
料理をするにはまず食材を手に入れなくてはならない。
「シャラさん。僕が近くの村までひとっ走り、食材を入手してくるので、姫様方のお傍を離れることをお許しください」
近くの村とはいっても、ギルドのあるような大きな町ではなく、少し先に目視で確認できる規模の村だ。しかし、建物もあり、焚火でもしているかのような煙も上がっている。火事ではなさそうだし、おそらく、人がいるのだろう。
「アルフリード。買い出しなら、私が行きましょうか?」
「いいえ? 僕の方の事情に合わせていただいたというのに、これ以上、お手を煩わせるわけにはゆきません」
僕が答えると、シャラさんは「そういうことじゃないんだけどなあ……」とじっと先の村のある方を見つめられた。
「アルフリードって……まあ、いいわ。出来るだけ、余計な首を突っ込んだりしないようにね。今の自分のやるべきことをしっかりと見極めなさい」
何だか僕が、新たに何か厄介ごとに遭遇するのではないかと疑っていらっしゃるようにも聞こえた。
「それはアルフリードの良いところでもあるけれど、困った所でもあるのよ。いい加減自覚してね」
「何にですか?」
「巻き込まれ体質よ。最近ではそういう星の下に生まれているんじゃないかと疑っているわ」
たしかに、ここ最近、というより、このアンデルセラムに来てから立て続けに巻き込まれてはいるけれど、ラヴィリアにいたころは別にそんなに巻き込まれるということはなかったのだけれど。
「それはシャルリア様――何でもないわ。今のは忘れて」
シャラさんは咳払いを1つされると、
「そんなわけで、アルフリードを1人で買い物なんかに出かけさせるのは、非常に嫌な予感がするのだけれど、他に……私が姫様方の側を離れるわけには行かないし、今は選択肢がないから。一応言っておくわね」
僕って、そんなに余計な事ばかりに巻き込まれているイメージだったのだろうか。
「とにかく、迅速を心掛けるのよ。良いわね? 返事は『はい』か『はい』よ」
その2つは同じではと言いかけたけれど、止めておいた。迅速を心掛けろと言われてすぐに突っ込みを入れるとは何事か、と怒られかねない。
「分かりました。すぐ行ってすぐ戻ります」
僕はシャラさんから、硬貨の入った、国王陛下より貸し与えられている袋を受け取り、すぐに街の中へと向かった。
「すみません。こちらを3ついただけますか?」
6人分なので、必然、量は普通よりも多くなる。
もっとも、収納して持ち運ぶので、そこで困ったりはしないのだけれど。
「へい、まいどっ!」
少し冷えているから、シチューが良いかな。
ついでに着火剤になりそうな松ぼっくりや、木の枝を拾い、木の枝の方は水分を絞っておく。
買い物を終え、そろそろ戻るかと顔を上げたところで、その少女のことが目に留まったのは、料理人としての性だろうか。
見るからに、健康とは言い難いほどに痩せていて、しばらく、ろくに食事を口にしていないのだろうということが分かる。
服装は割ときちんとしているので、孤児というわけではなさそうだ。とはいえ、こけているというべきか、やつれているというべきか、そんな感じの肉付きの悪さは隠しきることの出来ないほどだったのだけれど。
「あのう」
シャラさんには出がけに散々注意されていたけれど、王家の紋章を身に着けて行動している以上、ここで彼女に声をかけないことの方が背を向ける行為となることだろう。
その少女は、声を掛けたのが僕だと分かると、落ち込んだように俯いてしまった。
女性に対するスキルは高いわけではない僕には、彼女が落ち込んだように俯いてしまった理由は分からなかったし、そうでなくとも、1つしか出来ることがなかった。本当は、中途半端はいけないと分かっているけれど。
「よろしければ、こちらをどうぞ」
収納し持ち歩いている、果実とパンを取り出した。
果実は、名前はわからなかったけれど、味は確かめているし、お城に戻ってから調べてジャムにしようと思っていたものだ。
「――っ、いりません」
女の子は掠れそうな、小さな声でそう口を開いた。すくなくとも、声は出すことが出来るらしい。そこまでは弱っていらっしゃらなかったらしい。
直後、お腹がぐうと鳴る。もちろん、僕のものではない。
「どうぞ、遠慮などなさらないでください。これは、私の主様にいただいたお金から購入したものですが、ここであなたに渡さずに放っておくほうが怒られてしまいます」
「そういうことではありません。とにかく、不要です」
再び少女のお腹が鳴ったけれど、彼女は頑として受け取らなかった。
「……何か理由がおありなのですか? もしや、あなたの――ご主人様に食事の制限をされているなど」
それならば、シャルリア様かアイリーン様、あるいは僕の所持している王家に仕える人間であるという証を見せればどうにかなると思っていただけると思ったのだけれど、色素の薄い髪をした彼女には、またしても首を横に振られてしまった。
直後、また、お腹がぐぅと鳴るのが聞こえたかと思うと、彼女は地面に座り込んでいたそのままの姿勢で倒れてきてしまった。
「しっかりしてください!」
持っていた果実とパンは即座に収納し、慌てて僕は彼女を助け起こす。
見た目通りというか、彼女はとても軽かった。
おそらくは年下と思われるシャルリア様より――いや、女性に対してこの話題は止めておこう。そもそも、彼女の軽さは、違うタイプの、もっとやばい類のものだ。
お城の使用人としても、1人の料理人としても、こんな状態の女の子を放っておくことは出来ない。
「失礼いたします」
ほとんど重さを感じない彼女を背負い、僕は、待ってくださっている事だろう、馬車へと戻った。




