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食を拒む少女 3

「話したくないようであれば、無理に話そうとされる必要はありませんよ。誰にだって話したくないことはありますし、逃げ出されるような場所の事を語らせるのは酷だと思いますから。その気になったらで構いません」


 なにはともあれ、お腹が空いていては思考力も鈍るだろうし、まずはお腹を満たしていただこうと思ったのだけれど。


「どうぞ、クラベルさん。遠慮なさらないでください、というのは難しいとは思いますが、大丈夫ですよ。食材はまだありますし、毒なんかも入ってはおりませんから」


 特に考えてはいない、クラベルさんを安心、落ち着いていただこうとかけた言葉だったのだけれど、クラベルさんは肩を大きく揺らされ、手にされていた紅茶の入れられたカップを落としてしまわれた。

 幸い、馬車の床までの落下距離は短く、カップとお皿は割れずに済んだ。もっとも、入れられていた紅茶まで無事というわけにはゆかず、クラベルさんのお召し物を、特に腰から下の辺りを悲惨なことにしてしまった。

 熱湯という訳ではないけれど、十分な温度の紅茶のかかってしまわれたクラベルさんは反射的に立ち上がられて飛びのかれ、それからカタカタと震え始められた。

 紅茶の温度は大体60から70度ほどはある。火傷をされるような事があれば大変だ。女性だと特に。まあ、この温度で跡になるほどの火傷をすることはないと思うけれど。

 とりあえず、スカートを肌に当たらないように持ち上げて、すぐに零れた紅茶を乾かしたところで、ため息をつく。

 

「も、申し訳ありません」


 凄い勢いで、座ったままクラベルさんが頭を下げられるので、


「構いませんよ。あなたに怪我がないようで安心いたしました」


 何故か視線を感じて振り向くと、シャルリア様とアイリーン様、小雪さんとシャラさん、つまりは女性陣からジトっとした視線が注がれていた。

 いや、たしかに女性の服を捲ってしまったのは非常に紳士らしからぬ行動だったと思うけれど、それよりもクラベルさんに怪我をされることを避けるべきだったはずで。

 別に中を覗いたわけではないし、見えたわけでもないのだから……いや、そういう問題ではないか。


「大変失礼いたしました、クラベルさん。この処分は如何様にもお申し付けください」


 痛い視線が背中に突き刺さるのを感じながら、クラベルさんに頭を下げる。


「い、いえ、そんな、いただいた紅茶をこぼしてしまったのは私ですから。運よく割れずに済んだようですが、お詫びのしようもございません」


 この場合は結果が重要なのだから、結果的に割れずに済んだものに対してそこまで畏まられる必要はないのだけれど、当事者にしか分からないか。


「いえ、お詫びなど、構いませんよ。それよりも、紅茶、入れ直しいたしますね」


 カップを洗浄し、再び紅茶を注ぐ。


「どうぞ」


「あ。ありがとう、ございます……」


 クラベルさんは怯えていらっしゃるような手つきで紅茶のカップを受け取られる。

 ああ、これは、なんとなくだけれど、危ない気がするな。


「待ってください、アルフリード」


 僕がカップとお皿から手を放す前に、シャルリア様からお声が掛けられて、僕とクラベルさんが同時に1つのお皿とカップに手を添えた状態で制止する。


「クラベル。あなたには、もしかして、紅茶を飲みたくない、あるいは飲むことの出来ない理由があるのではないですか?」


 クラベルさんが驚いたように目を見開かれ、肩を震わせられたけれど、すでに僕もカップとお皿を掴んでいるため、先程のような惨事は起こらずに済んだ。


「たとえば、家の方、或いはあなたの主人に食べることを止められているとか」


 僕は先程の、クラベルさんと出会った時の状況を思い浮かべる。

 たしかに、強い脅迫のようなものだったのかもしれない。しかし、食べることに対する拒絶は、彼女自身のものであるようにも感じられた。


「私は、もちろん、ここにいる全員が、あなたの助けになりたいと思っていますが、事情を知らないままではどうすることも出来ません」


 シャルリア様の視線が一瞬、僕とシャラさんへと向けられる。

 先程の事を実は気にしていらしたのか。それは主に対して、失礼を働いてしまった。


「ですので、話せとは申しませんが、話してくださると助かります……予想はつきますが」


 最後に何か付け足すようにぼそりと呟かれた言葉を、僕も、シャラさんも、聞き取ることは出来ず、それはクラベルさんも同様だったらしい。

 クラベルさんは俯かれて、太ももの上でぎゅっと拳を硬く結ばれる。

 

「たとえあなたがどのようなことを話しても、ここにいる以外の誰かに、それが間接的にしろ、伝わることはありません。それは誓いましょう」


 カルヴィン様とアイリーン様が「もちろんだ」「もちろんよ」と頷かれ、僕とシャラさんも頷きを返す。


「先ほどの様子を見るに、食事に関して嫌な思い出でもあるのですか?」


 自分からは話しにくいと思われたのか、小雪さんが質問という形で促される。


「遠慮する必要はありませんよ。あなたの話すことを、どのようなことであろうとも、否定から入ることはありません」


 シャルリア様がそうおっしゃられると、クラベルさんは僕と、それからシャラさんに、不安そうな瞳を向けられた。


「お嫌いなものでも入っておりましたでしょうか? それともアレルギーかなにかでしたでしょうか」


 食に関して、僕には嫌いという感覚が分からないから、理解は出来ないのだけれど。

 しばらくの間、躊躇うように口を開きかけていらしたクラベルさんは、ごくりとつばを飲み込まれて、


「……こちらには、その、余計なものなどは入っておりませんよね?」


「余計なものとは?」


 入っているのは普通の野菜と普通の肉と、あとはミルクとか、粉とかだけれど。


「……先程、逃げてきたと申し上げましたが、それは奴隷商などというところからではありません。家から、父と母から逃げてきたのです。もっとも、あのままだと、そうなっていたのでしょうけれど」


 シャルリア様が宝石のような真っ赤な瞳を細められる。

 


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