食を拒む少女 4
「父親と母親からって……あなたのお父様とお母様のことよね? どうして? そんなのっておかしいわよね、お姉様、お兄様。だって、えっ? どういうことなの?」
「アイリーン。少し落ち着くんだ」
クラベルさんのおっしゃられた内容にひどく混乱されたご様子のアイリーン様の肩をカルヴィン様が掴まれる。
お兄様に治められて、多少は動揺を抑えられたアイリーン様は、しかし、いまだに納得できない、理解できないという目でクラベルさんのことを見つめていらした。
「お前の混乱もわかるが、ただでさえ、ここへ急に連れてこられて混乱しているだろう彼女にそう詰め寄っては余計な威圧感や恐怖を与える結果にしかならない。ここは大人しく任せよう」
アイリーン様がはっとされたようなお顔付で、御自身の行動を恥じ入られるように「ごめんなさい……」と俯かれて、下がってしまわれたので、そちらのケアはカルヴィン様とシャラさんにお任せして、僕はクラベルさんへと向き直った。
「クラベルさん。先ほどのお話の続きをさせていただいても構いませんか?」
アイリーン様はたしかに性急でいらしたけれど、話を聞かなければどうすることも出来ないというのは、その通りである。
ご両親から逃げ出されたというのが、異常な事態だというのは十分過ぎるほどに理解できるし、尋常ならざる理由があるのだろうということも推測できるけれど、やはり話を聞いてからでなければ判断も、対処も、しようがない。
もっとも、先程のやり取りからある程度の見当はつくけれど。
「……父と母のところから逃げ出したのは、もう数日以上も前のことになります」
ゆっくり、絞り出すような、掠れた声音でクラベルさんが告白される。
「それまでは、どこにでもあるような、普通の、温かい家族だと思っていたのですが……」
クラベルさんは顔をしかめられ、口元に手を当てられる。
やはり、無理に話を急ぎ過ぎてしまっただろうか。
「クラベル。やはり、私たちは少しばかり急ぎ過ぎていたようです。今は時間がないということもありません。どうせ城に戻るまでは出来ることもありませんでしたから。あなたが話したくなった、あるいは話せるようになったときに話してくれれば、それで構いません」
シャルリア様がそうおっしゃられ、シャラさんに視線を向けられる。
シャラさんは畏まりましたと、頭を下げられた。
「クラベル様。お疲れでしょう。私がお身体をお清めいたしますから、本日はもう横になられてください」
ユーグリッドは絶対入ってきては駄目よと念を押されたけれど、言われずとも、そんなことをしたりはしない。
僕は水を出す係と、温める係を申し遣った。
通常は、食器を洗うためなどに持ち運んでいる大きめの桶を用意する。もちろん、今は底と側面に水が漏れていかないように魔法でしっかりとコーティングしたけれど。
人が入るには少し小さいだろうけれど、今は我慢していただくより他にない。
そこに水を溜め、お風呂と同じくらいの温度になるまで温めて、馬車の天幕の中へと飛ばして運ぶ。中を見ることは禁じられているためだ。
タオルは馬車の中の棚にも置いてあるから問題はないだろう。
僕とカルヴィン様は自然と、馬車から少しばかり距離をとっていた。幸い、時間的にはお昼時であり、外も明るく、天幕の中の様子が影になって浮き出てくるということもなく顔や身体の向きまでは逸らさずに済んだ。
「あの、申し訳ありませんが姫様」
しばらくして、お湯を使う音が途切れたかと思うと、わずかに天幕が開かれ、シャラさんが顔を出される。
「彼女、クラベル様の衣服に関してなのですが……」
僕とカルヴィン様は、揃って背中を向ける。
「一応、洗濯は終えましたが、再び同じものを着ていただくわけにもゆきませんし、大変申し訳ないのですが……」
「それなら良い物があるわよ」
アイリーン様がごそごそと、御自身の荷物の入れられた鞄を開けられて、探していらっしゃるような音は聞こえなかったので、おそらくは1番上に置いてあったらしいものを手に取られた。
「素敵だったから、1着買ってきていたの。まだ私は着ていないから綺麗なはずよ。もちろん、私はいつだって綺麗だけれど」
おそらくは、あの、浴衣という服のことだろう。アイリーン様は随分とお気に召されたらしい。
「ありがとうございます、姫様。私のものではサイズが合わなかったものですから。ですが、本当によろしいのですか?」
「何が? 服なんて着るためにあるんだから。別に観賞用に買ったってわけじゃないのよ? それとも少し寒いかしら?」
多分、まだアイリーン様も袖を通されていない浴衣の初めてをクラベルさんにお貸しすることに、シャラさんは少し躊躇われたのだろうけれど、御当人であるアイリーン様が気にしていらっしゃる様子ではいらっしゃらないのでそのまま受け取られたらしい。
それだと下着は……いや、考えまい。
「元々、着物の際には下着を身につけないという習わしもあったのですよ。もっとも、近頃ではそういった事はあまり厳密には守られる必要もなくなっているのですけれど」
小雪さんが、必要だか、必要でないか、現在の状況だけを考えたなら前者なのだけれど、出来れば僕たちが聞こえないところに居る時にして欲しかった話をさらりとなさる。
僕は何もしていないし、さっきから動いてすらいないというのに、何故だか背中に視線が突き刺さるのを感じる。
それから、タオルで身体を拭くような音と、桶の水を捨てる音が聞こえてきて、ようやく、僕たちは向き直ることを許された。
「とっても素敵ですよ、クラベル様」
アイリーン様の、薄いピンクの地に、濃いピンクの花柄が描かれた浴衣は、少し寒そうだと思ったけれど、そんなこともないようで、とてもよくクラベルさんに似合っていた。
「あ、ありがとうございます。ですが、その……」
お湯浴びをされたことで、少しは喉の調子も戻られたらしい。
クラベルさんは、おそらくはお湯浴び直後という理由だけではなく、頬を真っ赤に染めていらして、
「どうしたの、クラベル。私の趣味と会わなかったかしら?」
「いえ……アイリーン様。そうではなく、その、少しばかり、スースーすると言いますか、いえ、決して不満があるわけではございません」
小雪さん以外の女性陣は納得しているような顔をなさっていらしたけれど、僕とカルヴィン様にはよく分からず、首を傾げていた。
正確には、僕には少し予想はついたけれど、考えるのは失礼にあたるし、何より、シャルリア様の視線が何だか僕を咎めていらっしゃるような気がしたので、考えないようにしていた。




