シンクシ 27
生贄って……一体、あ、いや、もちろん、生贄という言葉の意味は分かるけれど。
そんなことより。
「様子を窺っていらしたということは、シュエットは無事だということですね? そして、今もちゃんとラヴィリアで暮らせているのですね」
僕は大きく息を吐きだした。
良かった。
あの時、しっかり助けることが出来ていたということか。
それを教えてくださったこの女性には感謝を……いや、そうじゃない。
「って、あなたが僕をここへ呼ばれたのですか!」
一体、何の目的で――って、生贄とおっしゃっていたな。
何のための生贄なのかを聞く前に僕が余計な事を(僕にとっては重大な問題だけれど)尋ねてしまったため、中断させてしまっていた。
「すみません。お話を途中で遮ってしまって。どうぞ、続きを聞かせてください」
女性の話を途中で遮るなんて、失礼を働いてしまった。
こころなしか、彼女も僕に対して呆れていらっしゃるようなお顔付をされている。
「はあ……まあよいわ。生贄というのはもちろんそのままの意味で、私の望みを達成するためには、形代が必要だった。術をより確実にするためにな。それで、最高の形代をこの泉で探したところ、お前が一緒にいたあそこの生娘が浮かび上がったのだ」
最初にシュエットが浴場で襲われた時から気付いてはいたけれど、やはり、本来狙われていたのは、僕ではなくシュエットだったようだ。
「形代ですか。それと生贄……僕にはよく分かりませんが、あなたがそれほどまでのものを用いて成し遂げたい望みとは一体何でしょうか?」
「それはもちろん、この国さ」
女性はあっさりと自身の目的を口にされた。
しかし、随分と大きな望みだな。両親の店が潰れない程度にずっとやっていけたらいいな、なんて考えている(いた)僕とは天と地ほどの差がある。
もちろん、人の幸福はその人個人の内面によって決まるため、はっきりと比べることは出来ないけれど。
「つまり、富と権力ですか」
男性だったらそこに綺麗な女性とかなんとか入るのかもしれないけれど、目の前の女性からはあまりそういった雰囲気は感じられなかった。
でも、国を手に入れたいって……今一ピンと来ないから、想像しにくいな。
「いいや、そんなものはどうでもいい」
しかし、僕の乏しい想像力で考えたことは的外れだったらしい。
まあ、国を手に入れたいと願って、こうして実際に行動まで起こされていらっしゃるくらいの方だしな。
「術が整えば、この国、果ては大陸までもを恐怖と混乱に陥れることが出来るだろう。誰もが私を畏怖し、家に閉じこもり、震えることになると思うと、ぞくぞくしてこないか?」
いえ、全く。
僕が全く理解していない、あるいは理解する気がないということを悟ったのだろうか。彼女はつまらなそうに僕から顔を逸らした。
「ふん。つまらぬ。まあ、これから死ぬお前には関係のないことだから、興味を持ったところでどうということにはならないがな」
「興味はありませんが、そのような思想を見過ごすわけにはゆきません」
僕はこの国、あるいはこの世界の人間ではない。
元の世界に戻ることが出来るのであれば、こちらの世界の出来事など、所詮は蚊帳の外から眺めるだけのものだと思っていた。
しかし、今は違う。
シャルリア様に誓いを交わし、お城では仕事をいただき、シャラさんたちには仕事仲間、あるいは友人だとも言ってくださっている。
そんな方たちの暮らすこの場所を脅かすことになるかもしれない事を放っておくわけにはゆかない、と僕は考えている。
「ならばどうする」
女性がそう口にしたかと思うと、どこから現れたのか、部屋の中には次々に武器を手にした人が入って来る。
「ついでに上にいる奴らも捕らえるのだ。この国ではあれ以上の素体には中々巡り合うことは出来ないだろうからな」
まさか。
もはやこんな場所にいつまでもいられはしないと、せっかくの当事者に対して背中を向けると、一心に元来た階段を駆け上がる。
「追え! 1人も――最低でもその小僧だけは逃がすでない!」
後ろから人の気配が迫ってきているのは分かったけれど、振り向く時間すら惜しい。
「ア――」
階段を駆け上がり、石の蓋(扉というのが正解だろうか)を開いたところで、驚いたように目をぱちくりとされていたアイリーン様と、危うく額をぶつけそうになる。
「な――」
「アイリーン様。失礼いたします」
問答している時間はない。
僕はアイリーン様を抱きかかえると、移動の魔法で床の扉をスライドさせて、その上を近くの棚を倒して塞ぐ。
一緒に小瓶の薬らしき物も落ちて壊れたけれど気にしない。
すぐその部屋を出て、探知の魔法を使用する。
アイリーン様がお1人でいらっしゃるということはないだろう。
「ア――」
「シャルリア様! 説明は後で致しますから、今はついてきてください!」
探し物をするときの当然の手段だけれど、この時ばかりは全員で一緒の場所を探していて欲しかった。
そして他に分かったのは、やはり、あれは僕をおびき寄せるために、わざと、探索の魔法に引っかかるようにしていたのだということだ。そうでなければ、シャルリア様達が手分けをして探されるような事態にはならないはずだ。
さらに、カルヴィン様と、小雪さん、シャラさんとも合流――正確にはすれ違いざま、部屋の中に向かって声を飛ばしただけだけれど――して、すぐにその家から離れた。
このように秘密裏な方法を取っていた相手のことだ。人の目につきやすい場所ではそう大っぴらにはやってこないだろう。
「アルフリード! 止まって!」
シャラさんがかけてくださっていた声に気がついてようやく止まることが出来たのは、先程までいた美術館の前に戻ってきてからだった。




