シンクシへ向かって
「今回は、私たちの我儘を聞いてもらい、感謝している」
馬車に揺られる中で、正面に座られたカルヴィン様が頭を下げられる。
カルヴィン様は王家の御長子で、シャルリア様の弟にはあたられるのだけれど、シャルリア様は王位をお継ぎにはなられず、カルヴィン様がお世継ぎとして認められていらっしゃる。
増えるのであれば結局何人いても同じだろうとアイリーン様が引っ張っていらっしゃり、ジェリック様も、次期国王として広く見聞を広めることは大切だと、楽し気に微笑んでいらした。
カルヴィン様は、最初は理由も説明されずに引っ張って来られたことに対して、アイリーン様を嗜めるお姿も見られたけれど、その後、しっかりと僕へと事情をお尋ねになられた。
僕は何と言って誤魔化そうかと考えていたのだけれど、カルヴィン様ははっきりとした態度で僕へと謝罪され、それから僕へと本当の理由を教えてくれるようにと頼まれた。
「本当に観光だけならば、アルフリードが何日も休みを取るはずはないだろう。アルフリードならば、1人で行く分には、城の馬車など使わずに、空を飛んでいけばいいだろうと考えるだろうからだ。それが今回は、馬車で、しかも一緒にシャラも行くという。自分の都合に他人を巻き込むような者には見えない。さらに、父上に許可までいただいているとするならばなおさらだ」
アイリーンが知っていることからも、そこまで機密性の高いことではないのだろうと、理由をお尋ねになられたカルヴィン様に、僕は本当の事をお話しした。
黙ってお聞きになられていたカルヴィン様は、
「私も、将来この国を預かる者として、このような蛮行を許すわけにはゆかない」
子供らしさを残しながらも、威厳に満ちた声ではっきりと断言された。
僕よりもずっと年齢は下なのに、とても立派な志をお持ちだ。
一国の王子様と、平民庶民の定食屋の息子を比べるべきではないと分かってはいるけれど、僕がカルヴィン様と同じ年の頃は、まだ学院に通い始めるか、まだかという年齢で、近所の友人と遊びまわっていたころだ。
「こちらの国の王子様は、とても立派なお志を持っていらっしゃるのですね。とても素敵だと思うのですよ」
小雪さんが僕の隣からカルヴィン様へと微笑みかけられて、カルヴィン様はわずかに頬を赤く染められた。
遠出に使うお城の馬車は、普段、僕たちが買い出しなどに出かけるときに使用しているものよりも大きく、3人が並んで向かい合えるゆったりとした構造になっている。
小雪さんが、シャルリア様やアイリーン様と親しくなられていたのは知っていたけれど、カルヴィン様とも親交を深めていらしたとは知らなかった。
女の子同士の姫様方とは、御一緒に遊んでいらしたと記憶しているけれど……まあ、仲良くなられるのは良いことだ。友人が出来るということはその分世界も広がってゆくということで、どうしてもお城の中に生活範囲が限定されがちな、カルヴィン様、シャルリア様、アイリーン様に、偶然とはいえ、こうして外の世界のご友人が出来たことは、喜ぶべきことだと思う。
「お兄様ったら頬が緩み過ぎよ。せっかくお父様に似て顔がいいのに台無しじゃない」
「何を言っているんだ、アイリーン。私は別に頬を緩ませてなどいない」
「どうかしら」
そんな風に楽し気にいらっしゃる様子を見ていると、シャラさんも同じように思っていたようで、ふと顔を上げたところで目が合った。
「若様、姫様方は、今までこうしてお城の、御兄弟姉妹以外のお相手と関わりを持たれることはなかったのですか?」
「そうね。例えば、新年の、こっちでは春の頭が新年なんだけど、それってアルフリードのところでも同じだった?」
僕が頷くと、シャラさんは少し高揚された様子で、
「アンデルセラムでも、新年は春の頭よ。それでね、年明けにはお祝いのパーティーがお城で開かれるのだけれど、その時にいらっしゃるお客様の中には、若様、姫様方と関りを持ちたいと近寄って来られる方はいらっしゃるわね」
シャラさんの口ぶりからすると、そのお相手というのは、小雪さんのように年頃の近しい、御友人としての関係性を望まれるような方ではなくて、親御さんを悪く言うつもりもないけれど、王家の人間に印象を良くしようとする、あるいは、お相手の座を射止めようと、狙っていらっしゃる方が多いという感じなのだろう。
カルヴィン様は――カルヴィン様に限らず、王家の子供たちは皆様――顔立ちも整っていらっしゃるし、きりっとした意志の強そうな黒い瞳も、将来はジェリック様と同じように異性を惹きつけるだろう男性にご成長なさるだろうことを予感させる。
毎日しっかりと王様になられるための努力を怠られない姿も好感が持てるし、なによりこうして、暮らしている人の事を思って自ら行動できるところが、とても立派だと思う。
「アイリーン。お前はそういう話をするよりも、この旅でするべきことは分かっているのか? 遊びに行くわけではないのだぞ。もう少し、姉様を見習ってだな――」
「私だって時と場所は弁えているわよ。それにしてもお兄様は気を張り過ぎよ。そんなんじゃ、警戒していますって宣言しながら歩いているのも同じじゃない」
おふたりが言い合いをされている間、シャラさんも特に止める必要性を感じていらっしゃらないらしく、おそらくはただの兄妹のじゃれ合いだろうと思えたため、僕はシンクシについて思いを巡らせる。
そういえば、地図の複製を持って来たのだったと広げたところ、シャルリア様が説明してくださった。
「シンクシは、水の都とも呼ばれているところです。街の主要な移動手段は、運河を利用した水路を行く船であり、水産資源の豊富な街だということです」
水か。
僕がシンクシの話を聞いて、最初に思い浮かべたのは、ラヴィリアで巻き込まれた、僕がアンデルセラムへと来ることになった理由についてだった。
水なんて、暮らしていればどこにでもあるものだし、気にし過ぎだとは思うのだけれど。
「アルフリード? 随分と難しそうなお顔をしていますけれど、どうかしましたか?」
シャルリア様が眉を寄せられて、僕のことを見上げてきていらした。
自分では意識していないつもりだったけれど、外に出てしまっていたらしい。
「ご心配をおかけいたしました。何でもありませんよ」
苦しいとは思ったけれど、アイリーン様とカルヴィン様の手前、突っ込んだ質問はされないだろうという僕の予想通り、シャルリア様は「そうですか」と、納得されてはいらっしゃらないご様子ではあったけれど、一応、引き下がってくださった。
もっとも、シャルリア様にはその出来事に関して、初めてお会いした時にお話ししているので、思い当たられたかもしれないけれど。




