シンクシへお出掛け
◇ ◇ ◇
王都ウェントスから離れた街、シンクシへ行くということで、その報告をするために僕は1度お城へと戻った。
1人で行って戻るつもりだったけれど、小雪さんが同行されることになってしまったため、休日の間には帰って来られない可能性がある。
僕1人でならば、たとえ調査が中途半端になってしまったとしても、休日の内に飛んで戻ることは可能だけれど、小雪さんが、もちろん従者の方が一緒にいらっしゃるからといって、危険があるかもしれない場所へ行かせたままになってしまうというのは、心に引っ掛かりが出来る。
一応、人身の売買が行われているらしいという噂程度のことなので、それに業務の時間を割くというのは如何なものかと思っていたのだけれど、ジェリック様からの許可はすんなりと下りた。
「噂程度であるならば、城へ届けられずとも仕方ない。あやふやな情報で、いたずらに悩ませるような事をしたくはなかったのだろうという心情も理解できる。休暇のところ済まないが、アルフリード、調査を頼めるだろうか」
どころか、調査の命までくださり、更には特別手当も支給されるということだ。
流石にそこまでしていただくわけにはいかないと、断ろうかと思ったのだけれど、他にも事情はあれど、国のためを思って動く者に褒賞を出さないわけにはゆかないと、何故だか随分とまとまった額の入った袋を預かってしまい、断るわけにもゆかず、その場で収納させていただいた。
あらためて荷支度を済ませ、お城から出してくださるという馬車へ向かおうとしたところ。
「アルフリード!」
後ろから腰の辺りに抱き着かれた。
「わ」
振り返ると、ふさふさとした金の髪を頭の上でふたつに結んだ可愛らしい女の子が、明るい空色の瞳で僕を見上げていらした。
「アイリーン様。おはようございます。どうされたのですか?」
「聞いたわよ、アルフリード。シンクシまで小雪とデートに出かけるのですってね。お姉様を放っておいて」
小雪さんが御同行されることになったのはまったくの偶然で、そもそも、デートではない。
それにしても、今しがた国王様と王妃様にご報告申し上げたばかりだというのに、一体、どこからそんな情報を手に入れていらしたのだろう。
しかし、今重要なのは、アイリーン様の情報の手に入れどころではなく、どこまでこちらの事情を御存知なのかということだ。
「アイリーン様。私は、決して小雪さんとデートに出かけるわけではなくてですね……」
「じゃあ、何に出かけるの?」
それを尋ねられると、非常に困る。
本当の事を話すわけにもゆかないし――そもそも、アイリーン様がご存じである場合には意味のないことなのだけれど。
「私たちには言えないような事をしに行くのね。小雪と、2人きりで」
どう説明したものかと言い淀んでいると、あらぬ誤解を受けてしまった。
アイリーン様はまだ子供でいらっしゃるから(淑女かどうかはともかく)そういった意味でおっしゃっているのではなく、ただ思ったことをそのままおっしゃられただけだということは分かっているけれど。
たしかに、姫様方には極力知られたくないことで、出かけるのも僕と、何故か付いていらっしゃる事になってしまった小雪さんだけだけれど。
あれ? というか、そもそも――
「アイリーン。ここにいたのですか」
僕の疑問を解消する前に、シャルリア様が姿をお見せになられた。
「もう準備は済んでいて、後はあなた達が来るのを待つばかりですよ。早く参りましょう」
などとおしゃられるものだから、僕は慌ててお引止めした。
姫様に対して、とか、朝から大声で、とか、気にしていられる場合ではなかった。
「あの、シャルリア様、アイリーン様。まさかとは思いますが、シンクシまで御同行されるおつもりではありませんよね?」
いくらなんでも、先程、シンクシの良くない噂の事をお話ししたばかりの国王様が、愛娘を2人、そんな危険があるかもしれない所に向かわせられるとは思えない。
「お父様なら許してくださったわよ。『何事も経験』とか『娘をよろしく』とかっておっしゃっていたわ」
ご近所の挨拶に向かうわけではないのだから、他家の子育て方針に物申すわけではないけれど、そんな風に軽く言われても困るというか。
元々、1人で身軽に調査出来るというのもかなり大きなメリットだったのだけれど。アイリーン様は完全に観光気分みたいでいらっしるし。
「アルフリード。私も、ついて行って構いませんか……?」
シャルリア様が恐る恐るといった感じで尋ねられる。
そんな風にもじもじとした様子で頼まれるとどうも弱く、なにより、国王様の言に背くわけにはゆかない。
「確認いたしますが、ジェリック様のご許可をいただいているというのは、本当ですか?」
尋ねると、アイリーン様は、ジェリック様のご署名の入れられた、一定権限での調査を許可するという旨の記載がされた書状をお渡しくださった。言葉の証明と共に、何かあったらこれを使えということなのだろう。
「……分かりました。私が責任を持ってお連れいたします。ですが、くれぐれも姫様方、観光ではないということをお忘れなきよう」
国王様は本当にもう、子供たちの事を大切にしていらっしゃるのは分かるのだけれど、如何せん、甘過ぎると思う。
僕も大概だけれど。
「姫様方も一緒となりますと、私1人では難しく思いますので――」
「その辺りもちゃんと考慮しているわ」
僕の他に女性の、メイドさんのどなたかも一緒に付いてきてくださると非常に助かると頼みにゆこうとしたところ、アイリーン様は得意げな様子で胸を張られた。
「シャラが付いてきてくれることになっているから大丈夫よ。さあ、行きましょう」
もう1つ、確認しなければならないことが。
「私のことなら心配はいらないのですよ。元々、シャルリアやアイリーンのところに遊びに行くと言って、準備もしてきましたし、お城以上に安全なところもないと、両親も納得してくれたのですよ」
そのお城から出かけるわけなのだけれど。
「そんなに言うのでしたら、これから両親に説明しに一端家に戻ることにするので、アルフリードもついてくれば良いのですよ」
どうあってもついていらっしゃるおつもりらしい。
いい加減、こうして話ばかり続けていても、小雪さんに折れるおつもりは無いらしいというのは伝わってくる。
ここで無理やりお家へお帰しして、その後、どのような方法でかは見当がつかないけれど、抜け出していらして、馬車に紛れられることがないとも言い切れない。おそらく、そうなった場合、アイリーン様は馬車へと紛れ混まれた小雪さんの事を庇われるだろうし。
だったら最初から、人数としてカウントしておいた方が良い気もする。
女の子が3人ともなると、シャラさんの負担が大変なことになりそうだけれど。
「任せて。家では弟妹の面倒を見ているから、こういうのは得意なの」
子供の世話に慣れているということで、随分と心強い言葉をいただいた。
結局は、最初から付いてきてもらった方が安全と言える。もちろん、待っていていただくのが最善であることに変わりはないけれど、もはやそれは難しいだろう。
「……分かりました。ついていらっしゃるからには、皆様のことは僕が責任を持ってお守りいたしますので」
そう決意していると、シャラさんに額をはじかれた。
「そんなに気負っていると、変なところで失敗するかもしれないわよ。私もいるんだから、あんまり1人で気負い過ぎることはないの。そのために私も呼ばれたのでしょうから」
「あ、ありがとうございます」
くすっと可愛らしく微笑まれたシャラさんがアイリーン様と小雪さんの手を引いて馬車へと向かわれる。
残られたシャルリア様は、怒っていらっしゃるような、照れていらっしゃるような、複雑そうなお顔で、僕がお贈りした腕輪を握っていらした。
「アルフリード、その……」
「参りましょう、シャルリア様」
きっと、何か余計な、いや、色々と考えてしまっていらっしゃるのだろうとは思たけれど、せっかく出かけるのだから、調査が主目的とはいえ、滅多にお城から出られないシャルリア様にも――もちろん、アイリーン様と小雪さんにも――シンクシへのお出掛けを楽しんでいただきたかった。あまり、緩み過ぎるのも問題だと思うけれど。
「……はい」
シャルリア様はそっとお顔を逸らされた後、上目遣いに僕を見るようにお顔を戻されて、それからそっと、僕の差し出した手をとってくださった。




