シンクシの噂
ありがたくも朝食をいただいた後、僕は街へと出かけてきていた。
もちろん服装はここへ流されてきた時に身につけていたものだ。お城の仕事中という訳でもないのに、お城から支給されているものを着るわけにはゆかないし、他に持ち物もない。
もっとも、渦に巻き込まれた影響でボロボロではあったので、一応、針と糸、それから布を少しばかりいただいて、修復はしてある。修復の魔法もあるにはあるけれど、年齢を若返らせることが出来ないのと同じように、ほつれなんかは直すことが出来ても、経年による劣化は直すことが出来ない。
必要ないと思っていたけれど、こんな風にお休みを取る必要があるということならば、一応、それなりに衣服を手に入れておくべきなのかもしれない。
最初に衣類を数着購入して、ついでに、支給品を汚すといけないので、さっそく購入した衣服に着替える。支給品は残りと合わせて収納する。タンスなどの家具は備え付けのものがあるし、スペースはほとんど使用していない、というよりも、替えの制服が数着入っている程度なので必要はない。
「おはようございます、アルフリードさん。あれ、今日はいつもとは違う感じなんですね。時間も早いですし」
ギルドへと顔を出すと、ハーティカさんに驚かれた。
ここへ来るときは、というよりも、外出するときにはお城で支給していただいた服装だったため、当然の反応かもしれない。来る時間帯だって――ギルドは人員の交代制で24時間やっている、まあ、お城と同じようなものだ――依頼をこなしていたのも、基本的には夜、夜中近くだ。
「ええ。今日は、その、お城からお暇を出され――出していただいたので」
「だから日中にお越しになられたのですね。というより、今までお休みをいただいてはいなかったのですか?」
たとえお城であっても、休暇の申請はした方が良いですよと窘められ、一応、これからは月に数度は休みを取るように言われていますと答えると、何故かため息をつかれてしまった。
「お休みって、そういうことじゃないと思いますけど……まあ、良いです。ご自分のことですから」
呆れられているみたいではあったけれど、おそらくは心配してくださっているのだろう。
「ありがとうございます。それで彼女、シュエットについての情報は何かありましたか?」
おそらくはないのだろうと予想しつつも、いつも通り、初めにそう尋ねる。
案の定、ハーティカさんは首を横に振られ、代わりの依頼を勧めてはくださったけれど、聞くだけにとどめておいた。今日の目的は、ギルドの仕事を受けることではなく、シュエットの情報を得ることを第1にしているためだ。
シャルリア様が知り得ているお城の情報は、あくまでもお城の内部の人間がしているうわさ話や、立ち話なんかからの情報で、お城に近いところでの腐敗やら何やらは、かなり正確なところではあったけれど、やはり、噂の出所がお城の内部に限定されている。もちろん、外から話を持ち帰られる、というより、外の噂話をお城でもされていることから、ある程度の情報は得られるのだろうけれど。
でも僕は、ここでどのような情報が得られようとも、お城の中ではその話を口にしないと決めていた。それはもちろん、シャルリア様のお耳に入れないためだ。意味があるのかどうかは怪しいけれど、少なくとも、僕に出来そうなことであれば、自分でしようと考えていた。
「いえ。人身の売買などは法律で禁止されていますから、表立って流れてきたりはしないですね」
「つまり、そういう噂はあるのですね」
ハーティカさんは、殊更深いため息をつかれると、
「あの、一応言っておきますけれど、あなたも世間的に見れば十分に子供、いえ、大人とは言えない年齢なんですからね。言っても無駄だとは思いますが、大人として窘める程度のことはしておきます」
人身の売買は流石に言い過ぎだとは思いますが、近頃、違法な取引をしているのではないかという噂が流れているのは事実です、と教えてくださった。
「もっとも、噂の出所は、この王都から2つ離れた街、シンクシでのことですけれど」
冒険者のギルドには、当然、この街をホームとしているパーティーもいれば、他所の街から流れてきているパーティーもいる。
冒険者というのは、基本的に国境などには囚われない人たちであり、となれば当然、彼らの集める情報にも、国境などはないということだ。
「シンクシですか。ありがとうございます」
すぐに出ようと思ったところを引き留められた。
「あの、アルフリードさん。分かっていますか? 2つ離れているんですよ? 何日かかると思っているんですか?」
ハーティカさんは、少し待ってくださいとおっしゃられると、受付台の下から使い込まれていることが一目でわかる地図を取りだされた。
未知を探求することが仕事である冒険者の方達にとって、地図の作成、より正確に言うのであれば、詳しい地図の作成というのは、かなり重要なものとなっていて、当然、報酬も出されている。
その地図はもちろんお城の図書館にもあるので、僕も目を通させてはいただいていた。
「ご存知かと思いますが、ここが今私達のいる王都、ウェントスです。これを見るだけでも、大体のところを察していただけるとは思いますが、普通に馬車で行けば、3日はかかるところですよ」
僕は空を飛んで行くつもりですがと答えると、ハーティカさんはこめかみに手を当てられた。
「心配してくださってありがとうございます。ですが、たとえ噂ではあっても、情報には違いないですし、確かめてみて、違ったならば違ったで、そこには居なかったと確定させることが出来ます。それに、シュエットがいるいないには関わらず、人身の売買などという噂の出るところを放っておくわけにはゆきません」
もし、現実味は薄そうだけれど、その噂が王都まで及び、シャルリア様が御自身で確かめに行こうなどと思われでもしたら、一大事だ。
そして、その噂を耳にされたならば、シャルリア様は確実に御自分で出向かれようとなさる事だろう。騎士団の皆さんにはお話になるかもしれないけれど、必ず、御自分でも同行されるとおっしゃられるに違いない。
そうならないためにも、僕は1人でそこまで行って確かめてみよう。
「どこかへ行くのですか? アルフリード」
「はい。実は、シンクシという、ところ――」
説明しかけて、途中で止める。
僕の名前を知っている人が、この世界にどれほどいることだろう。
お城の人、買い物に出かける先の人、ギルドの人、少なからずいらっしゃることは事実だけれど、こんな幼い(とは言えないかもしれないけれど)声の女性の知り合いは、数える程度しかいらっしゃらない。
シャルリア様と、アイリーン様と、後は――
「あの、小雪さん。僕が出かけようと思っている先は、結構、危険かもしれない所なのですが」
「それは、面白そうなところですね」
元々、小雪さんも、シャルリア様と多少傾向は違えど、好奇心は旺盛でいらっしゃる方だ。
むしろ、危険なところを(こちらの心情とは関係なく)望む、とは言い過ぎかもしれないけれど、楽しまれる傾向にある、と僕は考えている。
「で、では、実は、危険はありませんよ、と言ったらどうされますか?」
「危険がないのでしたら、私が付いて行っても構わないですよね」
それに、と小雪さんは面白そうに目を細められた。
「もし、アルフリードが私を連れて行ってくれなければ、私の口は半紙よりも軽いので、これからシャルリアのところへ遊びに行って、ポロリと話してしまうかもしれません」
小雪さんは先日、お城へお泊りになられさいアイリーン様とは親しくなられたご様子で、ジェリック様もナティカ様も喜んでいらしたから、きっと歓迎されることだろう。
「大丈夫です、今は、護衛もたくさんいますから」
まさか、休みだからと断るわけにもいかず、楽しそうに笑顔を見せられる小雪さんを、ハーティカさんは止めてくださりそうになかったので、僕は盛大にため息を吐き出したい気分だった。




