シンクシ
シンクシへと馬車が到着する頃には、日も落ちきってしまっていて、辺りはすっかり暗くなっていたので、調査に出かけるのは明日以降にするということで、僕たちは宿をとった。
ギルドから紹介していただいた、由緒正しい旅館であり、姫様、若様、そして小雪さんの安全を考慮した上ではそこへの宿泊が最良の選択だろう。
問題は僕も一緒にそこへと泊まらなくてはならないというところであり、お城は別にして、こんなに高級な宿に泊まることは初めてであり、軽く尻込みしていた。
「何をそんなに緊張しているの、アルフリード」
「シャラさんは平気そうですね。僕は何だか気後れしてしまって」
そう答えると、何だか、すごく呆れられたようなため息をつかれてしまった。
「アルフリード。あなたはいつもどこにいるの?」
ジトっとした顔のシャラさんに問い詰められる。
「それは、お城へお部屋をいただいておりますが」
そんなこと、今更尋ねるまでもなく、シャラさんだって分かりきっていらっしゃると思うのだけれど。
「そうよね。あなたはいつも、アンデルセラム王国の王城に1室をいただいているのよね。あんまり大きな声では言えないけれど、私の言いたいことは分かるわよね?」
それはもちろん、王族(あるいは皇帝、公家、首長と、国や地域によって差はあれど)とはつまり、その国の顔であり、その国が他国から侮られたりしないよう、国力を示すという意味も込めて、立派な居城を構えているというのは、言われるまでもなく知っている。
王家が侮られれば、それは他国からの侵略を許すきっかけになる恐れがあり、結果、国民を不安にさせてしまうかもしれない。
そのため、当然、1都市の最高の旅館であろうと、お城の貴賓室に、いや、庭や浴場、その他どこであっても、敵うはずもない。
「それに、毎日、そこを手入れしているのは誰だと思っているの? お城の管理(の一部)を任されているものとして、誇りにかけて、ここに負けているなんて、私はまったく思っていないわ」
シャラさんが堂々とした態度で、胸を張って言い切られる。
案内していただいている方もいらっしゃるというのに、凄い自信というか。
今はメイド服を着てはいらっしゃらないけれど、胸の下あたりで絞められた、ゆったりと広がるフレアスカートによって、シャラさんの程よく大きいお胸が強調される。
普段のメイド服でも、エプロンドレスの上からはっきりと分かっていたことだけれど、エプロンをしていない分、そして宿に入ってコートを脱いでいらっしゃるため、いつもよりも目につくというか。
当のご本人は、まったく意識してはいらっしゃらない様子だし。
宿の方に案内していただきながら隣で廊下を歩いているシャラさんから目を逸らし、前を向くと、シャルリア様が僕たちの方を窺っていらして、僕と目が合うと、つんと澄まされたお顔で前を向いてしまわれた。
あれ? 僕は何か失敗でもしただろうか。何となく、シャルリア様の視線が僕を咎めていらっしゃるようなものだったようにも思えた。
部屋は、6人で泊まるということもあって、随分と広いところだった。
ベッドは、大きなベッドが1つと、小さなベッドが3つ、向かい合う形で並べられている。
「ふーん、中々良いところじゃない」
「アイリーン。はしたないですよ。せめて、お風呂に入って、着替えてからにするべきです」
ドレスのままベッドへと飛び込むようにして倒れ込まれたアイリーン様は、シャルリア様に窘められて、「はーい、お姉様」とベッドから飛び降りられると、窓の外の景色を見にゆかれた。
「お食事とご入浴はどうなさいますか?」
普段、姫様若様方は、基本的には食事が入浴よりも先でいらっしゃる。
そして僕たちは、姫様若様がお休みになられた後、いただくようにしている。
しかし、ここではそういうわけにはゆかない。
食事を用意するのは自分たちではないので、わざわざ時間をずらしていただくというのは、この旅館の方にご迷惑をかけてしまうからだ。
「お任せする。普段、ここでは食事の時間帯は決まっているのだろうか?」
カルヴィン様がお尋ねになられ、旅館の方はお客様のご都合に合わせておりますと答えられたため、カルヴィン様は、ではすぐに食事の支度を頼むとおっしゃられた。
「畏まりました。ではしばし、ごゆるりとおくつろぎください」
旅館の方は、ティーポットと人数分のカップを机の上に並べられてから、丁寧な所作でお辞儀をされた。
「どうかしたのですか、アルフリード。少し落ち着きがないように見えますが」
なんとなくそわそわとしていたら、小雪さんに見とがめられてしまった。
「すみません。その、実は、お恥ずかしいことではありますが、何分、不慣れなもので」
まず、自分で料理をしないという状況に慣れていない。
普段、というよりも、両親がいたころですら、料理の手伝いをしていて、自分で作っていない料理を食べるというのは、多分、本当に小さい頃だけだと思う。
別に、こちらの旅館の方の腕前を信じていないとか、そういうことではないのだけれど、むしろ、お城で鍛えられる前の僕よりはずっとお上手だとは思うのだけれど、どうも気になってしまう。
掃除をする必要もなく、部屋には埃1つ、塵1つ見受けられず、ベッドメイキングも完璧で、何もすることがない。
「何もしていないことはないじゃない。アルフリードはちゃんと私たちの護衛を務めてくれているわよ」
窓際から戻られて、ベッドにお座りになられたアイリーン様が笑顔でそうおっしゃられ、
「アルフリード。従者がしっかりしていなければ、私たちの資質が疑われますから、堂々としていてください」
シャルリア様は椅子に着かれて、テーブルの上の備え付けの紅茶の葉をポットへと入れられた。
「シャルリア様。私が」
シャラさんが人数分、カップに紅茶を注がれる。
「2人も座ったら?」
アイリーン様に促され、僕とシャラさんも席に着くと、カルヴィン様が顔を上げられた。
「さて、分かっていることもほとんどないが、明日以降のため、現状を確認しておくべきだと思う」
僕たちは机の上に地図を広げると、明日、捜査する範囲と、行くべき場所を確認する。
一応、明日の観光のご予定ですかと、前置きしてみたのだけれど、余計な気を回す必要はないと言い切られてしまった。
「まず、行くべきはギルドでしょう。情報の正誤はありますが、最も早く、最もたくさん集まる場所ですから」
今日は時間も遅かったし、余計なトラブルを避けるために、ギルドへと立ち寄ったのは、宿を尋ねるために僕が馬車から降りただけで、情報の収集は一切していない。もちろん、受付の方には僕たちの身分を黙っていただくようにお願いした。もっとも、依頼主の守秘義務は当然、このギルドにもありますからと言われて、それもそうだったと、いらない質問をしてしまったと思わされたのだけれど。
しかし、その際には国王様から預けられている証文を提示しているので、もしかしたら、察しの良い方であるならば、ある程度の情報は集めてくださっているかもしれない。
「私も姉上の意見に賛成だ。王都まで噂の届くくらいなのだから、何かしらの詳しい情報を握っていることだろう。すくなくともがむしゃらに歩き回るよりは余程良い」
カルヴィン様の意見に、アイリーン様も、小雪さんも頷かれて。
まあ、最初から、姫様方がこちらにいらっしゃるとお決めになられた時から、大人しく待っていてくださるとは思っていなかったけれど。
「私たちがいた方が、余計な手間なく情報を得られると思いますが」
シャルリア様のおっしゃることは、その通りではあるのだけれど、それ以上に余計なトラブルの種でもあるというか。
「アルフリードがいれば大丈夫よ。ね」
アイリーン様が、全く疑っていらっしゃらないご様子で、可愛らしく小首を傾げられながら笑顔を浮かべられる。
期待などではなく、信頼されているということなのだろう。
本当はこちらで待っていていただきたかったけれど、こういった経験も成長には必要だという国王様のご意見には納得できるものもある。
なにより、信頼されているというのであれば、そのお気持ちには応えたいと思わせられる。
「お任せください」
僕は短くそう答え、シャラさんが隣で微笑んでいらした。




