月のお祭り
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他国からも観光客の方がいらっしゃるというくらいには、今回の月の観測会とでもいうべきお祭りは注目されているものだということだ。
それはつまり、人がたくさん集まるということで、もしかしたら流されてきているかもしれないシュエットを見つけることの出来るチャンスでもあるかもしれないということで。
だから僕も、出来ることならば出かけたいとは思う。
しかし、その日、僕はお城から離れるわけにはゆかない理由があった。
月のお祭りの日の夜。
僕はお城の庭、北の塔の下に、机と椅子、それから食材とバーベキュー用のコンロを持ち出して、調理の準備を整えた。
「いてくれるのは、私たちとしては助かるけれど、本当にいいの、アルフリード」
「はい、大丈夫です。もちろん、捜しに行きたい気持ちはありますけれど、ギルドの方にもすでに届は出してありますし、今はこちらの方が重要ですから」
シャラさん達には強がっているのではないかとも心配されたりしてしまったけれど、焦っても仕方がないというのは僕の本心でもあった。
もちろん、シュエットを探すことをおざなりにしているわけではない。
ただ、シュエットを探すという個人的な事情で、お城が忙しい時に抜けるというのは、なんだか申し訳ないというか。
シャラさん達は気にしなくていいとおっしゃってくださってはいるけれど、夜番のメイドさんはただでさえ人数も少なくいらっしゃるので、多分、気になって十分には探すことに集中出来ないだろうとも予想出来ていた。
ジェリック様の計らいで、この日、お城の庭は一般に開かれていて、月と星の観測会が開催されていた。
大勢の親子連れの方たちが集まっていらして――もちろん、他のお客様もいらっしゃる――塔の上から指を伸ばして笑い合われたり、庭へと持ち出された望遠鏡を覗かれたりなさっている。
城内の厨房ではシャラさん達が、お団子を丸められたり、クッキーだったりを焼いてくださっているので、僕は庭で、カボチャやにんじん、ピーマンにタマネギ、お肉やトウモロコシ、ジャガイモ、ナスなんかを串に刺しながら焼いてゆく。
魔法で、火力や風の調節を行い、香ばしいけれど、においの残らないよう、絶妙のタイミングを見極めながら焙る。
「熱いので、火傷したり、火の粉が目に入ったりしないように気を付けてくださいね」
もちろん、そんなことにはならないよう、細心の注意を払ってはいるけれど。
「はい、出来ましたよ」
僕がくるくると串を回すのをキラキラと期待のこもった瞳で見つめていた子供たちに、丁度焼き上げた串から順番に渡してゆく。
僕はよく分からないのだけれど、これらの費用はちゃんと財務部の方から税金から捻出されていると言われているので、金銭の授受はない。
他に、大人の方たちのために、少量ではあるけれどお酒も用意されている。
料理にしても、お酒やらその他の飲み物にしても、常識的に考えてくださいという、メッセージが込められていたし、あまりにも飲み過ぎだと判断されたり、酔っぱらわれたりされた方に対処するため、騎士団の方も幾人か、街の方の警備に出ていらっしゃらない方が、配置について、目を光らせていらっしゃる。
お城で無料でそんなことをやっていたら、市井の方のお店が儲からなくなってしまうのではないかとも思われるけれど、地理的な問題だったり、主催者側にはそんなつもりは無くても、参加する側からとすれば、やはり壁を感じたり、自分には分不相応だと思われたりしているのだろう。あるいは、馴染みの深い店や、観測に適していると事前に当たりをつけているスポット、恋人や大切な人と2人きりになりたいなどの理由もあるのかもしれない。
おかげでというべきか、お城の庭も、それほど混み過ぎて困るという事態には陥っていなかった。
そのことは、僕にもよく分かることだった。
お城のお姫様や王子様には憧れる気持ちもあるけれど、実際に会うとなると、しかも自分から会いに行こうというのには意外と勇気がいるものだ。恋人がいるのなら、2人きりで静かな時間を過ごしたいとも思うだろう。
もちろん中にはそんなことは気にされていない、むしろ好機だと(そこまで露骨なのかどうかは分からなかったけれど)思われているような方もいらっしゃって。
多くの方が、司書のエルマさんや、学院でも教師として働かれていらっしゃるという、お城では、若様、姫様方に勉強を教えていらっしゃるペンネロッテさんの周りに集まられて、星をめぐる神話や、星座の話に耳を傾けられながらも、特に男性の方は、シャルリア様やアイリーン様へと、ちらちらと視線を向けていらした。
「一体、何をしに来たのかしらね」
網やお皿を洗うために厨房へと引っ込まれると、シャラさんは小さくため息を吐き出された。
「観測会の名を借りたナンパ会場だとでも思っているのかしら」
「ですが、シャラさん。先日、御自分で、良い相手と巡り合うなんてロマンティックだとおっしゃっていらしたではありませんか」
そう言うと、シャラさんは、駄目ねー、とでも言いたげな視線を僕へと向けられて。
「ああも露骨にやったんじゃ、ロマンスの欠片も感じられないわよ」
肩を竦められながら、吐き捨てられた。
どうやら、今日お集りになられた、それも、家族連れとかではなく、独り身の、男性方へのシャラさんの評価はかなり低いらしかった。
「最初はもっと紳士的に、少なくとも、目の前では下心は隠していて欲しいわよね」
「私たちの方はそういった視線には気がついているって、男どもは気がついていないのよ」
「シャルリア様も、アイリーン様も、全く気にされる素振りは見せられなかったのは流石としか言えなかったけれど」
シャラさんだけではなく、綺麗な黒髪をさらりと流されたリオネルさんも、淡い金髪を伸ばされているフラーさんも、薄茶色のふわふわの髪のミーシアさんも、同じような感想をお持ちの様子だった。
「まあ、でも、シャルリア様は大丈夫よ、アルフリード」
「何故、僕にそのようなことを?」
シャルリア様の事を気にしているとはひと言も言っていないはずだけれど。というより、気にしていないし。
しかし、皆さん、僕の意見を聞いてはいらっしゃらないようで、厨房から抜けるように連れ出されると、会場の見渡すことの出来る窓がある部屋へと引っ張られた。
促されるままに窓の外へと目を向けると、自然とシャルリア様の方へと視線が引っ張られた。
氷の人形のようなひんやりとした横顔が、ピクリとも動かされずに、真っ直ぐ空を見上げられたまま、星の形のクッキーを静かに口へと運ばれている。
周りのお客様方は、遠巻きに見ていらっしゃるばかりで、直接お声をかけられようなどという勇者のような方はいらっしゃらず、高貴な横顔をただ眺めていらしゃるだけだった。
シャルリア様も、そんな周りの様子には全く興味がないかのように、何かをお考えになっていらっしゃるかのように、中空へと視線を彷徨わせていらした。
ふいに、シャルリア様が厨房の方へと顔を向けられて、自惚れでなければ、シャルリア様を見つめていた僕と目が合った。
驚かれたように、宝石のような真っ赤な瞳が見開かれる。
夜だというのに、そのことははっきりと分かった。
シャルリア様は、口元をひき結ばれると、ふいっとお顔を正面へと向けられてしまったけれど。
「ほらね、大丈夫だったでしょう?」
何が大丈夫だというのだろうか。
この時の僕には分からなかったのだけれど――少なくとも意識していなかったのだけれど――後になってから、僕はほっとしていたらしいということに気がついた。
「お客様をお待たせしてはいけないわ。そろそろ、デザートをお運びしましょう」
何故か、いつもよりも手がサクサクと進み、あっという間に桃や柿、梨の皮をむき終えて、綺麗にお皿に並べてお出ししたのだった。




