路地裏の店
姫様方が十分にお祭りを満喫されて、お城へ戻ってお休みになられ、翌朝の食事の仕込みを終わらせてから、僕はお城を抜け出した。
元々、ジェリック国王やナティカ王妃には、はぐれてしまった、この国へ来ているかもしれない幼馴染を探しているということは伝えてあるので、夜警の騎士の方にもあっさりと納得していただけた。
僕1人で馬車を使うことなど出来るはずもないし、何より馬車では小回りが利かないので、当然移動は自分の足だ。
大分夜遅くなっているので、急いで済ませることが出来なければ、明日の朝食の準備に間に合わない。
街まで降りてくると、先程歩いた道の通りに、メモを見ながら歩いて進む。
相変わらず、人で混みあってはいるけれど、1人であれば、進めないというほどのことではない。
地図は大雑把でお城からの道筋が書いてあるだけだったけれど、元々の出発地点がお城だった僕にとっては逆に進みやすかった。
もっとも、何故、地図がお城からのものだったかというところに疑問を持たないではなかったけれど。おそらくは、この国で最も目立つ、目印にしやすいものを起点にしたのだろう。
それでも結構もみ合って進んだので、ようやく人混みを抜けたころには、随分と服ももみくちゃだった。
人と会うのにこれではいけないと、とりあえず身なりを整える。
城下町をぬけ、雑多な露店が並ぶ通りに入り、そのうちのひとつの裏道へと入り込む。
角からそろりと顔を出して確認してみても、誰もこちらに注目しているような人はおらず、特に見咎められたということもなさそうだったので、ひとまずため息をついた。
別に、誰かに見られたらまずいと言われたわけではないけれど、昼間の状況を思い返してみると、やはり、1人で来るのが正解だと思ったからだ。
正直、まだそれほど詳しいとは言えない土地、それも夜中にこうして歩き回るのは危険かもしれないとは思ている。
しかし、それは、もしシュエットがアンデルセラム王国に流れ着いているとしても同じことで、僕なんかより、ずっと心細く、しかもシュエットは女の子なのだから、危険だったり、怖い目にあっているかもしれない。
だとすれば、僕は、危険でも何でも、もし、シュエットの情報、もしくは手掛かりになるかもしれないことならば、それがたとえ不審な事や物であっても、確認しなくてはならない。
「よく来たねえ」
誰もいなかったはずの路地で、突然後ろから声をかけられて、思わず声を上げてしまいそうになったけれど、口に手を押さえて堪え、後ろを振り返る。
その声には聞き覚えがあったと思った通り、立っていたのは昼間僕に声をかけてこられた、黒いフードを被り、ところどころで曲がりくねった身の丈ほどもある木の杖をついた女性だった。
まるで物語にでも出てくる魔女そのもののような出で立ちではあったけれど、人を見かけで判断してはいけない。別に鉤鼻だったり、ペットに黒い鴉を連れていたり、箒に乗っているわけではないのだから。
いや、それも偏見だけれど。
壁だと思っていたところには、よく見るとつなぎ目があり、どうやら開け閉めできる、扉のようなものらしい。
ということは、この建物はこの人のお屋敷か、もしくは経営されている商店か何かだったりするのだろうか。
女性とこうして向き合って話すときには、どれほど気が急ってはいても、やはり礼を尽くさなくてはいけないだろう。
ましてや、お祭りという、人の賑わうかきいれ時に、僕の探し物を手伝ってくださるかもしれないというのだから。
「あの、本当に人探しの手伝いをしていただけるのですか?」
もしかしたら、占いとかで見つけてくださるのだろうか。
「もちろんさ。誰であっても、大事なお客だということには変わりないからねえ。けどこれは、あくまでも占いだから、確実性を保証するものじゃあないし、もしかしたら、まったく見当違いの結果が出ることもある。それは十分に承知しているのかい?」
「はい、構いません」
元々、1人で探すつもりだったことだ。
駄目なら駄目で、また振出しに戻るだけのことだし、僕にとっての不都合は何もない。
それよりも。
「あの、それで、お代の方は如何ほどなのでしょうか?」
硬貨を持っていないということはない。
しかし、この世界の、というよりも、今まで占いなどということをして貰ったことはないので(シュエットはたまにして貰っていたみたいだったけれど)相場というものが分からない。
もしかしたら、手持ちでは足りないのかもしれない。何しろ、先程の女性の口ぶりでは、おそらく人探しだけではなく、他のことも出来そうな様子であり、情報というものは、詳しければ詳しいほど、精度が高ければ高いほど、価値が高くなるものだ。
先日、シャルリア様へのプレゼントを用意した際、手持ちはほとんど残らなかった。何か、ギルドにでも行って、僕にでも出来そうな依頼を見繕っていただこうか。
そう思っていると。
「私が勝手に声をかけているだけさ。料金なんて取りはしないよ。私の本業はこっちじゃないんでね」
そう答えた女性は、後ろを指さした。
どうやら、お屋敷ではなく、商店の方だったらしい。
もう1つ、確認しておかなくてはならないことがある。
「あの、実は私も、この世界、あ、いえ、この国へ来てから探索の魔法を使用してはみたのですけれど、発見できなかったのです。お力を疑うわけではありませんが、大丈夫なのでしょうか?」
女性は細めた目を不思議そうに瞬かせられたけれど、細い顎に指を当て、何事考え込まれるように沈黙された後。
「ああ、問題ないさ。じゃあ、早速始めようかねえ」
女性は振り返り、戸棚から黒いお皿を取り出されると、そこへ魔法で水を張られた。
やはり、珍しいとはおっしゃっていたけれど、王族の方以外にも、魔法を使える方はこの国にもいらっしゃるというのは本当の事だったようだ。
「さあ、ここに手をかざして。そうしたら、心に捜し人を思い浮かべるんだ」
水に魔力が満ちるのが分かる。
これは、実はかなり便利な魔法で、出来ることならお城など、1人の時にでも出来るように教えていただきたかったけれど、まさか、商売道具を人に明かされたりはしないだろうということは察せられたので、僕は黙っていた。
しばらくすると、水面に波紋が広がり、白髪の幼馴染の姿が映し出される。
もし、これが現実の、今の状況を現しているのだとすれば、少なくともシュエットは生きているということだ。
探索魔法に反応しない理由は分からないけれど、少なくとも、顔色も健康的で、無事ということは確認できた。
「あの、さらに詳しい状況などは分からないのでしょうか?」
僕と同じくらいに水面を凝視していた女性に声をかける。
しかし反応はなく、これほど近くでも聞こえていないということはあるのだろうかと思いつつも、もう1度声をかけさせてもらった。
「ああ、いや、すまないね。悪いけれど、この水面に映っている以上のことは何も分からないねえ。おそらくは、この、続く大地のどこかにはいるのだろうが……」
それでも、少なくとも、シュエットが生きているということが分かっただけでも、それはかなりの前進だ。
もっとも、捜索状況的には何も進んでいないのと同義だけれど、心情的には、かなりほっと出来た。最悪の可能性も考えてはいたから。
「ありがとうございました。あの、もしよろしければ、また訪ねてきても構わないでしょうか?」
「ああ、是非ともさ。待っているとも」
もう一度頭を下げて、僕は、個人的には、かなり軽い足取りでお店を後にした。
「ええ、本当に。待っているともさ……」




