続く空の下で馳せる思い
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とりあえず、この夜の出来事は、シュエットが生きているということが分かっただけでも随分とした進展だった。加えて、あの女性のおっしゃる通りであれば、この大陸のどこかには着いているということだ。
しかし、無事なのは良かったけれど、この大陸のどこかにいるということは、結局、あの時、渦に巻き込まれるのを助けられなかったのだということも意味している。
こちらへ来てから、お城の図書室だったり、ギルドだったり、それからもちろん、メイドさんや、お城に勤めていらっしゃる方、街で働かれている方だったりに尋ねてはみたけれど、どなたも、どの文献にも、ラヴィリア王国の事を知っていたり、載せていたりするものは見つけられなかった。
「でも、きっと、この空の下にいるんだ」
僕はお城で使わせていただいている部屋のバルコニーに出て、夜空に輝く星に向かって手を伸ばした。
シュエットも今頃、同じように空を見上げているだろうか。
幸いなことに、偶然、僕は温かいこのお城の方に拾っていただいて、ひとまずの職までいただき、十分過ぎるほどの暮らしをさせていただいているけれど、シュエットは大丈夫だろうか。
そんなに弱い女の子ではないと知ってはいるけれど、もしかしたら環境に馴染むことが出来ずに辛い思いをしているかもしれない。
僕は両親と別れてそれなりに経つけれど、シュエットはそうではない。
家族も、友達も、常連のお客さんも、知り合いの誰もいない土地で過ごしていて不安な気持ちになってはいないだろうか。
あるいはまた、あの変な水に襲われているのではないだろうか。
「また会えたら、ちゃんと返事をしないといけないな」
もちろん、僕はちゃんとシュエットの気持ちに誠実に答えるつもりだった。
告白された時はマリーさんに中断させられてしまったし、その後はあの水の騒動があったから、結局、返事を出来ずじまいだったけれど。
でも、告白を受けて結婚するということは、帰る方法が分からない今、この土地に家を構えるということで。
まさか、結婚しましたからシュエットもここで雇ってくださいとはいえないし、だからといって僕がお城勤めを辞められるわけでもない。
そのためには、今よりもずっとお金を貯める必要があり、それはもう、おそらくは年単位での先の話になることだろう。
けれど、あるいはそんな理由は後付けというか、気持ちとしては嘘ではないけれど、まるっきり僕の胸の内の核心をついているかといえば、驚くことにそうではなかった。
自分でも何故だろうとは思うけれど、そうしてシュエットの事をまともに考えようとすると、シャルリ様のとても悲しそうな、淋しそうなお顔が浮かんできて。
自分ではそんなに浮気性ではないと思っていたのだけれど――もちろん、今までこんな風に女性に好意を向けられたことはシュエットに告白されたあの1件だけなので、サンプルが少なすぎて正確な判断は出来ないけれど――もしかしたら僕は、惚れ気の多い奴だったのかもしれない。
いや、もちろん、まだシャルリア様に、その、懸想をしているとか、そんな大それたことは考えてもいないはずだと思っているのだけれど。
そもそも、シャルリア様が僕程度のことで、そんな風に喜んだり、悲しんだりを表に出されるとは思わないし。
「まあ、でも、きっと考え過ぎというか、思い違いの類だろうな。シャルリア様はお姫様だし、きっと、危ない目に合われているところに遭遇するところが多いから、勘違いしたに違いないな」
例えば、つり橋を渡っているときのドキドキ感を、恋心のドキドキ感だと勘違いしてしまう現象があるらしいけれど、それと似たような感じに違いない。
何せ、思い返すまでもなく、鮮烈に記憶に焼き付いていることだけれど、初対面でも複数の大人の男性に襲われていらっしゃるところだったし、先日の夜のお城でのことも、その後の森の中でのことも、やっぱり、暗殺者とか、誘拐犯とか、そんな感じの方々に襲われていらっしゃるところだった。
自分よりもずっと小さな女の子が、大の大人に襲われていたら、それは心配にもなることだろうし、気にもかけるようになることだろう。主に、保護者的な感覚で。
なにより、僕はシャルリア様の恋人ではなく、味方をすると誓ったのだから。
というより、僕がシャルリア様と結婚するなんて、まったく想像できない。
もちろん、お姫様と結婚するというのは、男子ならば1度は憧れるとか、夢に見ることだとは思うけれど、それはなんというか、宝くじに当たったら何にしようとか、そんな感じの想像をするのと同じようなことだ。楽しくはあるけれど、そんなことにはならないだろうと、心の中では思っている。ちなみに僕は、宝くじが当たったら(そもそも買おうとは思わないけれど)貯金をしようと考えている、さらに夢のない少年だったわけだけれど。
そんな僕の気持ちとか、途方もない妄想をすることなんかよりもまず、迫るシャルリア様のお誕生日をちゃんとお祝いすることの方が重要だ。
何だか楽しみだな。
シャラさん達の話を聞くに、それほど大々的にパーティーをするわけではなさそうだけれど、食事はいつもよりも(いつもそうだと思うけれど、それにも増して)豪勢なものを作るらしいし、いち料理人としては、そんな準備に携わることが出来るというのは、光栄というか、わくわくして腕が鳴るというか。
何しろ、街の定食屋では、まず、遭遇しない出来事だ。
もちろん、いつ、どんな料理にだって、心を込めているし、どれが上だとか、決める気持ちはないけれど、やっぱり気合が入ることはたしかで。
普段は、どんなに僕が思っていても、シャルリア様が余計な――いや、ご家族、そしてお城で、この国で暮らしていらっしゃる方の事を思われて、1人で抱え込まれることの、せめて、いないよりはマシ、と言われるくらいの存在でしかないかもしれないけれど、お誕生日くらいは、そんなことは関係なく、ただ穏やかに、楽しく過ごしていただきたいと思っていた。




