表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/252

シャルリア王女 8

 ◇ ◇ ◇



「はあぁ。昨夜は完全にやり過ぎだった。失敗だ」


 翌朝。 

 太陽の昇る頃に起きた僕は、厨房の台の前でため息をついた。

 昨夜は、気になってまったく眠れないということはなかったのだけれど、ゲンデーロ伯爵とスタチム氏をギルドへと引き渡しにゆき(お城で裁くために勾留するのではなくギルドへと向かったのは、シャルリア王女は他のご家族に知られたくはないのだろうと判断したためだ)戻ってきてから、僕はベッドに入り、頭を抱えた。

 もちろん、シャルリア王女とのことだ。

 シャルリア王女の味方をいたしますと、誓った言葉に嘘はない。偽りのない、僕の本心だ。

 でも、いくら何でも、お姫様を、それに関わらず自分よりずっと年下の女の子に、色々事件が重なったとはいえ、幼馴染のシュエットの告白にも満足にその場で答えることの出来なかった最低ヘタレの童貞チキン野郎が、突然その場で許可も取らずに抱き着くなんて。

 知らない仲というわけではないけれど、いや、そんなことは畏れ多くてとても僕から言えるようなことでは本当はないのだけれど、他人に、それも、家族以外の男性にいきなり抱き着かれて、シャルリア王女もさぞかし驚かれたことだろう。いや、驚かれただけで済んでいれば僥倖か。

 まさかないとは思うけれど、ジェリック様に「娘に手を出す輩は打ち首だ」なんて言われたらどうしよう。

 うぅ、考えただけで胃の辺りがキリキリ痛くなってきたような気がする。治癒魔法で治るようなものではないのが厄介だ。


「おはよう! って、今朝はクルミのパイでも焼くつもりなの?」


 驚いたような声が聞こえてきて顔を上げると、シャラさんが口を開けて、呆れたように僕の手元を見つめていらした。


「おはようございます、シャラさん。クルミのパイですか? いえ、今朝は……って、なんですかこれ!」


 僕の前のボールには、あふれんばかりのクルミが盛られていて、座っている椅子の傍らには、こんもりと殻が盛り上がっていた。


「私が知るわけないじゃない。もちろん、それがクルミだってことは知っているけれど。アルフリード、何か考え事か、悩み事?」


 お姉さんに話してみなさい、と、シャラさんが「クルミはサラダとかにも入れてしまいましょう」とおっしゃられながら僕の隣の椅子に座られる。


「あの、調理は」


「そんなの、ユーグリッドなら1時間もあれば出来るでしょう? 朝は人が少ないのだから」


 朝の食事の準備は、国王様ご一家のお食事と、夜警の騎士の方など、夜番の方と、それから僕たちの賄の分だけで、お勤めになられている官僚の方たちはご自身のお屋敷で食事をとられてからいらっしゃる事が多いため、昼食に比べると随分早く済ませられる。

 

「そんなことより、何だか面白そうな雰囲気がするじゃない」


 人が落ち込んで――悩んでいるというのに。

 まあ、僕が勝手にやらかして、勝手に自己嫌悪に陥っているだけだから、他の人からしてみれば、何でもないことなのだけれど。

 僕は昨夜の顛末を掻い摘んでシャラさんに話した。

 

「そんなわけで、シャルリア様に愛想をつかされてしまったのではないかと」


 僕がここにおいていただいているのは、僕自身のスキルというよりも、元々、シャルリア王女のお口添えがあったからというところが大きいと自覚している。

 そのシャルリア王女を相手に、抱き着いてしまったり、お説教じみたことを告げてしまったり、思い出しただけでも、もう――


「クビかもしれない」


 荷物をまとめておこう。

 ああ、そういえば、荷物なんて何にも持っていなかった。


「……あの、アルフリード。もしかして、本気で言っているの?」


 困っているような口調でシャラさんに尋ねられる。

 

「大丈夫です。最低でも、今朝と、昼食の分くらいまでは仕込みを終わらせてから出て行くようにしますから」


 そういう僕の目の前で、シャラさんはこれ見よがしに深いため息をつかれた。


「あのねえ。そんなに簡単に仕事を辞めるとか言われても困るのよ。すでにあなたはこのお城のことを、多少なりとも知ってしまっているのよ? そんな人間が、そうほいほい辞められると、本当に思ってるわけ?」


 たしかに。

 慢性的に人手不足であるお城では、僕は料理の他にも、洗濯や掃除、整理整頓なんかの手伝いもさせていただいている。

 掃除をしているから、各部屋の間取りは完璧に頭に入っているし、お城の警備の配置や巡回の時刻、順番も、洗濯物を干している場所も――いかんいかん、余計なことを思い出すところだった。


「まあ、王宮勤めなんて、普通は辞めたがるどころか、試験にさえ通りさえすれば、誰もが憧れるところだからね。年齢による退職以外だと、手続きも色々大変だと思うわよ」


 実際のところは知らないけれど、とシャラさんは肩を竦められた。


「だから、特に理由もなく辞めさせられたりはしないし、それに、あっ、でも、これは私が言わない方が良いのかも……」


 最後の方はかなり小声になって、ほとんど呟いていらっしゃるような感じだったので、上手く聞き取ることは出来なかったのだけれど、シャラさんの瞳が微妙に悪戯めいている様子だったから、多分、僕にとってそれほど悪い話ではないのでは、ということくらいは想像がついた。


「そうそう。ここはもういいから、アルフリードは先に中庭の方の掃除をしてきてくれる?」


 中庭かあ。


「そんな目で見ないでよ。他意はないわよ。仕事は出来る限り効率よくした方が良いでしょう? それとも、私の料理の腕に不安でもあるのかしら?」


「いえ、決してそのようなことは。行って参ります」


 昨日の今日だから、顔を合わせづらいと思っただけだ。

 もちろん、パーティーなどで男性にもそれはよくお声をかけられるだろうシャルリア様が、僕程度の事を気にしていらっしゃるとも思えないけれど。

 というより、まず、気にしてはいらっしゃらないだろう。

 よくあるシーンの1つに過ぎない。

 僕の方は考えるだけで心臓が飛び出しそうなほどに早鐘を打っていたけれど。もちろん、断じて恋などではなく、純粋に、ただ単純に、僕がビビりなだけだ。

 外へ出てしばらく中庭へ向かて歩いてゆくと、ヴァイオリンの、澄んだ、艶やかな音が風に乗って届けられた。

 分かってはいたのだけれど。


「っ!」


 僕が姿を見せると、シャルリア王女は弓を弾いていた手を止められて、びくりと肩を震わせられた。


「……おはようございます、シャルリア様」


「……おはようございます、アルフリード」


 せめて風が吹いていればと思ったけれど、何故か、この瞬間だけ、風は止んでしまっていて。

 小さい女の子との仲直りの方法とはどうしたら良いのだろう。


「このようなところで、お寒いのではないですか」


 まだ秋らしいとはいえ、明け方はやはり冷え込む。

 心なしか、僕を見るシャルリア王女のお顔も少し赤く染まってきているようにも見える。


「あの、アルフリード。昨日は――」


「申し訳ありません。少し失礼いたします」


 断りを入れてから、シャルリア王女の額に手を置かせてもらうと、やはり少しばかり熱くなっていて、頬も赤みを増している様子だった。

 まだ、風邪ではないにしろ、もう少し、コートを羽織られるとか、建物の中でなさればいいのに。お城の建物の中に、演奏できる場所は、たしか、ピアノなんかも置いてあるところがあったはずだ。


「シャルリア様。少しばかりお熱があるようですが」


「……アルフリードのせいです」


 何故か恨みがましく、そう言い残されたシャルリア王女は、パタパタと、ヴァイオリンを抱えられたまま、頬に手を当てられて、建物の方へと駆けて行ってしまわれた。

 一体、僕が何をしたというのだろう。

 考えてもわかりそうになかったので、僕は気にしないことにして、そくさくと掃除を始めた。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ