シャルリア王女 7
シャルリア王女は彼らを捕まえるおつもりなのだ。ここで僕たちがいることを誤魔化したところで意味はない。
他に人がいないことは確認がとれているため、少しくらいならば、シャルリア王女から離れても問題はないだろう。
彼らが探知の魔法を使えばシャルリア王女の存在が分かってしまうかもしれないけれど、そこはシャルリア王女の魔力と、魔法の実力に期待するしかない。
探知系統の魔法と、隠蔽系統の魔法がぶつかり合った際――これに限らず、魔法同士がかち合った際――優先されるのはより術者の魔法力が高く、より魔法の強度が高い方だ。
彼らの探知系統の魔法がシャルリア王女の隠蔽魔法よりも威力が大きくなければ、発見されることはないはずだ。
幸い、最初に掛けられたのは声だけで、魔法を使うことが出来ないのか、探知系の魔法が使われることはなかった。
しかし、それは逆に、確認のためにこちらに近付いて来られてしまうかもしれないということでもあり、直接見られたら、いくら透明化や迷彩などの魔法で誤魔化しても、見破られてしまうかもしれない。
幻術系に属する魔法は、そこに何かあるのではないかと疑われると、効き目が薄くなるという傾向がある。この世界――もしくは国――でも同じなのかどうかは分からないけれど。
それに、これはチャンスでもある。
表立って行動できる方が、対処もしやすい。
隠れていると、隠れていなくてはという意識が邪魔になって、どうしても対抗する手段が限られてしまう。
「こんばんは。このようなところで、このような時間に他の方にお会いするとは思わず、とっさに隠れてしまいました」
誰かいるのか、ということは、誰がいて、どれくらいいるのかということはまだ詳しく分かっていないのだろう。
それならば、僕が姿を見せることで、これ以上の探索系統の魔法を使うことを結果的に制限させていると言ってもいい状況を作り出すことが出来るかもしれない。
目の前に自分たちの敵になるのかもしれない相手がいるにもかかわらず、他に回すことの出来るリソースはそれほど多くないはずだ。それならば、シャルリア王女の魔法を見破られる可能性はかなり低くなるに違いない。
「お前は、たしか、先日王城に召し抱えられた料理人、いや、使用人だったか? 何故、こんなところにいる」
ひらひらとした服を着ていらっしゃる方の男性、ゲンデーロ伯爵が僕を鋭い目つきで睨まれる。
こんなところ、という言葉が自分たちにも掛かり帰ってくるとは考えないのだろうか? まあ、今はそのことはそれほど重要ではない。
「私は明日の朝の食材の調達に。ご存知の通り、私は行く当てもなく、お城へ居候のような形でお邪魔させていただいているのですが、朝食の仕込みをしている際に、材料が不足していることに気がついたもので。市場は朝にならなければ開かれませんが、それでは、朝早くからお勤めに出てこられるメイドの皆さんの分の朝の賄が準備できません。そのため、こうして食材の調達に出てきたという訳です」
正直、自分でも苦しい言い訳だと思う。
食材は今日買い出しに出かけたため、足りないなどということはあり得ない。それに、自分の分ならばともかく、お城で働かれる皆さんのための分の食事を、こうして直接取りに来ることはない。
もちろん、僕がこの辺りの地理や植生に詳しくなって、自分で毒見と試作、味見を繰り返して、完全に大丈夫だと思ったら、提案してみるつもりではいるけれど。
市場で売られている物だって、元を辿れば誰かが狩猟、採集してきたもので、それを購入しているわけだから、その中間作業を省略するだけのことだ。
とはいえ、遅れてくる腹痛だったりもあるから、それほど早くに取り掛かることの出来る問題ではないのだけれど。
あくまでも、僕の第1の目的は、この世界に来ているかもしれないシュエットの手掛かりの捜索だ。それは手に入らないかもしれないし、もしかしたら悲惨な目にあっているのかも、あるいは、来ていないのかもしれないけれど、とにかく、情報を集めるしかないと思っている。
「とても信じられんな」
「放っておけ。こんな突然出てきた輩の言葉が、我々よりも信じられるとは思わん。急に何を言い出すのかと嘲笑を買うのがオチだ」
「そうでしょうか?」
彼らが僕に背を向けたところで、背後から涼やかな声が聞こえてきた。
2人がぎょっとした顔で振り向くけれど、僕も恐る恐る後ろを確かめる。
まさかとは思うけれど――
「私としてはあまりこのような方法をとりたくはないのですが、しかし、私の言葉ならばお父様もお母様も信じられることと思いますが」
そのまさかだった。
潜まれていた草葉の陰から静かに、この場に降り注ぐ月光のような銀の髪を揺らし、悠然とした歩調で進んで出てこられたのは、氷で作られた人形、ではなく、人形のように美しい女の子だった。
「静かなところでしたから、あなた方が話し合われていた内容もはっきりとこちらに届いていました。実際に確かめれば、真偽もはっきりする事でしょう」
危険だから隠れていてくださいと、しっかり進言したはずなのに。
聡明なシャルリア王女が、つい先程の言葉を忘れてしまわれるはずはない。
「元々、この件に気がついたのは、アルフリードではなく私です。ですから、何故、などという無駄な質問はなさらないでください」
シャルリア王女は、ひんやりとした、氷の礫のような調子でおっしゃられる。
大体こういう時に、悪役がとる行動は、小説などの中でも大きく2つ。
その場で放心したように、諦め、崩れ落ちるか、あるいは――
「そうでしたか。残念です。あなたのことは、こういった形で巻き込むつもりは無かったのですが――」
ゲンデーロ伯爵が行動を起こされる前に、そして言葉を言い切られるよりも早く、2人との距離を詰め、頭にそっと手を添える。
振動の魔法により、直接脳を揺さぶられたゲンデーロ伯爵がその場に抵抗なく倒れられる。
「女性に、それも自分よりも幼い女の子に手を上げるような輩に手心を加えるつもりはありません」
それから、すでにシャルリア王女へと向かって距離を詰めようと――あるいは逃走のためだったのかどうかは定かではないけれど――していたスタチム氏へと振り向き、自身の身体を強化、加速し、シャルリア王女との射線上に割り込む。
今度は、本当に容赦なく、力任せに拳を叩き込んだ。加減する余裕はなかった。
うめき声と共に、加速魔法の勢いも相まって、スタチム氏はごろごろと地面を回転しながら、遠くの太い木の幹にぶつかって気絶された。
「……シャルリア様、お怪我はありませんか」
深呼吸はしたけれど、感情が完全に隠しきれていたかと聞かれると、言い切ることは出来なかっただろう。
この間の、シュエットの時とは場所も状況も違ったけれど、何故だか少しだけ2人が重なって見えてしまっていた。
「問題などありません。届く前にアルフリードが間に入ってくれましたし、それに、私は――」
シャルリア様が魔法も十分にお使いになられることは知っている、というよりも聞いている。
戦うところを直接見たことなんてあるはずもなかったけれど、昨夜のあの魔法陣からも、魔法力が高いことは十分に分かっていた。
それでも。
「それでも、心配致します。お怪我がなくて本当に良かったです」
「……あの、アルフリード。苦しいので、少し離れていただけますか?」
どうやら興奮のあまり抱き着いていてしまっていたらしい。
さっと血の気が引いて、僕はその場から、1歩、2歩と後ずさる。
「あ、いえ、これは、その、すみません、シャルリア王女」
僕はその場で額を地面に擦り付けた。
一国の王女に対して、何という無礼な態度をとってしまったのか。
「……私は帰ります。アルフリード、私のことは、今度はちゃんと真っ直ぐお城へ戻りますから、心配は不要です」
愛想をつかされてしまったのか、呆れられてしまったのか、シャルリア王女はあっという間に飛び立たれて、瞬く間に、見えなくなるほどの速度でお城の方へと飛んでいってしまわれた。




