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シャルリア王女 6

 シャルリア王女は暗い森の中を迷うことなく進んで行かれ、僕はぴったりとその後ろについて歩いた。

 目の前では月の光に照らされた、ひとつ結びの銀の髪が揺れているため、見失ったりすることはなかった。

 しかしそれは、他の誰かからも見つかりやすくなるということだ。

 もっとも、このような時間に暗く危険な森の中へ、しかも、魂を連れ去る幽霊が出るなどという噂まで出来る程の場所だ。誰かがいるとは思えないけれど。


「アルフリードは幽霊を信じているのですか?」


「いたら面白いかもしれないとは思いますが、積極的に会いたくはないですね」


 幽霊というくらいだから、実体はないだろうし、煮ても、焼いても、食べられそうにはない。

 

「誰も見たことのないもの。あるいは噂だけが独り歩きしているのだとしても、あなたと同じように、自分からわざわざ関わりたいと考える人は少ないでしょうね。そして、万が一があったとしても、幽霊の仕業ということに出来るかもしれませんし」


 それはつまり。


「……シャルリア様は、誰かが、この噂を意図的に流しているとお考えなのですか?」


 出所が分からないからこそ噂なのだ。

 出所が分かってしまえば、それは真偽を確かめることの出来る情報になってしまう。


「誰にも見つかることのない場を設けようとしたのならば、そもそも、人のいない場所を選べばよいわけです。しかし、都合よくそのような場所があるはずもありません。多くの場合、後ろ暗いと思うような事をするような人は、必要以上に周囲を気にするものですから」


 シャルリア王女は僕の質問には答えてくださらず、やがて、昼間に訪れた場所の内の1か所に近づかれると、しゃがまれて、草葉の陰に身を潜められた。

 そのまま、じっと目の前の少し開けた場所へと目を向けられる。


「あれは……」


 隣から伸びてきたひんやりとした小さな手が、思わずつぶやいてしまいそうになった僕の口をそっと塞いだ。

 緊張して熱くなっている僕とは真逆の、雪の粒のような冷たい感触だった。


「今はまだ静かにしていてください」


 そう言われているかのように、長いまつ毛の下から静かに真っ直ぐに見つめてくる、透き通ったルビーのような真っ赤な瞳は、僕の唇をぴたりと縫い付けてしまった。

 9歳の女の子の指は、細くきれいで、僕を見上げる顔は小さく、頬はどこまでも白く滑らかで。

 そんな、人形のように綺麗な女の子は、それ以上何も言うことはないとばかりに、僕から顔を背けて、真っ直ぐに前を見つめる。

 シャルリア王女(と僕)の視線の先には、小さな明かりが2つ灯っていた。 

 僕たちは、今は明かりを持っていないし、つけてもいないから、僕たちのものではない。

 ゆらゆらと揺らめく灯りに映し出された、黒い影が大きく伸びている。


「あの方はゲンデーロ伯爵です。あなたを初めて父に紹介した時にも脇に並んでいましたが、覚えていらっしゃいますか?」


 ひらひらとした服を着ていらっしゃる方を見つめられながら、シャルリア王女に尋ねられる。

 たしかに、お店に来てくださるお客さんの顔を覚えたりするのは得意だったけれど、あの時集まっていらした方の顔をすべて覚えているなど無理な話だ。

 ただでさえ、あの時は混乱の方が大きかったというのに、国王様の話を委細漏らさず聞き取るのに集中していたため、並んでいた人の顔まではっきり覚えていられるはずもない。

 もちろん、王妃様とシャルリア王女、カルヴィン王子と、アイリーン王女は別だったけれど。

 覚えているのは、ウェトス長官くらいのものだった。


「もう片方はスタチムとおっしゃる、街の方では表向き古物商を営んでいらっしゃる方です」


 どうしてお城の中にいらっしゃるはずのシャルリア王女がそんなことを御存知なのだろうかという当然の疑問はあったけれど「お城の中でも色々と話は聞こえてくるものですよ」とひんやりとした顔で言い切られてしまった。

 お城の中、それもお姫様であるシャルリア王女の耳に届くようなところで話していたのなら、他にももっと気がついて、この場所へ来ている人がいてもおかしくはないはずだけれど。

 この辺りが、シャルリア王女のおっしゃっていた「違う」ということなのだろうか。

 しかし、それを尋ねることは、シャルリア王女のプライバシーの事でもあるし、何より、あの夜のようなお顔はもうさせたくはなかったので、控えておいた。


「それで、あのおふたりは何をなさっているのでしょうか?」


「談合です。街で流れている、夜中になるとこの森の中で人攫いの幽霊が出るという噂は、彼らの流したものです。こうして人払いをして、誰にもこの取引の事を悟られないようにするために」


 何で、というか、街で流れている噂までご存じなのか。

 まあ、その噂はお城の中でもティッタさん達も話していたし、別におかしなことではないかもしれないけれど。

 もっとも、メイドさんたちが姫様方のいらっしゃる所でそんな話をするとは思えないので、何故知っているのかという疑問は、依然解消されないけれど。


「それで、まさかとは思いますが」


 一応、確認のために尋ねてみる。

 多分そうなのだろうという予想はつくけれど、もしかしたらという一縷の望みにかけて。


「もちろん、彼らをこのまま野放しにすることは出来ません。今はまだ影響はなくとも、このような取引が行われている以上、いずれ確実に影響が出てきますから」


 やっぱり。

 シャルリア王女はご自分でこの件に片を付けるおつもりなのだ。

 

「心配には及びません。アルフリードも見ていたので知っているとは思いますが――」


「心配します。あなたはまだこんなに小さな女の子なのですから」


 出てゆこうとされたシャルリア王女の腕を掴む。

 頭の中身が、普通の少女のそれとはかけ離れているのだとしても、心の持ちようが僕のようなただの庶民と全く違うのだとしても、少なくとも、目の前にいるのが、1人の、僕よりもずっと幼い(少なくとも年齢的には)女の子だということには変わりはない。


「私は、シャルリア様が怖いとは思いません。ですからどうか、先日も申し上げたと思いますが、ご家族に話されるのを躊躇されるお気持ちは分かります。しかし、これからは、せめて、私にはお話しくださいませんでしょうか。決して、あなたを独りにさせたりはしませんから」


 きっとジェリック国王も、ナティカ王妃も、カルヴィン王子も、アイリーン王女も、シャルリア王女の事を怖いなどとは思われないだろう。

 けれど、この目の前の聡明な女の子は、僕の考えていることなどすでに考えたに違いなく、それでも、不安をぬぐいきることが出来なかったのだろう。

 ほかならぬ、家族のことだから、余計にだ。


「私には、違う、とおっしゃられたことの意味は分かりかねます。しかし、これからは、必ず私が、いえ、僕があなたの味方になります。いつだってあなたの話を聞きますし、あなたを――僕などでどこまでできるか分かりませんか――お助けいたします。ですから、言いたいことをおっしゃって、なさりたいことをしてください。もちろん、危険だと思った時にはお止めするかもしれませんが」


 シャルリア王女は驚いたようなお顔で僕の方を見つめていた。

 会って間もない異性にそんなことを言われたところで、すぐに信じられるものではないだろう。

 だから僕は、真摯な気持ちで膝をつき、シャルリア王女の小さな手をぎゅっと強く握りしめて、ルビーのような瞳を真っ直ぐに見つめ返した。


「おい! そこに誰かいるのか!」


 つい、夢中になって、結界の維持がおざなりになっていたらしい。

 男性の声が掛けられる。


 

 

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