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シャルリア王女 5

 ◇ ◇ ◇



 お城の明かりがひとつふたつと消えはじめ、大地を照らすのが天上へと姿を見せた冴えわたる月光だけになった時刻。

 辺りを窺うようにしながら、庭を進む人影が見えてきた。

 初日から見つかって良かった。

 そうでなければ、毎日続けなくてはならなくなるところだった。連日この深夜の張り込みを続けるとなると、いくら仕込みで夜遅く、朝早く起きる習慣がついていたとしても、それに元々シュエットの捜索に時間を充てるつもりだったとはいえ、流石に倒れる可能性が否めないところだった。

 お城には外出願を届けてあるため、夜には街の方の半居酒屋と化しているギルドの方へ情報収集に出かけたいと思っているのだけれど、今日――というよりも、ここ数日の予定だった――は、そう出来ない理由があった。


「今夜は月が綺麗なようですが、天体観測にでも向かわれるのですか? 夜は早く眠りませんと、成長が妨げられるのですよ」


 一応、御自分の容姿が目立つことに自覚はあるのか、それとも後ろめたいと思っている本能なのか、昼間と同じ黒いフード付きのコートを頭からすっぽりと被った人影は、声をかけられたことに驚いた様子で、肩を揺らして立ち止まった。


「しかし、お城の外へ向かわれるのはあまりお勧めできませんね。夜の森には、人を迷わせ、連れ去ってしまう幽霊が出るそうですから」


 買い物に出たりされたメイドさんたちが街で耳にされたという噂話ではあるけれど。

 最近、このアンデルセラム王国王都ウェントスのはずれにある森、つまりは昼間訪れた森には、夜になると、出会った人の魂を連れて行ってしまう幽霊が出るともっぱらの噂らしく、よほどの好奇心旺盛な人でなければ、特に子供たちは、夜には家に閉じこもって早く眠ってしまうのだという。

 しかし、どういう訳か、ギルドの方には原因の調査と解明を求める依頼は出ていないらしい。

 もちろん、信憑性の薄さは認識しているけれど。


「別にあの森へと向かわずとも、動植物の採集は出来ます。魔物退治にしても、そのような得体のしれないものと、情報も少ないまま出会って、万が一があったら取り返しがつきませんから、情報が集まるまで待っているのでしょう。つまり、普通の人は現在あの森には近づかなくなっていて、人目を避けるには丁度いい場所になっているというわけです」


 僕はゆっくりと人影に近づく。

 ギリギリの時間に行動されるような方ではないから、まだ、時間的にはしばらく余裕はあるのだろう。


「このような夜中に決行するよう決心されたのは、御父上や御母上、もちろん、弟君や妹君、それに私たちまでも、先日と同じように、巻き込まれたくなかったからですね。シャルリア王女」


 月明かりに照らされたシャルリア王女の表情には僕に見とがめられたことによる動揺は欠片も見出すことは出来なかった。


「……夜中のお城の警備は昼間に比べると人手に欠け、私1人のために他の家族を危険に晒す可能性のある護衛の割き方をすることは物理的に不可能です」


 図星だったため、誤魔化しても意味はないと思われたのか、シャルリア王女はあっさりと事実だとお認めになられた。


「それでも、私に言われるまでもない余計なことかもしれませんが、ご家族には話されるべきだったと、私は思います。ジェリック様も、ナティカ様も、カルヴィン様、アイリーン様も、一番心配なさるのはシャルリア様が危険な目に合われることですから」


 その4人に限らず、お城にいる人なら誰だってそう答えるし、もちろん、夜警の騎士の方、あるいは夜番のメイドさんのどなたに頼んでも、シャルリア王女の護衛というか、付き添いを断られる方はいらっしゃらないだろう。むしろ、何としてでも阻止するか、少なくとも同行はしようとなさるだろう。


「どうしてお話なさらないのですか?」


 先日おっしゃっていた「違う」というのが関係しているのだろうか。

 シャルリア王女はそっと顔を逸らされて、視線を伏せられた。


「だって、私がそのような事を知っていると分かれば、怖いと思われてしまうでしょう」


 シャルリア王女は9歳の女の子だ。

 そんな小さな、しかもお城から出たことなどほとんどないような女の子が、お城の外で行われる何かしらの事を、急に話し出したらどう思われることだろうか。

 冗談と思われ、相手にされないだけならばまだ良い。

 それが的中していた場合、最初は称賛と尊敬を集めるだろう。しかし、それは次第に、あるいはすぐにでも、畏怖へと変わり、悪ければ、なんとか利用してやろうとする人間まで現れるかもしれない。

 アルヴィン様や、アイリーン様のことは巻き込まれたくなかったのだろう。それは、遠慮とかそういった気持ちではなく、姉として弟妹を心配する心遣いだ。

 出合ってからまだ日の浅い僕は、残念ながらそこまでジェリック様とナティカ様のことを知っているわけではない。しかし、そんなに拒絶されてしまうとは思えない。

 けれど、今、僕がいくらそう話したところでシャルリア王女は納得されないだろう。その程度であるならば、もっとずっと前に、この鋭利なお姫様は、僕なんかよりもずっと上手な方法で、家族に話していたことだろう。


「でしたら、今後は私に話してください」


 シャルリア王女が驚いたような表情で、顔をこちらへ向けられる。

 

「たしかに私はこの地へ来てから日も浅く、シャルリア様のことも良く存じ上げてはおりません。ですが、シャルリア様が今私にお話しくださったようなお気持ちを抱えていらっしゃる事は理解いたしました。これからは、少なくとも私にはそのような不安を覚える必要はございません。恩義のある身ですが、それとは関係なく、あなたの力になりたいと、心からそう思っております」


 こんな言葉で伝わったのかどうかわからない。

 しかし、今のは僕の本心であることには変わりない。

 直接的にシャルリア王女にシュエットの捜索を依頼しているわけではない。

 しかし、シャルリア王女が僕の恩人であるというのは、まぎれもない事実だ。もし、あそこで出会わなければ、そのまま野垂れ死ぬか、賊に身包みを剥がされてどこへなりと売られてしまうか、そういう結果もあり得た。

 しかし、今はこうして、僕なんかとは一生縁のないものだと思っていた(積極的に関わるつもりもなかったけれど)お城なんかに職をいただき、シュエットの捜索にも協力していただいている。


「その話はまたあとで。あなたに時間を取られたせいで、間に合わなくなってしまうかもしれません」


 僕の言葉に応える代わりに、シャルリア王女はわずかに眉を顰められた。


「あなたのおっしゃることは分かりました。しかし、とりあえず今日のところは私が自分で蒔いた種ですから、私が結果を見届けにゆきます」


 それ以上の問答は時間の無駄だと言わんばかりに、シャルリア王女は僕が止める間もなく、コートを翻されることなく城壁をひらりと越えられた。

 僕は馬鹿か。

 結局阻止できていないじゃないか。

 急な話題の転換だったとはいえ、自分が虚を突かれていてどうする。

 こうならないように呼び止めたのではなかったのか。

 お待ちください、と声をかけても無駄だろうことは理解していたので、余計な音をたてないように、僕はシャルリア王女の後を追って壁を飛び越えた。

 結局、シャルリア王女の脱走を阻止できなかったなんて、後で何と報告しよう。

 僕はこっそりため息をついた。

 しかし、後悔はしていなかった。


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