シャルリア王女 4
夕食の仕事を放り出してきてしまったわけだけれど大丈夫だろうかと、僕は今更のように考える。
シャルリア王女を追いかけて飛び越えた塀の先には、運良く、護衛の巡回の方はいらっしゃらなかった。本当に運良くなのか、シャルリア王女がそのタイミングを御存知で、見計らっていらしたのかどうかは分からなかったけれど。
花を摘みに行く(この場合は本来の意味で)とか、木の実を採集に行くとかであるならば、女の子らしくて可愛いとは思うけれど、そんなのんきな用事なのではないだろうというのは何となく予想はつく。
しかし、いずれにせよ、こんな風に誰にも知らせずにこっそり出てくる必要はないわけだし、一体、誰にも知らせずに王女様が1人で来なければならない用事とはどんな用事なのだろうか? 全く意味のない行動ではないと思うのだけれど。
そんなことを考えているうちにも、シャルリア王女は迷いなく進んでゆかれ、とうとう森の中にまで入ってしまった。
どこまで行かれるつもりだろうかと、だんだん僕の方が不安になってくる。
背の高い木は、僕たちの頭上をすっかり覆ってしまうほどに枝や葉を広げていて、進んでいる道は、どんどん暗く冷たくなってゆく。
僕は、こういった森の中には、食材を取りに来ることもあったから慣れてはいたけれど、シャルリア王女も、足元のつるつると滑りそうになる苔の生えた石や、地面から盛り上がっている根っこに引っかかることなく、歩きにくい道を何でもないかのように越えて行かれる。
ホーホーとか、キィキィとか、フクロウなのかなんなのか分からない生き物の声が耳に忍び込んでくる。
僕がシャルリア王女くらいの年齢の時には、まだ両親も元気で、こんな風に1人で森の中へ来ることはなかったけれど、それはきっと心細かったり、怖かったりしたことだろう。シャルリア王女は全然気にしていらっしゃらないみたいだけれど。
突然、シャルリア王女が立ち止まられる。
僕も見つからないように、木の陰に身を隠した。幸い、隠れる場所には困らなかった。
「この辺りでしょうか」
シャルリア王女がそうつぶやかれたかと思うと、その場に魔法陣が広がる。
咄嗟に僕は、探知系統に対する対策として、認識を阻害するための結界を展開した。
結果からいえば、それは追跡者とか、周辺の人物を追跡するための魔法ではなかったため、意味はなかったのだけれど。とはいえ、その段階では術者以外にはどんな魔法なのかは分からないわけで。
シャルリア王女はそのままお城へ戻られるわけではなく、取り出された地図をさっと開かれると、印をつけられて、再び地図を仕舞われて、場所を移動される。
そんなことを数度繰り返された後、十分に目的は達せられたようで「こんなところでしょうか」と小さくため息をつかれた。
一体、これに何の意味があるというのだろう。
それからシャルリア王女は、周囲を十分に見回されると、そのまま上空まで飛び上がられて、一直線にお城のある方向へと、元来たように向かわれる。
すぐに追いかけるべきなのだけれど、僕も同じように飛んだのでは、シャルリア王女に見つかってしまう可能性が大きくなる。そのため、森の中からシャルリア王女を見失わないように追跡しなくてはならなかったのだけれど、片や、何の障害物もない空中、片や、障害物だらけの森の中ということもあり、探知の魔法がなければ、あっという間に見失っていた事だろう。もっとも、シャルリア王女は一直線にお城へ戻られるだけだったので、今回に限って言えば、問題はなかったのだけれど。
シャルリア王女はお城の、御自分の部屋のテラスに着地され、もう1度、周りをきょろきょろと見回されて、小さく胸を撫でおろされながら、ため息を漏らしていらっしゃるようだった。
「あ、まずい! 夕食の仕込みに向かわないと!」
箒を回収して片付けると、急いで厨房へと向かう。
「アルフリード? 何をこそこそとしているのよ」
出てくるときに、一応、周りに人がいないことを確認してはいたけれど、もしかしたら、見咎められていたのかもしれない。
厨房への入口で呼び止められて、恐る恐る振り向いた先のティエーレさんの顔を拝見したところ、特に怒っていらっしゃるとか、そういった雰囲気は見受けられず、不思議なものを見るように小首を傾げていらした。
「まだ慣れていないのね。そんなにびくつかなくたって、誰もアルフリードが厨房に入ることを咎めたりはしないわよ」
さあ、夕食の準備を始めましょう、と誘われるティエーレさんたちからは、こちらに探りを入れてきているとか、ボロを出すのを待っているといった感じは受けない。
そして、夕食の準備はこれから始まるみたいで、どうやら間に合ったらしい。
今見てきたシャルリア王女の事を報告した方が良いのかどうか迷ったけれど、もし、シャルリア王女が秘密にしたい何事かを抱えていらっしゃるのであれば――僕は見てしまったわけだけれど――事の真相を確かめて、シャルリア王女に許可を取ってからにした方が、それも報告するべきは、ジェリック様か、どちらかと言えば、ナティカ様にした方が良いだろう。あの年頃の、かどうかに関わらず、女の子には秘密の1つや2つ、あるものだから、と僕は思っていた。
こちらから尋ねて、余計に突っ込まれても困るので、僕はただ返事をして、準備に入ろうと思い、その前にまず、浄化の魔法で身なり等を整える。料理人として当然の、料理人でなくとも、お城のようにたくさんの人が過ごしていらっしゃる場所では当たり前のことだ。
それから、収納していたコックコートと、エプロン、帽子を取り出して、一瞬で着替えを完了させる。上から着込むだけなので、特に問題はない。
本当は、僕がシャルリア王女を追いかけている間、お城の方では何か問題がなかったか聞きたかったのだけれど、それだと僕の方の事情も話さなくてはならないわけで。
僕が見てしまったのは偶然だったけれど、シャルリア王女のあの行動は、明らかに人目を忍んでいらっしゃるもので。あまり、気軽に話すべきではないのだろうかと思ってしまった。
しかし、地図に印をつけられていらしたということは、おそらく――というよりも確実に――少なくともあと1度以上はあの場所を訪れるおつもりだということで。
それが今夜――人目を忍ばれていた関係上、出かけられるとしても、皆が寝静まったと思われる深夜を回ってからのことになるだろう――なのか、それとも明日以降なのか分からないけれど、いずれにせよ、シャルリア王女の行動には注意をしておく必要がある。
本当は、女性に対してこんなことをするべきではないと思うのだけれど、というより、恥ずべき行為だと分かってはいるのだけれど、何と言われようとも、お仕えさせていただいている主の身の安全以上に大切なことなどない。たとえ、これで僕がクビに、いや、首だけになろうとも。
今回の行動と、先日のシャルリア王女のあの表情が、また関係あるのかどうかは分からないけれど、僕よりもずっと年下の女の子に、これ以上あんな顔をさせてはならないという、それだけはたしかに分かる。
「アルフリード」
「すみません、今行きます」
今ここで、足りない僕の頭でこれ以上考えても、良い案など思い浮かぶはずもない。
これ以上は、行き当たりばったり、出たとこ勝負で、なるようになれと、僕は渡された鍋に水を張り、野菜の皮剥きを開始した。




