シャルリア王女
◇ ◇ ◇
「――リッド。聞いてるの、ユーグリッド」
気がついた時には、すでに朝日が昇り始める頃合いで、箒を持った僕の肩をシャラさんが揺さぶっていた。
「はい。何ですか、シャラさん」
返事をしないのはまずいと思い、慌てて口を開くと、シャラさんは目を細められた。
「全然、私の話を聴いていないのね。もうここの掃除は良いから次にいくわよ」
辺りを見回せば、僕は庭にいて、落ち葉の入った袋を手にしたシャラさんがもう片方の手に持っている方のゴミ袋を差し出される。
「何を考えていたのよ」
腐葉土を作るための場所に落ち葉を運び終え、空になった袋を畳みながら尋ねられる。
「何も考えてなんて――」
「嘘」
反射的にそう答えた僕の台詞をシャラさんはピシャリと遮られた。
「掃除自体は手際も良くて完壁だったから何も口を挟まなかったけれど、掃除中の私の話に対しては『うん』とか、『はい』とか、うわの空で、おざなりな返事になっていたわよ。それで何も考え事とか悩み事がなかったなんて信じられると思う?」
早く話して楽になりなさいと、無言の圧力がかけられる。
しかし、シャルリア王女の隠していらっしゃることを僕が勝手な判断で話してしまっても構わないものだろうか。
「……僕も、お城に雇っていただくためにも、こちらの方と仲良くなりたいと思っているのですが……あっ、いえ、別に取り入りたいとかそういうことではなくてですね」
「そんなこと思ってないから、早く続けなさいよ」
男らしくない言い訳をしている僕をシャラさんが一喝される。
僕は昨夜のシャルリア王女との邂逅のことを上手く誤魔化しながら、話した内容を何とかまとめる。
「……シャルリア姫様は、一体、どのような方なのでしょうか?」
女の子のことを、他の女の子に探りを入れるなんて、質の悪いナンパ男のようなものかもしれないと思ったけれど、他に聴きようもなく、上手い聞き出し方も思い浮かばなかった。
でも別に、僕はナンパしようとか、そんな畏れ多いことを考えているわけではもちろんなくて、純粋に仕事として気になっただけだから、問題はないはずだ。多分。
仕事として気になったというと、まるで人間的にはどうでもいいと思っているようにも思われるかもしれないけれど、シャラさんはそんな誤解をされたりはしなかった。
「アルフリードはシャルリア姫様の事が気になるの?」
むしろ、逆の方向に思われていた。
とはいえ。
一層目を輝かせられているシャラさんには悪いけれど、別に僕は、愛だの、恋だのといった話をしたいわけではない。
「なーんだ。真面目な仕事の話か。つまらないわね」
ぼそっと呟かれたけれど、周りに人もおらず、朝の静かな、小鳥の挨拶だけが聞こえるような、まだ靄の張っている時間帯に、2人だけの空間で、相手の言葉が聞こえないはずもなく。
「つまらないって」
「分かっているわよ、ちょっとした冗談じゃない……そうね、なんていうか、遠い方かな。朝とかに、そうそう、そろそろのはずだから、一緒に見に行く?」
そくさくとその他のゴミをまとめた後、片付けを済ませてから、こっちよ、と手招きされるシャラさんの後について歩く。
裏庭の方へ歩いてゆくと、悲しく歌うような調べが響いてきた。
音色そのものは、一流の楽団員でも出すことの出来ないような、優雅で、高貴で、誰も寄せ付けないほどに整っているもので。
けれど、食堂を切り盛りしていた時に、お客さんたちが歌ったりしているような陽気なものでも、楽しげなものでもない、ひどく繊細で、そして、哀しくて、淋しくて。
別に僕は音楽に詳しいわけではない。
けれど、そんな僕にもわかるくらい、感情の込められている旋律で。
「ほらあそこよ」
噴水の隣では、赤茶色のヴァイオリンに顔を寄せたシャルリア姫様が、目を閉じて、無心に弓を動かしていらした。
銀色の髪が、儚く風に揺れている。
「シャルリア姫様は、私がここに勤めるようになる前から、年末の音楽祭でヴァイオリンを披露なさっているのよ」
上手よね、とシャラさんがおっしゃるけれど、上手なんてものではなかった。
それに、シャラさんがここへ勤めるようになる前からって、その口ぶりだと、シャルリア王女は当時まだ、早くても4歳とかだったはずだけれど。
もちろん、シャラさんの年齢から推測するような、そんな失礼なことはしないけれど。
たしかに、シャルリア王女のヴァイオリンは、街の定食屋で演奏されるようなものとは一線を画している。
けれど、こんな音を9歳の――もうすぐ10歳になられようかという年齢でしかない――女の子が奏でることの出来るものだろうか。実際に目の前で起きている事を信じないわけにはいかないけれども。
シャラさんがおっしゃられたことの意味が分かる。
シャルリア王女がヴァイオリンを弾かれている場所は、空間的には数歩の距離で近づくことの出来る場所だったけれど、何というか、とても手の届きそうな雰囲気ではなかった。
昨夜の、ともすれば泣いているかのような、シャルリア王女の様子が思い出される。
「アルフリード。ストーカーを勧めるみたいになってしまうけれど、今日1日、シャルリア王女の事をそれとなく見ていたらどうかしら。自分で直接見て、感じた方が絶対いいわよ。仕事は上手く調整するから。アルフリードがそんな風に気にしたままの様子だと、こっちも気になるのよね」




