夜の巡回任務 2
シャルリア王女のお知り合いで、ここで会う約束をしていたということならばただ見ているだけにとどめようかとも思ったけれど、どうもそういう雰囲気ではない。
「アルフリード……どうしてここへ……?」
どうやらシャルリア王女は僕がついてきていた事には気付いていらっしゃらなかったらしく、女性の後ろを無断で付け回していたことに罪悪感を覚えた。
「それはこちらの台詞です、シャルリア王女。私は夜警の任をいただきましたので巡回していたのですが、その際、姫様がお部屋から出ていらっしゃるところへ丁度通りがかったものですから」
しかし、何とかもっともらしい言い訳をでっちあげる。
何故その場で声をかけなかったのかと聞かれると、困るけれど。
もし尋ねられたら、あなたがあまりにも美しかったので、つい声をかけることを忘れて見惚れていました、とでも答えようか。
そう思っていたけれど、幸いなことに、それ以上は尋ねられることはなかった。
というよりも、そんな問答をしていられる状況ではなかったという方が正しい。
「アルフリード?」
僕たちを取り囲む男たちの内の1人がぼそりと呟き、首を傾げる。
「ええ。先日、急に現れまして」
どうやら、内通者である彼が最後にこの城の内情を報告したのは、僕がここへ運ばれるよりも前であるらしい。
つまり、本来ならば、彼らはここでシャルリア王女だけと対面していたことになる。
もっとも、彼らがシャルリア王女をどうにかしようと(流石に殺しはしないだろうから、捕まえるつもりだったのだろう)思い立ったのは、おそらくここでシャルリア王女と対面してからのことで、そうでなければ、もっと別の目的があったのだろう。
もちろん、こうして対面してしまった以上は、仮ではあってもこのお城に雇われている以上、このまま彼らを見過ごすことは出来ない。
シャルリア王女には、出来ればお部屋に戻っていていただきたかったけれど、ここですんなり帰すほどの隙を見つけられるほど、彼らも甘くはないだろう。
では、シャルリア王女だけを連れて逃げる?
それは可能だろうけれど、シャルリア王女がこうして1人で出てこられた意味を全くなかったことにしてしまう。
いや、それを言うのであれば。
「シャルリア王女。あなたはこうなるとが分かっていたのですよね?」
そうでなければ、今夜の行動に説明がつかない。
まさか、夜空が綺麗だったからもっと見てみたいと思った、なんて理由ではないだろうし。
「さらに言えば、申し訳ありませんが、最初はあなたも昼間の彼らの一味なのではないかと疑っていましたが」
シャルリア王女が僕の推測を補足するという形で肯定されて、では何故、と尋ね返す前に、彼らが痺れを切らしたのか、プランが定まったのか、じりじりと方位を知事めるようににじり寄ってきていた。
ここが前にいた世界と違うのかどうかはまだ確証はなかったというか、定かではなかったけれど、少なくとも、馬車の中での話から、魔法を使える人が極少数だということは分かっていた。
彼らは人間――当たり前だ――で、武器を持ってもいるけれど、おそらくはそれほど時間をおかずに、彼らの方からかかってくるだろう。
こちらとしても、成長期であらせられるシャルリア王女の睡眠時間は大切だったけれど、時間をかけたくないのは、というよりも時間をかけるとより状況が悪化するのは彼らの方なのだから。
予想通り、それほど間を置かず、彼らの方からこちらへ向かって突撃してくる。やはり、隠蔽なのではなく、魔法を使うことは出来ないらしい。
彼らを倒す。あるいは捕える。
そのくらい出来ないようでは、巡回の任務を果たしたとは言えないだろう。
昼間の連中の仲間だとすれば、捕らえた際に、情報を聞き出す前に服毒自殺されてしまう可能性はある。
ならば。
「何っ!」
あの時は状況が状況で、僕自身わりと混乱していたため余裕がなかったのだけれど、今はそれなりに余裕はある。
もちろん、背中に女の子――シャルリア王女を庇っているのだから、十分とは言えないけれど、少なくとも混乱はしていない。
質の悪い客が店で暴れた時の対処にと、ある程度、自己流と、まあ、他にも色々と訓練をつけて貰ったりして、それなりの格闘術ならば扱えないこともない。
子供と思って(少なくとも大人ではない)侮ってくれていたらしい、1人目の突撃を捕えて地面に叩き伏せると、その一瞬の意識の空白に睡眠の魔法を行使して、無力化する。
彼らからすれば、まだ子供ともいえる外見の少年に倒された仲間の様子を見て呆然としている間に、2人目の懐に潜り込み、威力を調節した雷を叩き込み、こちらもショックで気絶させる。あまり出力を出し過ぎると感電死させてしまう可能性もあったため、威力は調整したけれど、上手く、対象となった1人だけを気絶させることに成功した。
騒ぎが大きくなる前に、3人目へと方向を変えて接近すると、胸のあたりに手を添えて、相手の身体を加速と飛行の魔法の組み合わせにより、上空へと撃ち出す。魔力は感じなかったけれど、どうやら魔法は使えないだろうという予想通り、何も抵抗を見せず、受け身を取られはしたものの、落下の衝撃により頭を押さえているところへ詰め寄り、1人目と同様、眠ってもらった。
4人目ともなると、流石に抵抗へと気が回り始めたようで、ナイフを構えられたけれど、こちらの障壁が傷つけられることはなく、止まってくれて丁度良かったので、結界に閉じ込め、拘束魔法で縛ってから地面に転がした。
残りは1人。
「なんだ、お前は一体。ただの子供ではないな?」
最後の1人が、一層警戒を強めた表情でこちらを睨んでくる。
「以前は料理店を営んでおりました。合間には狩猟採集だったり、仕事の一環としての筋力のトレーニングなどもしておりましたが、他は酔っぱらわれたり、盛り上がり過ぎてしまわれたお客様を制することくらいしか、これといった訓練などは受けておりません」
それが訓練なのかと問われると、そうではないと答えられるけれど。
「くっ!」
最後の1人は逃走を図った。
いかに去る者追わずと言えど、ここで逃すのが上策ではないことくらい、僕にもわかる。
他に探知の魔法に反応する人影は、僕とシャルリア王女の他にはなく、4人は目の前に転がって、気を失うか、すぐには行動できないようになっている。
「すぐに戻りますので」
シャルリア王女に言い残し、加速と高速移動、飛行の魔法を併用しながら、逃げた1人に追いつく。
魔法を使わない逃走が、よほどの実力者、あるいは実力差がない限り、魔法を使った追跡に適うはずもなく。
「あなた方は賊ではありますが、姫様の前でどうこうするつもりはありません。夜警の門衛の方に引き渡します」
賊を門衛の方のところへ引き渡してから、シャルリア王女のところまで戻る。
「こういった事はよくあるのですか?」
「頻繁にはありません。しかし、現在のこの国の体制に不満を持っている層が一定数存在することも確かではあります」
頻繁にはないということは、つまり、以前にも似たような事があったということで。
「シャルリア王女。以前にもあったとおっしゃるのでしたら、どうして今回、御父上や御母上にご相談なさらなかったのですか?」
きっと、心配をかけたくなかったのだろう。
実際、今までもこういうことがあったという報告がなされているのであれば、もっと警備は厚くなっているはずで、ジェリック国王様も、ナティカ王妃様も、こんな時間に娘を1人で出歩かせたりはなさらないだろう。
「そのお気持ちはよく分かりますが、今後はお話になられた方が良いと思います。もちろん、姫様にもお考えがあってのことでしょうが、何もなくても、親兄弟と言うのは身内の変化に敏感なものですし、相手も、口に出さずとも、心配していらっしゃるのだと思いますから」
「いえ、お母様も、お父様も、カルヴィンも、アイリーンも、私のこういった事には気付いていません。気付かせないようにしてきましたし、気付いているのであれば、隠そうとしていても、私にはわかりますから」
しかし、シャルリア王女の口から出たのは、別の回答だった。
「でも、良いのです。これで。私は……お父様やお母様、カルヴィンやアイリーンとは……違うので、こうするくらいしかできませんから」
そう呟かれたシャルリア王女の言葉は、ひどく弱弱しく、掠れて、言葉とは裏腹に頼りないものだった。
「違うとは、一体……」
尋ねてから、しまったと思ったけれど、発した言葉は戻すことは出来ない。
シャルリア王女は今にも泣き出されてしまいそうで。
「すみませんでした。余計な事でした。どうぞ、今日は私が部屋までお送りいたしますから、後のことは任せて、お休みになられてください」
女の子の泣いている、泣き出しそうな姿はひどく気になったけれど、その時の僕には何か気の利いたことなど告げることは出来なかった。




