夜の巡回任務
◇ ◇ ◇
夜。
食事を無事に終えて、僕は片付けをしながらため息をついた。
料理店の息子で、それを生活のだしにしていたのだとはいえ、貴族様、それも王族の方への食事なんて初めて作ったわけで。
流石に、料理店で提供しているメニューと、やんごとなき方々がお召し上がりになる料理が、同じ食事とはいえ、別のものだということくらいは承知している。
それも100人以上の分を一気に作ったのだ。慣れていないときついものがある。
「お疲れ様。中々の出来だったじゃない」
「ありがとうございます。ですが、これを毎日、しかも他のことも並行して続けていらっしゃる皆さんは、本当に、言葉もありません」
メイドさんの仕事は料理だけではない。
掃除や洗濯、買い出し等、他にも細々とした仕事はいくらもある。
僕としては素直に驚いて、褒めたつもり(失礼かもしれないけれど)だったのだけれど、ティエーレさん達は、何がおかしかったのか、笑いだしてしまわれた。
「何言ってるのよ。こんなの、料理も掃除も洗濯も、全部ひとりでしようとしたら、それはそうなるに決まっているでしょう」
「私達だって普段は分担して仕事をしているわよ。それに、料理だって、いつもいつもあんなにたくさん用意するわけじゃないし」
「パーティーとかでもない限り、国王様と王妃様、それに姫様、若様方がとる食事以外は賄みたいなもので、あんなの毎日作れるはずないじゃない」
「どう考えてもウェトス長官の嫌がらせよねー」
嫌がらせとは言われたけれど、食べてくださった、姫様方はもちろん、王妃様と 国王様にも何だかとても心の込められたお礼を告げられたし、騎士団の方たちにも、随分と満足していただけたようで、試験云々は抜きにして、僕は作って良かったと思っていた。
「それじゃあ、私たちはこれから夜番の子たちと交代して帰るのだけれど、アルフリードはどうするの?」
そういえば、考えていなかった。
というよりも、どうすれば良いのだろう。
仮にも、今僕はお城で試されているわけで、眠るのなんて数時間で事足りるから、残りの時間は少しでもシュエットの手掛かりになるかもしれないものや事を探すために出かけたいと思っていたのだけれど、外出を許可していただけるのだろうか。
昼間はティエーレさん達、メイドの皆さんも一緒だったから、逃げないかどうかの見張り役という面も含めて、外出を許可されたともうのだけれど。
僕はまだお帰りになっていらっしゃらなかったウェトス長官のところを訪ねた。
「夜分に申し訳ありません。ウェトス長官。アルフリードです」
僕のことを気にくわないとは思っていらっしゃるようでも、こんな時間の面会を許可されたということは、多少は認めていただけたのかもしれない。
「何だね。私は見ての通り忙しい」
言葉通り、ウェトス長官のいらっしゃるお部屋の机の上は、書類の束で埋まっていた。
「結局、テストの結果はどうだったのかと思いまして」
「あれだけで判断できるはずもないだろう。そうだな、それなら、夜の巡回でもしていてもらおうか。夜警はいるが、当然、昼間よりも数は少ない」
賊を撃退したというのが事実であれば、そのくらいは容易いことだろう、と言われ、僕はお城の構造を把握するためにも、その任を引き受けた。
テストの期間がどのくらいなのかは分からないけれど、しばらくはいることになるのかもしれないのだから、敷地のことくらいは知っていた方がいい。
承知しましたと部屋を出て、とりあえず確保するべきなのは姫様方の安全だと思い、シャルリア様、アイリーン様がお休みになられているお部屋、それからカルヴィン様のところへ向かい、部屋の前の通路を曲がったところで、丁度扉が開かれるところだったので、思わず僕は角に身を隠した。
隠れる必要はないと思い直したけれど、隠れてしまった手前、何となく出て行くのを躊躇われて壁の柱の陰から少しだけ顔をのぞかせて様子を窺うと、窓から差し込む月の光と同じように輝く銀の髪が翻るところが確認できた。
このお城に、その髪の持ち主はおひとりしかいらっしゃらない。
姫様方はとっくにお休みになられているはずだったけれど、何か特別なご用事でもあるのかもしれない。
寝間着ではなく、ドレス姿のまま(昼間とは違い、黒地に白いフリルの装飾の施されたものだったけれど)シャルリア様は、廊下を、途中、夜番のメイドさんに出会うことなく、端の窓まで進まれて、さっと周りを見渡されてから、魔法を使われたご様子だった。
直前の行動から推測するに、探知系の魔法だろう。
後ろから付いていく際、気付かれてはならないと思って迷彩、認識阻害系の魔法を使っていたことが功を奏したのか、気付かれたりはしなかったらしい。
もしくは、気付いていても無視されたという可能性もなくはないけれど。
それならそれで、お咎めはなかったということなので、問題はないだろう。
いや、夜中に年下の女の子をこっそり付け回すという行動には大分問題があるとは思うけれど、昼間あんな事があったばかりで、気になったというか、心配だったというか。
とにかく僕は、シャルリア様が窓から飛び降りられて(それにもかなり驚かされたけれど)庭へと出られたのを、見失わないように、しかし、気付かれたりしないように、慎重に後を追いかけた。
「やはり、内通者がいましたか」
シャルリア様が向かわれた先、庭の隅では、夜の闇に紛れるような、全身を真っ黒な装束で固めた人影がいくつか蠢いていた。
「私が昼間に外へ出ることを決めたのは、予定外の行動でした。それにもかかわらず、あのような襲撃を受けたということは、私の行動を監視できる人物に内通者がいたということです。ならば、こうして夜中に、多くの人が帰った後、行動を起こすだろうというのは容易に想像が出来ます。なるべく、日付を空けたくないだろうということも」
日付を空ければ、ギルドへと引き渡した彼らへの聴取から自分たちまでたどり着かれるのも、容易になると踏んだのだろう。
「これは私が招いたといっても過言ではありませんでしたから、私が解決すべきと考えていました。騎士団の方の書類に細工をして、この時間のこの場所への警戒がほとんどなくなるようにするのに、それほど骨は折れませんでした」
いつの間に。
そもそも、そんなこと、9歳そこらのお姫様――女の子の考えるべきことじゃないだろう。
「他の人に迷惑をかけるわけにもいきませんから、私が1人でお相手致しましょう」
相手方に、わずかな動揺と、しかし、すぐに鼻で笑っているような雰囲気が広がった。
「少し驚いたが、問題なさそうだな。相手は1人。それも相手と呼べるのかも怪しい相手だ。むしろ、計画が大幅に削られるくらいだ」
相手側の集団は、シャルリア姫様を取り囲もうと広がりを見せ始めたので、流石に僕もただ見ているだけというわけにはいかなかった。
話の内容からして、シャルリア姫様には何かお考えがあるのだろうけれど、それでも目の前で小さな女の子がみすみす危険に突っ込むのをこれ以上見ているだけではいられない。
「お待ちください」
僕はシャルリア王女の前へと駆け出した。




