採用テスト 4
食材の買い出しというのは比喩ではなく、本当に市場へ出かけられるのだという。
むしろ、街のずっと向こうに見える山や海へ狩猟に向かうのではないのかと尋ねた僕の方が正気を疑われた。
僕の流れ着いた川も清流のようだったし、魚も結構捕れそうだったのだけれど。
「そんなことするわけないじゃない。売られているのを買った方が早いし、その分、他の仕事が出来るのよ。私達の仕事は買い出しだけじゃないのだから」
僕は偶々拾われてきたのだけれど、いくら人手不足とはいえ、本来ならばお城へ勤めるのにもそれなりの技能が必要で、僕と同じように試験は受けるらしい。
「アルフリードの試験は厳しすぎると思うけど。普通なら、あの塔の掃除だけでも十分なはずよ」
とはいえ、課せられた以上、テストは受ける必要があり、合格しなければこのお城には置いていただけない。
お城にいることが、情報の収集に関して最も手っ取り早い手段だというのであれば、そこへ留まることが出来るよう、最大限努力しなくてはならない。探索の魔法に反応しない以上、それが、シュエットの捜索に最も近道なのだから。
「とっても大切に想っているのね。その幼馴染の女の子の事。やっぱり好きなの?」
シュエットとシュエットの御両親には、本当に家族のように接して貰って、その恩もあるけれど、好きかと聞かれれば迷うことなく好きだと答えられる。
結婚したいとか、そういった事を考えたことはなかったけれど、好意を持たれて、いや、実際に告白までされて嬉しく思わなかったかと言われれば、そんなことはない。それが恋だったのかどうかは別にしても。
「好き……だったとは思いますけれど、そんな風に考えたことは僕の方にはなくて。考えようと思った矢先にこんなことに巻き込まれてしまって、それどころではなくなってしまいましたから」
それは逃げているだけなのでは、と言われてしまえば、その通りかもしれない。
恋をしていたわけではない(と思う)から、これは失恋とは違うと思うのだけれど、今の状況的には似たようなものなのかもしれない。
「見つかるわよ、きっと。無事で。それよりも、一端、馬車まで戻りましょうか。持ちきれないでしょう」
「いえ。収納の魔法もありますから、わざわざそのような手間をかける必要はありません」
今買った、トマトやたまねぎ、にんじん、豆、その他、果ては生肉まで収納してみせると、非常に驚かれた。
メイドさんの中には魔法を使える方はいらっしゃらず、お城でも、姫様、若様方、王家の方を除けば、魔法師団に属する方しか、基本的には、お使いになられないというのだから、無理もないことかもしれない。
「へー。ねえ。それじゃあ、これから買い出しの時にはアルフリードに毎回ついてきてもらって構わない? そうすれば、馬車を往復する必要もなくなるし、重いものを持つ必要もなくなるし、良いことづくめじゃない」
「僕がお城の方に認めていただけたらの話ですけれどね」
現状、僕の立ち位置としては、一応、姫様の命の恩人ではあるけれど、素性の知れない、もしかしたらすべてが仕込みなのかもしれないと疑われている容疑者、とは言い過ぎかもしれないけれど、お城の方の全員の信を得るには至っていない。
これで試験に合格できず、お城への滞在というか、雇用を認めてもらうことが出来なければ、この先買い出しを手伝うなんて出来るはずもない。
「そうね。そのためにも、早く戻りましょう」
「ところで、この辺りは大分活気づいているようですけれど、王都周辺では、いつもこんな感じなのでしょうか?」
尋ねると、シャラさんは「そう言えば案内してあげるっていったわね」とおっしゃられて。
「今、アンデルセラムではお祭りの準備で大忙しなのよ。年末には音楽祭、というよりも芸術祭があるのだけれど、秋にもお祭りがあってね。収穫祭と言って、1年間の豊穣を女神ユティナ様に感謝とお祈りをするお祭りなのよ」
あれよ、と指さされた先にあった広場の噴水には、手から水を湧き出させているような女性の像があり、シャラさんのおっしゃるには、それが女神様の像なのだという。
「敬虔な人たちは教会にもお祈りに行くみたいだけれど、普通はそこまではしないわね。お城でもそんなに収穫祭には忙しくしたりしないわ。アイリーン様はいつも楽しみになさっているけれど」
「には、ということは、他に忙しくなる用事があるということですか?」
「シャルリア様のお誕生日よ」
それは一大事だ。
もちろん、国としてのお祭りなのだから、収穫祭にしても王族としての責務はあるはずだけれど、お城に仕えている、あるいはお城に暮らしている人にとっては、姫様のお誕生日の方が重要であろうことは明白だ。
もちろん、信仰心はひとそれぞれだし、それを軽視するつもりは無いけれど。
「それは、いつ頃のことでしょうか?」
拾っていただいた恩もあるのだし、お返しはしたいと、それ以上に女性の記念日をお祝いしたいという気持ちは強い。料理屋にいたころ、そういった記念日に利用してくださるお客様が多かったからだろうか。
「収穫祭の少し後よ。私達は別に個人的には贈り物はしないけれど、いつもより豪勢なお料理を頼まれていたり、お城の飾りつけをしたりとかかしらね」
どうやら、シャルリア姫様に限った事ではなく、お城の方のお誕生日に、毎回パーティーのような催しを開くということはしていないらしい。
「それはそうよ。国王様、王妃様、シャルリア様、カルヴィン様、アイリーン様、それぞれのお誕生日に毎回お客様をお招きしていたら大変よ。カルヴィン様のところには貴族家の子女、それもおそらく長女の方が集まられて大変なことになるのは分かり切っているし――というよりも、実際、新年のパーティーではそうなっているわ――シャルリア様とアイリーン様には男性が、まったく同じ光景になるだろうことは想像出来るでしょう?」
想像、出来なくはない。
性格なんかのことは分からないけれど、カルヴィン様は次期国王として、そのお立場だけでも言い寄られる女性はたくさんいらっしゃる事だろう。
シャルリア様とアイリーン様に限っては、あの年齢(まだ9歳と7歳ということらしい)ですら、あの美貌だ。それなりの立場、地位の男性が、流石に今はどうなのだろうとは思うけれど、その子供が目や心を奪われずにいられるとは思えない。
「アルフリードがそういう風な気持ちを持ってくれると、シャルリア様に悪い虫がつかないように、助かるのだけれど。何せ、急に現れて、颯爽とシャルリア様を助け出したヒーローでしょう」
「そんなことよりも、質問があるのですが」
そんなことよりって何よ、とシャラさんは少し不満そうだったけれど、一応、僕の話は聞いてくださるみたいだった。
「先日襲われたばかりで、そんな不特定多数、不特定でないにしろ、多数の人が集まる場を開いてしまって構わないのですか?」
「お城の警備は万全だけれど……って、アルフリードはそんなこと考えていられる場合じゃないでしょう。それよりも、今晩の調理のことでも考えていなさい」
たしかに、今のところ、僕が考えていても仕方のないことではある。
改めて目の前の食材と睨めっこを開始した。




