シャルリア王女 2
掃除を終えた僕は厨房へと向かい、パンを焼き始める。
昨夜片付けのついでに生地は作って保管してあったので、後は形成して焼くだけだ。
窯を温めるのに魔法を使っても問題ないということだったので、構わずに使わせてもらった。
その間に野菜を炒め、オムレツを焼き、とうもろこしとミルクでスープを作る。
シャラさんにはシャルリア王女の事を1日ストーカー、じゃなかった、観察していたらと勧められたけれど、本来の仕事も大切だ。
結局、テストには合格だったのかどうなのか言い渡されてはいないけれど、出て行けとも言われていないから、今のところは大丈夫なのだろう。
カルヴィン王子、アイリーン王女ともご一緒に食室へと姿を見せられたシャルリア王女は、昨日とどこもお変わりないご様子で、夜のことなど少しも気にしてはいらっしゃらないらしく、気にしてばかりいる僕の方がおかしいのかとも思ったけれど。
いや、そんなことはない。
昨夜の、泣き出してしまわれそうなシャルリア王女は、決して僕の見間違いでも、夜の闇が見せた幻想でもないはずだ。
そんな風に、失礼だと分かってはいるのだけれど、国王様ご一家が食事をなさっている最中も、もちろん、調理の責任者として僕は食室にいなくてはならなかったので、どうしてもシャルリア王女へと視線を向けてしまっていた。
シャルリア王女は背筋をすっきりと伸ばされて、姿勢を正されたまま、ナイフとフォークを上品に使い、静かに料理を口へと運ばれている。頭の先から指の先まで、オムレツを口に運ぶ仕草からさえも気品が漂っている。
「アルフリード。お姉様のことばかり見つめ過ぎよ。いくらお姉様が美人だからって」
アイリーン様に見とがめられて、慌てて顔を上げると、アイリーン様は楽しそうに笑顔を浮かべていらした。
「おそらく、捜し人を思い出されていたのでしょう。初めて私に声をかけられたのも、それが原因だったようですから」
シャルリア様が静かにそうおっしゃられると、アイリーン様は少し申し訳なさそうなお顔を浮かべられた。
「ごめんなさい、アルフリード。そんな事情があったのね……」
ジェリック様とナティカ様はそれとなくこちらの事情を窺っていらっしゃる様子で、特にナティカ様は一段と表情を曇らせていらした。
こうなるだろうことは予想できたから、話さずにいたというのに。
もちろん、折を見てジェリック様とナティカ様にはお話ししたい、お話ししなければとは思っていたけれど。
「あの、私のことはどうかお気になさらず、お食事をお楽しみください。私はデザートを準備してまいりますので」
食事の時間は、それがどんな場所、どんな時であろうとも、楽しく過ごして貰いたい。それが僕のお店であったのならば、なお嬉しい。そんな風に思っている。
だから、この後、僕がいなくなったところで空気が微妙なままだというのは分かっていたけれど、準備のためと誤魔化して、僕は部屋から退出した。
「あの、アルフリード様。今、お時間はよろしいでしょうか?」
片付けを終え、部屋へと戻ってふかふかのベッドに突っ伏していると、控えめにドアがノックされた。
会えば何お話をされるのだろうかということは十分に予想がついたので、出来れば避けたかったのだけれど、声の主を相手に寝たふりなど出来るはずもなく、僕は衣服の乱れを整えた。
「御用がお有りでしたら、お呼びくだされば、私の方から参上いたしましたが」
ナティカ様は清らかな笑顔を浮かべられて、
「私の方がお話したい事があったのですから、訪ねるのは当然のことです」
きっと、メイドさんかどなたかに頼んで僕を部屋まで呼びつける、なんてことは考えられもしなかったのだろうなあと、失礼だけれど、とても王族の方とは思えない態度に親しみを覚えてしまった。
朝食のすぐ後で、何も準備やお出しできるものがなかったので、とりあえず、お茶だけでもと取りに行こうとすると「お持ちいたしました」と廊下から銀の台車を押してこられた。
厨房では見たことのないカップやポットだと思っていたら、それらは王妃様の個人の所有物であるらしく、普段からナティカ様とジェリック様のお部屋に置かれているのだということだった。
「だってそうしないと淹れさせていただけないのですよ」
そうして少しの不満を漏らされるナティカ様は、失礼ながら、とても王妃様などではなく、市井で暮らす少女のようにも思えてしまった。
「アルフリード様。今、私の事を、王妃らしくない、街で暮らしている人のようだとお思いになられましたね」
「い、いえ決してそのような……」
図星を指され、とっさに反対することも出来ず、つい口ごもってしまう。
「構わないのです。本当の事ですから。私も自分がなどとは少しも思っておりません」
ナティカ様は全くなんでもないことのようにさらりと、朗らかに言ってのけられた。
「あの時、私が――す、すみません。私の身の上話なんてどうでもいい、つまらない話でしたよね。すみません」
急に謝り出してしまわれたナティカ様に、僕が何か口を開く前に、ナティカ様は「それよりもシャルリアの話でしたね」と心配していらっしゃるようなお顔を浮かべられた。
「えっと、私はシャルリア様とのことをナティカ様にお話しいたしましたか?」
「いいえ。けれど、アルフリード様はずっとシャルリアの事を見ていらしたようですから。母親として、そのくらいのことは見ていれば分かります」
もちろん、母親であるナティカ様の意見はとても心強い。
しかし、これは僕が1人で考えるべき問題なのではないだろうか。
そんな無駄なプライドが頭を占めたのは一瞬のことだった。
そんなことよりも、シャルリア王女のあの泣き出しそうな表情の方が、よほど胸に刻まれていた。
「あの子は、歩き始めも、言葉を覚えるのも、それから魔法を使えるようになるのもとても早くて、それはもうあっという間に、いえ、元から私の手などかからない子だったのかもしれませんけれど」
簡単に言えば、大人び「過ぎ」ている。
何でも見え過ぎてしまっているのではないか。
それがナティカ様は心配だったのだとおっしゃられた。
なるほど。
つまり、馬車の中で僕の元居たところの事を知りたがり、何でもお尋ねになられたのは、要するに、珍しかったからなんだ。
「それだけではないと思います。多分ですけれど、期待していたのではないかと」
少なくとも、この世界には見えている事ばかりで、だから、違う世界から来たらしい僕のことに興味を持ったのではないかと。
「あの、でも、誤解しないであげてください。あの子も本当は――」
「大丈夫です。分かっていますから。それは、王妃様も同じと思っておりましたが」
言葉の先を王妃様に、いや、シャルリア王女の母親であるナティカ様に紡がせてはならない。
それはきっと、ナティカ様にとっても、シャルリア王女、いや、シャルリア様にとっても辛いことになるだろうから。
ナティカ様はこんなにもシャルリア様の事を想われているのだから、僕に期待してくれるというのなら、それに応えたいと思える。
「私などにどこまで出来るか分かりませんが、きっとシャルリア様のお力になれるよう頑張ります」
僕は心からそう誓った。




