採用テスト 3
夕食の準備ということで、僕は初めに、今日の朝食と昼食、それから一応、昨夜のメニューを尋ねた。
おそらくはそんなことにはならないだろうと思いつつも、メニューが被ったりすることを避けるためだ。
調理に関しては問題がない。
お城のキッチンは、僕の元居た家の、店の方のキッチンよりもずっと充実していて、足りない器具はないといっても過言ではなさそうだ。
問題は食材の方で。
保管庫を確認してみたところ、100人以上の分の食事を作るとなると、今晩は大丈夫かもしれないけれど、明日の朝の仕込みの分が足りなくなる。
「そっか。アルフリードが面白そうな勝負、じゃなかった、試験を受けるってことで、予想以上の人が残っちゃったから、食材が予定よりも多く必要になっちゃったのね」
予定外の存在になってしまった僕のせいだった。
「謝ることじゃないわよ。姫様のピンチを救ったんでしょう? むしろ、ヒーローじゃない」
ヒーローねえ。
本当に物語に出てくるような英雄なら、そもそも嵐の中でシュエットのことを助けた後、自分もしっかり助かって、彼女と無事を確かめ合って、そのままめでたくハッピーエンド、と、まあ、それは虫が良過ぎる話だけれども。
「あ、そうだ! せっかくだから、買い出しのついでに街中を案内してあげるわよ。他に何か言いつけられていることはないのでしょう?」
シャラさんのおかげで、夕食を作ること以外にはウェトス長官から言いつけられていることは何もない。
じゃあ、と腕を引っ張られ、背中を押されながら買い出しに連れ出され、調理場を出たところで、シャルリア王女と出くわした。
シャラさん達が頭を下げるのに習い、僕もほとんど遅れることなく頭を下げる。
「……夕食の準備をしていると聞いていましたが、どこへ向かうのですか?」
シャルリア王女は内面を窺わせない表情で、冷めた視線で僕たちに問いかけられた。
「――予想よりも人数が多くなりましたので、その食材の買い出しに出かけるところでございます」
一拍遅れてシャラさんが答えられると、シャルリア王女は、僕の勘違いや自意識過剰でなければ、僕へと視線を一瞬向けられてから、興味を失われたように「そうですか」と立ち去って行かれた。
「……シャルリア様が興味を示されるなんて、珍しいわね」
シャラさんの視線は、僕に「何をしたの?」と問いかけていらっしゃるようだった。
「僕は何か特別なことをしたつもりは無いのですが、ただ珍しいだけなのではないでしょうか?」
たしかに、シャルリア王女とリースさんをお助けしたことは事実だけれど、その件に関してはここへ向かう馬車の中でもお礼を言われて……もしかしたら。
「こちらへ向かわせていただく馬車での話にはなるのですが、シャルリア様には色々と質問をされました。もしかしたら、まだ何かお尋ねになりたいことがあったのかもしれません」
しかし、問題の僕の方が、途中で倒れて、正確には気を失ってしまったものだから、シャルリア王女の好奇心を満足させることは出来なかったのかもしれない。
「姫様方はこの時間、今日はお勉強をなさっていたはずで、終わってからすぐ来たのだとすると、随分と興味を持たれているみたいじゃない」
国や世界が違えども、女性が他人、自分を問わず、恋愛の話に関心を示したり、何かにつけてそちらに結びつけようとするのは変わらないらしく、先程のシュエットの話もあってか、シャラさんは随分と瞳を輝かせられながら、僕に迫られた。
「そこのところどうなの?」
「どうと言われましても。先ほどお会いしたばかりの方ですから、どうということはありません」
たしかに、シャルリア王女は、煌めく銀の糸で作ったような細く長い真っ直ぐな髪も、神秘的な、何事も見通してしまわれるような、けれど、どこか冷めていて、透き通っていても底を見ることの出来そうにない真っ赤な瞳も、花井らのように可憐はピンクの唇も、細く整った顎の形も、全部が全部、本当に氷の人形のような美しさを持った、僕が今まで会ったことのある中でも1番、もしかしたらこの世界でも、と思ってしまうくらいには綺麗な女の子だけれど。
「まあ、アルフリードが気になるのは分かるわ。というよりも、シャルリア姫様が気にならない男性はいないと思う。それはもちろん、外見のこともあるけれど……それ以上に、あのシャルリア王女は特別なのよ」
「特別とはどういうことなのでしょうか?」
シャラさんに尋ねたところ。
曰く、御年9歳で、古代文字で書き起こされた文献をお読みになっているのだとか、ヴァイオリンは毎年年末に開かれる音楽祭でトリを務められる腕前だとか、学院の教諭が発表された数学の論文に関して間違いを指摘したとか、とても9歳とは思えない経歴の数々を、つらつらと羅列された。
「魔法に関してもそう。私も、お庭で洗濯物を干しているときに、ちらっと魔法の授業の光景を見たけれど、少なくとも、先生と同等のことは出来ていて、それでいて、やっぱり退屈、いえ、冷めた視線をなさっていたわ」
そんな、何でも出来る王女様が、僕に興味を持つのは、どういった理由からだろうか。
「とりあえず、シャルリア王女の御存知ではない土地、あるいは世界から来たかもしれない、ということだけでも、興味を惹かれる対象なのではないかしら」
この国でも魔法を使える人は希少だということだったし、後は単純に、自分を助けた人間がどのような人物だったか知りたかったからとか。
でも、シャルリア王女の質問で、僕に答えられることにはほとんど答えたと思ったけれど。
あの時は途中で中断されてしまったから、何とも言えないけれど。
僕が悩んだところで、シャルリア王女の心の内を覗くるはずもないのだけれど、どうしても考えてしまう。
「そんなに悩まなくても大丈夫よ。何か用事があれば、きっと姫様の方からお尋ねになられるでしょうから」
そんな話をしつつ、シャラさんと僕が御者さんに外へ出る旨を告げに来たところで、シャルリア王女の後姿がお城の裏庭の方へと消えるところが確認できた。
「シャルリア姫様なら、先程ここへもいらっしゃったよ。何だか、調べ物でもしていらっしゃるみたいで、手伝うことをおたずねしたところ、何もありませんと、言われてしまったけれどね」
門衛さん達は、よく分からない、と肩を竦められた。
一体、シャルリア王女は何をしていらっしゃるのだろうか。
それは気になるけれど、目下、僕の課題は、食事を作るための買い出しだ。ただでさえ時間が足りないかもしれないというところで、さらに時間を消費してしまうことは避けなければ。
「今までもシャルリア姫様がああして動き回られることはあったけれど、何事もなかったから多分、今回も大丈夫よ」
「そうですか……」
着にはなるけれど、僕は、僕が今するべきことをしよう。
とりあえず、おそらくはシャルリア姫様が経験したことのないであろう、大人数の食事を用意するという課題があるのだから。




