採用テスト 2
ウェトス長官のおっしゃるように、集まられた方全員分の食事となると、ざっと見積もっても100人分にはなる。
それを今から、しかも昼食に間に合わせるようにするのは、いくら何でも不可能だ。仮に、僕が100人いたところで、手際は良くなろうとも、煮たり、焼いたりといった、調理に関する時間を短縮できるものではない。
「おそれながら申し上げます」
それは無理です、と言おうとしたところで、別のところから声が上げられた。
「皆様のご昼食のご用意はすでに整っております。そのため、今から作るということになりますと、それだけの食材が無駄になってしまいます」
肩のところで左右に広がる青い髪をした女性が、静かに進み出ていらした。
リースさんと同じ服装をしていらっしゃる所から考えるに、やはり、このお城で働いていらっしゃるメイドさんなのだろう……まさか、御内室様ということもないだろうし。それならば先程玉座の前に出た時に一緒にいらっしゃるはずだ。
ウェトス長官が渋い顔をされる。
このお城でどれほどの方が働いていらっしゃるのか分からないけれど、それだけの食材を無駄にすることには、流石に抵抗があるご様子だ。
「ぐっ……ならば、夕食の準備はこの者にさせるのだ。良いな?」
「畏まりました」
ウェトス長官は、僕の方を一瞥されてから、ふんっ、と鼻を鳴らされた。
見世物が終わったのかと、ぞろぞろと周りの方が引き上げられる中、先程の青い髪のメイドさんが声をかけてくださった。
「大丈夫? ウェトス長官は見た目は悪いけれど、性格は意地が悪くて、でも有能なのよ」
困った物よねえと呟くその女性に、思わず僕は乾いた笑いを漏らしてしまった。
「ですが、ぼ、私が異分子で、信用をいただけていないというのは本当の事だと思いますから」
「そんなに畏まることないわよ」
その女性は軽く微笑まれると、
「シャラよ。私も手伝うから、一緒に頑張りましょう」
そうやって歩き出されたシャラさんの背中に声をかける。
「あの、シャラさん。手伝っていただけるというのは嬉しいのですが、これは僕が言いつけられた、いわば、あの方、そしてこのお城の方に認めていただくための試験ですから」
「じゃあ、何? アルフリードは1人で全員分の食事と、賄を作れるっていうの?」
「はい。お昼まででしたら、時間が足りず不可能だと思っておりましたが、夕食までということでしたら」
おそらく、僕は出来ないと答えるだろうと思われていたのだろう。
シャラさんは水色の瞳を大きく見開かれた。
「あのねえ。どれだけの人が夕食をお城で食べるか知ってる? そりゃ、もちろん、帰ってご家庭でお召しになる方もいらっしゃるけれど、それは普段の話よ。こんな面白そうなことを聞いたら、皆残って食べるとおっしゃるに決まってるじゃない。全員合わせたら100人どころじゃないわよ?」
「はい。ですが、食材から捕ってくるということもないのですよね? そのくらい、団体客の予約が入ったと思えば、むしろ、嬉しいくらいですよ」
シャラさんが僕のことを心配してくださっているのはよく分かる。
けれど、まだ夕食までにはゆうに6時間以上はあるわけだし……この世界の時間が、ラヴィリアの時間と同じ流れだとするならばだけれど、多分、何とかなるだろう。
僕はシャラさんとしばらく見つめ合うような格好になっていたのだけれど、やがて、根負けしたようにシャラさんがため息をつかれた。
「決意は固そうね。自信はあるようだけれど……やっぱり、私も手伝うわよ。別にあなたのことを疑っているわけじゃないけれど、準備できずにお出しできませんとなると、私たちまでとばっちりを受ける可能性もあるし、そんなのはごめんなのよね」
シャラさんのおっしゃりようからするに、ウェトス長官は、たしかに身元の定かではない僕に対する風当たりは強いかもしれないけれど、わりと普段からあのような調子だということのようだ。
「それは、助かりますし、ありがたいお申し出なのですが、大丈夫でしょうか?」
シャラさんは軽い調子で「大丈夫、大丈夫」と微笑まれた。
「夕食が食べられないことの方がよっぽど困ることでしょうからね。それに、アルフリードは厨房の場所も分からないでしょう?」
誰かに聴こうとは思っていたけれど、それはたしかにその通りではある。
案内してあげるから付いてきて、と歩き出されたシャラさんの後ろについて歩く。
「それにしても……ねえ、アルフリードがさっきあそこの掃除をしちゃったのは魔法なんでしょう? それなら、もっと適した役どころがあると思うのよね。例えば騎士団の人たちと一緒にお城の防衛も任されている魔法師団のところとか」
お城の防衛か。
それは確かに素晴らしい役職だとは思うけれど。
「このお城に拾っていただけたことには、心より感謝しておりますが、僕には他にやらなければならないことがありますから。そのことは、王妃様もご存知ですので、その辺りに配慮していただけたのではないかと」
「しなくちゃいけないこと?」
僕はシャラさんに、このお城に来るに至った経緯を話した。
「なるほど。それなら、たしかにお城に基本固定される魔法師団よりは、ある程度自由が利くよう雑用……もとい、使用人に落ち着いていた方が良いのかもしれないわね」
いるのか分からないけれど、シュエットを探すことは、目下のところ、僕にとっての最も優先すべき事柄だ。
職を手にできるかもしれないというこの状況は、右も左も分からないこの世界においては代えがたいものだとは思うけれど、それでも、シュエットの捜索が主目的なのは変わらない。
「ねえねえ。アルフリードはそのシュエットさんの事好きなの? 告白されるくらい仲が良かったってことは、少なくとも好感は持っていたのよね?」
「えっと、僕、告白されたとまで言いましたっけ?」
尋ねてしまってから気がついたけれど、すでに遅かった。
ようするに、かまをかけられたのだ。
「皆ー! 聞いて聞いて! 大ニュースよ!」
シャラさんに案内されて辿り着いた厨房には、リースさんをはじめ、多くのメイドさんが集まっていらした。
「どうしたの、シャラ。そんなに嬉しそうな顔して」
「さては、そこの新人君と何か良いことでもあったわね?」
「よく見れば可愛い顔をしているじゃない」
早く仕事に取り掛かりたかったのだけれど、寄っていらしたメイドさんたちにもみくちゃにされて、それどころではなかった。
「2人の出会いは?」
「一緒にいるうちにだんだんってやつ?」
「お風呂も一緒に入っていたって?」
どんどん話が膨らんでいって、とても食事を作ることの出来る状況じゃない。
「皆、落ち着いて」
手を鳴らして状況を収拾してくださったのは、リースさんだった。
シャラさん達が黙ってしまわれたところから察するに、どうやらメイドさんたちのまとめ役のような地位の方であるようだった。
「アルフリードに興味があるのは分かったから、今はとりあえず、準備を始めましょう。終わった後でね」
「はーい」
リースさんは僕に向かって、
「調理器具に関しては、ここにある物だったらどれを使っても構わないわ。食材はそっちの保管庫の中よ。保存の魔法が……って、料理店を経営していたのだったわね。なら、これ以上言うこともなさそうね」
大丈夫よね、と視線で問われ、
「はい。ご助力、感謝いたします」
僕は頭を下げた。




