採用テスト
◇ ◇ ◇
玉座の前に案内されて、僕が国王様、王妃様の前で膝をついていると、周りに立ち並ぶ方からひそひそ話が聞こえてきた。
曰く、何故、シャルリア様はあのようなみすぼらしい姿の者を、だとか、賊を撃退したということだけれど、本当かしら、とか、目鼻立ちだけはまあまあね、だとか。
みすぼらしい姿なのは、川の水やら、その渦やら、そして荒野での戦闘やらがあった後に着替えていない、というよりも着替えられなかったのだから、申し訳なく、とても国王様、王妃様の前に出られる姿ではないということは分かっているけれど、僕も何が何やら分からないうちにこうなってしまているのだから、勘弁していただきたかった。
「貴殿は、アルフリード・フィートと名乗ったそうだな」
あざやかな、太陽を思わせる金の長い髪の男性が、探るような瞳で僕のことをじっと見つめる。
この、アンデルセラム王国の国王であるジェリック様だ。
「まずは、娘を助けてくれたことに感謝を」
ジェリック国王がちらりとシャルリア様へ視線を向けられる。それに対してシャルリア様は無反応だったので、どういった意図でのことなのかは分からなかった。
「それに伴って、貴殿はここで働きたいと申したそうだな」
周囲のざわめきが大きくなる。
まあ、得体のしれない人間を腹のうちに抱え込むなんて、気が気ではないのだろう。
元々、僕がここで働きたいと申し出たのではなくて、シャルリア王女が誘ってくださって、ナティカ王妃様がここへの滞在を勧めてくださったというだけで、働きたいと言ったわけではない。
働きたいというだけで、しかもシャルリア王女がおっしゃるには、慢性的に人手が不足しているという状況であってもこの様子なのだから、ただ滞在するというのでは、今以上に反感ではないけれど、しがらみを抱えることになっていたことだろう。
「はい。その通りでございます」
しかし、シャルリア王女とナティカ王妃様にその責を負わせるわけにはゆかない。
「城は人手不足だ。シャルリアの恩人の願いだということもある。ではさっそく――」
「陛下! 私は反対です! このような素性の知れぬものを、このように内に入れるなど!」
太鼓腹の男性が、全身から僕のことを嫌いだというオーラを放ちながら(実際に何か放っていたわけではもちろんないけれど)睨みつけてくる。
「そもそも、このような子供に何が出来るものでしょうか」
「城で働くメイドの中には、学院を卒業したばかりの者もいるがね」
国王様は涼しい顔で対応され――むしろ楽しげですらあった――太鼓腹の男性は、ますます顔を赤くされて、眉を吊り上げられたけれど。
「そこまで言うのであれば仕方ない。ウェトス長官。貴殿の考える条件を聞こうではないか」
「使用人として働くならば、最低限、掃除洗濯、料理に整頓、書類の整理から、諜報、備蓄の買い出し、加えて、いざというとき姫様、若様を守る強さも必要でしょう」
そこまで言い終えた太鼓腹のウェトス長官は、ふんっと鼻を鳴らし、ドジョウのような髭をしごきながら、得意げな顔でふんぞり返られた。
周囲の人からは、少しやり過ぎでは、という雰囲気があったけれど……
「分かりました」
僕がそう答えると、居並ぶ大臣長官の方たちは勿論、国王様、王妃様、それからシャルリア王女と、おそらくはご兄弟姉妹のいずれかと思われる、王妃様とそっくりの黒い髪を短くした男の子と、国王様とそっくりの長い金の髪を左右でふたつに結んだ女の子も、驚いたような顔を浮かべられた。
それから、おそらくは国王様ご一家と思われる方々は、心配そうなお顔の王妃様と、相変わらず僕のことを探るような瞳で見つめるシャルリア王女様、楽しそうな顔の国王様と、おそらくはシャルリア王女の御姉妹と思われる女の子、じっと真面目な表情で見つめられる、おそらくは王子様だと思われる男の子と、皆様、違ったお顔をお見せになられた。
「ふんっ! 強がっていられるのも今の内だ。どこのスパイか知らんが、すぐに化けの皮を剥いでやるからな!」
まず、僕に言い渡されたのは城中の掃除だった。
メイドさんたちが善意からなのか、それともご自身の仕事に誇りを持っていらっしゃるからなのか、僕に仕事を取られることに――正確には仕事が減ることに対して――抗議されていたけれど、ウェトス長官はそれらを無視された。
「しかし、そうは申されましても、すでに掃除するところなど残ってはおりません」
「どこかあるだろう。例えば、そうだ、北の塔は」
「それは! たしかに、庭の北の塔には頻繁に掃除などには出向いておりませんが……」
では、うってつけではないか、と、ウェトス長官はメイドさんに、僕共々そこへと案内するように申し付けられて、国王様もそれを了承された。
北の塔という名前はそのままの意味で、お城の敷地、庭の北の端に建てられている少々古びた感じのする塔のことだった。
なんでも、昔はここへ罪人などを捕えていたらしい。今では、組合の方へと引き渡されるみたいだけれど。
「では、ここを日没までに片付けるのだ」
ウェトス長官がそうおっしゃると、メイドさんたちは、いくら何でも不可能です! と声を揃えられた。
「一から掃除をしようとしたならば、丸1日、いえ、1人でということですと、7日はかかります!」
「ならば、7日かければいい」
ウェトス長官はそれがどうしたというように、何でもない風におっしゃられた。
要するに、僕を何日かここへ拘束して置いて、その間にまた別の難題を持ちかけるつもりなのだろう。
しかし、僕としても、最も効率よく情報を集められるのがこのお城だというのであれば、このテストに合格して、ここへ置いてもらえるようにならなければならない。
「分かりました。全力を尽くします」
中に置いてある備品などの注意事項を確認した後、僕はさっそく仕事に取り掛からせていただいた。
メイドさんの見立てでは7日はかかるということだったけれど、僕はそんなに時間をかけるつもりは無かった。
まず、中の備品は全て運び出した。
地下に通路はあったけれど、扉は完全に閉まるような仕組みで、おそらくはこれからする掃除には問題がないと思われた。
窓にはめられているのはガラス製のものではなく、鉄格子だった。ならば、外す必要はないだろう。
「おい、そんなもの、どういうつもりだ」
屋上にあった望遠鏡を運び出すと、壊すつもりかと、怒られた。
「掃除をするのに邪魔なものでしたから」
後で戻せば問題ないでしょうかと、国王様に確認を取ると、問題ないということだったので、遠慮なく運び出させていただいた。ウェトス長官は何か言いたげなお顔をなさっていたけれど。
それから、塔を囲うようにして円柱の結界を作り出し、その中を水で満たすと、思い切り水を回転させた。先日巻き込まれた渦の要領だ。
瞬く間に濁った水は、浄化の魔法で綺麗にして、さらに続ける。
その間に、運び出した備品も綺麗に磨いた。
30分ほども回していると、表面に生えていた苔や汚れは綺麗に取れてなくなって、むしろ日の光を浴びて真っ白に輝きだした。
「これで構いませんか?」
塔を洗っていた水は、集めて浄化の魔法をかけてから蒸発させた。
日の光を浴びて真っ白に輝く塔を見ると、観客に集まられた方から歓声が上げられた。
「ふんっ! まだ、中が残っているではないか」
「いえ、中も同時に済ませております。もちろん、これはお城の中には使うことの出来ない方法ではありますが」
その点だけは懸念するべきところだった。
まさか、毎日掃除をするたびに、城中を水浸しにするわけにはゆかない。
修復や保存、保護、そのための魔法は色々知っているけれど、それらを一々かけて回るのは流石に不可能だし、そのたびに働いていらっしゃる方に外に出ていただくわけにもゆかない。
「これは見事だ」
国王様はそうおっしゃられて、金の髪の女の子――おそらくはお姫様――は、目を輝かせながら楽しそうに塔の周りを駆け回りはじめられた。
「戻りなさい、アイリーン。今はそんなことをしている場合ではありませんよ」
「けれどお母様。こんなに綺麗になったところは初めて見たわ!」
楽しそうにはしゃがれるアイリーン様を、国王様は楽しそうに見つめられて。
「さて、ウェトス長官。とりあえず、掃除の能力に問題はないようだが?」
ウェトス長官は、僕のことをとても気にくわないという瞳で睨みつけられて。
「たしかに掃除に関しては問題ないようですな。しかし、それだけで済むと思ったら大間違いですぞ。丁度良い時間のようです。今度は食事を準備していただきましょう。ここにいる全員分」




