カルヴィン様の縁談 2
「率直な感想でいいのよ。アルフリードの個人的な意見を聞きたいの」
率直な感想かあ。
室内だからだろうか、シャルリア様のお召しの紫に縁取りされた白いドレスは、スカートの部分のフリルは良いとしても、胸元より上が開かれていて、もちろん、肩から先に関しても、肘のところまであるドレスグローブ以外はむき出しになっている。
背中の方も、見える範囲からの想像だけれど、髪で隠されてはいらっしゃるものの、開かれていて、ひと言でいうのであれば――
「そうですね。今の時季にはそのドレスでは少し寒いのではないかと思います。もちろん、室内であれば防寒の対策はしておりますが、吹き込んでくる冷たい風が、全くないとは言い切れません。おみ足のほうも、膝から下が露出されていますし、もっと長く隠れるものの方が――」
言いかけていたところで、アイリーン様に足を踏まれた。
靴の上からなので、別に痛くはないけれど。
アイリーン様は腰に手を当てられて、
「全くなってないわね、アルフリード。私はお姉様の素敵なところを褒めてと言ったのだけれど、聞いていたのかしら? 別にドレスの感想なんかが聞きたいわけではないの。そんなの、お姉様には似合うに決まっているじゃない」
ですが、その後で素直な感想をということだったのでは。
しかし、アイリーン様は、わかってないわねー、とため息をつかれた。
「そんなの素直に素敵なところを褒めて良いのよ、って意味に決まっているじゃない。こんなことなら、やっぱり最初に練習させておくんだったわ。ほら、お姉様が落ち込んじゃったじゃない」
どうにかして、と視線で問われ。
どうにか、と言われましても。
まあ、似合っていないわけではない、というより、むしろ似合っている。シャルリア様は、基本的にどのようなお召し物でも素敵に着こなされるだろうとは思うけれど、それこそ季節と景色も相まって、雪の妖精のようでいらっしゃる。
「もういいわよね。そろそろ、大丈夫かしら」
どうやら、先程の意見が駄目だったため、時間をくださったらしい。
ちゃんとするのよ、と、アイリーン様に視線で促され、じっと、期待するかのような眼差しをむけられるシャルリア様の前に膝をつく。
「あなたの髪は、月の光のようにきらめいていて、手ですくうと指の間からさらさらと零れてゆきそうで、素敵です」
まったくドレスの感想などではなかったけれど、やればできるじゃない、とおっしゃりたげなアイリーン様が、視界の端でうんうんと頷かれる。
「あなたの瞳は、宝石のように美しく、心の奥までのぞき込んできていらっしゃるように透き通っていて、素敵です」
あの日誓って以降、おそらく、シャルリア様がお1人で危険なことに出向かれたりなさっていることはない、はずだ。
短い付き合いではあるけれど、シャルリア様が、僕に内緒で出向かれるようなことをなさるような方ではないだろうということは、そのくらいの関係は築くことが出来ているのではないかと思っている。すこし、傲慢かもしれないけれど。
「あなたの唇も、小さな花びらのように可憐で、こうしていると吸い寄せられてしまうかのように素敵です」
今、僕は膝をついているので、お顔の位置は、僕よりもシャルリア様の方が高い。
見上げていると、赤く染まった頬で、何かに耐えるようにぎゅっとドレスのスカートの端を握っているシャルリア様が目に入る。
視界の端から、その花びらに触れるかのようにゆっくりと指先が伸びてきて、僕の指先に、ちょんと、やわらかい感触が灯る。
シャルリア様のルビーの瞳が、驚かれたように大きく見開かれ、はてと、今、僕の指先の感触を確かめて――
「――も、申し訳ありません!」
自分でも驚くほどの勢いで、伸ばしていた手を引き戻す。
一体、何を思ってそんなことをしていたのか、自分でも全く思い浮かばない。
吸い込まれてしまいそうな気がして、気がついたら、手を伸ばしていた。
しばらく頭を下げていても反応がないので、恐る恐る顔を上げると、シャルリア様はぽーっとなさったような表情で、御自身の口元に指を当てていらした。
その仕草が、とても10歳の女の子とは思えないほど色っぽく映って、なぜだか胸がどきどきしてきて戸惑っていると、急に、シャルリア様はお顔を真っ赤にされて。
「――っ、し、失礼しますっ!」
そう言い残されると、銀糸のような髪を翻され、頬に手を当てるような格好でパタパタと走って行かれる。
シャルリア様のお身体が走って揺れるのに合わせて、小さくなってゆく背中で長い銀の髪がキラキラと踊る。
「アルフリード」
自分の名前が呼ばれて、急に現実の世界に呼び戻されたかのような気分になる。
同時に、自分が何をしてしまったのかを思い出し、その場でひどく後悔に襲われる。
「申し訳ありません」
アイリーン様に謝っても仕方のないことだと、分かってはいるけれど。
しかし、シャルリア様には謝っても許してはいただけなかったようで、走っていってしまわれたし。
女の子に突然、なんの断りもなく、許可なく触れるなんて、許されることではない。
それは、相手がお姫様だからとか、そんなことには関係なく、これでは僕は恥知らずとして突き出されても文句は言えない。
多分、お姉様が大好きでいらっしゃる妹姫様も、怒っていらっしゃるのだろうなと思っていると。
「アルフリード。よくやったわ。まあ、本当は、マナー的には怒らなくちゃいけないところかもしれないけれど、お姉様の妹としては、十分、私は満足したわ。じゃあ、またあとでね。今は私、お姉様を追いかけなくちゃ。こんな、面白い事――じゃなかった、今のは秘密よ、アルフリード」
興奮された様子で瞳を輝かせられて、お姉様、まってー、と追いかけられるように、嵐のように去って行かれたアイリーン様の背中を、僕はただ茫然と見送るよりほかになかった。
もはや、恋愛相談だか何だかという、姫様から持ち込まれた相談は、頭から抜け落ちていた。




